179話~おーい。早く帰ってこーい~
校内ランキング戦が解禁されてから、昼休みや放課後にシングル戦を行う人が続出し、大きく盛り上がりを見せていた。
桜城高等部への進学を考えている3年生は勿論の事、1,2年生も積極的に参加しているみたいだ。
放課後に担任の先生へ相談しに行っている娘や、部活前に競技場へと歩く集団を度々見かけた。
蔵人にとっては、ただの数字にしか見えなかったランキングだが、思いの外、桜城生には重要みたいだ。
中には、蔵人の順位を見て、首を傾げる娘もいた。
「あれ?噂の黒騎士は随分と順位が低いんだね?」
「やっぱり、ビッグゲームでの活躍って盛られていたのかな?」
「集団戦だと、他の人の活躍に乗っかれるからね。やっぱりシングルじゃないと実力は分からないよ」
そんな声がパラボラ耳に集まって来ていた。
彼女達にとっては、校内ランキングもその人を計る大事な指標の様だ。
言いたい人には言わせとけばいいと思うのだが、蔵人の周りはそう思わない娘もいる。
特に顕著なのだ、鈴華だ。
蔵人の悪評を聞きつけると、一目散にその元凶へと駆け付けて、「何言ってんだこんにゃろう」と睨みを利かせる。
それでも引かない相手には、ランキング戦を仕掛けているらしい。
この前、ランキング表を見に行ったら、彼女の順位が69位から54位に上がっていた。
何でも、シングル部のBランク1年生と戦って、勝ってしまったらしい。
蔵人を疑問視する娘は、シングル部の、特にランク派に多い。その為、疑問視する声の大元をぶっ飛ばしに行った彼女は、自然とシングル部へ足を向けていた訳だ。
1年生とは言え、選りすぐりのシングル部員に勝つとは、流石は鈴華である。
彼女のお陰で、蔵人のパラボラ耳にすら、陰口は聞こえなくなった。
ファランクス部の評価が下がらなくて良かったよ。ありがとう、鈴華。
そんな鈴華に負けじと、伏見さんや秋山先輩達も練習に力を入れている。
ファランクス部員も、今はランキング戦に夢中になっているらしい。
そんな盛り上がりは校内ランキング戦だけに留まらず、来月初旬に開催される体育祭の準備にも、同様に熱が向けられていた。
体育祭とは、運動会と似ている行事だ。
小学校の運動会は赤白組に分かれて競い合っていたが、桜城の体育祭は東西南北の4チームで競い合うのだとか。
チームは年次ではなくクラス単位で分け割れ、1チーム凡そ7~8クラスの集まりとなる。
どんな基準で割り振られるのかは教師のみが知る所ではあるが、若葉さんの情報では、魔力ランクが均等になるように分けられているそうだ。
なので、3年生にAランクが多めに割り振られたチームは、1,2年生のクラスではAランクが少なく配置される。
これは、体育祭でも異能力が使用出来るからだ。高ランクの数を均等にし、チーム同士の力量差を出さないようにしている。
競技にも寄るが、異能力が使用可能な種目はかなり多く用意されるらしい。
実施される競技を決めるのは、体育祭実行委員の範疇となるが、例年8割近くの種目が異能力を使った競技であり、そのうち3割が異能力戦並にバチバチやり合う競技との事。
クラスのみんなは、どのクラスと同じチームになるのか、どんな競技があるのか、安綱先輩と一緒に競技に出られたらいいな等、既に熱い議論を展開している。
そんなクラスの盛り上がりを傍目に、西風さんはため息を一つ着く。
「はぁ。いいなぁ。僕もみんなみたいに楽しみたかったなぁ」
そんな風に残念がる彼女だが、こうも暗い理由は明白だった。
来週月曜日にある、追試試験で頭がいっぱいなのだ。
西風さんは、数学で赤点を取ってしまったので、それが心に引っ掛かってしまい、体育祭のワクワク気分に浸れない状況であった。
彼女のような境遇の人は、今回のテストでは割と多かった。
特に、ファランクス部内ではなかなかの阿鼻叫喚具合であった。
赤点王の祭月さんを筆頭に、鈴華、伏見さんは当たり前で、2年生の先輩にもチラホラ追試者が出てしまった。
みんな、全国大会での激闘を優先したことで、勉学がおろそかになってしまったみたいだ。
幸い、新しく入ってきた1年生の追加部員達に追試者がおらず、その子たちが鈴華と伏見さんの勉強を見てくれることになった。
