断片の裏~至宝~
今回は、サマーパーティーの他者視点です。
ちょっと短めです。
今年もこの時がやって参りました。
サマーパーティ。
夏と冬、年に2回開催される大規模なスクールパーティーは、東京特区の中高生にとって大切なイベントです。
普段は校内の方々としか触れ合えない中、このパーティーでは特区中の学生と交流が出来るのですから。
それも、選ばれた一流の方々と。
今年は桜城高等部で開催されます。
開催校は毎年持ち回りとなっており、去年は天隆で、そして、来年は冨道で行われます。
通いなれた母校ですから、安心するのと同時に、ちょっと物足りなさを感じてしまいますね。
どうせなら、天隆のシックな校舎でダンスを踊りたかったです。
冨道の、和を前面に押し出した校風も捨てがたいですけれど。
そんな風にも思ってしまいましたが、いけませんね。
だって、今年は去年までのパーティーとは一味も二味も違います。
なんと、イギリス王室からアイザック王子がいらっしゃるのです。
毎年、イギリス王室から来賓の方がご参加されますが、大抵は代理の方です。
ですが、今年は王子自らがいらして頂けると聞いており、しかも、アイザック殿下は私達とも歳が近いです。
こんな事、滅多にありません。
お父様の代ですら、王子はいらしても、随分と歳の離れた方だったという話ですから。
ですから、お母様は不思議に思われていました。
イギリスの女王陛下の誕生日が直近に迫っている中で、王子自らが来日される目的は何かと、何時にも増して難しい顔をされていました。
お母様はそうでしたが、私は楽しみで仕方がありません。
だって、王子様にお目にかかれるのですし、もしかしたら、万が一という事も…うふ。うふふふ。
アイザック殿下がいらっしゃるだけでも十分に素晴らしい事ですが、今年は更に凄い方が参加されます。
その方の名前は、巻島頼人様。
巻島家の秘宝と呼ばれる男の子で、社交界には滅多にご参加されないと聞きます。
それもその筈。Aランクの男の子と言うだけで珍しいのに、彼の異能力は上位種の中の上位種、クリオキネシス。更に、銀髪の綺麗な御髪に整った容姿をされているらしく、正に全てが揃った奇跡の男の子です。
巻島家の秘宝と呼ばれるのも納得ですね。寧ろ、日本の秘宝と呼んでも良いでしょう。
惜しむとしたら、彼の年齢がまだ、中学一年生という事。
彼がもう少し早くお生まれになっていたら、私の理想の王子様でしたのに。
でも、そんな事は些細な事。私、ショタもイケますわ!
そんな意気込みで参加したパーティーでしたが、思い描いていた様には上手く行きません。
参加された男性に声を掛けても、良くて逃げ出されてしまい、もっと悪い場合だと、泣き出されてしまう事もありました。
あまり積極的に声を掛け過ぎると、次回からパーティーのお誘い自体を頂けなくなってしまうので、自重が必要です。
本当に、残念ですわ。
あわよくば、ここで一流の男の子とお知り合いになり、深い関係を築けたらと思っていたのに…。
でも良いのです。こうなる事は十分に想定していた事。
今日の一番の目的は、アイザック殿下と頼人様を遠くで観賞する事なのです。
そう思っていましたが、思わぬハプニングが起きました。
万が一、何か間違いが起きてくれないかと試した、頼人様への挨拶で起きた事です。
私は、いつでも殿方にお声がけが出来るようにと、会場入り口近くのテーブルで、同じ弓道部の皆様と談笑をしておりました。
そこに、2名の男の子が現れたのです。
その内の1名に、私達は視線が吸い寄せられました。
アッシュグレイの御髪。あどけなさが残る、可愛らしいお顔。Aランクだけが着ることを許される真っ赤なタキシードを纏われた彼は、間違いなく奇跡の男の子。
そのお姿を見かけた瞬間、私達は興奮を抑えきれなくて、彼に突撃してしまった。
しまった。
そう思っても、もう遅かったです。
頼人様は私を怖がって、護衛の後ろに隠れてしまいました。
ああ。またこのパターン。
そう思いながらも挨拶をしましたが、頼人様は更に護衛の後ろに隠れてしまいました。
なんで、護衛が居るのよ!今日は護衛が居ないからチャンスだと思ったのに!
