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181話~俺のだとっ!?~

月曜日。

祭月さんの運命の日だ。

今日でゲーム機とお別れか、生き残るかが決まる。


…うん。

それは彼女の事情であり、蔵人にとっては今週末の大会の方が大事である。

MINATOシティー大会。

今週の日曜日に開催される、シングル戦の大会だ。

若葉さんに聞いたところ、開催は今回で3回目の新しい大会で、東京特区の大会規模としては、それ程大きくないそうだ。

それでも、去年の参加人数は2千人を超えており、今年もそれ以上の参加が見込まれるとの事

大会参加者の多くは、蔵人の様に特別枠を狙う者もいるし、全日本に向けた調整目的で来る者もいる。

殆どが東京特区の在学生だが、中には北海道や鹿児島からの挑戦者も居るそうだ。

全日本は東京特区で行われるからね。その視察という意味合いも含まれているらしい。


ファランクス部の練習も大事だけど、シングル戦に向けた練習も始めないとな。

そんな風に、蔵人が心躍らせながら空を飛んで登校していると、もう目先には桜城の象徴である白亜の建物が見えていた。

そろそろ着陸態勢に入るかと、蔵人が着陸地点を探していると、視線を感じた。


夏休み明けから増えた、好奇の視線では無い。もっと強い、焦がされる様な視線が下の方から。

見ると、何かが高速で走っていた。

両腕を振り上げ、蹴った地面から砂埃が舞い上がる。隣の車道を走る車も追い越し、その双房をブルンブルン揺らす姿に、蔵人は目を見張る。

クーパー靭帯が千切れちゃうよ!

蔵人は急いで高度を下げて、猛スピードで爆走している海麗先輩の元に急いだ。


「海麗先輩!どうしました!?僕に何か用で?」


真っ直ぐこちらを見上げながらの走行だったので、十中八九、自分に用があるのは分かった。

海麗先輩はキキィッとブレーキを掛けると、ニッと笑って頷く。


「うん!ちょっとね。学校で話すのでも良かったんだけど、偶然見掛けたからさ、追いつこうと思って走ったんだけど、速いね、蔵人君は。やっぱり凄いよ!」


飛行速度100km/h近い自分に、地上を走って追いつく貴女の方が凄いですよ。

蔵人が冷や汗を流していると、それでねっと話しを進める海麗先輩。


「蔵人君、校内ランキング戦の相手探しているんでしょ?私とやろうよ!」

「…えっ?」


海麗先輩の言葉に、蔵人は表情を固める。

俺が相手を探している?何故そんな…何処からそんな話が?

悩みだした蔵人を見て、海麗先輩も首を傾げる。


「あれ?違うの?伏見ちゃんからそう聞いたけど?」


あいつかー!

