182話~貴方が活躍した結果よ~
6限目、今日最後の授業時間は体育祭の時間となった。
チーム分けの結果と、競技の説明をするらしい。
今、教壇に立つのは、我がクラスの体育祭実行委員の2人だ。
先ずチームに関してだが、蔵人達8組は東陣営に配属された。1年7組が同じ陣営だ。
そう、7組と言えば、
「おおっ、慶太がいるな」
蔵人の顔が、少しほころんだ。
思えば彼と同じ陣営で戦ったのは、小学3年生の運動会が最後。それ以降は常に敵陣営だった。
赤白だけの組み合わせでも会えなかったから、中学も無理だろうと思っていたが、嬉しい誤算だ。
蔵人が喜んでいると、若葉さんが「それに」と付け加えた。
「2年生は3組と6組、8組が一緒だから、西園寺先輩と神谷先輩が一緒だよ」
なんと、サーミン先輩が一緒とは。
蔵人が驚いていると、更に続ける若葉さん。
「あと、3年生は1組、2組、9組だから、美原先輩と櫻井先輩も一緒だね」
「ファランクス部の主要メンバー勢揃いじゃないか」
まさか海麗先輩や櫻井部長…元部長まで一緒とは。
これは、勝ったんじゃないか?東勢、優勝有り得るか?
蔵人がそんな事を考えていると、若葉さんが冷静にそれを否定する。
「かなり厳しいと思うよ。3年生はAランク多めだけど、その分1、2年生は高ランクが少ないから。特に1年生は、AランクもBランクも他チームより断然少ないよ。競技は学年ごとで別れるのが多いから、1年生が足を引っ張ちゃうかも」
なるほど。それは有り得る。
競技は異能力が使用出来るものが数多く、ランクが高ければそれだけ有利となる。
その競技種目だが、今、目の前の黒板に、実行委員が書き出してくれた。
1年生が出場出来る種目は、大分するとこんな感じだ。
1年生全員参加型種目…100m走。異能力は一部使用可で、他者への攻撃禁止。
1年生選択種目…応援合戦や玉入れ等。
前者は男子用で、異能力は一切禁止。後者は女子用で、異能力は一部使用可。
チーム競技…リレー、騎馬戦、棒倒し等。
全学年から選ばれた選手のみ参加可能で、異能力の使用が他競技よりも緩い。つまり危険度の高い種目だ。
今日決めるのは、1年生選択種目についてとチーム競技についてだ。
選択種目は、最低2つ、最大4つ選ばなければならない。
チーム競技は、クラスで一種目最低1人以上の候補者を出さなければならない。
先ずは、1年生選択種目を決める。
佐藤君達は、異能力が禁止されている競技である、応援合戦と仮装リレーを選んでいた。
仮装リレーはリレーと名がついているが、速さを競うのではなく仮装の出来を競うのだそうだ。
面白そうと、蔵人も興味を持ったが、出るのはやめておいた。
先程の若葉さんの話を聞いたら、自分はなるべく異能力を使う競技に出た方がいいだろう。
そう思った蔵人が選んだ競技は、障害物競走、二人三脚、玉入れ、借り物競争の4つ。
そう、異能力使用可な競技を全て選んでいた。
だって、楽しそうじゃないか。
蔵人は童心に帰って、少しワクワクしていた。
そして、いよいよチーム競技に移ったのだが、
「じゃあ、先ずはリレー!はい、出たい人は挙手!」
実行委員のノリに、誰も乗らない。
チーム競技は立候補制だった。なので、初っ端の競技から誰も手を挙げず、慌てだす実行委員。
「だ、誰も居ないの?楽しいよリレー。多分…」
尻すぼみになる実行委員。
クラスのみんなは、近くの人と顔を見合わせる。
コソコソ声がパラボラ耳に届く。
「どうする?」
「無理無理。だって私、Cランクだよ?」
「こう言うのって、最低Bランク以上。Aランクが出る物でしょ?」
「他のチームは、みんなAランク出してくるもん」
「私たちには違う世界の競技だよね〜」
なるほど、そういう事らしい。
8組にはAランクが居ないから、なかなか決まらないみたい。
尻込みするクラスメイトに、実行委員も困って泣きそうな顔をしている。
楽しいと思うのだがな、リレー。
蔵人はそう思いながら、手を挙げた。
泣きそうだった実行委員の顔が、急に華やいだ。
「はい!黒騎…巻島君に決定!」
速攻で決定されてしまった。躊躇がない。
男の子はちょっと…と、躊躇されるかと思ったが、そんな猶予もなかったらしい。
あと君、黒騎士って呼ぼうとしていたのは分かっているからな?
