161話~それでは、私は、なんと報告すれば…~
濛々と立ち込めていた黒煙が収まり、会場の様子が周囲にも見て取れるようになる。
そこには、長い赤髪を怒りと熱で揺蕩わせる二条様と、
それに対峙していた穂波さんを守るように、盾を構える1人の黒服護衛が居た。
その様子を見た周りの観衆達のざわめきが、段々と熱を帯びてくる。
「どういう事?二条様の、Aランクの攻撃が防がれたわ」
「盾だ、盾で防いだんだ!」
「でも、あの盾の色、どう見てもCランクのクリスタルシールドよ?」
「そんなっ!Cランクの盾でAランクの攻撃を防げる訳ないじゃない!」
「それよりも、あいつ男だぞ!」
「「「えっ!?」」」
周りの声が一瞬消えると、今度は蔵人と対峙する事になった二条様が、低い声で問うてきた。
「なんなの、貴方」
黒煙の中から現れた蔵人に、二条様の鋭い眼光が突き刺さる。
蔵人は、周りに残る黒いモヤをランパートで振り払うと、二条様に対して深々と頭を下げる。
「お初にお目に掛かります、二条様。私は巻島蔵人。巻島頼人の双子の弟にございます」
蔵人の答えに、周りの声が再び湧き上がる。
「らいとって、あの頼人様!?巻島家の秘宝の!」
「双子って、頼人様にご兄弟がいらしゃったの!?」
「そんな事より、頼人様はまだ中学一年生よ?双子なら、あの子も中一よ?中一が、高校二年生の攻撃を防いだのよ!?」
「しかも男子だ!」
「「有り得ない…」」
周りからは、驚愕の嵐。
どうも蔵人という名も、黒騎士の存在も知らなさそうだ。
夏休み前のクラスメイト達も言っていたが、良いところの人達は、この夏休みは海外旅行に行っており、ファランクス大会が開かれていたこと自体を知らない模様。
故に、蔵人の非常識プレイを見て、これだけ反応してくれる。
まるで、各大会の1回戦みたいな反応。
九条様や広幡様が、自分の活躍をご存じなのは、やはり有難い事だったのだな。
そんな周りの事など眼中に無いと言わんばかりに、二条様の周りに火柱が爆誕する。
「貴方の名前など、どうでも良くてよ。私が聞いているのは、貴方と穂波さんの関係です。穂波さんを庇うというのでしたら、貴方もその女の共犯者という事になりますわよ?」
静かに揺らめく炎の様に怒る二条様。今にも火炎の弾丸を発砲しそうである。
蔵人は両手を顔の位置まで上げて、敵意が無いことを表す。
「とんでもございません、二条様。私はこの方…こちらの穂波様を守った訳ではなく、貴女様をお守りしたかったのでございます」
「…どういう事?」
二条様の火の勢いが、若干弱まる。
おっ、何とかなるか?
蔵人は言葉を選んで、口を開く。
「既にこの決闘は、意味を成さないものになっております。イタズラに事を推し進めず、ここは一旦仕切り直して…」
「意味を成さないですって?先に決闘に泥を塗ったのは、貴方達の方でしょうっ!」
二条様の炎が、再び勢いを増す。
だが、
「なにっ?」
蔵人は目を軽く見開いて、驚いた。
二条様が怒ったからでは無い。怒った内容に、彼女が吐き捨てたその言葉に違和感を感じた。
泥を塗ったのはこちらの方。その意味は、先にルール違反をしたのが穂波さん側と言うこと。
この決闘に置いて、ルール違反が起きたのは2つ。
1つは、Aランク以上の攻撃禁止。これは、二条様が破った。
でも、もう1つのルール違反。それは、攻撃が当たったのに勝利判定にならなかった事。
二条様の言った泥とは、この審判の買収の事である。
蔵人の目が細くなり、審判を睨みつける。
「審判!」
蔵人の声に、審判はびっくりして、蔵人を見返す。
「貴様、誰に誑かされた!」
蔵人は、てっきり審判の買収も二条様の陰謀かと思っていた。
しかし、今の二条様の様子を見ると、本当に知らない様子だった。
本当に、穂波さんが審判を買収し、決闘に泥を塗ったと思っているご様子。
だから、ルールを破ってAランクの技を使ったのか。
であるなら、この審判は誰の駒なのか。
穂波さん、それとも、第三者。そのどちらでも、この決闘は仕組まれた物である可能性が高い。
それがなんの為に、誰を目標としたのかを問いただす必要があった。
ここにはイギリス王室の人間がいるのだ。彼を狙っているなら、是が非でも裏を暴く必要がある。
蔵人に問われた審判役の女性は、顔を一瞬で強張らせ、バリアから出ようとこちらに背を向ける。
だが、バリアに阻まれたので、サイコキネシスの腕でバリアを殴りつけた。
Aランクのバリアだ。Bランクの魔力量ではビクともしなかった。
審判は諦めた様に、こちらに向き直る。
だが、
彼女は懐に手を入れ、小さな小瓶を取り出した。
その小瓶には、何やら白い”モヤ”の様なものが渦巻いている。
そのモヤを見た瞬間。
違和感を感じた。
まるで、そこに有って、そこに存在しないような感覚。
幻を見ているような感覚…とでも言おうか。
これは、この感覚は…。
「それは、何だ?お前は一体…」
サングラスの内側で、蔵人は鋭い目を更に尖らせる。
軍人が銃口を向けるように、人差し指を真っ直ぐに審判へと突きつける。
詰問。
だが、審判は答えない。
その手に持った瓶を、大きく振り上げ、
消えた。
彼女の姿は、腕を振り上げた残像を残し、一瞬で消えた。
跡形もなく。まるで、初めからそこに居なかったかのように。
テレポートだ。
「ばっ!」
馬鹿な!何故、2つの異能力を使える!?