そう、新1年生部員についてだが、先日、鹿島部長の篩テストが開催された。
応募してくれたのは、なんと98人。
当初、蔵人が予想していた50人を遥かに超え、これだけの人数が集まってくれた。
嬉しい誤算だ。
そんな彼女達に、先ずは体力テストを受けてもらった。
蔵人達が階段ダッシュをしている間に、部長達は外周を走って来ていた。
帰って来た時、希望者は40人にまで減っていた。
そんなに減らして大丈夫?とも思ってしまうが、ファランクスは体力勝負な面が多い。
仮令、強力な異能力を使えたとしても、足を止めてしまってはその異能力も持ち腐れとなってしまう。
そこからは、異能力のテストとなった。
蔵人も、攻撃型の娘達を受け持ち、彼女達の攻撃をひたすら受け止めていた。
25名も相手にしなければならなかったので、蔵人にとっても良い訓練となった。
大半の娘は、似たような攻撃しかしてこない。これが、魔力絶対主義の弊害だ。
中には、弾頭に回転を加えて威力を上げようとする娘や、刃を小刻みに動かしてせん断力を上げようとする娘も居た。
そういう娘達は、副部長権限で即採用させてもらった。
自ら工夫をしようとする気概が、強くなるためには何よりも重要だからね。
逆に、攻撃を外しまくる娘や、攻撃の際に目を瞑ってしまう娘は外させてもらった。
彼女達を見ていると、藤浪命さんを思い出してしまう。
彼女と同じように、他者を傷付けることに抵抗があるのだろう。
それは悪い事ではない。寧ろ、素晴らしい事だ。
それなのに、無理に異能力戦に参加して、性格を捻じ曲げてしまう方が可哀想だ。
岩戸の監督の様には成りたくない。
そうして、我々の試験に見事に合格したのは、Cランクが15人、Bランクが3人であった。
その精鋭18人の内、鈴華や伏見さんのお友達も何人か合格していた。このお友達が、彼女達の勉強を見てくれることになっている。
と、いう事で、蔵人は心置きなく修行に打ち込める。
「ごめんなさい、蔵人ちゃん」
蔵人が朗らかな顔をしていると、鶴海さんが蔵人の袖をちょいちょいと引っ張った。
なにその可愛い動作。
じゃなくて。
「どうかされました?鶴海さん」
「今週末、私たちはこの子を見る事になってしまったわ」
そう言って、鶴海さんが連れて来た人物を見て、蔵人は力なく笑った。
「冗談でしょ?」
その週の日曜日。
蔵人は高級住宅街の一角、とある一軒家の前に立っていた。
3階建てで、クリーム色の壁が積み木のように積み重なり、幾何学模様を作り出している。
まるで、デザイナーズマンションである。
これが一軒家なのか?と、蔵人は表札を2度見した。
いや、今もう一度見たので3度見だ。
蔵人の家もなかなか大きいが、これに比べたら格の違いが浮き彫りになってしまう。
表札には〈北岡〉と書かれているから間違いは無いのだろうけど、本当にここが祭月さんの家で合っているのかという不安が拭えない。
すると、
「おーい。どうしたー?」
声が前からした。
見ると、重厚そうなオーク材のドアから、顔だけ出した祭月さんが不思議そうにこちらを見ていた。
良かった。合っていた。
蔵人は漸く、胸の中の空気を吐き出し、祭月さんの案内で高級住宅に入る。
外からの見た目通り、中も凄い。吹き抜けの玄関の先にリビングがあり、グランドピアノがデデンと幅を利かせている。
それでも、リビングはまだまだ余裕があり、ピアノの隣には大きなソファーが大型テレビを囲い、その間にガラス製の低い机が鎮座している。
今はその机の上に、テキストやら教科書やらが乗っているので、生活感がそこだけ生えている様に感じる。
真っ白いソファーに座るのは、ダークブルーの髪を1つに束ねて肩に流した鶴海さん。先に来て、祭月さんの勉強を見てくれていた。
彼女がこちらを振り返って、手を振ってくれる。
振り返す蔵人。
「遅れてごめん」
「全然。私が早く来過ぎただけだから」
待ち合わせ時間ギリギリで来た蔵人だったが、鶴海さんは早めに着いたらしい。
どちらが礼儀上正しいのかは、家主との関係性もあるだろう。
「おーい。2人とも何飲む?コーラか?サイダーもあるぞ?」
祭月さんがキッチンから声を掛けてきた。
アイランド式のシステムキッチンだ。欧米みたい。
しかし、炭酸飲料ばかり候補に上げてくるね。オススメなのかい?
