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165話~君の記憶を消去するだけだからな~

済みません…。

長いです(8000字オーバー)

お前は、他国から派遣されたスパイではないのか?

そう言って、蔵人に向かって片手をかざすディさん。

鋭い視線。

お前を殺すぞと言わんばかりの行動に、蔵人は、


笑った。


「ディ様、少々御戯れが過ぎませんでしょうか?」

「なに?」


戯れという言葉で、ディさんは動きを止め、形の良い眉を上げる。

蔵人は、そんな彼を見上げる。


「貴方はテレポーターです。テレポートで援軍を呼ぶならまだしも、直接対象に手を下すのは余りに非効率で危険。それに、貴方は私の身辺調査を行っている。その程度は分かりませんが、貴重なSランクである御方の前に呼ぶ人間が、他国のスパイかどうかくらい調べていて当然ではありませんか?」


それに、ディさんからは殺意が感じられない。精々脅して、二の句を継がせない程度の威圧だ。

つまりディさんは、初めから蔵人を害そうなど考えておらず、ちょっと怖いことを言って、お灸をすえてやろう程度の芝居を見せただけだ。

その証拠に、


「くっくっく。ははははっ!」


ディさんは声を上げて笑い、崩れる様にソファに座って、その長い足を組んだ。


「君と話していると、まるで政界の女狐どもを相手にしているようだ。本当に君は、中学生なのかね?」

「生意気なだけの、子供でございます」


蔵人の軽口に、暫くディさんは含み笑いを続け、そのままテーブルの上に置いてあったインターホンのボタンを押す。


「済まないが、茶を用意してくれ。出来れば大野の奴を」

『かしこまりました』


向こう側から男性の声が聞こえた。

社長室とかにあるインターホンみたいに、受付と繋がっているみたいだ。

ディさんがソファに座り直す。


「お茶の一つも出さずに済まなかったな。つい、話に夢中になってしまった」


ディさんが謝るので、蔵人は首を振る。


「とんでもありません。お気遣いありがとうございます」


それから程なくして、インターホンから『準備が整いました』との連絡があった。

ディさんが指を鳴らすと、テーブルの横に男性が現れた。

これがディさんのテレポートか。

話には聞いていたが、熟練のテレポーターとは、本当に対象を目で捉えなくても転移が出来るのだな。

しかし、何故お茶を入れる為だけに男性を?


そう思って見上げた男性は、歳の頃は30前後。髪が茶髪で、強面なのにエプロンをしていて、それなのに目がギラギラ光って…って、あれ?

蔵人は、その男の目を見て驚く。

何せその人の瞳は、瞳孔が縦に切り裂かれている。まるで、猫の目の様に。


「おや?大野、もしかして夕食の準備中だったのか?」

「ええ。まぁ、ちょっと煮込んでただけです」


ディさんの質問に、大野と呼ばれたエプロン姿の男が低い声で答え、手に持っていた湯呑みを置いて緑茶を入れてくれた。

声質からして、先ほどの受付の人とは違う人だ。

そして、立ち上がった彼の顔を再び見上げると、その瞳は人間のそれであった。

見間違い…ではないだろう。

これも異能力か?


「そんでは、自分はこれで」

「ああ、突然呼び出して済まなかったな。彼女達にも、今日の護衛任務はご苦労だったと伝えてくれ」

「…だぁから、そう言うのは大佐ご自身で伝えて下さいって」

「ははっ、手厳しいな。分かった、次の機会にでも労わせてもらうさ」


二三言、ディさんと話した大野さんは、来た時と同じように消えていった。

本当に、お茶入れの為だけに召喚させられたのだな。しかも、ディさんのことを大佐と言っていた。

やはりディさんは相当偉い軍人さんらしい。


「さて」


ディさんが湯呑みを置いて、再び足を組んだ。


「それで、私が覚醒者を研究テーマにしている理由、だったな?」


真っ直ぐに蔵人と向き合う彼の姿勢に、蔵人は傾けていた緑茶を急いで煽ると、手を膝に着けて頷いた。

ディさんはサングラスの位置を直しながら、声を落とす。


「残念だが、その理由を教える事は出来ない」


出来ないんかい!