そんな感情が爆発してしまい、男の子である護衛に当たってしまいました。
男の子が護衛をしていること自体が初めての事で、まるで普通の護衛の様に当たってしまったのです。
幾ら護衛とは言え、これは不味い。
下手をしたら、癇癪を起されて、大きな問題になってしまうかも。
感情を爆発させてしまった後、私は後悔で顔を青くしました。
でも、その護衛の方は怯えるでもなく、逆上するでもなく、真摯に対応してくれました。
すっと伸びた背筋に、キリッと着こなしたスーツが、出来る大人の男性をビシバシ私に主張されています。
更に、その凛々しい口元から発せられたお言葉は、とても優しく、そして、あまりに甘美な囁きでした。
私の頭の中が、沸騰しそうなくらい熱くなって、つい、はしたない言葉を口走ってしまいました。
ああっ!またやってしまったぁ!
そう思ったのですけれど、頼人様が拗ねられて、護衛の方…蔵人様を連れて行ってしまいました。
それで、漸く私は正常に戻り、去って行く彼の背に視線を送ります。
本当にあの方は、男性でしたのでしょうか?私に臆する所か、頼人様が隠れてしまった事を丁寧に謝って頂き、この私のドレスをお褒め下さりました。
声色が低い男装した令嬢なのでは?とも考えましたが、周りの噂を聞くと、本当に男性だったみたいです。
しかも、頼人様の双子の弟君。
えっ!?年下でしたの!?
私の心が若干萎みかけ、直ぐに膨れ上がりました。
年下がなんです!あれだけ包容力のある殿方が、しかもCランクなんて、何という逸材!
巻島頼人様が秘宝なら、蔵人様も正に秘宝。ランクや異能力ではなく、人柄そのものが私にとってはお宝ですわ!
逃すものですか!
会場で流れていた音楽の曲調が変わり、ワルツが流れ出しました。
会場の中心では、机をサイコキネシスで動かす給仕の姿が。
キマシタワ!ダンスの時間です!
気付いたら、私は蔵人様に猛アタックを掛けてしまっていました。
またもや、やらかしてしまいました。
これでは蔵人様にも嫌われ、来年のパーティには招待されないでしょう。
そう思っていましたが、蔵人様は私達を嫌う所か、少し困ったように笑い、お許しになってくれたのです。
ああ、なんとお優しい!この方は、この国のお宝。必ず、私達がお守りせねば。
先ずは、このダンスで蔵人様の御心を…うふ。うふふふ。
そう思っていたのですが、ダンスは急遽延期となってしまいました。
二条様と、五条様の痴話喧嘩です。
いえ、正しくは、二条様と穂波様との喧嘩でした。
前々から、穂波様のお噂は聞き及んでいました。婚約者である二条様の許可も取らずに、五条様と密会しているとか、GW前には、中等部の方でも騒ぎを起こしたと噂になっておりました。
ですので、私達も穂波様には近づかない様にしていたのですが…この様な場で、まさか二条様に喧嘩を売るなんて。
穂波家は、稲葉家よりも少し劣る家格です。そんな小さなお家が、二条家なんて殿上人に睨まれたら大変なことになると分かっているでしょうに。
私は、穂波様の精神力に呆れながら、その試合という名の処刑を見ていました。
だって、Aランクであり、大会でも成績を収めている二条様と、ただのBランクである穂波様では、試合など成り立つとは思いません。
案の定、試合は二条様の一方的な展開になりました。
しかし、試合が進むに連れて、少しだけ穂波様がお可愛そうに思えてしまいました。
五条様も、穂波様を赦す様に訴えかけています。
ご本人がそう言われているのでしたら、二条様も一度お考えになった方がよろしいのでは?
