170話~ちょっと話したい事が…~
眼下を走るのは、軽快に飛ばす高級車の数々。
普段は渋滞に捕まってしまい、ノロノロとストレスを抱えて走る彼らだが、今日は休日の朝。車の台数自体が少ないので、ストレスフリーでぶっ飛ばしている。
その彼らと並走する様に、蔵人は上空を飛んでいた。
そう、今日は土曜日。約束していた勉強会の日である。
蔵人は、西風さんの家に向かってフライト中だった。
前回はバームクーヘンのお土産を貰っちゃったからね。今回はしっかり、手土産を買って準備万端だ。
特区とはいえ、飛行異能力者は少ないので、30分程度で西風さんの家に着いてしまった。
もう車移動なんて考えられんな。
西風さんのお家は、かなり高級なマンションである。
久しく見たが、やはり大きく立派なマンションだ。
これで特区の中では庶民的な家と言われるのだから、堪らんよ。
「ようこそ!」
エントランスで出迎えてくれた西風さんが、元気良くポーズを決める。
前回来た時は、緊張のし過ぎで挙動がおかしかったのだが、もうそんな影は微塵もない。
部活で苦楽を共にしたからね。それだけの信頼を得られたと思うと嬉しい反面、あの姿が見られないのは少々寂しい。
「お出迎えありがとう。今日もまた、お洒落な格好だね」
「お母さんが着ろって引かなくてさ。いつの間にこんなの買ったんだか」
困ったように笑う西風さんは、白いワンピースの裾を摘まみ、首を振る。
いつもは学校の制服とジャージ姿の彼女だが、こういう服も彼女の魅力を引き出してくれる。
「いいじゃないか。とても可愛らしいよ」
そう言った後で、蔵人は「しまった」と口を噤む。
でも、西風さんは少し顔を赤らめながら、「そ、そうかな?」とワンピースを見下ろすのだった。
何処かのご令嬢みたいに、過剰な反応はしない。
やはり、彼女達は慣れていなかっただけなのではないだろうか?
こうして言い続けてあげれば、異常な反応にはならない。
それは逆に、この世界の男性諸君が女性を褒めていないことを示している。
全く、この世界の男どもは。
そう思いながらも蔵人は、嬉しそうにスキップで案内してくれる西風さんの背中について行く。
西風さんの家に入ると、またしてもお母様が玄関でお出迎えをしてくれた。
蔵人は持ってきたお土産のドーナッツを渡し…。
「そ、そんな!男の子から物を貰うなんて、とんでもない!」
「いえいえ。またお邪魔させていただくのですから。それに、ほんの心ばかりの物ですので」
押し問答が何度か繰り広げられたが、何とかねじ込むことに成功する。
男性から物を贈らないの?どうなってるのこの世界。
またもや特区の壁にぶち当たり、辟易する蔵人。
西風さんの部屋に通されると、既にみんなが集まっており、勉強道具を広げていた。
「おっ、来たね」
若葉さん。
ジーパンスタイルか。アグレッシブな若葉さんらしい服装だ。
「きたー」
抑揚のないおで迎えは、白井さんだ。
髪色に合わせた白いワンピースは、可愛らしいの一言。
世界が世界なら、誘拐されそうな程の可愛らしさに心配になる。
「うはっ、私服の蔵人様…」
口を抑えて感動しているのは、本田さん。
ゼブラカラーのスカートとは、かなりのお洒落さん。
そう言えば、本田さんとは学校外で会うのは初めてだった。
「こんにちは、巻島君」
落ち着いた挨拶は、林さんのもの。
白地のTシャツと鶯色のズボンがマッチしている。この中で1番、学生感があって安心する。
蔵人は彼女達に向けて、軽く頭を下げる。
「遅れてごめんね。今は何の教科をやってるの?」
集合時間は守っているのだが、最後の到着なので謝っておく。
机の上に広がっているのは数学の問題集。みんなの顔が難しそうなのはそれでか。
「数学だよ。今はみんなで分からない所を教え合っているとこ」
若葉さんが説明してくれる。
数学なら、講師は林さんだろう。何時もより少し得意顔な林さんの様子が、それを物語る。
「では早速、俺も参戦させて貰おうかな」
「じゃあ、蔵人君は彩花ちゃんと桃ちゃんをお願い」
若葉さんに座る場所を示される。
蔵人は本田さんと西風さんの間に座り、ノートを開く。ちなみに、彩花とは本田さんの事だ。本田彩花さんだったのね。
「く、く、黒騎…蔵人様が、隣に…!」
本田さんが倒れそうになっている。
隣って、何時も学校でも隣だろうに。
とは言え、教室での間隔より、今の方が断然近いのは確かだ。
でもね、俺でこんなに緊張していて、この先の人生は大丈夫なのか?
