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185話〜私も男に生まれたかったなぁ〜

審判の合図を受けて、蔵人はフィールドから降りる。

少女の方は、腰を抜かしたみたいで、テレポートで飛ばされて行った。

応援席の方では、片倉さんらしき白髪の娘が慌てて出ていく姿を見た気がする。

これで少しでも、頼人ファンクラブがマトモになってくれたら良いのだが。


「おかえり。蔵人くん」

「おかえりなさいませ。黒騎士様」


観客席に戻ると、2人が出迎えてくれた。

でも、その2人を見て、蔵人は目を丸くした。


「どっ、どうしたんだ!2人とも!」


2人の服には、赤い血痕の跡が点々と着いている。円さんの顔にも、血を拭いた跡が残っているし、若葉さんの手にも、若干こびり付いている。

なんだ?襲われたのか?

蔵人が顔を険しくしていると、若葉さんが慌ててそれを否定する。


「違う違う!これは、その、円さんが興奮しちゃって」


聞くと、先程の試合の最中、急に円さんが鼻血を吹いたのだとか。

それを、若葉さんが急いで手当てした為に、2人とも血まみれになってしまったとか。


「申し訳ありません。その、余りにも黒騎士様のお姿が凛々しかったもので…」


円さん曰く、蔵人が少女にスパルタ教育する姿に、いたく興奮してしまったとの事。

普段は甘い蔵人が、しっかりと叱る事も出来ることに、喜んでしまったらしい。


「やはり、黒騎士様は勇猛なお姿が良くお似合いです。勿論、普段のお優しいお姿も素敵ですが、偶にはこうして、下々の者に分からせる必要があるのです」


そう言って力説する最中にも、チロっと赤いものが出始めて、若葉さんが甲斐甲斐しくお世話していた。

本当の姉妹みたいですね、貴女達。



その後、蔵人と円さんは順当に勝ち進んでいく。

円さんは、相手に全く反撃させる隙も与えず、尽く無力化していく。

遠距離の攻撃は真っ二つに切り裂いてしまい、近付いてきた相手は、軽く剣先で突いて転がしていた。

そんな事せずとも、試合開始早々に抜刀術で一撃の筈なのだが、随分と試合を楽しんでいるご様子。


「そうじゃないよ、蔵人くん。あれは、君の応援を待っているんだよ」

「なに?本当か?」


驚く蔵人に、若葉さんは若干呆れながら頷く。


「だってほら、蔵人くんが声援を送った途端に、一撃で片付けているでしょ?」


そう言われて、フィールドを見ると…。

確かに。既に相手選手がテレポートで消えていた。

さっき、『頑張れ!円さん!』と言い放ったばかりなのだが、まさかそれを待っていたとは。


蔵人が呆けた顔を晒していると、円さんが帰って来て「黒騎士様の応援で勝てました」と嬉しそうに報告してくれた。

…まぁ、ある意味彼女の言う通りだ。

応援(するのを待った後)で勝ちました、が正しいけどね。


円さんほど華麗では無いが、蔵人も余裕を持って戦いを進めていた。

4回戦、5回戦と遠距離系の異能力だったので、鉄盾で受け流しながら近付いて、アクリルキックで相手を昏睡させる。

足にアクリルの元である膜を多めに纏わせてると、ボクシングのグローブみたいに、相手を傷付けにくい事が分かった。

これなら、顎を軽く揺らすだけで相手が沈んでくれる。

相手は気持ちよく寝てしまうので、テレポートすら要らない安全設計だ。


6回戦と準決勝の相手は近距離型だったが、同じく膜で覆った鉄盾パンチで圧倒する事が出来た。

それでも、吹っ飛ばした相手は骨を折ることも無く、外的損傷は驚く程軽減された。


この膜を纏った攻撃。予想以上に使い勝手が良い。

特に、ファランクスの練習で重宝しそうだった。

ファランクスの練習、特にミニゲームはかなり手加減していたからね。怪我しない様に攻撃はなるべく控えていた。

だが、この膜を纏った攻撃であれば、その心配も少なくなる。

これで、鈴華や伏見さんの特訓も捗るぞ!


