174話~ハルバート!~
「では、次は容赦なく行くぞ」
ローズ先生のその一言の直後、水球が一斉に放たれ、蔵人へと殺到した。
蔵人は、瞬時に水晶盾を2枚、目の前に生成して、それをクロスさせて水球を迎え撃つ。
万が一、このクルセイダーが突破された時を考え、内側に魔銀盾も用意した。
だが、クルセイダーに当たった水球は全て弾け飛び、水晶盾は表面のみが削られるだけであった。
過剰防衛だったな。水球は、精々Cランク上位の魔力しか込めていなかったみたいだ。
「ほぉ、中々の防御性能だ」
盾の向こう側から、そんな声が聞こえた。
見ると、さっきまで蔑んだような目をしていたローズ先生が、今は目に光が戻り、ゆらりと踊っていた。
「では、これはどう防ぐ?」
ローズ先生の頭上に水の魔力が集まり出し、やがて水の槍が生成される。
切っ先が白銀に輝いている。Bランク相当の攻撃だな。
先生は、暫く水槍を頭上に浮かべていたが、蔵人が構えた盾をそのままにしているのを見て、小さくため息をついた。
恐らく、こちらが魔銀盾を出す時間を作ってくれていたのだろう。
でも、一向に水晶盾から変化しない事から、水晶盾までしか作れないと落胆したと。
大丈夫ですよ。この水晶盾のクルセイダーは、魔銀盾並の防御力を誇りますから。
ローズ先生の水槍が、切っ先をこちらに向けて来た。そして、水球とは比べられない程の速さで飛んで来る。
蔵人はそれを、水晶盾のクルセイダーで受け止める。
ギンッ!と、金属同士がぶつかる音が響き、水晶盾が若干押される。
表面に設置した1枚目が貫通された。後ろの2枚目で、漸く白銀の刃が止まったが、突き刺さった場所には小さな穴が開いてしまった。
流石は全英チャンプ。円さんの攻撃すら受け切ったクルセイダーに穴を開けるとは。
そう、蔵人が感心している向こう側で、
「なんと、Bランクの攻撃を防ぐのか」
再び鋭くなった瞳で、ローズ先生がこちらを見ていた。
「そうか。だから安綱は君を推したのだな。確かに、その防御性能には目を見張るものがある。だが、そのまま亀の様になっていては、このシングル戦において勝利することは出来ない。さて、どう出る?少年」
先生は挑戦的な笑みを浮かべて、こちらを挑発してくる。
ならば、答えを返さねばなるまい。
蔵人は、小さな水晶盾を大量に生成し、それを空中に浮かべる。そして、それらを高速回転させる。
「シールド・カッター」
普段は無回転で飛ばすそれを、今回は凶悪な回転を加えて放つ。
先生程の手練れであれば、これくらいで怪我をすることがないだろうと思ったからだ。
その先生は、
「なっ!盾が、動くだとぉ!?」
これ以上ない程に、驚愕の表情と声を上げていた。
ああ、そうか。こうも速く盾を動かせるのは、俺が覚醒者になっているからだったな。
蔵人は納得しながら、無数の盾を動けないローズ先生へと突撃させる。
それに対し先生は、
「アイスアックス!」
彼女の周りに、手斧らしき短い斧が幾つも出現し、向かってきたシールドカッターを迎撃し始めた。
数で言えばシールドが上。だが、先生の手斧はBランク上位程の威力があるみたいで、次々とシールドを切り裂いていった。
きっと、斧の刃に魔力を集中して、より攻撃力を上げているのだろう。
素晴らしい。流石は、桜城シングル部の専属顧問。
蔵人が感心いている間にも、シールドカッターは全て迎撃されて、残ったのは顔を強張らせたローズ先生だけだ。
「なんなんだ、この子は…」
「ふっふっふ。凄いでしょ?ローズ先生。これが黒騎士の真骨頂、動く盾ですよ!」
絶句するローズ先生に、立派な胸をグイッと張り出す朽木先生。
そう言ってくれるのは嬉しいのですがね。何故、先生がそんなにも得意気なんです?