蔵人は心配になる。
「ねぇねぇ、蔵人君。僕、ここの問題が分からないんだ」
西風さんは早速、テキストを指さして質問してくる。
すっかり、蔵人に対しての免疫が出来ている西風さんは、今更本田さんの様な反応はしない。
これは、全国大会3位決定戦前日から行っている、個人レッスンも影響しているのかもしれない。
夏休みが明けてから、蔵人は西風さんの訓練に付き合ったり、アドバイスを行ったりと、以前の若葉さん並の頻度で訓練に付き合っている。
テスト期間が終わったら、若葉さんとの朝練に西風さんも呼ぶのもありだなと思っていた。
桜城ファランクス部においても、誰かとユニゾン出来る様にしておかないと、何時また彩雲戦の様なピンチになるか分からないからね。
西風さんとユニゾン出来るかはまだ分からないが、時間を掛ければ出来そうな気はする。
「ああ、この問題は、ここに線を引くと別の図形が見えてくるでしょ?」
「うへぇ…なんでこんな所に線が引けるんだよぉ…」
「それは、こうするとここに三角形が出来るでしょ?問題作者の意図を読むんだよ、ここは…」
蔵人が詳しく解説をしていると、惚けていた本田さんも蔵人の手元を見て、真剣な顔つきになった。
「作者の意図って、どういうこと?」
「態々、ここの角度を表記しているでしょ?ここに三角形がありますよってヒントを出しているんだよ」
多分ね。
蔵人が更に解説すると、本田さんは口を少し開けて頷いた。
「なるほどね。それが作者の意図か。分かり易いね、蔵人君の解説」
「お褒めに預かり光栄です」
蔵人が本田さんに軽く頭を下げると、不満気な声が隣から聞こえる。
「あのぉ…僕、まだ分かってないんだけどぉ」
ああ、こっちの生徒が追い付いていない。
蔵人達が、そんなこんなで数学と英語を教え合い、昼食のサンドイッチを食べて、午後の社会科に進もうとした時、西風さんのお母さんがドアをノックした。
「モモ〜。お友達が来たみたいよ〜」
「うぇえ!?友達?だれ?」
「桜坂の制服を着た女の子よ。ちょっとカッコイイ感じの子」
「ええっ?カッコイイ?鈴華ちゃんとかかな?呼んでないんだけど?」
西風さんが、頭にハテナマークを付けながら迎えに行こうとしたので、蔵人も同行する。
「あれ?蔵人くんも来てくれるの?」
「ああ、俺が招いたからね」
「あっ!そうなんだ!良かった〜」
約束の覚えが無くて、焦っていたのかな?それは悪いことをした。
蔵人は西風さんに謝りながら、一緒に1階のエントランスに出る。
でも、そこには誰もいない。
「あれ?何処かな?」
「多分外だよ、西風さん」
蔵人が先導して玄関を抜けると、そこにはリムジンが止まっていた。
そのリムジンの前で待っていたのは、水無瀬さん。
蔵人は、軽く頭を下げる。
「態々お送り頂きすみません、水無瀬さん」
「蔵人様。こちらこそ遅くなり申し訳ございません」
そう言って頭を下げた後、水無瀬さんはリムジンのドアを開ける。
そこから降りてきたのは、
「お待たせ、兄さん」
頼人だった。
「うぇぇぇえ!?く、蔵人くんの弟さん!?」
西風さんが飛び上がらんばかりに驚く。
うん。いい反応だ。
蔵人は、可愛らしい西風さんのリアクションに笑いそうになりながら、笑えを押し殺して頼人を迎える。
「今日は来てくれてありがとう、頼人。こっちだ。今は社会科をやってるぞ」
「うわ、社会もやるんだ。年号覚えるのって大変だよね」
「暗記モノはなぁ。数学とかだったら楽なんだが」
「流石は学年13位。言うことが違うね」
楽しそうに会話しながら歩く巻島兄弟に、意識が戻った西風さんが慌てて駆け寄る。
「ちょっ、ちょっと蔵人くん!どゆこと!?」
「ああ、この間誘ったんだ。勉強会やるから頼人もどうだい?って」
あの日、リムジンに同席した時、降り際に聞いたらあっさりOKしてくれた頼人。
その時は蔵人も少し驚いたが、それだけ蔵人の護衛能力に信ぴょう性が出たという事だろう。
色々あったが、サマーパーティーで力を示せて良かったと思う蔵人だった。