「私は、またアイスコーヒーを頂きたいわ」
「ああ、じゃあ俺もそれで」
「ほーい。翠はまたミルクだけ?蔵人は?」
「ええ。ミルクをお願い」
「俺はブラックで」
蔵人の注文に、キッチンの影に隠れていた祭月さんの頭がピョンと飛び出した。
「ええっ!ブラックだって?よく飲めるな、あんなの」
「大人ね、蔵人ちゃん」
2人が賞賛の目でこちらを見てくるので、それを遮る様に手を振って否定する。
「いやいや。ただの好みですよ。逆に砂糖やミルク入れたら飲めなくなるんです」
そんなにキラキラ見られても困る。
コーヒーはブラックで飲むのが習慣になっていた為、今更変えられなくなってしまっただけだ。最初に飲んだのがブラックだったと言うのも大きい。ファーストインパクトって大事と言うこと。良くも悪くも。
祭月さんが飲み物を持って来てくれて、勉強開始だ。
全ての教科で赤点を取った祭月さんは、完璧に準備するとなると膨大な時間を要する事になる。
故に、必要最低限の知識を詰め込んでいく戦法を取る事にした。
先ずは国語や数学といった、テクニックが必要なもの。社会と理科は最後だ。暗記物はなるべく新鮮な状態を維持して、本番に挑んでほしい。
「先ずは物語を読んでね。テストの時も全部読んだの?」
「もちろん、読んだぞ!結構面白かったから、続きが読みたいんだが、どっかに売って無いのか?」
「ええ、そうね。先ずはテストに集中しましょう?此処に、この時の作者の考えを述べよってあるでしょ?」
「これな!聞いてくれよ!私は、これ書いた人は絶対に王様が嫌いだって思ったんだ。だって主人公に嫌がらせするじゃん?なのに〈✕〉だったんだ。私、間違った事書いてないよな?」
「ええっとね、テストでは自分の感想を書くんじゃないのよ?この問の斜線部を見て?ここから…」
かなり難航したが、何とか少しづつ進んでいく追加試験対策。
「えっと、次の問題は…蔵人ちゃん。この数学の問題解けた?」
「ああー…実はそこ、三平方の定理使っちゃったんですよ。なので、正規での解き方は…ちょっと…」
「ええっ、三平方って、確か3年生の範囲じゃない?流石蔵人ちゃんだわ。ねぇ、どうやったの?」
「先ずここで線を引いて、コイツが二等辺三角形になるんで…」
「あっ、それでここの高さを求めたのね!凄いわ…」
「おい、2人でイチャイチャしていないで、私の勉強を見てくれ!」
いつの間にか、2人で話し込んでしまっていた蔵人と鶴海さん。
そんな2人に少し怒った顔の祭月さん。
鶴海さんの頬に、若干赤みが差す。
「い、イチャイチャなんてしてないわ!ねぇ、蔵人ちゃん」
「ごめんごめん。つい楽しくなってしまった」
「ちょっと、蔵人ちゃん、ちゃんと否定しないと」
顔が赤くなった鶴海さんが、必死に蔵人のシャツを掴む。
そんな鶴海さんに、蔵人は少し悲しそうに微笑む。
「すみません。ご迷惑でしたね」
「め、迷惑なんて、私はそんな。蔵人ちゃんの方が、その…」
鶴海さんが口ごもる。
そんな2人に、呆れ顔の祭月さん。
「おーい。早く帰ってこーい。このバカップル!」
「なっ!かっ、カップ…」
「ごめんごめん。じゃあ、ここの問題は飛ばして」
「ちゃんと否定して!蔵人ちゃん!!」
首まで真っ赤になった鶴海さんが、蔵人の肩を激しく揺らす。
そんなこんなで、途中脱線する事もあったが、予定通り英国数の主要3教科を終えた。
時刻は正午を少し回ったところ。このまま行けば夕方には全てが終わるだろう。
蔵人がそんな皮算用をしていると、すぐにその構想は打ち砕かれる。
祭月さんが、いそいそとテレビデッキの下から黒い箱を取り出し始め、自然な流れでソイツの電源を入れた。
真っ暗だったテレビ画面に映ったのは、CAP○OMの商標ロゴ。
「なぁ~に自然に、ゲーム機の電源入れてんだ」
