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173話~全く、そんな冗談を言って…~

ファランクスの部活練習が終わった、その後。

蔵人はシングル部へと足を向けていた。

夏休み明け初日、安綱先輩から話を受けていたからね。


空には既に、夕日が落ちかけて一等星が姿を現していた。

これからシングル部で何が行われるのかは分からないが、帰るころには宵闇ドップリであろう。

柳さんに昨日、事前報告しておいて良かった。

相当、心配そうに顔を歪められてしまったが…。


シングル部の訓練棟入口に着くと、そこには人影があった。

遠目から見た時は、随分と大きな人だなぁ~と思っていたのだが、近づくとそれが、2体の土塊ゴーレムであることが分かった。

これは多分、朽木先生の異能力だろうな。


そう予測しながら、蔵人はゴーレムに対峙する。

無生物なので、相手の殺気とかは分からないが、全く微動だにしないので、無闇に近付きさえしなければ、攻撃してくることは無いだろう。

そう思っていると、急に、ゴーレムの顔がこちらを向いた。


うぉっ!

まさか、自動制御か?この距離でも攻撃してくるのか?

蔵人は飛び退き、いつ攻撃されても良いように構えた。

だが、ゴーレムはこちらを見るだけで、体は微動だにしない。

……新手のカラス避けか?


こいつは害獣対策にいいなぁと、ゴーレムを見つめていると、訓練棟の扉がバンッと開いた。


「ようこそ!シングル部へ!」


そこには、両手を広げた朽木先生が居た。

どうやって、自分が来たことを察知したのだろうか?

これも、何かの異能力なのか?

蔵人は不思議に思い、ジッと、ゴーレムを観察する。すると、目の部分に光るものがある。

よく見るとそれは……小型カメラだった。

なるほど、科学と異能力が交差していた訳ね。


蔵人がシゲシゲと、ゴーレムを観察している間に、朽木先生が訓練棟の階段を駆け降りて来た。

駆け降りて…降りている途中で転びそうになりながらも、何とか体勢を整えて、蔵人の目の前に着地する。


「うわっとっと…。良く来てくれましたね、巻島君。先生は嬉しいです!これで今年は、全日本優勝が狙えますよ!Cランクは最近、全国に行けなかったので、これで…」

「先生?先生。ちょっとお待ちを」


蔵人の手を取って、ブンブン上下に振りながら喜びを爆発させる朽木先生を止めて、蔵人は静かに先生に言い聞かせる。


「私は今回、シングル部との兼部についてのご相談という事で伺った次第でして、まだ詳細を詰めてない内からそのように喜ばれると心苦しいのですが…」

「ええっ!入らないんですか?ファランクスの方が忙しいとかです?大丈夫ですよ~。練習とか合宿とかはファランクス部を優先してもらって、シングルの方は大会前とかに来てくれたら、貴方だったら十分表彰台を狙えますって!」


随分とグイグイ来るな、この先生は。

きっと、ビッグゲームでの試合も見て下さったのだろう。

この先生の評価が、シングル部全員の総意であれば良いのだが…。


「朽木先生。随分と私を買って頂いておりますが、それで他の部員から不満は出ませんでしょうか?ぽっと出のファランクス部員をシングル部に迎えるだけでも、多くの反発は予想できますし、加えて私は男です」


シングル部はこの学校の花形部活であり、多くの生徒は、ファランクス部よりもシングル部の方が上等であると考えている。

そんな中で、ファランクス部員が横から兼部してきて、更に大会にまで出場しようとするのだ。今まで頑張って大会を目指していた、シングル部の選手達から不満が出るのは必至だろう。


蔵人の推測は、凡そ当たっている風であった。

朽木先生は、硬い笑顔で汗を垂らす。


「えっと…その…何と言いますかぁ…安綱さんとかは、ほら、凄くウェルカムな感じですしぃ…」


安綱先輩はね、入試時代からずっと気に掛けてくれた。

彼女自身がAランクで、出場は確実というのもあるかも知れない。

でも、きっと彼女であれば、同じランク帯であったとしても快く受け入れてくれただろう。

人が出来ているのだ。とても、中学生とは思えない程に。


だが、他の人はどうなのだろうか?