「そこまで!準決勝の勝者、桜坂聖城学園、96番!」

「「「おぉおお!」」」


ギャラリーの歓声に、別の事を考えていた蔵人は現実に引き戻された。

気付けば、観客席に結構な人が集まっている。

1回戦なんて、身内以外には殆ど誰もいなかったのに。


やはり準決勝ともなると違うなと、蔵人は思った。

だが、そんな物序の口で、決勝戦になると更に観客は増えていた。

四方を囲む観客席はほぼ満員だ。

一般のお客さんが多い中、目付きの鋭い大人も何人か紛れている。

恐らく、他校の監督さんや、大会関係者だと思われる。

スカウトや敵情視察か、はたまた大会推薦を出すかを値踏みしているのか。


「どれも可能性としてはあると思うよ。ほら、あそこにいるのはこの前の雑誌記者さんだよ」


セコンドに付いた若葉さんが示す先には、確かに高野さんらしき人の影も見える。

因みに、決勝戦にはこうして、試合フィールドのすぐ近くまでセコンドを招くことが出来た。

他の人は、学校の顧問や部活の先輩などを招いているが、生憎と蔵人はどちらも来ていない。

なので、若葉さんにお願いした。

円さん?彼女はこの後直ぐに試合なので、遠慮してもらった。

凄く来たがったが、試合の準備があるからね。


「両者!中央へ!」


審判が入って来た。

蔵人は指示に従い、審判の目の前まで来る。そこには、既に白銀の鎧が腕を組んで待っていた。

確か、兼部の挨拶に行ったとき、木村先輩の近くで笑っていた人だ。名前は…樋口だったかな?

彼女は蔵人を見ると、大袈裟に口を抑えて驚いたフリをする。


「うっそぉ!黒騎士くん、こんな所まで勝ち進んだの?凄いじゃん」

「ありがとうございます。樋口先輩」


蔵人が軽く頭を下げると、先輩は口から手を離し、ニヤニヤと嫌らしい笑みをこちらに見せる。


「ねぇねぇ。どうやって勝ったの?色仕掛け?ダーリントラップって奴でしょ?凄いなぁ〜。男の子って、そういう所で便利だよねぇ〜。ちょっと甘えるだけで、コロッと女の子騙せちゃうんだから、人生イージーモードだよねぇ〜。私も男に生まれたかったなぁ〜」


めちゃくちゃ煽ってくるやん。この子。

そう思う蔵人だったが、内心は穏やかだった。

何せ、彼女の考え方は、史実でも聞いたことのある言葉だった。

若い女性に対して放たれる、中年男性の心無い言葉。


女の子って楽だよね?愛想良くするだけでお金稼げるんだもん。

オジサンも女に生まれれば人生楽だったのに…。

その真逆の事が起こっていると思うと、感慨深かった。

流石は、女尊男卑の世界。


「えっ?なになに?怒った?怒っちゃった?」

「あっ、いえ」


考え込んだ蔵人を、樋口先輩が口先だけ心配していたので、蔵人は微笑みかけながら否定する。


「すみません。ちょっと違う事を考えてしまっていて。私がここまで来た方法ですが、率直に申し上げると実力です。ですので、どうぞ樋口先輩も全力で来て頂きたいです」

「ふ~ん。なかなかキャラがぶれないね。さっすが、ここまで来るだけはあるよ」


そう言いながら、樋口先輩は蔵人の方に手を出してくる。

蔵人がそれを握ると、彼女は作り笑いを止めて、真顔でこちらを凝視して来る。


「でもね。私はそんなのに引っかからないよ。私には心に決めた人がいる。君にこれっぽっちも魅力を感じないよ」


握手を終えても、樋口先輩は真顔のまま、蔵人の前から離れようとしない。


「桜城中等部2年、樋口氷華。去年新人戦で3位のこの私が、黒騎士(きみ)の本性を暴いてあげる」

「宜しくお願い致します、先輩。互いに全力を出し合いましょう」


どうやら、本気で相手してくれるようだ。

男の誘惑だとか言っていたから、手加減されたら嫌だなぁ~と思っていた蔵人は、安心してそう言った。

だが、樋口先輩はそれを鼻で笑って、対戦初期位置へと移動してしまった。

難しい娘だ。

相手のセコンドには、木村先輩の姿が見える。真剣な表情で、こちらを指さしている。それに対して、樋口先輩が軽く手を振り、笑っている。

「楽勝ですよ、木村先輩」とか、そんな事を言っているのかな?