それに貴女、審判なんだから公平にジャッジして貰わないと。
蔵人はため息交じりに、水晶盾を複数枚生成する。
シールドカッターでは、アイスアックスに迎撃されてしまう。
で、あるならば。
「ホーネット」
水晶盾が組み合わさって作り出される、半透明な女王蜂の軍団が、その鋭利な螺旋の先を先生に向ける。
それらが真っすぐに、土ダルマとなっているローズ先生に向かう。
先生は一瞬、驚いた表情を浮かべるが、直ぐに鋭い目をして周りに水の魔力を出現させる。
「アイスアックス!」
極大の水球から、無数の手斧が生成され、それらがホーネットを迎え撃った。
女王蜂の針と斧の刃が交わる。
数秒間の間、鍔迫り合いを繰り広げるが、やがて手斧の刃が砕けてしまった。
威力を集中するのはドリルが上と。
やはり、ドリルは良い。
満足気に笑う蔵人とは対照的に、ローズ先生は必死な形相で声を張り上げる。
「トマホーク!!」
巨大な水球から、人間大の輝く槍が生成された。
乱反射する宝石のような槍。間違いなく、Aランク級の攻撃だろう。
その槍が、ホーネットを目掛けて飛んで来た。
迎撃する女王蜂の群れ。
だが、その乱反射する槍に触れた瞬間に、ホーネットは全て掻き消えてしまった。
なるほど。こいつはただのAランクではない。Aランクの中でも、あの刃はAランク上位に近い威力だろう。
ローズ先生の力量を推し量る蔵人。
そこに、ホーネットを切り裂いた金剛槍が突っ込んでくる。
これを受けるには、ランパートでは荷が重い。
「デュオ・ランパート!」
二重にしたランパートで、金剛槍を迎え撃つ。
金剛槍は、1枚目のランパートに突き刺さり、貫通し、2枚目のランパートの表面に突き刺さった。
暫く貫こうとしていた槍だったが、やがて勢いを殺して、そのまま消えてしまった。
海麗先輩の黒拳並みの攻撃力…かな?
「馬鹿なっ!私のトマホークを受け止めただとっ!?」
溜まらず、ローズ先生が声を上げる。
Cランクの盾では、絶対に防げないと思っていたのだろう。
その証拠に、ランパートに空いた穴は、随分と低い位置だった。
恐らく、ギリギリ体に当たらない位置に着弾させて、力量差を示そうとしていたのだろう。
だが、目算が外れただけで、そこまで動揺していたらダメですよ?
蔵人は、攻撃が止まったローズ先生に向かって走り出す。
そっちが攻撃しないなら、今度はこっちの番だ。
「くっ!アイスアックス!」
駆け寄る蔵人に、水の手斧が10本以上出現し、こちら目掛けて飛んできた。
蔵人はそれを、通常のランパートで全て受けきり、右目だけを大きく開く先生に肉薄する。
そして、こちらの拳が届く範囲になると、
「シールド・ドリ…」
「ハルバート!」
蔵人の拳が振り抜かれるより早く、先生の魔力が更に鋭利な武器を生み出し、蔵人のドリルとぶつかった。
見ると、巨大な刃を付けた大槍が、乱反射する刃をこちらに向けて迫っていた。
所謂、戦槍と言う奴だろうか。
先程のトマホークよりも濃厚な魔力を感じる。それに、こちらを押し返す力も比べ物にならない程に強い。
蔵人は、ドリルの角度を変えて、戦槍を受け流す。
だが、流した筈の戦槍は、すぐに軌道を修正して、蔵人を両断せんと襲ってきた。
不味い!
蔵人は全身の龍鱗を総動員して、後方へと飛び退る。
それでも、迫って来ようとした戦槍に、ランパートで対応する。
だが、ランパートは戦槍の刃に触れた瞬間に切り裂かれていき、見事に両断されて消えてしまった。
これは相当な攻撃力だ。刃だけで言えば、Sランクに匹敵するんじゃないか?