例えば、出場出来るか分からないCランクの先輩方とか、子供っぽい風早先輩とか…。

っと、そんな事をここで議論しても仕方がない。


「先生。その辺の事も含めて、私は呼ばれたという認識でよろしいですね?」

「そ、そう。そうなんです!ローズ先生も待っている筈だから、先ずは中に入ってください!」


助かったという表情を全面に浮かべて、朽木先生が蔵人をグイグイと導く。

シングル部の訓練棟も、ファランクス部と大差はない。

でも、入口には幾つものトロフィーや表彰状、錦を飾った集合写真の数々で彩られていた。

ファランクスのように、古い栄光ばかりではない。寧ろ、真新しい物の方が目立つくらいだ。

歴代シングル部員が積み重ねた実績の数々。プライドの根源とも言える。


「ローズせんせ~!連れてきましたよ~!」


1階訓練場の入り口扉を開け放つと同時、朽木先生が元気な声を上げて、片手をブンブン振った。

本当に、元気な人だ。

微笑ましい姿の朽木先生の向こう側には、シングル部の訓練場が広がる。

煌々と照らされるフローリングの大部屋は、ファランクス部の物と同等レベルの広さを誇る。

様々な計測器が壁際に設置され、一角には大小様々な木偶人形が置かれている。

筋トレマシーン等は見当たらないので、恐らく上階に専用の部屋があるのだろう。

その広大な訓練場は、今は2人の人物だけが中央で対峙しており、より広さが際立っていた。


対峙していた2人の内、片方がこちらを向く。

朽木先生と同年代の、北欧系の美人さんだ。

青みがかったブロンズの髪を胸元まで垂らし、サファイアブルーの瞳が朝日を受けた大海原のように輝く様が、美しさの中にもキリリと凛々しさを表している。

白く薄いプロテクターに身を包んでおり、急所には青いプロテクター…じゃないな。アクアキネシスの魔力を覆っていた。

手には、大人の背丈ほどの棒を持って、それを対戦者に向けて構えていた。

彼女がローズ先生らしい。

こちらを見た彼女の目が、一瞬大きくなり、直ぐに不安そうに歪んだ。


「朽木先生。連れてくるって…私は入部希望者だと聞いていたのだが?マネージャーであれば、態々私を通さずとも、先生の判断で決めてしまって構わないぞ?」

「違いますよ!マネージャー志望者じゃありません。彼がその、入部希望者なんです!」


息巻く朽木先生。それを受けて、しかし、ローズ先生は「ふぅ」とため息を漏らす。


「全く、そんな冗談を言って…。もしかして、この前、君のプリンを間違って食べてしまったのを、まだ根に持っているんじゃないだろうな?」

「冗談じゃないんですって!プリンの事も、もう怒っていませんから!」


朽木先生が必死に訴えているのに、ローズ先生は完全に冗談だと思っている様で、困ったと言わんばかりに首を振っている。

そこに、


「先生。確かに彼が、私の推薦していた子です」


ローズ先生と対峙ていたもう1人が声を上げた。

ローズ先生と同じプロテクターに身を包んだ、安綱先輩だ。

彼女がサラリと肯定した言葉に、ローズ先輩は酷く驚いた顔をする。


「なんとっ!?この子だったのか!」

「ちょっとちょっと!ローズ先生!私の時と全然反応が違うじゃないですか!」


憤慨する朽木先生。

そりゃ、普段の言動を顧みると、朽木先生と安綱先輩では、ねぇ…。


「しかし、いくら安綱の推薦とは言え、男をシングル部に入れる訳にはいかないな」


ローズ先生は一瞬、こちらを見たのだが、直ぐに視線を外して安綱先輩の方に向き直ってしまった。

話は終わりだ。

そうとでも言うように。


やはり、先ほどの朽木先生の発言は、シングル部の総意ではなかったのか。

寧ろ、ローズ先生のように、蔵人の存在すら知らない人の方が大半なのではないだろうか。

シングル部は、夏休みの間強化合宿をしていた。

それが終わった後も、約2か月後の全日本地区大会に向けた練習に明け暮れている。

そんな中で、ファランクス部の動向など、気にしている余裕はなかったのだろう。


それ故に、男というだけで拒否されてしまう。

夏休み前と同じだ。

これが女尊男卑の世界であり、魔力絶対主義が蔓延るこの時代の常識なのだ。

さて、ではどうやってローズ先生の常識を崩したものかと、蔵人が思案していると、安綱先輩が声を上げてくれた。


「ローズ先生。一度、蔵人の実力を見てやってください。彼なら必ず、ローズ先生のお眼鏡に叶うと思います」

「実力?彼の異能力種は攻撃系なのか?」

「いえ。シールドです」


安綱先輩がそう言った途端、ローズ先生の瞳に残っていた光が失われ、盛大なため息と共に、落胆の感情が吐露された。


「安綱。いい加減にしろ。シールドでどうやって戦うと言うのだ。複数人で戦う競技ならまだしも、ここはシングル部だ。己の力のみで勝ち進む必要のある、最も過酷な競技の世界なんだぞ?男子が耐えられる訳が無い。男子がシングル部に入るなど、冗談にもならん戯言だ。良いか?もう大会まで時間がないんだ。今年こそ、全日本で入賞するんだろう?今は一分でも多く練習を重ね、少しでも経験値を稼ぐ必要があるんだ。こんな事に時間を割いている場合じゃないと、君なら分かるだろう?」