喜々と黒板に名前を書かれる蔵人。
その後も、
「騎馬戦!騎馬戦だよ?誰か出る人いないの〜?」
「綱引き!綱引きは安綱先輩も出るかもなぁ〜。出ないかもだけど。誰もやりたくないの?」
尽く手を挙げようとしないクラスメイト諸君。
そして、毎回実行委員が泣く前に手を挙げる蔵人。
「はい!全部決まったよー!」
気付けば、チーム競技全てに蔵人の名前が刻まれていた。
そんな事許されるのか!?
「大丈夫だよ」
若葉さん曰く…許されるらしい。
「ただ、出る種目が多くなればなるほど、休憩時間が無くなるから、体はキツイだろうね」
体力の問題らしい。
でも、手を挙げてしまった以上、後戻りは出来ない。
体力アップの修行だと思う事にした蔵人だった。
放課後。
ファランクス部へ行くために、西風さんと一緒に長い廊下を歩いてる時だった。
前に女子生徒の集団がこちらに歩いてきたので、やり過ごそうと廊下の端っこに寄った蔵人達だったが、その集団が何を思ってか、こちらに突っ込んで来た。
なんだなんだ?カチコミか?
蔵人が身構えていたら、集団の中央から5人の人間が出て来た。
みんな見た顔だ。先頭は水無瀬さん。頼人の護衛リーダーだ。
その後ろから、頼人も現れた。
ああ、この集団は、頼人の取り巻きなのね。さながら、頼人のファンクラブだ。
蔵人が呑気なことを考えていると、頼人が若干焦ったような顔で、蔵人の元に駆け寄ってきた。
「兄さん、早く行こう」
「うん?何かあったのか?」
「あれ?連絡なかった?流子さんが兄さんを呼んでるよ。大至急連れて来いって」
流子さんの呼び出しとの事。
一体、俺は何をやらかしたんだ?
蔵人は、頼人に連れられながら、必死に今までの人生を振り返るのだった。
頼人に連れてこられたのは、巻島本家からそれ程離れていない商業地区の一角。そこは随分と懐かしい場所で、以前流子さんの年始パーティーで来たビルであった。
「ごめん、兄さん。僕は行かないと」
頼人はそう言って、車の中から手を振る。
彼は、ただ蔵人を連れてくる任を与えられただけで、この後お稽古がぎっしり詰まっているのだとか。
巻島家に強力な後ろ盾を得るために、頼人は日々花婿修行を頑張っているのだ。
「俺こそ済まないね、忙しい時に。稽古頑張って」
そんな大変な時に態々ありがとうと、蔵人は手を振って見送った。
ビルに入って受付で名乗ると、すぐさま部屋に通される。
大きな窓ガラスが奥一面に張り巡らされた豪華な一室で、蔵人が所在無さげに待っていると、直ぐに流子さんがやってきて、蔵人を黒皮の高級ソファーに座らせた。
流子さんと一緒に入ってきた男性社員が、ソファーの前に紅茶とクッキーを並べる。
流れるような動作は、一流の秘書さんみたいだ。
「急に呼び出して、ごめんなさいね」
流子さんは、若干表情が硬いが、怒っている風には見えない。
どちらかと言うと疲れている風に見えるが、これはお仕事のし過ぎ、なのか?
「いえいえ。それよりも、何か問題がありましたか?」
まさか、何かやらかしたのかなと、蔵人は心配になって聞いてみた。
最近で言うと、サマーパーティーでの乱闘か、シングル部に入った事か、ファンクラブが出来た事?
まさか、軍の上層部と接触したことを、察知したのではあるまいな?