「ど、どうだいって、ええっ…」
未だ混乱状態から抜け切れない西風さんを伴って、蔵人達は西風宅へとお邪魔する。
玄関で迎えるお母さんが、少し驚く。
「あら?女の子かと思ったら、また男の子?さっきのインターホンの子は?」
「西風さんのお母さん。こっちは私の兄で、巻島頼人と言います」
「巻島頼人です。よろしくお願いします」
蔵人の紹介で頭を下げる頼人。その様子に、お母さんは目尻が下がっていった。
「まぁまぁまぁ!なんにもおもてなし出来ませんが、どうぞゆっくりして行って下さいね!」
お母さんの許しも出たので、頼人を西風さんの部屋に案内する蔵人。
後ろから、西風親子の話し声がする。
「お母さん、今の人」
「蔵人くんのお兄さんなんでしょ?凄く可愛い子ね。あんた、頑張んなさいよ」
「…お母さん。頼人様はAランクだよ」
「………へぇ?」
その後、バタリという何かが倒れた音がしたのだが、大丈夫だろうか?
後で様子を見に行こうと考えながら、蔵人は西風さんの部屋のドアを開ける。
「みんな、追加で頼人を呼んだんだけど、一緒に」
「ひぃぃいっ!あっ…」
蔵人が言い終わる前に、本田さんが壊れた。
座ってた状態から、いきなり奇声を上げたかと思うと、そのまま白目を向いて仰向けに倒れ込んだ。
口が開きっぱなしで、ムンクの叫びを思い出す顔をしている。
これは…やってしまったか?
サプライズが効き過ぎたか?
「わー!らいとだー!」
次いで、頼人に突進してくる白井さん。
白井さんは頼人と面識あるからね。驚くより喜んでくれたみたいだ。良かった。
「ちょっと、雪乃ちゃん。いきなり走ったら危ないよ?」
「ごめんなさい」
突っ込まれた頼人も、お兄さんの様に優しく諭しながら、笑顔を零す。
やはりこの2人、いい感じだな。
さて、他の2人はと言うと、
「こ、氷の貴公子が、どうして…!?」
氷の貴公子という謎ワードを呟いて固まる林さん。
その2つ名、誰が付けたんだい?
そして、もう1人は…。
カメラを構えていた。
「はい。プライバシーの侵害」
「うわぁ!折角のシャッターチャンスがぁ!」
蔵人に取り上げられたカメラを、必死に奪い返そうとする若葉さん。
全く、油断も隙もないな、君は。
頼人を加えた勉強会は、概ね順調に進んでいる。
頼人は白井さんの隣に座って貰った。
反対側の頼人の隣には林さん。最初は緊張でカクカクしていた林さんだったが、意外と早く慣れたみたいで、今は頼人の質問にも丁寧に答えられる様になっていた。
「う〜ん。奈良時代に入ると急に難しくなるなぁ。似たような法律がいっぱいあるし、天皇がコロコロ代わるし」
「物語で覚えると覚えやすいですよ。奈良時代は人口も増えたので、畑がいっぱい必要になりました。そこで畑をいっぱい作って良いよって法律が…」
「ああ、なるほど。だから畑を広げていたんだ!」
頼人にとって、白井さんが妹なら、今の林さんは面倒見の良いお姉さんといった感じ。
最初はかなり緊張していた頼人も、2人のお陰で笑顔が増えた。
他のメンバーも、頼人にそれほど気後れしていなさそうだ。
若葉さんは、元々大丈夫そう。隙あらば頼人とみんなの写真を撮っているけど、学校で広めたらダメだよ?九条様辺りが暴走するから。
西風さんも、対面した当初こそ驚いていたが、今ではすっかり打ち解けている。
なんでも、ファランクスの全国大会で一緒に応援していたらしい。道理で馴染むのに時間が掛からなかった訳だ。
ただ唯一、本田さんだけはダメそう。
今も、蔵人の説明を受けながら、必死に意識を保とうとしている。
時折、頼人をチラっと盗み見て、目が合いそうになると白目を向いて固まる。
もう、見なけりゃいいのに…。
西風さんのお母さんも、めちゃくちゃ緊張していた。
お茶を運んできてくれたのだが、茶菓子ですと言ってケーキをワンホール持ってきた。テーブルの半分を隠す大きさで、上には大量のイチゴと〈ようこそいらっしゃいました〉と書かれたチョコプレートが乗っていた。
あれ?誕生日ですか?