蔵人は、先日別れ際に見た彼女の顔を思い出す。

キラキラお目目を宿した彼女は、蔵人の思いを勝手に汲み取ったらしい。


確かに、蔵人としては海麗先輩や安綱先輩と戦えるのは僥倖だ。

全国大会レベルの紫電や円選手と激闘を繰り広げた今、校内でやり合うならAランクの方が得るものは多いだろうから。

逆に、Bランク以下の先輩達を相手にしてしまうと、要らぬ反感を買いそうで怖い。

ただでさえ、ファランクス部員がシングル部に入ったことで、シングル部の部員の一部からは良くない目を向けられるからね。


だが、それにしても今では無い。早くとも年が明けてから。理想は、3月に入ってからだ。

何故なら、


「海麗先輩。お気持ちは大変嬉しいですし、貴女が卒業までには、是非お相手させて頂きたい」

「うん、だったら」

「ですが、今は不味いでしょう。冬の全日本シングル戦に向けて、最終調整の真っ最中ではなかったでしたか?」


11月から始まる全日本の地区大会。それに向けた最終調整が全国の中学で始まっている。

異能力の大会でも最大規模のこの大会は、その結果の影響力が物凄い。将来プロを目指す人は勿論、進学にも就職にも大変有利となる。

そんな実利的な事を抜きにしても、異能力が最重要のこの世界で、全日本優勝は子供達の大きな夢だ。

大会の規模も、注目度もファランクスとは桁違い。史実の甲子園ですら、霞んでしまうレベルだろう。


そんな大事な時期に、海麗先輩がシングル戦を行うのはとても危険だ。

怪我はヒールやクロノキネシスがあるので大丈夫だが、主に精神面。仮に蔵人が勝ったりしたら、本人は良くても周りの声が冷たくなる。

Cランクにも負けたのに大丈夫か?と、蔵人を知らない人達から謗られれば、大きな足枷になるだろう。

Aランクブースターの海麗先輩と言えど、中身は純情可憐な乙女なのだ。たった一言でも調子を崩す可能性がある危うい状態だ。

タダでさえ、貴重な夏休みをファランクス部に費やしてくれた海麗先輩に、これ以上不利な条件を背負わせたくない。


それ故に、最速でも全日本が終わる年始か、桜城高等部の入試が終わる2月末以降で戦いたいと考えていた蔵人。

蔵人の考えを聞いて、海麗先輩も腕を組んで考え始めた。


「でも、私が蔵人君に勝てば良いんじゃないかな?夏休み最後の模擬戦では、ほぼ互角だったでしょ?」


確かに、夏休み終盤の模擬戦では、7戦中3回負けた蔵人だった。

だが、そういう問題でもない。


「海麗先輩、僕は貴女と本気で戦いたいのです。憂いなく、わだかまりなく、後のことは考えなくていい時に、ただ2人の決闘者として」


もしも海麗先輩に勝ってしまったら…。

そんな恐怖を持ちながら戦っても、決して満足のいく結果は得られない。

蔵人の考えに、海麗先輩は頷く。


「それもそうだね。ありがとう蔵人君。私の事を考えてくれて。めっちゃ嬉しい!」

「いえいえ。海麗先輩こそ、僕の事を配慮して頂き、感謝しています」


蔵人が微笑むと、海麗先輩は踵を返して手を上げる。


「じゃあ、他の人に当たってみるよ!」


うん?

他の人?


「あ、ちょっと、海麗先輩!」


蔵人の制止の声も聞かずに、海麗先輩は走り去ってしまった。

他の人って、誰?