蔵人は驚愕し、審判が居た辺りに視線を迷わせる。
いや、まて、落ち着け。テレポートが彼女の異能力とは限らない。寧ろ、遠くで仲間が居り、そいつに飛ばしてもらった可能性の方が高い。
蔵人は考え直し、周囲に視線を送る。
だが、彼女の仲間らしい人物はいない。少なくとも、挙動不審な者は一切おらず、会場に集まった方々は驚愕と戸惑いの視線をこちらに向けるばかりだ。
テレポーターは熟練者になると、遠くからでもテレポート出来る。
何時だったか鶴海さんに教えてもらった事だ。
やはり、審判は組織的に動いていたという事か。
「チッ!逃げられたか」
蔵人は、つい舌打ちしてしまう。
だが、それをかき消す様に、パチッと炎が爆ぜる音が聞こえた。
慌ててそちらを見ると、表情を消して、目だけ殺気に満ちた二条様が、両手を掲げて蔵人を見ていた。
「茶番はおしまい?では、こちらも終わりにしましょうか。貴方の言った通り、無意味な決闘をね」
「お待ちください!二条様!これは明らかに、組織的な陰謀…」
「白々しい。懺悔はあちらでなさって」
二条様の静かな殺気と共に、極大の火の槍が一つ飛んでくる。
その大きさは、先程の鉤爪よりも一回り大きい。
蔵人はランパートをそちらに向け、構える。
着弾。
何層にも重ねた盾の城塞は、しかし、業火の熱を受けてひん曲がる。
直撃を受けた盾の中央には、小さな穴まで開いてしまっている。
これでは、次に同じ攻撃が来たら確実に粉砕される。
蔵人の思考を読んだかの様に、
「さようなら」
極大の火の槍が、二条様の手から解き放たれる。
その数、9本。
不味い。このままでは防ぎきれない。
確実に貫通される。
Aランクの炎だ、足立戦の時の様に、触れれば真っ黒こげ。
いや、相手は高校生。あの時以上の脅威。
灰燼に帰す。
このままの、ランパートならば。
ならば!
「1枚でダメなら、重ねればいい!」
蔵人の目の前に、再び水晶盾のランパートが出来上がる。
そのランパートの後ろに、更に同じランパートが形成され、
「二重奏!」
二重に重なる、コンポジットシールド。
その二重のランパートの後ろに、もう1枚を重ね、
「三重奏!」
もう1枚!