蔵人は崩れそうになった肘を、何とか持ち堪えさせた。

お茶まで用意して、拒否されるとは思っていなかったので、余計に衝撃が大きい。

でも、それも仕方ないのかもしれない。何せ、事は異能力について。それも軍上層部が解明し切れていない分野だ。

恐らく、


「軍事機密、でしょうか?」

「ふふっ。その通りだ」


蔵人の推測に、ディさんが大きく頷く。


「この事に関しては、軍だけでなく、国家の中でもトップシークレットとなっている。私の個人情報など比較にならないレベルでな。もし君に教えようものなら、明日には巻島蔵人という存在自体が、この世から抹消されているだろう」


恐ろしい事を言うディさんだが、これは脅しではなさそうだ。本気で、この事案については知らない方が良いみたいだ。

バグの手がかりになるのならと思ったのだが、残念だ。

他の切り口を考えるか?音張さんから、雷門様へのアポを取り付けるとか。

蔵人が頭の中で算段を組み立てていると、ディさんが「ただし」と言葉を継いだ。


「ただし、私の計画に対し、君が協力者となってくれれば、話は別だ」

「計画…ですか?」


慎重に問う蔵人に、ディさんが重々しく頷く。


「私の計画、それは、世界中に覚醒者の可能性を示し、技術こそが魔力絶対主義と同等と成り得るという考え方…技巧主要論を世界に浸透させる事だ。その為にも、君には力を示して貰いたい」

「力、ですか。つまりは大会等で活躍しろ、という事でしょうか?」

「そうだ。だが、ただ活躍するだけでは意味がない。Cランクでも、高位のランクに勝てるという事を示さねばならない。具体的には、冬の全日本。そこでBランク帯、可能であればAランク帯で表彰台に上がって欲しい」


なるほど。


「その話しぶりからすると、魔力絶対主義が蔓延ったままでは、何か不都合があると聞こえますが?」

「ああ、その通りだ。魔力絶対主義はこの国を、人類を滅亡させる」

「人類を?」

「ああ。先ずはこれを見てくれ」


そう言って、ディさんが指を鳴らすと、机の上に真っ赤なノートPCが現れた。

ノートにしては、かなりゴツい。軍事用か?

ディさんはそのPCに、一枚のディスクを挿入する。ディスクのケースには、〈TOP SECRET(最重要機密)〉の文字。

蔵人は目を開き、ディさんを見る。


「これはっ…見てもよろしいので?まだディ様の提案に同意しておりませんが、消されませんか?」

「構わない。もしも君の同意を得られなかった場合、君の記憶を消去するだけだからな」

「そんな事が可能で?」

「ああ。クロノキネシスで時間を巻き戻せば、記憶もその当時まで巻き戻る。私の知人に頼れば、最大1日は遡る事が出来るからな。希少な完全記憶(イモータルメモリー)能力者でもない限りだが」


怖いことをサラリと言うなぁ。確かCランクのクロノキネシスでも戻せる時間が数分だから、その知人、Sランクですね?

それに、完全記憶能力者なんてのもあるのか。


世の中は広いなと思っていると、忙しそうにPCを操作していたディさんが、こちらを見上げてPCの画面もこちらに向けてくれる。

蔵人は、ディさんに勧められるままにPCの画面を見る。

すると、そこには1枚の画像がポップアップされており、その画像の中には白いモヤが掛かった人型の影が居た。

これは…。


「アグレスだ」

「アグレス…WTCで出てくる敵役ですね?」

「そうだ。だが、これは本物の侵略者(アグレス)だ」


蔵人は少し驚き、画面からディさんの顔へ視線を送る。

ディさんは頷き、詳細を語り出す。


アグレスとは、1940年頃から現れ出した未知の生物である。

性格は非常に好戦的で、魔物の様に無条件で人を襲う。

意思の疎通は不可能であり、奴らが何の目的で人間を襲うのかは明確ではない。

多くの個体は海から出没する。だが、海洋学者なども交えて調査しても、奴らの発生源は特定出来ていない。その為、地球外からの侵略者ではないかと言う説もあるのだとか。


「そして、奴らは特に高ランクを優先して狙う性質がある。Aランクを固めて配置した部隊ばかりを狙ってくるからな。そこから、もしかしたら奴らは、我々の魔力を欲しているのではという推論もあるくらいだ」