学校に着くと、朝のホームルームまでかなり時間が余り、蔵人は久しく若葉さん達と雑談することが出来た。

昨日まで、チャイムが鳴るギリギリで教室に滑り込んでいたから、本当に久しぶりだ。

思えば、夏休み明けから、朝練をしていない日はいつもギリギリ登校であった。

蔵人が校門をくぐるとほぼ同時に、大勢の生徒達に囲まれるからね。

何とかアクリル板で押しのけて進んでいるが、それでも大きなタイムロスを喰らい、同じような時間に到着するのだった。


だが、そういえば今日はあの人垣に時間を取られなかった。というのも、アクリル板で道を作る前に、何人かの生徒が自主的に道を作ってくれて、蔵人を通してくれたからだ。


「道を開けなさい!黒騎士様が通るわよ!」

「俺たちは生徒会の承認を得ているぞ!さぁ、退いてくれ!」


そう言って、生徒達が学生証らしきものを高々と掲げながら、人垣を割ってくれていた。

あれは何だったのだろうと蔵人が雑談の中で質問すると、若葉さんが教えてくれた。


「それって、桜城の公式ファンクラブじゃないかな?」

「ファン、クラブ?」


聞いてみると、この学校には部活動とは別に、公式なファンクラブが幾つか存在するのだとか。

有名どころだと、安綱先輩のファンクラブ。100人近くの女子生徒達がそこに名を連ね、安綱先輩を陰ながら応援している。


「安綱先輩のファンクラブ会員の人達は、自分達の事を剣士って言っているみたい。お姉様に少しでも近付きたいって子や、お姉様の安全を御守りしたいって子が多いみたい」

「剣士か。安綱先輩の異能力は炎の刀だからなぁ」


蔵人は安綱先輩の姿を思い出しながら、そう呟く。

彼女が1年生の教室に来た時の騒がれようは、確かに尋常ではなく、まるでアイドルが街中を歩くが如くであった。

ファンクラブがあっても、可笑しくはないな。

蔵人は考え始めて、首を振る。

違う違う。今は安綱先輩のことではなかった。


「それで、その安綱先輩のファンクラブってのが、俺を守ってくれたって事かな?安綱先輩に頼まれて」


思えば、夏休み明け初日に、女子生徒達の大波の中から救ってくれたのは生徒会の人達だった。

忙しい彼女達が態々出向いてくれたのは、本当に感謝している。

だが、毎回そんな事は出来ない。

今は、本当に忙しい時期だから。

体育祭に校内ランキング戦、更にその後に控える文化祭と、生徒会が動く案件が目白押しだ。

だから、動けない生徒会の代わりに、安綱先輩のファンクラブが代わりに動いてくれたのだ。


なんと有難い事だと、蔵人はしんみり頷く。

だが、そんな蔵人を、若葉さんがバッサリ斬る。


「違うよ。蔵人君のファンクラブだよ」

「なんだ、俺のか」


蔵人は頷いて、

ちょっと頭を捻って、

バッと立ち上がる。


「俺のだとっ!?」


どういう事だと若葉さんを見ても、さも当然でしょという顔で蔵人を見上げる。


「ビックゲームでの君の活躍からしたら、当然の事じゃない?Aランクを倒すし、30人余りをベイルアウトさせるし。あそこまで行けたのは、半分以上蔵人君の奮闘があったからでしょ?」


若葉さんの真っ直ぐな視線に、蔵人はゆっくりと首を振る。


「確かに、Aランクと対峙して退けはした。だが、それはファランクス部のみんなが居たからだ。ファランクスはチーム競技。みんなの力が上手く合わさったから、全国3位にだって成れた。そういうものだ」


雑誌の取材で高野さんにも言った事だけど、ファランクスはあくまで団体戦。それで個人の実力を推し量れるものではない。

先輩達が3年間、必死に練習を重ねていなければ、幾ら俺が1人が頑張った所で、あそこまでは行けなかった。

Aランクとの戦闘だって、途中で相手の援軍があれば負けていた。

そうさせなかったのは、先輩達が他の選手を抑えてくれたからだ。自分を信用して、任せてくれたからの功績だ。

チャンスを作ってくれて、与えてくれたのはファランクス部の先輩達だと、蔵人は分かっていた。

蔵人の考えを聞いて、若葉さんと白井さん以外のみんなが、少しウルッと来ていた。


「流石、巻島君だね」

「うんうん。蔵人君ならそう言うよね」

「今の名言、みんなに教えなくちゃ…」


クラスの中からも、似たような声が聞こえた。

いつの間にか、クラスのみんなが蔵人の方に注視していた。

恥ずかしい。


佐藤君、鈴木君。君達までそんな目で見ないで欲しい。まさかファンクラブに入らないよね?

蔵人は、周りから目を背け、代わりに若葉さんを見る。

ちなみに白井さんは、「みんなが何言っているか分からないー」って顔で周りを見回していた。

若葉さんは、苦笑いを浮かべてる。


「確かに、蔵人君が言うように、ファランクスはチームスポーツだよ。蔵人君の実力が凄いんじゃなくて、美原先輩とか、3年生が強かったからだって考えの人も居るのは確かだよ」


若葉さんの解説に、横から声が上がる。

本田さんだ。


「ちょっとそれどういう事!?蔵人様の実力を分かってない人が居るの?どこのどいつよ!」

「彩花ちゃん!落ち着いて!」


林さんが、若葉さんに掴みかかりそうな本田さんを、慌てて抑える。

若干引きながら、若葉さんが本田さんに答える。


「数は多くないけど、ファランクス以外の異能力部、特にシングル部はそう思っている子が居るみたい」


それは、兼部の挨拶に行った時にも良く分かったことだ。

異能力に深く携わっている彼女達からしたら、CランクがAランクに勝てるというのが考えられないのだろう。

自分達が必死になっていい成績を残そうとしている中で、ファランクスというマイナーな選手の、しかも男子なんかに負けるはずないと、彼女達のプライドが事実を受け付けていなかった。

だから、他の異能力選手達は蔵人が上手く立ち回り、ただおこぼれを貰っただけのラッキーボーイだと思っており、精々ファランクス部のマスコットキャラだと認識していた。

シングル部を兼部しているという事実も、妬まれる要因の一つとなってしまったのだろう。


それを聞いた本田さんは、目が怖かった。


「あっ、彩花ちゃん。殺人はダメだからね?」

「なんで?」


林さんが半分冗談で、半分本気で止めるも、本田さんの目がキッと林さんを捉える。

これ、マジなヤツだ。


「な、なんでって…」


林さんも、本田さんの凶気が本物と分かり、顔を青くする。

これはフォローが必要だな。

蔵人は座って、本田さんに視線を合わす。


「怒ってくれてありがとう、本田さん。俺はそれだけで十分だ。君が怒ってくれただけで、他の人がなんと俺を言おうと気にしない」


本田さんの目が蔵人に向く。殺意は引っ込んだ様だが、まだ顔は険しい。


「良いんですか?蔵人様。こんなに舐められて。校内ランキング戦だって、蔵人様なら、もっと高い順位に居られると思いますよ?レッドナイトだって狙える。いえ、ホワイトだって…兎に角、800位なんて蔵人様のいるべき所では無いです」