瞬時にそう判断し、先生との距離を更に空ける。すると、戦槍は漸く追うのを止めてくれた。
こいつを受けるには、デュオ、いや、トリオ以上の防御力が必要だ。
だが、先程の動き、先生は相当の手練と見える。そんな相手に、トリオ程の複雑な集合体を操る技量は、今の俺には無い。
必ず、数手打ち合った後に隙を晒し、両断されてしまうだろう。
では、どうするか。
蔵人は苦虫を噛み潰す。
ハンデを、使わざるを得ない。
蔵人は、先生に向かって走り出す。
それを、先生も鋭い視線で受け止める。
蔵人がどう動いたとしても、全て凌いで見せるという強い意志を感じる。
彼女の傍らには、サファイアの様に青く輝く戦槍が寄り添う。
彼女の体が自由であれば、それを手にして戦場を舞っていたのだろう。
そうさせない拘束具が、今は頼もしい。
蔵人と先生の距離が、先程と同じくらいまで接近する。
先生の戦槍が、刃を煌めかせる。
と、それよりも先に、
「欺瞞盾」
蔵人が動いた。
先生の周りを、薄い鉄盾の吹雪で満たす。
先生は、蔵人に振り下ろそうとしていたハルバートを振り回し、鉄盾を消そうとしている。
チャフは先生の右側にばら蒔いた。つまり、先生の視界は殆どゼロとなっている。
そこに、
「ホーネット」
先生の背後に回った蔵人が、先生に向けて20匹以上の女王蜂を放つ。
先生の戦槍が、こちらに向かってくる。だが、こちらが見えず、音も十分に聞き取れない先生では、蔵人を確実には捉えられなかった。
その間にも、女王蜂は先生の土塊に群がり、容赦なく拘束具を削った。
女王蜂が飛び去った後に残ったのは、顔の土だけを残し、ハルバートを手に持ち呆然としているローズ先生の姿であった。
「バカな、こんな、こんなことが男に…」
そう言って暫く、ローズ先生は口と目を閉ざした。
「済まなかった、少年。いや、巻島蔵人君。このとおり、先程の暴言を謝罪する」
漸く動き出したローズ先生は、真っ先に蔵人の元へ来ると、深々と頭を下げてしまった。
認めてくれたのは嬉しいのだが、そこまでされると恐縮だ。
「先生。頭をお上げください。謝罪はしっかりと受け取りましたので、過去のわだかまりは流し、この先の事について話し合いませんか?」
蔵人がそう提案すると、先生はゆっくりと頭を上がって、ちょっと気まずそうに笑った。
「そう言って貰えると助かる。流石は、安綱が推薦する選手なだけはある。完敗だ」
「とんでもない。あれだけのハンデを頂いていたのですから」
身動きが取れないだけでなく、片目を奪って距離感と死角を作っての戦闘だ。戦力の半分近くを削ぎ落された状態であった。
それを利用させて貰ったから、最後は先生に勝てたのだ。
あれで拘束具がなければ、攻撃も容易に避けられて苦戦していただろう。
そう思って発言した蔵人だったが、3人に凄い目で見られてしまった。
「何言っているんですか、蔵人君。ローズ先生にアックス系を出させただけでなく、お得意のハルバートまで使わせたんですよ?それで勝てちゃったんだから、ハンデなんて殆ど無いようなものです!」
興奮気味に力説する朽木先生に、隣のローズ先生も苦笑いをしながら頷いた。
「本当の事を言うとな、体を拘束するだけではなく、Bランク以上の異能力を使わないと決めて試合に望んだんだ。けれど、結局使ってしまった。そこまでしても、君に土を削られた。一欠けらで良い所を、殆ど全て無くなってしまったからな。完敗以外に何と言おう」
「蔵人。謙遜も過ぎれば、受けた者を傷つけてしまう事もあるぞ?」
うっ、確かに、安綱先輩の言う通りだ。
この場合、ローズ先生が大したことないと聞こえなくもないからね。
「すみません。皆様の賛辞に、感謝いたします。それで、試験結果は合格でしょうか?」
「勿論ですよ!ねぇ?ローズ先生?」
「ああ、合格だ。寧ろ、4月の時点で君の希望を蹴った事が悔やまれる。新人戦に君が居れば、優勝できていたかもしれないのに」
本当に悔しそうにするローズ先生に、朽木先生が朗らかな笑みを向ける。
「良いじゃないですか。本番の全日本には間に合うんですから。これでCランク戦の優勝は貰ったも同然ですね!」
満面の笑みの朽木先生に、しかし、それを受けたローズ先生は更に難しい顔になり、顎に手を当てて考え出す。
「巻島の実力であれば、全日本でも勝ち抜ける可能性は十分にあるだろう。だが、今年出場できるかどうかは、少し考えた方が良い」
「えっ!?ちょ、ちょっとローズ先生!それってどういうことですか?」
「朽木先生。全日本のCランク地区大会まで、あと2か月程度しかない。こんな直前で、突然入って来た1年生に出場枠を割けば、必ず部員達から反感を買う。特に、3年生達からは凄いだろう。自分が選ばれたかもしれない1枠を、彼に取られたと思う奴も出てくるだろうからな。そうなった場合、先ず一番に責められるのが、この子自身だ」
うん。それは、俺も一番に気にしていたことだ。
蔵人も難しい顔をして、顎を摩る。
狭き門であるシングル部に何とか入部し、周囲の人間に負けじと3年間頑張って来た先輩達。彼女達はきっと、この全日本に出場する為に、数えきれないほどの努力と苦痛と屈辱の中を這いずり回って来ただろう。