蔵人はそう思いながら、自身の立ち位置に移動する。

さてさて。先輩はどんな戦いを見せてくれるのだろうか。楽しみである。


「試合、開始!」


審判の号令。

それと同時に、先輩が駆け寄ってくる。

近距離型か。

蔵人は構えながら、そう推測する。


「せりゃあ!」


掛け声勇ましく、彼女は足を高く上げ、蔵人に蹴りを繰り出す。

樋口さんは蔵人よりも、頭1つ小さい。

それなのに、彼女の足は蔵人の頭の上まで伸びて、そのまま振り下ろしてきた。

かかと落としか。


蔵人はそれを、1歩後退して躱す。

彼女の足が通り過ぎる時、彼女の足裏に、刃の様な物が着いているのが見えた。

仕込み刀?にしては、走ってくる様子に走りにくそうな素振りはなかった。


蔵人が思考している間にも、彼女の足技が連続して繰り出される。

中々に素早い攻撃だ。恐らく、彼女は何か武術を習っているのだろう。試合前に新人戦がどうの言っていたが、それ故の戦績と言うことか。


蔵人が彼女の力量に納得している、その時、

彼女の回し蹴りを避けたと同時、カンッと、何かが蔵人の鎧を引っ掻いた。

見ると、鎧に付けていた龍鱗が1枚、剥がされていた。

なに?当たった?避けた筈だぞ?