「なるほど。それで、覚醒者の研究をされているのですね?」


CランクがABランク並みに使えるようになれば、リスクを冒さずにアグレスに対抗できるようになる。

Aランクは人口の1%程度と希少なのに対し、Cランクは4割程度と担い手も多い。

魔力回復までの時間も比較にならない程早いので、良いこと尽くめである。

蔵人の言葉に、ディさんは頷く。


「今、世界は異様なまでに高ランク異能力者を求めすぎている。軍部は勿論の事、民間企業ですら高ランクだけを雇えば良いと、高ランクの人間を優遇する風潮が止まらなくなった。だが、このまま高ランクの人間ばかりを優遇すれば、いずれ高ランクの人間ばかりで埋め尽くされてしまう。そうなれば、アグレス共がより活発に、危険な行動を取る可能性が出てくる」


なるほど。ゾンビや魔物みたいなものか。

人間が集まれば集まるだけ、奴らはより凶悪になって人間を襲ってくる。

随分昔に、氷雨様がABランクだけの特区を作ろうと言っていたが、そんな物作ったらアグレスの的になるだろう。

それは氷雨様が浅はかという事ではなく、彼女の様な考え方が一般的であり、このまま魔力絶対主義を貫き続けてしまえば、決して遠くない未来に実現してしまうという事。

故に、必要なのか。革命が。

覚醒者という革命者が、魔力絶対主義という天井を突破することが。


「お話は理解できました、ディ様」

「うむ。では」

「はい。微力ながら、私も貴方のお力になりたいと存じます」

「素晴らしい。是非ともよろしく頼む」


そう言うと、ディさんは立ち上がり、こちらに手を差し出す。

威圧の手ではない。手のひらを向こうに見せ、蔵人に握手を求めている。

蔵人も直ぐに立ち上がり、その手を取る。

こうして立ち並ぶと、彼の方が頭一つ分高い事が分かる。彼の股が、自分の胸辺りに来てるぞ。こりゃあ、足も組む訳だ。


「ディ様。幾つかお聞きしたい事がございます」

「うむ。答えられるものであれば、返答しよう」


ディさんはソファーに座り直し、蔵人の湯飲みにお茶を注いでくれる。

蔵人も座って、頭を下げる。


「ありがとうございます。先ず一つ目は、アグレスによる副産物はありますか?例えば、アグレスの遺体から武器や薬物を製造するなどと言った応用は」

「うむ。それについては詳しくは言えん。だが、目下研究中であるとは伝えておこう」

「そうですか」


蔵人は目を伏せる。

気になっていたことが、より謎を深めてしまった。

そんな蔵人を、ディさんが不思議そうに見つめる。


「何か気になることがあるのか?」

「はい…実は、本日のサマーパーティーで、怪しい人物が居まして」

「それは、ノブルスで審判役を買って出た女のことだな?」


ディさんの問いかけに、蔵人はゆっくりと首を上下させる。

やはり、あのテレポートはディさんの物だったか。


「あの女性は何処に?」

「こちらで捕えている。アグリアとの関係が疑われているからな」

「アグリア…そうですか。あの女性が持っていた小瓶は…」


蔵人の問いに、ディさんは少しの間固まり、ふぅと小さく息を吐いた。


「君の想像通りだ。あの女が持っていた小瓶。その中身は、アグレスが纏う白い霧だ」

「やはり、そうでしたか」


あの小瓶を見た瞬間、懐かしい嫌悪感を感じた。

異世界の魔王やチート勇者と対峙した時と同じ、バグの感覚。

つまり、この世界のバグと言うのは、このアグレスと言う化け物という事。

蔵人は身を乗り出す。


「審判の彼女は、あの小瓶を地面に叩きつけようとしていました。白い靄に何か効力があるのですか?」

「うむ。詳しくは判明していないが、あの靄に包まれると認識が難しくなる。透視や遠視でも見透かすことは出来ず、未来視でも見えなくる。それ故に、アグレスに対しては、我々も対応が後手後手になってしまっていてな」