心配する蔵人を見て、流子さんが扉近くに待機させていた秘書に目配せをする。彼は一旦部屋から出て、直ぐに帰ってきた。
大量のファイルをその両腕に抱えて。
ファイルは、流子さんの左手側に置かれる。高級そうな台紙が使われており、まるで絵本の表紙だ。中にページは入っていないようだから、見開きで見るのだろう。
流子さんがその内の一冊を手に取り、蔵人を真っすぐに見た。
「貴方が活躍した結果よ」
そう言うと、流子さんはファイルを開いて、蔵人に見えるように開いたまま、机の上に置いた。
秘書が、いつの間にか蔵人の紅茶等を片してくれていた。
蔵人は開かれたファイルを見下ろす。
そこには、絵本のように左に大きな写真が飾ってあって、右には小さな写真と、その下に何か書かれていた。
蔵人は字を、目で追う。
えっと、なになに…稲葉佐枝子。桜城高等部1年生。パイロキネシスBランク。特技が弓道、書道、バレーにピアノ。趣味がダンス…。
うん。これ…何処からどう見ても見合い写真だ。
しかも、サマーパーティーでお会いしたご令嬢。
蔵人は、背中に嫌な汗を流しながら、ゆっくりと視線を上げて流子さんを見る。
「これ、頼人の…」
「貴方のお見合い写真よ」
秒で返されて、蔵人は口をパクパクと金魚になった。
なんで、頼人に迫っていた令嬢が、こっち来るの?
蔵人は首を振って、意識を戻す。
よく見ると、机の横には積み上げられたファイルがあった。
「まさか、これ全部ですか?」
「いいえ」
否定してくれた流子さんに、若干蔵人の心に掛かっていた重圧が浮いた。
ファイルの数は10冊を超えている。
そんな数が来てしまっては、「護衛業務で忙しい」だけで返せるとは思えなかった。
でも、これ1件だけなら…。
そう安堵した蔵人に、流子さんが続けた。
「これが全部じゃないわ。ここにあるのは一部だけ。本当はこれの何倍も来ているんだから」
浮いた重圧が、何倍にもなって押し潰しに来た。
10冊以上あるこれの何倍と言うことは、少なくとも30冊。多いと90冊くらいか?
どうしてこうなった。
蔵人は、眉間を人差し指と親指で揉む。
ファランクスが終わった直後は2件であった申し込みが、ここまで爆増した理由。
間違いなくサマーパーティーの余波であろう。
この稲葉様を見れば分かる通り、来ている申し込みは大半があの時の会場に居た方だ。
彼女達は蔵人の存在も知っているので、それは納得できる。
だが、何故か会場に居なかった人たちの名前も入っている。
多くは、ファランクスで対峙した人達の名前。
これが解せない。
彼女達は、黒騎士の名前しか知らない筈だ。
桜城の方に申し込みを送るなら分かるが、巻島家に直接送ってきているという事は、蔵人の素性を知っているという事だ。
黒騎士の素性がバレたか?
いや、それにしては差出人に名家の名前が目立つ。
ファランクスの会場に居たのは、殆どが一般人である。
つまり、送ってきている人達は、それなりの人脈がある家の人達なのだろう。
サマーパーティーに参加できる家々とも懇意にしている人達。その繋がりで、黒騎士の素性を知ることが出来た。
流子さんが、緊急で蔵人を呼び出した理由も分かるというもの。
つまり、力のある家々からの申し出が殺到し、巻島家だけでは抑えきれなくなったという事だ。
「流子さん。ここにあるのはサマーパーティーでお会いした方々と、一部ファランクスで知り合った方ばかりですけれど、一般の方からの申し出はないのですね?」
蔵人の問いに、流子さんは息を吐きながら天井に顔を向ける。
おや?違ったか?