完全に、相手の間合いを把握したと思った蔵人は、相手の足を見返す。

すると、彼女の足が伸びていた。

否。

靴の底。そのに仕込まれていた氷の刃が、ハイヒールの厚底の様に長く伸びていた。

なるほど。クリオキネシスのブレード。靴の底に貼り付けた、氷の刃で攻撃していたのか。


蔵人は更に1歩後退し、相手との距離を開ける。

それを、樋口先輩は1歩踏み込んで追いかける。

その靴底に付けた鋭利な氷を、卓越した足技によって凶悪な武器に昇華させていた。

中々に、面白い。


「はぁっ、はぁっ」


蔵人が兜の中で笑みを広げていると、樋口先輩は攻撃を中断して、肩で息をする。


「な、なるほどね。避けるのは、上手いんだ。それで、可哀想って感じ出して、同情を買って、勝ちを譲って貰った、んでしょ?」


おっと、何か勘違いをさせてしまったか。

いかんな。こちらもしっかりと反撃しないと。

蔵人は反省して、両手に鉄盾を貼り直す。


「要らぬ心配をおかけしてすみません、先輩。では、こちらからも行かせて貰います」


蔵人は素早く相手に接近し、拳を繰り出す。

ワンツー。

先輩は慌ててそれを避けるが、左拳を避けるのが精一杯で、右ストレートはモロに顔面へと吸い込まれる。


「ふぎゃっ!」


後ろに転がる樋口先輩。

幸い、蔵人は鉄盾に膜を何重にも貼っているので、致命傷ではない。

だが、立ち上がった先輩は、鼻を抑えて涙目になっていた。


「くっそぉお…もう怒った!男だからって、手加減してやんないんだからぁ!」


えぇ、えぇ。そうして下さい。

こちらに突っ込んできた樋口先輩を迎え撃ちながら、蔵人は笑みを浮かべる。


彼女の足は、まるでそれ自体が生き物である様に、自由自在に動く。

随分と柔軟性もあり、遠心力で威力も増している。

蔵人はそれを、拳によって弾き飛ばす。

蹴りを振り切る前に、最高速度へ到達する前に受け止めた。

すると、途端にバランスを崩す樋口先輩。

まだまだ体幹は弱いな。

蔵人は、タタラを踏んだ彼女に向けて、グローブと化した拳で強打する。

堪らず、先輩は逃げる様に後退する。


「くそっ…はぁっ、はぁっ、こんな、こんな筈じゃ」

「樋口!遊んでないで前に出なさい!そんなのに押されて、シングル部としてのプライドは無いの!?」


相手セコンドの木村先輩から、叱咤激励が飛ぶ。

それでも、樋口先輩は攻めて来ようとしない。肩で息をして、実力差に顔を歪める。

諦めてしまったのか?ならば終わらせるぞ。

蔵人が1歩前に出る。

すると、先輩が蹴りで牽制してきた。

なるほど。距離をとって時間を稼ぐか。拳相手なら悪くない選択だ。

だが。


蔵人は、足に鉄盾を装着する。そして、彼女が繰り出して来た蹴りに合わせた。

彼女と全く同じ、テコンドーの蹴り技だ。


「えっ!?」


それを見て、彼女も気付いたみたいだ。

負けじと、新たな蹴り技を繰り出してくる樋口先輩。


「あ、あんた!なんのつもり!」

「同じ技です。よく分かる事でしょう」


疑っている、俺の実力がね。

蔵人は言葉を切り、上段回し蹴りを繰り出す。

彼女も同じ技で対応するが、威力が足りない。

蔵人の蹴りに、彼女は押し負けて、1歩、2歩と後退する。

そこに、蔵人は中段前蹴りを繰り出し、彼女の胴体を蹴り飛ばす。


「がぁっ!」


悶絶する彼女。

そのまま、更に後退りして、逃げ出そうとする。

その彼女に向けて、


「せぇえいっ!」


蔵人は跳んだ。

大きく1歩を踏み出し、くるりと半回転して彼女に背中を向け、もう半回転すると同時に鉄盾が着いた足で、彼女の側頭部を蹴り飛ばした。

テコンドーの大技、後ろ回し蹴りである。


「がっ!」


地面に沈む、樋口先輩。

倒れたまま、ピクリとも動かない。

気絶したみたいだ。


「勝者、桜坂聖城学園、96番!」


遅れて、審判のコールが会場に響く。


「「「おぉおお!」」」

「これが黒騎士か」

「やっぱり、シングルでも強い…」


それを追うように、会場中から拍手と歓声が湧き上がった。

その中で、倒れた樋口先輩を搬送するテレポーター。

彼が消えると、その向こう側に木村先輩の姿が見えた。

足取り荒く、苛立たし気に会場を後にした。


「お疲れ様。蔵人くん」

「ああ、ありがとう、若葉さん」


蔵人がフィールドから出ると、若葉さんが駆け寄って、労ってくれた。

蔵人がお礼を言うと、彼女は満面の笑みを浮かべながら首を振る。


「それはこっちのセリフだよ。凄い見応えある試合で、いい写真がいっぱい撮れたからね」


ああ。セコンドで写真撮ってたのね?

それは良いけど、試合前の円さんには見せないでね?



その円さんの試合だが、やはり一方的であった。

相手は、安綱先輩と同じ、パイロキネシスの刀を使う選手だった。

異能力の威力で言えば互角であったのだが、剣術の力量差が明白だった。

その様子は、まるで師範と弟子だ。

円さんは、相手が必死になって攻め込むのを、まるで稽古を付けるかのように軽くいなし、軽く斬りつけていた。


『良いぞ!円さん!こっちのペースに持ち込めてるよ!』


蔵人はセコンドに立って、円さんに向けて声援を掛ける。だがその度に、円さんがこちらを向いて微笑んでしまう。

う〜ん。声を掛けちゃ不味いか?

悩む蔵人。

しかし、試合開始から3分程が経つと、


「はぁあっ!」


円さんが鋭い一刀を放ち、相手をベイルアウトさせた。

うん。圧倒的だ。これが全日本ランカーの力か。


「黒騎士様!ご声援、ありがとうございました!」

「お疲れ様でした、円さん。優勝おめでとうございます」


蔵人が労いとお祝いの言葉を述べると、円さんは頬を染めながら微笑む。


「黒騎士様も、優勝おめでとうございます。共に表彰台に立てますね」

「そう言えば、表彰式は一緒にやるのでしたね」


中学生の部は、全ランクを纏めて表彰式を行う。

とは言え、ただ前に出てメダルを貰うだけだ。

ファランクスの様な、大々的な表彰式では無い。


「お疲れ様!円さん!いい写真いっぱい撮れたよ!」


若葉さんも観客席から降りてきて、誇らしげにカメラを掲げる。

それに、円さんが嬉々として駆け寄り、若葉さんに取り付く。


「若葉。私のはいいのです。黒騎士様の、黒騎士様の試合で撮った写真を、早く!」

「はいはい。慌てないの。これなんてどうかな?試合を決めた後ろ回し蹴りの瞬間なんだけど」

「ふぉおおお!なんて芸術的な…最高の瞬間です!これ、これを引き伸ばして、額縁に…」

「分かった、分かったから円さん。先ずは鼻血拭いて?」


うむ。なんだか、若葉さんがお姉さんっぽいぞ?

蔵人は、微笑ましい姉妹の光景を、少し遠くで堪能していた。



表彰式は恙無(つつがな)く終了した。

Aランクで優勝したのは、冨道の中川さんだった。

池田さんがCランクと聞いていたから、彼女もCかBと思っていた。


そんな高ランクの彼女だが、表彰台では終始下手に出られていて、「是非、黒騎士殿にはお手合わせ願いたいものです」と言ってくれた。

蔵人もその提案は大歓迎だったので、冨道に遊びに行くのが楽しみになった。

武田さんにも会いたいし。


樋口先輩も表彰台には上がったが、終始無言であった。

時折視線は感じるのだが、蔵人が彼女を見ると、必ずそっぽを向いてしまう。

反対に、セコンドに着いていた木村先輩からは、恨めしそうな視線を受けていた。

シングル部のプライドでも傷付いたのだろうか?