「なるほど。ではあの審判は、そのモヤで自分を隠そうとしたのですね?」

「ああ、滑稽なことにな。あの程度の量では、足元も隠せなかっただろう」


なんだ、その程度の効力なのか。

それでは、実戦には使えないな。

だが、アグリアがアグレスを利用しているという事実でもある。

それは…。


「ディ様。アグレスとアグリアは関係があるのでしょうか?私は、アグレスが起こした事件を、アグリアが行ったように報道しているのではと思っていました」


そもそも、似たような名前を付けている時点で、隠れ蓑的な役割なのかと思っていたからね。

蔵人の疑問に、ディさんは頷く。


「事件については、君の推測通りだ。それ故に、政府はアグリアをそれ程厳しく取り締まっていない。そして、アグリアとアグレスの関係については、殆ど無いと言っていいだろう。精々今回の様に、裏ルートで入手したアグレスの一部を保有している程度だ」


アグリアの規制が緩い。小学生の時に犯行声明が流れたのは、その為か。

男性の鬱憤を晴らす為に流しているのかと思ったが、隠れ蓑を剝がさない為だったと。

そして、アグレスとアグリアの関係性は薄いと。


「なるほど。アグリアはアグレスの隠れ蓑なのですね。ですが、WTCではアグレスの名前を表立って出していますよね?これは、いざという時の為に、アグレスと戦う準備を国民にさせているという事でしょうか?」

「本当に君は鋭いな。君の言う通り、WTCの変異種アグレスは、実際のアグレスを模して生成している。高位ランクを狙う、二重異能力を持つなどの特異性も合わせてな。奴らが絶対防衛圏を突破した際の備えと言っていいだろう」


潜在的にアグレスは敵であるという事を、国民に教育しているのだな。

つまり政府は、完全にアグレスと対峙する事を想定しており、魔力絶対主義に限界を感じているという事だ。

で、あるならば…。


「そこまで準備を整えられていらっしゃるなら、先ほどディ様が仰られていた技巧主要論。これも、水面下で準備が進んでいたりはしませんか?」


蔵人が期待を込めてディさんを見詰めると、ディさんは表情を落とし、小さく首を振った。


「正直に言えば、全くの手詰まり状態だ。この考え方は、日本でも私の周囲でしか推進されていない物だからな。軍部は勿論の事、政界、貴族界、民間に至るまで、魔力絶対主義の考え方は根強い。Aランク、Sランクは絶対であり、それ以下のランクが彼女達に勝てる訳がないとな。これは何処の国も似たような状況であり、私の考えに賛同してくれる者は、極一部の者達だけだ」

「そうですか…」


こいつは、かなり難しいバグ退治になりそうだぞ。

蔵人も難しい顔をしていると、ディさんが明るい声を上げた。


「とは言え、日本も各国も、今までの魔力絶対主義では危険であると言う認識はある。例えば、アメリカやドイツでは異能力者専用のサポート兵装を開発している。中国やインドでは、BCランクの教育にも力を入れ始めていると聞いている。特に中国では、覚醒者らしき人物の目撃例が多数上がっているからな」


中国…あっ、中国拳法か。

蔵人は、中国で覚醒者が多い理由を、古くから伝わる中国の武術にあると考えた。

思えば、中国での修行は、自分が行ってきたものに酷似している。それ故なのだろうか。


「なるほど。各国でも魔力絶対主義からの脱却を目指しているのですね」

「うむ…。そうとも言い難い」


ディさんは再び言葉を濁し、湯飲みに口を付けた。


「各国、特に五大列強においては、軍備を増強する為に行っている傾向がある。各国の上層部には、アグレスの存在も知れ渡っているからな。高ランク異能力者を増やすリスクは理解しているのだ。であるから、その逃げ道として兵器や覚醒者を欲している。魔力絶対主義の思想を覆そうとまではしていないのだ」