「先生。私は、先生と刃を交えるのと同じくらい、彼の戦いを見ることに意義があると思っています」

「安綱、お前…」


先輩の強い瞳の色を見て、ローズ先生は言葉を呑む。

そして、先輩に背を向けて、こちらに歩み寄ってくる。

先生が、蔵人の直ぐ目の前に立つ。彼女の青い瞳が、真っ直ぐに蔵人へと注がれた。


「良いだろう。一回だけだ。一回だけ、君の実力とやらを計ってやる」


そう言って、ローズ先生は片手で持っていた鉄の棒を両手に持ち替え、構えた。


「男だからと容赦されると思うなよ、一年坊。このローズ・フォールリーフが、本気で相手してやる」


彼女の周囲から、氷雨様以上のヒリ付く感覚を感じる。

本当に、本気で来てくれるのか。

有難い。


「よろしくお願いいたします」


蔵人は頭を下げたまま、彼女達に見えない角度で獰猛に笑った。



蔵人とローズ先生は、訓練場の中央で構える。

蔵人はシングル部用の簡易プロテクターを借りた。

正直、要らないのだが、そう言ってしまうと面倒な事になりそうなので、黙って借りている。


対するローズ先生は、土の拘束具を纏っていた。

そう、拘束具だ。

朽木先生が出してくれた土を体中に纏わせて、身動きが取れないようにしていた。更に、顔の一部にも土を纏わせ、左目と両耳を塞いでいた。

これで、大きな死角が生まれ、周囲の察知能力も殆ど失ったと言える。

全て、彼女なりのハンデである。

更にハンデとして、蔵人は先生を倒す必要は無い。

蔵人の勝利条件は、彼女の土拘束を壊したら勝利とされた。


ローズ先生の得意戦術は、棒術とアクアキネシスを使った中近距離での戦闘と聞いている。

こうして指一本動けなくしてしまえば、その特異な戦術は使えず、戦力は大幅にダウンするだろう。

それでも、Aランクの魔力量を持ち、学生時代には全英大会で優勝したこともある彼女であれば、遠距離攻撃だけでも十分脅威だ。


「それでは~、両者構えてぇ~!」


審判役の朽木先生が、ちょっと気の抜ける声を上げる。

構えてと言うが、ローズ先生は構える事すら出来ないのだがね。

それに気付いた朽木先生が、ハッとした顔になる。

…本当に、天然さんだな。


「始め!」


開始の合図と同時に、ローズ先生の周囲には幾つもの水球が浮かび上がる。


「さて、先ずは小手調べと行きたいのだが、準備は出来ているな?」

「ええ、何時でもどうぞ」


何時ぞやの、応用練習の時を思い出してしまう。

とっとと始めてもらって構わないんだけどね。


蔵人がヤキモキしていると、漸く、ローズ先生の攻撃が始まる。

数多の水球の内、一つがこちらに向かってくる。

…うん。遅い。

蔵人は盾すら出現させず、龍鱗を纏ったその手を振りぬくことで、水球をホームランボールの様に弾き飛ばした。

それを見て、ローズ先生の顔が険しくなる。


「うん?なんだ。まさか、バフを掛けているんじゃないだろうな?神聖なシングル戦において、そのような事をすれば問答無用で」

「ローズ先生!彼がそのようなことをしていないのは、先生ならお分かりではないですか!?」


ローズ先生のいちゃもんに、安綱先輩が苛立たし気に声を上げた。

やっぱり、バフを掛けると周囲からでも感知出来るみたいだ。

それにしても、安綱先輩が怒るところを初めて見た。凄く頼もしい。


ローズ先生も、安綱先輩の気迫に押されて、それ以上の問答は押しとどめたようだった。

代わりに、待機していた大小様々な水球が、一挙にこちらを向いた。


「では、次は容赦なく行くぞ」


先生の顔を見る限り、こちらが不正をしたという考えは取り下げて貰えていないみたいだ。

それは悲しい事だが、漸くやる気を出してくれたことは嬉しい。

蔵人が微妙な表情で構える中、水球が一斉に放たれ、蔵人へと殺到するのだった。

シングル部への兼部に来た主人公。

でしたが…。


「全然話が通っていないぞ?」


どうなっているのでしょう?


「恐らく、ローズ教員が原因だろう。男でシールドと言ってしまえば、会わずに切られるからな」


それで、話半分状態で直接会わせたのですね。

果たして、主人公はローズ先生に勝てるのでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 残念すぎる先生ですね。 これが顧問とか指導員なら、シングル部が弱いのも仕方ないですね。 たぶん、魔力量と魔力放出量史上主義なんだろうなぁ。 関東は関西に比べシングル部などが強いと言いますが…
[一言] 誠に申し訳ないのですが、一つ、誤字報告をば。ローズ先生が蔵人氏の入部に難色を示した場面で蔵人氏が男尊女卑の世界と申しております。差し出がましいのですが、女尊男卑に直していただきたく。見間違い…
[一言] 普通にこんな顧問に調子付かせるの嫌な感じっすね
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