知らんけど。


表彰式が終わり、簡単な閉会式も終わると、後は解散だ。

蔵人達はそそくさとWTCを出て、人気の少ない所で別れの挨拶をする。


「円さん。本日はありがとうございました。内輪揉めに巻き込んでしまってすみません」

「とんでもありません、黒騎士様。今日は最高の1日でした。貴方様にお会いできて、若葉とも出会えて」


そう言って、熱い視線を2人に注ぐ円さん。

蔵人は苦笑いし、若葉さんはカメラを掲げる。


「円さん。写真送りたいから、帰ったら必ずメールアドレス教えてね」

「心得ているわ、若葉。この命に代えても、貴女に伝えるから」


そんな事で、命を掛けんで下さいよ?

蔵人が心配になる中、円さんと若葉さんが硬い握手を交わす。

中々離さないけど、お持ち帰り禁止ですよ?円さん。


「それでは、次の大会で」


円さんはそう言って、九州へと帰っていく。

振り向くかなと思って見送ったが、彼女は凛々しい後ろ姿のままに見えなくなった。

流石は島津の武士。去り際もお見事です。

円さんの後姿を見送った後、若葉さんと目が合う。


「蔵人くん。次の大会って?」

「ああ。練馬こぶし大会ってのが3週間後くらいにあってね。そいつに俺が出ると言ったら、円さんも出てくれるって話になってさ」


表彰台での会話だ。

全日本までの間、円さんは他にも東京特区の大会に出るつもりらしい。

それが、自分に会いに来てくれる口実だと思うと、申し訳なさでいっぱいである。

どうしたものか。


蔵人が悩んでいると、背後から名前を呼ばれた。


「くろ…巻島くん」

「樋口先輩」


振り返ると、そこには樋口先輩の姿が。

相変わらず、こちらを見ようとしない。

しないのだが、


「試合の前はさ。試合中もだけど。色々と、その、言ったじゃん?私。それでさ、その、言い過ぎたかなって、思ってさ」


ごめん、と、蚊の鳴くような声で呟く少女。

それに、蔵人は小さく首を振る。


「謝罪して頂き、ありがとうございます、先輩。ですが、先輩がそう思うのも仕方がありません。私は男であり、クリエイトシールドですから。弱いと思われるのは、当然かと」


この世界の常識が、この娘の様な考え方を作り出してしまっているのだ。

魔力絶対主義の弊害とも言える、この悪しき風習が。

だが、


「ですが、これからは見て下さい、私を。私の様に、異能力や魔力に恵まれない者に目を掛けてやって下さい」


少しづつで良い。1人づつで良い。

異能力の可能性を、自分の可能性を信じて欲しい。

型に嵌めずに、様々な可能性を探して欲しい。

そう思って放った言葉に、樋口先輩は、


「何言っているの?」


呆れた様に返されてしまった。

うむ。まだ早かったか。

蔵人は肩を落とす。

だが、目の前の彼女は、


「こんなにコテンパンにされたんだから、あんたに目を付けるのは当たり前よ」


そう、ニヤニヤ笑っていた。


「今度はあんたの技を盗んで、強くなってやるんだから、絶対にシングル部に来なさいよ。先輩達はまだ、あんたの事をとやかく言ってるけど、そんなの気にしないで、絶対に来なさいよ!」


一方的に言い放つと、逃げる様に去っていく樋口先輩。

蔵人は、暫く彼女の背中を目で追ったが、隣の若葉さんと目を合わせて、2人して吹き出してしまった。


色々とあったが、先ずは1つ目の大会、制覇である。

危なげなく、MINATOシティー大会を優勝で終えられました。


「観客にも、一部のシングル部にも力が示せたな」


良い方向に転がってくれたらいいですね。

次の大会は、練馬こぶし大会ですか。


「いや、その前にもう一つ、大会がある」


おや、それは楽しみですね。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ちょいと追記。  ほんとに円さん、血の気多すぎ(笑) >樋口先輩ー2  足の裏から氷のブレードを出していましたけど、訓練で肘・膝・肩の各関節や拳にブレードを生やし且つその長さを調整で…
[一言] >樋口先輩  蔵人の技を盗むよりは、彼からの指摘があったように体感を鍛えることと、隙の少ない手技を覚える方がいいんじゃないかな。と思ったり。  あと足技にこだわるなら、カポエラの動きを取り…
[一言] やっぱAランクが相手に居ないから迫力にかけるよねwまぁいる方がおかしいんだけどねw
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