なるほど。世界的に高ランクの上限でも決められているのだろう。

まるで、史実のワシントン海軍軍縮条約の様だ。

これは、1922年頃にワシントンで行われた会議で、主要各国は主要軍艦の保有数を制限された。

アメリカは大国だから戦艦を20隻作っても良いけど、日本は小国だから14隻までね。という奴だ。

この条約が出来てから、日本は重巡艦や駆逐艦などを増産して、戦力を補おうとした。本当の所は、戦艦を作りたかったところをね。


…話を現代に戻そう。

各国は魔力絶対主義の過熱には警戒している。

だが、魔力絶対主義の考え自体は正しいと思っている。

特に、アグレスの存在を知らない多くの人々は、未だに魔力を増やすことに注力しているだろう。

それを、ディさんは危険視しており、自分に打開して欲しいと願っているのだ。


「なるほど。そう言う意味でも、日本は覚醒者を増やすしかなさそうですね。資源や資金力では、五大列強には勝てませんし」

「ははっ。まぁ明け透けに言ってしまうと、その通りだ。技術大国とは言え、作られる異能力者専用兵器は高ランクの物が中心だ。これはアメリカやドイツも同じであるから仕方なく、これでは魔力絶対主義と大差ない」


確かに、グレイト2も10も、高ランク専用のパワードスーツだった。

高ランク異能力者ばかりが優遇されてしまえば、それは今までの流れと何ら変わらない。

やはり、DCランク異能力者の力を、覚醒者の可能性を見せねばならないのか。


「そう言えば、中国は覚醒者が多いのですよね?その人達もDランクが大半なのでしょうか?」

「うん?ああ、そうだな。報告に上がっているのはDランクが殆どで、僅かにCランクが居るというのは日本と一緒だが…ああ、君が聞きたいのは、何故覚醒者はCランクまでしか存在しないのか?という事か?」


ディさんが心得たという顔を向けてくるので、蔵人は大きく頷く。

先ほどからディさんの話では、Bランク以上の覚醒者の話が出てきていないのが引っ掛かっていた。それは、以前自分が関東大会の時に思っていた事とも類似する。

慶太や日向さん、若葉さんは異能力を開花させたのに、何故か頼人だけが、他のクリオキネシスと大差ないという事。

ディさんが、少し満足そうに頷く。


「これも公にはされていないことなのだが、異能力とは、ランクが上がるにつれて使い勝手が難しくなっていく傾向にあるのだ」

「魔力量で使い辛くなると?」


蔵人の疑問に、ディさんは一つ頷くと、急須(きゅうす)からお茶を汲んで、湯飲みを持ち上げてゆっくり回しだす。


「高ランクの異能力は、言わば大量の水を扱うようなものだ。少量であれば、片手でも簡単に扱うことが出来る。だが、大量の水を扱うとなると、どうしてもそれなりの力が必要となり、制御するだけで手一杯になってしまう」

「つまり、低ランクの方が扱いやすく、高ランクは操作が難しい。だから、手軽に扱えるD、Cランクの方が技能も向上しやすい。そういう事でしょうか?」


ナイフやハンドガンの技能は、多彩な技能が育っていったが、ミニガンとか大砲の技能というのはざっくりと当たるかどうかという事ぐらいしか技能の向上が望めない。そんなところか?

そう言えば、赤ん坊の頃に頼人と魔力循環を行ったが、彼の大量の魔力を操るのは大変苦労した覚えがある。

あの大河の様な魔力量は、小便程度の自分の魔力とは比べ物にならないくらい操作が大変だったからね。


「ああ、概ねその通りだ」


ディさんは満足そうにお茶を飲んで、「やはり大野の茶に限る」と湯飲みをテーブルに置いた。


「その技能を突き詰めることによって、覚醒者が生まれてくるのだろう。先ほどの君の覚醒方法を聞いて、それが確信に変わったよ」


なるほど。

蔵人は納得する。

ディさんがあっさりと蔵人個人の訓練方法を覚醒の道と認めたのは、もともとある程度の道筋を見つけていたからだろう。

だが、実践例がなかった為、今まで仮説として取り置かれていた。

しかし、蔵人がそれを実践していると聞いて、確信した。


だが、蔵人の中にはまた一つ疑問が生まれる。


「しかし、それでしたら高ランクも覚醒できるのではないでしょうか?高ランクの人たちが、ランクを下げた異能力で練習をして、徐々に魔力の放出量を上げるなどしたら、(いず)れは」