蔵人は内心で首を傾げたが、流子さんの目線は直ぐに戻ってきた。
「小さい時から思ってはいたけれど、本当に、貴方って頭の回転が速いわ。女の子だったら、私の後継者にしたいくらいよ」
流子さんはそう言うと、ファイルの山をトントンと軽く叩く。
「貴方の推測通り、ここにあるのはそれなりの名家からの申し出だけよ。もしも黒騎士の素性が明るみにでていたら、洪水の様に全国から申し出が殺到したでしょう」
流子さんの例え話に、蔵人は顔を引きつらせる。
バレなくて良かった。
しかし、どうしてこれ程まで、お貴族様から声が掛かるのだろうか。
ファランクスでは、散々暴れたので分からなくもない。
だが、パーティーでは防御していただけだ。Aランクの防御系異能力者であれば同じ事が出来ただろう。
加えて、俺はCランクだ。全国的に見たら、全男子の5%程度の希少種ではあるだろう。
だが、そんなのは貴族の中では珍しくない。
女子のAランクの方がもっと希少だし、パーティー参加者の男子は、全員Cランク以上であった。
これで俺が氷系等の最上位種だったら、話は分かる。だが、実際はシールド。最下位種と蔑まれる異能力だ。
マデリーンの法則が知れ渡っている特区の中で、俺の価値は玉ではなく石でしかない。
そう思う蔵人は、これだけの求婚を出す貴族達に理解が追い付かずにいた。
そして、その思いが声に出る。
「何故、こんな俺なんかに…」
蔵人の呟きに、流子さんがフッと笑みを漏らす。
「貴方、自分が社交界でなんて言われているか知らないのかしら?」
「……お恥ずかしながら、黒騎士、と」
蔵人がオズオズと申し上げると、流子さんは大きく首を横に振った。
「それは一般人にでしょ?貴族社会での貴方は、シホウと呼ばれているのよ」
「司法?三権分立ですか?」
蔵人の答えに、流子さんがズッコケた。
珍しい。
「なんで裁判所が出てくるのよ。シ・ホ・ウ!至る宝石と書いて至宝よ!」
疲れた様に紅茶を口元に運ぶ流子さん。お手数お掛けします。
だが至宝か。
蔵人は思う。
頼人が秘宝だし、ちょっと似ていて面白いな。いや、頼人は分かるが、俺が至宝とは言い過ぎだ。Cランクだし、別に俺自身の顔が良い訳でも無い。
「随分と、大袈裟な名前が付いているんですね」
他人事な蔵人の言い方に、流子さんの目が鋭くなる。
「大袈裟なもんですか。普通、CランクがAランクの攻撃を防ぐなんて出来ないわよ。防御よりも攻撃の方が圧倒的に発動は早いし、盾は動かせないから、防御した所以外を攻撃されると一発で敗北よ」
なるほど。一般的にはそうなのか。
蔵人は、寧ろ逆だと思っていた。
同ランク同士での攻防なら、盾は3発以上防ぎ切る。魔力ランク1個上の攻撃でも、1発なら半壊しながらでも防げる。
そこから、防御側の方が有利に出来ているのだと思っていた。
そんな蔵人の思考を、流子さんはため息で押し留める。
「盾を瞬時に生成出来て、高速で動かせる貴方にはピンと来ないでしょうけど、これが常識よ。そして、貴方の技術が非常識なの。だからこうして、お見合いの申し出が殺到した。貴方の技が巻島家の秘伝だと、お偉方はみんな勘違いしてね。そんな貴方を、貴族社会は巻島家の至宝と呼ぶの。まるで、ただの炭素の石ころが、研磨によって宝石に昇華する、ダイヤモンドの様だとね」
それは多分、ディさんと似た着眼点だろう。
彼は、蔵人が覚醒していると評価したが、覚醒という言葉を知らない人が蔵人を見たて、その技術が非常に有用だと理解した。
そして、欲しいと思った。我が家にもその技術を取り込みたいと。
それが、このお見合いの山だ。
「貴方のお陰で、私のスクールは申し込みが急増しているわ。その殆どが名家のお嬢様お坊ちゃんだから、かなり箔が付いたわ。反面、私が直に対応しなくちゃいけない案件が増えたから、そのせいで、貴方との会談も遅れてしまったのよ。本当は、サマーパーティの後、直ぐにでも呼びたかったんだけど」
それで流子さんは疲れた様子で現れたのか。
蔵人は再び、頭を下げる。
「お手数をお掛けしてしまって、申し訳ありません」
「良いのよ。忙しいってのは、経営者にとって喜ばしい事だわ。でもね、これだけは貴方に何とかしてもらうしかないわ」
これ、と言って、流子さんはファイルの束に手を乗せる。
蔵人は、現実を直視して、天を仰ぐ。
「全てのお話を留めておく事は、出来ないですよね?」