少なくとも、アイザック殿下も頼人様もいらっしゃるので、今日の所はこの辺で…。
私はそう思いましたが、しかし、二条様の怒りは収まらず、あろう事かAランクの極大ランスで攻撃してしまいました。
もうもうと立ち上る黒煙に、私は言いしれない恐怖を覚えました。
これがAランク。私達とは違う存在。
もしも私が穂波様の立場なら、ノブルスを提案された時点で自分の非を認めてしまいます。
ましてや、その試合会場に足を乗せるなど、到底出来ません。
ですから、穂波様は私よりも強いと思いました。Aランクに立ち向かったのですから。
そして、そんな彼女の何倍も、何十倍も強かったのが、蔵人様でした。
颯爽と穂波様を守った蔵人様は、なんでもないように、Aランクの火炎をCランクの盾で防いでしまったのです。
私は、その時の感情を言い表せません。
あまりに非常で、あまりに異常で、あまりに超常でした。
ただ言えるのは、黒煙の中から現れた蔵人様の勇姿に、私の心臓が壊れてしまいそうな程に、心音をかき鳴らしていた事くらいです。
そして、火炎の中から現れた穂波様が、蔵人様に抱き抱えられているのを見て、黒い感情がお腹の中を渦巻いた事が分かったことくらい。
何故、彼女の回りばかりに魅力的な殿方が集まるの?
でも、私の荒れた心は、直ぐ元に戻りました。
蔵人様が穂波様のドミネーションを見破り、二条様と五条様の仲を取り持たれたからです。
まさか、ドミネーションを使っていたなんて。余計に彼女との距離を取らないといけません。
去り際に見た穂波様のお顔は、とても暗くやつれている様に見えましたが、目が爛々と輝いていたのが気にかかります。
…何か嫌な予感がします。
しますが、穂波様の事なんて考えている暇はありません。
私の目は、蔵人様を追うことで忙しかったのです。
アイザック殿下と談笑する蔵人様。
先程まで、あんなに激しい試合の中にいらしゃいましたのに、今はとても楽しそうに微笑んでいらっしゃいます。
なんと頼もしい。なんと勇ましい。
二条様は、魔力が切れるまで戦って、これから2日間を掛けて魔力を回復させていくと言うのに、対する蔵人様は、まだまだ余裕のご様子です。
私は先程、蔵人様を秘宝と表しました。頼人様と同じだと。
でも、違います。あの方は頼人様の様な、隠されたお宝等ではありません。
Cランクでありながら、Aランクに対峙出来る度胸と力を持った男性。
Cランクと言うガラス玉が、まるで宝石の様に輝く様は、まるで、
「至宝」
ただのガラス玉から、宝石にまでご自身を磨き上げ、その輝きはガラス玉でありながら宝石をも超える輝き。
正に至宝でしょう。
そう呟いた、私の一言に、
「至宝…」
「ええ、その通りね」
「巻島家の、至宝」
私と同じように、周りで蔵人様をご覧になられていたお嬢様方から、沢山の同意を得られてしまいました。
皆様、蔵人様をご覧になるお目目が怖いです。
…いえ。きっと、私も同じ目をしているのでしょう。
でも、仕方がありません。彼は、蔵人様はあまりにも魅力的なのですから。
私は誓いました。
家に帰ったら、必ず今日の事をお母様とお父様にご報告しようと。
巻島家の至宝、巻島蔵人様の事を、必ずお伝えすると心に決めました。
後日、そう思ったのは私だけでなかったのだと、別のパーティーに参加した時に、分かったのでした。
巻島家の至宝。
そんな風に呼ばれてしまうとは…。
「それを聞いた、あ奴の苦悶の表情が目に浮かぶ」
…面白がっていますね?
「無論」