この大物の登場には、西風さん以外の人達がビックリし過ぎてフリーズしてしまった。
西風さんは真っ赤になって、居座ろうとするお母さんの背中を押す。
「お母さん!ここは良いから!無理に頑張んなくて良いから!」
「桃ちゃん!巻島君達はまだ帰らないわよね!?お母さん、今から急いでカニとメロン買ってくるから、もうちょっと居てもらってね!」
「なんの会だと思っているの!?お母さん、ケーキだけで良いから!ケーキだけでもドン引きだから!」
正常な判断が出来ないくらい、お母さんは混乱している様だった。
そんなこんなで、蔵人達は勉強しながら巨大ケーキを堪能して、楽しい時間を過ごした。
午後6時。
蔵人達はエントランスにいた。
蔵人と頼人が帰るので、みんなが見送りに来てくれた。
みんなは、今晩は泊まり込みで勉強会をするらしい。
いわゆるパジャマパーティと言う奴だ。
蔵人も誘われたが、丁寧にお断りさせて貰った。
なんでもかんでも首を突っ込むべきではない。親しき仲にも礼儀あり。女子の世界は、女子だけの物である。
「蔵人くん、頼人くん。気を付けてね」
西風さんが声を掛けてくれる。
「ありがとう。また学校で」
蔵人が礼を述べると、頼人もみんなに手を振る。
「今日はありがとう。凄く楽しかったよ」
その言葉は、多分本心からの言葉だろう。
今日の頼人は、この前のサマーパーティーとは比べ物にならない位、自然な笑顔を見せてくれた。
頼人は護衛に迎えられて、リムジンに乗り込む。
「兄さんは乗ってく?」
「俺か?俺は盾で飛ぶから大丈夫だ。ありがとう」
「だよね。流石は兄さんだ」
頼人は苦笑いしながら、去っていった。
蔵人も帰ろうかと思った時、後ろから本田さんが話しかけてきた。
「蔵人君。本当に1人で帰るの?駅まで送ろうか?」
「うん?そいつは有難いが、俺は飛んで帰るよ?一緒にランデブーするかい?」
「あっ、そう言えば。蔵人君、飛べるんだよね?」
本田さんが、半信半疑で聞いて来る。
ファランクスでの蔵人の活躍を見ていない人達は、未だに蔵人の実力を測れないでいた。
彼女達の中では、蔵人は夏休み前の姿で止まっているのだ。
だから、白井さんと本田さんは、未だに心配そうな顔をしてこちらを見てくる。
蔵人は、若葉さんに向けて手を上げる。
「なら、家に着いたら連絡するよ」
そう言ったら、みんなの顔が幾分か晴れる。
若葉さん達も、少なからず心配してくれていたらしい。
良い娘達だな。
蔵人は、胸の中が暖かくなるのを感じながら、宙に浮いた。
「では、パジャマパーティー楽しんでね」
そう言って、空の彼方に消えていった。
そして、無事に家に到着すると、約束通り連絡を入れる蔵人。
携帯電話で、若葉さんに着信を入れる。
『はーい。若葉でーす』
「蔵人です。無事に着きましたよ。ご心配ありがとう」
『了解です』
電話の向こう側から、何やら話し声が聞こえる。
聞こえ辛いな。パラボラ耳を設置。
『なになに?若ちゃん、誰から?』
『蔵人君だよ。無事に着いたって』
『えぇっ!若葉さん、いつの間に蔵人君の家番ゲットしたの!?』
『違うよ、彩花ちゃん。家電じゃなくて蔵人君の携帯だよ』
『わたしも話すー』
『ええっ!?蔵人くんの携帯!?僕も知らないんだけど!?』
『なに抜け駆けしてんじゃコラァ!』
『ちょっ!彩花ちゃん怖い!目!目怖い!』
『ねー!わたしも話すー!』
『なんで若ちゃんばっかり知っているのさ!僕も知りたいよ!』
『ああっ!引っ張らないで!桃ちゃん、落ちちゃうから!林さん、パス!』
向こう側が大混乱になっている模様。
蔵人が、一体どうすれば良いのかと頭をかいていると、向こう側から音声が届いた。
『もしもし?』
「もしもし。林さん?」
『うん。さっきぶり』
「さっきぶり。そっちは大丈夫?なんか凄い物音がするけど」
『うん。大丈…ええっと、若葉さんが大変な事になってる』
ギャー!という声が、遠くの方で聞こえた。
大混乱じゃない。大乱闘が起きているらしい。
これは悪いことをしたな。
明日、若葉さんに何か詫びの品を渡さないと。
蔵人が、何を買おうか考えていると、林さんの遠慮がちな声が続いた。
『巻島君、今度時間あるかな?ちょっと話したい事が…』
話したい事?林さんが?