そんな時に、突然入って来た1年生の、それも男子に出場枠を取られれば、先輩達だけでなく部全体の士気が一気に下がるだろう。
部活として、優秀な選手に活躍してもらう事はとても重要だ。
だが、部活として成り立つには、部員の確保が何よりも重要だ。
優秀な選手を1人確保しただけ、他の選手が軒並み止めてしまったら、部活自体が無くなってしまう。
桜城シングル部という花形部活を、蔵人と言う選手1人の為に潰す訳にはいかないのだ。
入部させるのはいいが、出場は難しいというのはこういう事。
それ故に、ローズ先生も、先ほどの蔵人も悩んでいたのだ。
ローズ先生に諭された朽木先生が、不満げに口を尖らせる。
「でも、そんな事言っていたら何時まで経ってもCランクで全日本優勝なんて出来ませんよ?蔵人君を入れて、みんなのお尻を叩いたらいいじゃないですか?凄い1年生もいるんだよって、1年生でも頑張れば、出場できるんだよって知らしめれば、寧ろ部としても盛り上がるんじゃないですか?」
「た、確かに起爆剤となればいいが、それが効き過ぎて粉々になってしまう。そもそも、巻島への負担を考えれば、今年は見送り、来年に出場してもらった方が良い」
朽木先生の意見も、ローズ先生の考えも分かる。
普通の選手なら、朽木先生が言われるみたいに奮起することも期待できるだろう。
だが、相手は中学生だ。
多感な年ごろで、挫折もまともに味わったこともない子供たちに、3年間の努力を揺るがす衝撃は少々刺激が強すぎるだろう。
特に、シングル部はプライドの塊だ。
そういう子達は、折れたらなかなか立ち直らない。
今が4月なら、全日本までに折れた箇所を補強して、逆に強くすることも出来たかも知れない。
だが、今はもう9月。全日本開始までに時間がない。そんな時に調子を崩せば、Cランクだけでなく他のランク帯の出場選手にも悪影響となるかもしれない。
分の悪すぎる賭けなのだ。
だがそれは、今現在ある学校の出場枠を使うから起こる問題。
で、あるならば。
「ローズ先生。学校の出場枠を増やす方法などはありませんか?例えば、全日本よりも前の大会で良い成績を残すとか」
「学校の枠は、前年度の全日本での成績が物を言う。それ以外の大会で優勝しても、全日本には影響はないんだ」
蔵人の質問に、残念そうに首を振るローズ先生。
そうか、そういう所もファランクスと一緒なのか。
では、どうするかと蔵人も首を捻っていると、そこに、ローズ先生の言葉が明るく続く。
「だが…そうだな。一応、推薦枠という物がある」
推薦枠?
少し期待の籠った目でローズ先生を見ると、先生は説明してくれた。
推薦枠とは、大会運営が用意する特別な選手枠である。
多くの大会で成績を残した選手や、何かしらの功績により、世間的に知られる選手を大会運営が選出し、ゲストとして全日本に招待する枠があるのだとか。
主に、海外で活躍している日本人選手や、学校に所属していないフリーの選手にも出場してもらうための処置らしい。
と言うのは表向きで、恐らく集客率アップのための処置だろう。
名が売れている選手が出場すると言うだけで、観客や視聴者は一気に増えるだろうから。
まぁ、あくまで推測の話だし、自分にとって有難いことには変わりない。
「分かりました。では、私はその推薦枠と言うのを狙っていきたいと思います」
肩の荷が下りた蔵人は、朗らかにそう言った。
だが、ローズ先生の困り顔は治らない。
「確かに推薦枠なら、我が校の出場枠を使わない。だが、物凄く難しいものと聞くぞ?確かではないが、そこそこ大きな大会で優勝を複数獲得せねばならないという話も聞く」
「それは、全日本までに大会自体が開かれていないという事でしょうか?」
「いや、シングルの大会は日本各地で開かれている。東京特区だけでも、隔週で何処かの区は大会を催しているくらいだ。大会への参加も、参加申請をするだけで出場出来るから、そこは問題ない」
それであれば、問題ないな。
ローズ先生の答えに、蔵人は安堵する。
「では、先ずは直近の大会で良い成績が残せるよう、頑張りたいと思います」
「う~ん。そうだな。それが一番、桜城シングル部としては有難いことだ。だが、君にとっては茨の道だぞ?いいのか?」
「望むところです」
蔵人の勇ましい笑みに、ローズ先生は漸く微笑みを零した。
「分かった。では、私の方で大会は探しておこう。確か再来週開催されるMINATOシティー大会がまだエントリー出来た筈だから、申し込みしておいていいかな?」
「助かります。宜しくお願い致します」
こうして、蔵人はシングル部に兼部することとなった。
当面の間は、大会推薦枠を狙って、各大会に参加することとなる。
ファランクスでは副部長として、シングル部としては道場破りとして、忙しい日々になりそうだ。
無事にシングル部を兼部となりましたが…出場は難しいですか。
「何も知らないローズ嬢からすれば、来年再来年に出場させるつもりなのだろう。部の調和を取るのも、指導者の役割だからな」
まさか、対アグレスの為に活動しているなんて思いませんからね。
「言える筈もないからな」