「うわっ、びっくりした」
「こっちがびっくりだわ!」
目を見開いて振り返る祭月さんに、蔵人は頭を抱える。
やっと半分終わったところなのに。
そんな蔵人の肘を、ツンツンとつつく鶴海さん。
「蔵人ちゃん。丁度お昼どきだし、良いんじゃない?休憩って事で」
「おっ!さっすが翠!分かってる〜」
ちょっと調子に乗った祭月さんの口調に、蔵人は口を出しそうになりながらも、鶴海さんの顔を見て抑える。
「鶴海さんがそう言うのでしたら、分かりました」
という事で、急遽昼休憩となった。
昼食は、蔵人も鶴海さんも家でお弁当を用意して来ていた。
蔵人のお弁当は、柳さんお手製。卵焼きにウィンナー、小松菜の炒め物におかかご飯と、彩りも味も良しのお弁当。
鶴海さんも、お父さんお手製なのだとか。
祭月さんは冷蔵庫からプリンを取り出して、ゲームしながら口に運んでいた。
「だぁああ!今の被弾判定おかしいだろ!反則だ!亜空間タックルだ!」
緑色の大きな魚に吹き飛ばされて、プリンの欠片をそこら中にまき散らしながら叫ぶ祭月さん。
普通に、行儀悪い。
蔵人達2人は、祭月さんの様子に苦笑いを浮かべるも、特に言及せずに彼女の楽し気な声をBGMに昼食を進めた。
勉強の時は死にそうな顔をしていた祭月さんも、こうして好きなことをしている時は顔が生き生きとしている。
画面の向こうのキャラクターに合わせて体を揺らしている姿は、晴れの日のピクニックの最中、子供がスキップしているかのようだ。
画面の向こう側では、次々と大型の怪物を倒していく祭月さん。
「…上手いな」
蔵人の言葉が漏れる。
鶴海さんがそれを聞きつけ、こちらを見上げる。
「意外ね。蔵人ちゃんもするの?」
「いえ。僕は全然」
ゲーセンに通っていた時期もある黒戸だったが、それは尾行対象に気取られない為の演技程度であり、テレビゲームについては殆どやったことはない。
せいぜい今みたいに、人のプレイを見ている程度だ。
「自分ではやらないんですけど、傍から見ても上手いなと思いまして」
「そうね。確かに、さっき祭月ちゃんが叫んだ時以外、転がされていないわね」
鶴海さんの指摘に、蔵人は頷く。
そう。祭月さんは先ほどから、一切被弾せずにゲームをクリアしている。
怪物の攻撃を、転がったり武器でガードして、上手く避けている。
仮令、画面外の攻撃でも、まるで背中に目が付いているかのように回避して、振り向きざまに大剣を相手の足や腹に当てていた。
「上手いね、祭月さん。随分とやりこんでるの?」
「そうか!上手いか!?でも、買ってまだ1週間もしてないぞ?」
上手いと言われて、コントローラーを鷲掴みながら輝くような笑顔を向ける祭月さん。
1週間前って、テスト終わってすぐに買ったらしい。
そんな短時間でこんなに上手くなるなんて、彼女にはゲームの才能があるのかもしれない。
いや、違うな。
「さっきの攻撃とか、画面外なのによく躱せたね?何かコツとかあるの?」
「コツ?なんかよく分からないけど、なんとなく分からないか?こう、相手がここら辺にいて、尻尾がここら辺にあるから、尻尾振り回し攻撃が来たら、こうやって避ければいいんだ」
彼女が画面外を指さしながらキャラクターを操作すると、彼女が言うように怪物の攻撃が来て、キャラクターは上手いこと攻撃を避けていた。
ほぉ。もしかしたらこの娘は…。
蔵人は、一つの仮説を立てた。そして、それを試してみる事にした。
赤点王、もとい、祭月さんの勉強回でしたね。
「不思議だな。この娘はビッグゲームに出ていないだろう。ずっと補習で缶詰になっていたはずだ」
あ~…。きっと、それだけ勉強に熱が入らないのかと…。
「どうにかせねばならんだろう。このままでは、来年のビッグゲームも缶詰になるぞ?」
な、なるほど。
敵は何も、相手校だけではないのですね。