「ああ、うん。何時でも良いよ。何なら今でも…」
そう提案しようとしたところ、林さんの後ろで別の声が聞こえた。
『えっ、あっ、うん。良いよ。巻島君、ちょっと代わるね』
あらあら。誰かに電話を代わるようにせがまれたらしい。
誰だろうか?
『くらとー?』
あっ、白井さんだ。やっと代わって貰えたんだね。
「白井さん?今日はありがとうね。頼人も凄く楽しそうだったよ」
『わたしも楽しかったー!またやろー!らいとも一緒!』
「ははっ、分かった。また頼人も誘おう」
『うん、やくそく…あっ、まだ話してるのにー!』
『も、もしもしっ。蔵人君?』
急に声が変わった。どうやら、白井さんが電話を奪われたらしい。
今度は本田さんか。
「こんばんは、本田さん。勉強は進んでる?」
『ううっ…ぼ、ボチボチかな?』
「そうか。若葉さんの事は、大目に見てくれないか?色々とね、ファランクス部関係で連絡を取る必要があったんだ。彼女は情報通だろ?」
半分嘘だ。
蔵人から、若葉さんに教えたのが発端である。
だが、そんな事を馬鹿正直に話したら、現場で血が流れる。嘘も方便と言う奴だ。
『あっ、なるほど。そういう事だったのね』
本田さんの安堵した声が呟かれ、また向こう側から聞こえる声が変わった。
『ちょっと蔵人くん!なんで若ちゃんが知ってて、同じファランクス部の僕に教えてくれないのさ!』
携番を教えてって事だろ?西風さん。だって、君…。
「西風さん、携帯持ってないだろ?」
『うげぇ!そうだったぁ!』
まだまだ、中学生の携帯普及率は高くない時代である。
でも、もう少ししたら、誰もが携帯、いや、スマホを持ち歩く時代になる。
実際、お金持ち学校である桜城の生徒達は、携帯の所持率がなかなかに高く、また、携帯の使用制限も緩い。
お嬢様学校だからね。何かあった時の為に、携帯を使う風潮があるのだろう。
『はぁあ、酷い目に会ったよ』
今度は若葉さんの声だ。漸く持ち主に戻って来たみたい。
「済まないな。火種を撒いてしまったようで」
『いや、私が口を滑らせたのが悪いからね』
「ほぉ、そう言ってくれるなら、俺が誠意を見せる必要は無いのだね?」
詫びの品は要らなさそうだ。
蔵人の言葉に、向こう側から唸り声が聞こえた。
墓穴を掘ったな?
パジャマパーティは、随分と盛り上がっているみたいだった。
この前車で乗り合わせた時に、勉強会に頼人君を呼んでいたんですね。
「やはりAランクを呼ぶとなると、相当混乱するみたいだな」
西風さんのお母さん、大丈夫でしょうか?
「今後は、あ奴も危ないぞ?有名になれば、恐らくAランクと扱いは変わらんだろうからな」
厄介ですね。
そして、林さんの話したい事とは?