視線を戻しながら流子さんを見ると、とてもいい笑顔で迎えられた。
まぁ、分かっていることだ。
ここまでの数を跳ねのけるのには、護衛の任だけでは不十分。
この冊子の殆どは、巻島家よりも上位の貴族ばかりなのだ。ただ断るでは角が立ちすぎて針の筵となるだろう。
蔵人は取りあえず、もう一冊を手に取り、中を開ける。
現れたのは、やはりパーティーで聞き及んだ家名の娘だ。
「取りあえず、この中からいくつかピックアップして、お見合いの席だけ設けるという態でもよろしいですか?」
蔵人の提案に、流子さんは顔を戻して、腕組みをする。
「そうね。それくらいなら、向こうも強引な手には出ないでしょう。婚約という形を取らずとも、後々はという形で匂わせて、巻島家との交流を深めていきましょうとこちらが申し出れば、向こうも納得すると思うわ」
勿論っと、流子さんは口だけで笑う。
「良い人がいれば、この中から2,3人婚約者を決めてもいいのよ?」
婚約者を2,3人。何というパワーワードだ。
この世界の非常識な常識に、蔵人は疲れた笑みを流子さんに返す。
そのまま、手に取っていた冊子を端の方に置き、流子さんに向き合う。
「流子さん。最初に頂いた広幡家のお話を、先ずは受けようかと思います」
「そう。まぁ、そうね。最初に来たのだし、それは問題ないわね」
ちょっと歯切れの悪い流子さん。
「何か問題がありますでしょうか?」
「それだけではちょっと弱いわね。広幡家とは言え、分家の子だから、抑止力としては今一よ」
なるほど。彼女だけでは格上の家からの圧力を防げないと。
蔵人は再び冊子を開きだす。
もう1件くらい、選ばないといけないのか。
相変わらず、サマーパーティの家名が連なる。
次は五条家のファイルだ。五条君の妹さんかな?
五条君と二条様の寄りを戻したという事で、勘弁してもらおう。
何冊か机の端にファイルを置いて、次のファイルを開いた蔵人は目を見開いた。
その様子を見て、流子さんは片眉を上げる。
「あら?いい人がいた?」
「…いえ。その逆です」
蔵人が見下ろす写真には、黒髪の女性が笑顔で写っていた。
名前は、穂波心。
あの、ドミネーター本人だ。
五条君から俺に乗り換えようとしやがってる!
蔵人は、写真越しでもドミネーションされると錯覚し、急いでファイルを閉じる。
ファイルは問答無用で墓地行きである。
次のファイル。
蔵人は開いて、呟く。
「先輩もですか…」
心臓の負荷が高くなり、蔵人は独り言が多くなっていた。
その独り言を拾い、流子さんが楽しそうに解説する。
「河崎家ね。言わずと知れた超大手企業よ。自動車やバイクもやっているから、運輸の巻島とも相性はいいわ」
蔵人は、河崎美遊先輩の写真を見ながら、流子さんの話を聞いた。
ファイルを閉じて、墓地に置く。
知らない間柄ではないし、良い人ではあるのだが、とりあえず置いておく。少し話をしたいという思いもあるのだが、今ではないだろう。
どの家もヤバそうだと思いながら、蔵人は次々とファイルを墓地に送っていく。
そして最後のファイルを開く。
「やられたね」
つい、蔵人は声を出してしまった。
チラリと流子さんを盗み見れば、彼女は知らん顔で紅茶を一口。
分かってここに置いたな。
蔵人はそのまま、ファイルを墓地ではなく手元に置く。
彼女であれば、家柄も十分であろう。
きっと、流子さんも自分が選ぶだろうことが分かっていたから、最後にしたのだ。
しっかりと、他の貴族の写真も見せるために。
案の定、紅茶を置いた流子さんは、すごく楽しそうな顔で蔵人を見ていた。
「良さそうな子がいたら、全員婚約していいんだからね?」
流子さんが繰り返した。
蔵人は項垂れた。
分かっているから、もう揶揄わないで下さい。
その後、蔵人はお見合いの段取りなどを相談して、ビルを出る。
晩夏の残り火が、嫌に眩しく感じた。
体育祭は楽しそうですけれど…お見合いが、そんなに…。
「ファランクス関係も来ているなら、西日本からも多く来ているのだろうな」
その理由の中には、巻島家の秘術を知りたいという家もあるという事ですか。
「Aランクがあ奴の技を使えれば、もっと家を発展させられると思っておるのだろうな」
なるほどですね。
そして、最後に開いていたファイルは誰からの申し出だったのでしょう。
「まぁ、幾つか想定は出来るがな」