「ありがとう。本当に俺は、校内ランキング戦には興味が無いんだ。3年生の卒業までに、手合わせしたい人が何人か居るだけだよ」


蔵人の答えに、本田さんはまだ納得していない顔だ。膨れっ面継続である。

攻め方を変えるか。

蔵人は、少し微笑む。


「本田さんは自分の事の様に怒ってくれるね?まるで、本田さんが俺のファンクラブ会員みたいだ」


本田さんの顔から、力が抜けた。

上手く話を誤魔化せたのかな?

蔵人が安堵していると、本田さんの顔は見る見る真っ赤になっていった。


「えっ!?な、なんで!蔵人様のファンクラ…な、なんの事言っているんだろ?わ、私知らないなー…」


両手で顔を仰いで、右上に視線を逃がす本田さん。

この慌てよう、嫌な予感がする。

蔵人が眉を潜めると、若葉さんがしれっと言う。


「本田さんは蔵人君のファンクラブ会員だよ。確か会員番号は22番」

「言わないでー!」


本田さんが、慌てて若葉さんに躍りかかる。

蔵人は、こんな身近に会員が潜んでいた事にも驚いたが、何より22という数字にびっくりした。


「22って。一体、俺のファンクラブ何人居るの?」

「今のところ、60人くらいかな?」


60…。

蔵人は目の前が薄暗くなったと感じた。

なんちゅう数が…。

そんな蔵人に、追い討ちを掛ける若葉さん。


「ちなみに、60て言う数字は校内だけの数だよ?情報では、学校外からもファンクラブに入りたいって言う声が多数上がっているんだって。なんでも、西日本からの声が多いとか」


ああ、そう言えば、非公認のグッズを販売している奴らも居ると言う話だった。

非公認よりも公認に流れ込もうとするのは分かるけど、学校に迷惑が掛からないようにしないといけないな。

その為には先ず、クラブの頭の人間と接触せねば。


「本田さん。そのクラブの代表は誰だか分かる?」

「えっと、3年生の児玉さんっていうBランクの人だった気がするけど」


児玉さんね。

蔵人は昼休みにでも、その人の元に行こうと考えた。

でも、それに若葉さんが待ったを掛けた。

なんで?


「蔵人君。児玉さんは代理代表みたいだよ。本当の黒幕は、別の人」


黒幕って…。


「それで?その本当の代表者さんは誰なんだい?」

「天隆中等部1年、広幡朝陽さんだよ」

「校外じゃねぇか!」


なんで学校外の御方が、俺のファンクラブ立ち上げているんだよ!

そう、つい興奮気味に叫んでしまった。

済まない。冷静になろう。

冷静になれば、分からなくもない。

きっと、広幡様はこうなる事が分かっていたのだ。夏休み明けに、自分が生徒達に群がられるという事を。

それ故にファンクラブを設立して、少しでも負担を減らせるようにしてくれているのだろう。


有難い。

有難いが、生徒会以上に申し訳なさが半端ない。

これは、近いうちに一度、天隆にお邪魔した方が良いだろう。

そこで、このファンクラブの在り方というか、運営の方法とかを話し合った方が良い。

外部からの接触があるのなら、何かしらのトラブルが起こりそうだから。


問題が山積みだなと、蔵人は肩を落とす。

まさか、こうも早くファンクラブが出来上がるとは…。


「設立者が朝陽嬢だからな。きっと、サマーパーティー直後から動いていたのだろう」


有難いですけれど、主人公には敵も出来始めましたから、あまり無理はして欲しくないですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 「ありがとう。本当に俺は、校内ランキング戦には興味が無いんだ。3年生の卒業までに、手合わせしたい人が何人か居るだけだよ」 いや、そんなに継続させようとするなよ…。まぁ、流石に3年生卒業前…
[気になる点] ファンクラブ…まあそら出来ますよね。黒幕が広幡様だったのは流石に予想出来ませんでしたが… 広幡様がファンクラブ会員Noが0番か1番かだとして、島津妹がその次くらいに入ってそう、いや、で…
[一言] シングルの大会ですか。 二千人となると、序盤のふるい分けにバトルロイヤル、数名のシードを加えて16人から32人のトーナメントですかねー。 子供の頃は厳しかったですけど、今の蔵人なら組合せ次第…
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