AランクがCランクの技を出し続けて、覚醒するまで技能を高め、徐々に魔力を上げて行けば、いつかはAランクの覚醒者も現れそうなものだが。


「うむ。時間さえかければ、理論上は可能かもしれないな。だがな、今の風潮では難しいことだ」


今の風潮。それは。


「魔力絶対主義。そうか、最大火力での訓練を推しているからですね」


訓練方法の大枠が違うのだ。

それは、その方が将来の役に立つから。

経済大国となった日本社会の歯車になるために必要な人材として育つためのカリキュラム。


まるで、日本の教育に似ている。

国語・英語・数学・理科・社会。これらだけ勉強していればいい大学に入れる。

経済学とか、心理学とか、プログラミングとか、もっと役立ちそうな知識はいっぱいあるけど、専門分野は大学生でやるとして、先ずはテストの勉強をしなさいと言われる。

それは、良い大学、ひいてはいい人生を歩むためだと、多くの人が深く考えず、とりあえず勉強する5教科。

それと同じように、異能力は最大出力が一番大事だと、小さい頃から教えられてきた。

それが、覚醒を難しくさせている。


「ああ、そうだ。それに、仮令、今の風潮が技巧主要論に傾いたとしても、下位の異能力からコツコツ積み上げる程の忍耐ある若者が、一体どれだけ居るか」


顎に手をやり、少し考え込むディさん。

だが、すぐに首を振って、蔵人を真っ直ぐに見る。


「いや。それが出来たから、君は覚醒者の中でも、特に技巧が優れているのかもしれない。Aランクの盾を貫いたり、攻撃を防いでしまう程にな」


ディさんが言う"それ"とは、つまりは蔵人がEランクの技から訓練した事を意味している。

それは、蔵人の生い立ちがそうさせた。

生まれた時はEランクだった蔵人は、必然的にEランクの異能力から使用し、徐々にD、C、Bと幅を広げていった。

それが、今の力になっているのかもしれない。


蔵人が、自分の強さの理由を理解した丁度その時、テーブル上のインターホンが点滅した。


『会議中失礼します。マスター、奥様からお電話が入っております』

何とか、情報を聞き出すことには成功しました。

けれど…。

多すぎます、情報が。


「故に、下に纏めてある」


雑学もありますので、どうぞご覧ください。



イノセスメモ:

・この世界には侵略者(アグレス)が居り、それがバグである(断定)

・アグレスは高ランクを特に狙う。故に、行き過ぎた魔力絶対主義が危険←高ランクを狙う理由が不明。魔力を欲する?アグレスは魔力を糧にする?疑念が残る。

・行き過ぎた魔力絶対主義を止める為、主人公の技巧を世間に知らしめて欲しい。

テロ集団(アグリア)侵略者(アグレス)の隠れ蓑として、政府に利用されている。

・覚醒者は、魔力量が多いと成り辛く、Bランク以上は報告されていない←報告されていないだけでは?


・航空主兵論…軍の主力を、戦艦から航空戦力へと移行させる戦略思想。戦艦無用論とも言われる。

・大艦巨砲主義…艦隊決戦によって相手を撃滅する戦略思想。大きな船で、大きな主砲の船が多ければ多いほど戦争に勝てると思われていた、旧時代の海軍思想。真珠湾攻撃などで、航空機の強さが明るみに出てからは廃れていった。

それでも、その思想に囚われて創った戦艦大和が、レイテ沖海戦で幾つもの爆撃機に沈められたのは、何の因果か…。

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― 新着の感想 ―
この人と魔力循環したら魔力増えたりしないかな
[一言] >何せその人の瞳は、瞳孔が縦に切り裂かれている。まるで、猫の目の様に。 うん? 獣人…? 部分的アニマルトランス? よく獣人は身体能力は高いけど、保有魔力は低い、みたいな設定あるけど、技巧主…
[一言] もしかしたら、アグレスは世界のバランス調整だったのかもしれませんね。 高ランク能力者ばかりの世界って、凄く不安定でしょうから。初期は現状の比率を維持する措置なのかもしれません。 それが狂っ…
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