「四重奏!」
4枚目。そして、もう1枚が重なり合わさった。
「五重奏の盾城壁!!」
5枚のランパートが重なり合う所に、今、紅蓮の槍が、次々と突き刺さる。
バンッ!バンッ!バンッッ!と、着弾する度に弾ける、炎の轟音。
先程の様に、周りに飛び散る火の粉や黒煙は少なく、その極大な威力全てが蔵人達に向かっていた。
「きゃぁああ!」
「うぉっ!床が揺れてるぞ!」
【殿下!お下がり下さい!】
【私より蔵人君を!時間逆行者を呼べ!】
【無理です!この火力では、防げても半分以上消し炭です!蘇生できません!】
【そんなっ!それでは、私は、なんと報告すれば…】
「お義兄様!」
「兄さん!!」
会場に響くのは、爆ぜる炎と観客の悲鳴。
まるで阿鼻叫喚のその様子は、体感としては永遠に近かったと、見ていた観客は言うだろう。
黒煙が再び会場を覆う中、観客達は手を胸の前に抱き、蔵人達の無事を祈る。
それは、アイザック殿下も同じだった。
透き通るように青い瞳を滲ませて、濛々と立ち上る黒煙の中を見詰めていた。
【頼む、蔵人君。君の力が”叔父上の見立て通り”なら、どうか生き残っていてくれ…】
固唾を呑んで見守る中、黒霧が晴れていく。そして、その場に現れたのは…。
「素晴らしい!!まさか、これ程までとはっ!」
そう言って、両手を広げ嗤う、蔵人の姿だった。
「よもや第三城壁まで食い破られるとは。なんと言う威力!何という練度!流石は二条家のご令嬢」
蔵人は、すっかり溶解され、二重奏しか残らなかったクイン・ランパートの変わり果てた姿を見て、感嘆の息を吐いた。
海麗先輩ですら、通常のランパートを攻略出来ていないのに、クインの半分以上を溶かす程の熱量。同じAランクでも、高校生ともなると威力が格段に上がる物なのかと、蔵人は感心していた。
もしくは、先ほど言葉にしたように、二条家が特別にパイロキネシスの扱いに長けており、その技術でもって超高火力を生み出しているのかも知れない。
どちらにせよ、異能力の強さを中学生の中だけで見てはいけないなと、蔵人は嗤った。
そんな蔵人の、酔狂とも呼べるほどの感心とは別に、観客達はその蔵人自身に釘付けとなっていた。
次第に、その圧倒される光景を前に、声を忘れていた観客達から言葉が戻り始める。
「す、凄い…」
「本当に、二条様の技を受けきってしまいましたわ」
「Cランクが、Aランクを…」
「何なんだ、何なんだ彼は…?」
呟きの様な微かなざわめきが、四方八方から囁かれる。そんな中で、一つの拍手が上がる。
パチパチパチっ!
「素晴らしいですわ!黒騎士様!巻島蔵人様!」
そこに居たのは、広幡様であった。
彼女は、いつもの凛とした令嬢の姿ではなく、年頃の少女の姿に戻って、感情を顕わにしていた。
「まさか、目の前で黒騎士様の新技をお目にかかれるとは思いませんでした。私、感動致しましたわ!」
新技って、ただランパートを重ねただけなんだけど。
そう思いながら、蔵人が感謝の意味も込めて広瀬様に軽くお辞儀すると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
あの時見た黒い笑みではない。純粋な彼女の笑み。
可愛いと、思ってしまった。
普段見せない彼女の様子に、会場のご令嬢、ご子息までもが釣られて手を叩き始める。
「す、素晴らしい…」
「凄いわ…本当に凄い!」
「感動しましたわ!黒騎士様!」
「俺も、俺も感動したぞ!黒騎士!」
「蔵人様!是非、私と踊って下さいませ!」
会場中から受ける拍手の雨。
まるで、この場の主役になってしまったかのようだ。
ちょっと恥ずかしい。
あと、ダンスの予約をした人、ごめんなさい。踊る気はありませんよ?
まるで、ノブルスが終わったかのような会場の様子に、
「…そうか、そういう事か」
掠れた声が、蔵人のパラボラ耳に入る。
出処は、二条様。
彼女は、半溶したクイン・ランパートをジッと見詰める。
「そんな秘密兵器を開発したから、最近の貴女は、大胆な行動を取るようになったのですわね…」
セットされていた髪が崩れ、疲れた表情を浮かべる二条様は、目だけは鋭く、蔵人を射抜く。
「確かに驚きましたわ。まさか私の荼毘を受け切るCランクが居るとは。ですが」
二条様は再び、姿勢を正して両手を広げる。
「これなら、如何かしら!」
そう言った瞬間、二条様から膨大な炎が巻き上がり、それがそのまま蔵人達を囲む。
「煉獄!」
二条様の叫びが、そのまま炎の様子を表していた。
逆巻く炎が、蔵人と穂波さんを囲む。向こう側が全く見えない程の厚みがある炎の壁が、徐々に、徐々に蔵人達に迫る。
なるほど。全方位からの攻撃なら、ランパートを展開出来ない。
一重のランパートであれば、範囲は賄えるが、それでは簡単に溶かされるだろう。
トリオなら防げるが、全方位を賄う程の魔力出力が出来ない。しかも、穂波さんの分も確保となっては不可能だ。
一瞬で相手の弱点を突いてくるとは、二条様は戦闘センスも素晴らしい。
蔵人がそんな風に、二条様の戦い方に感心していると、穂波さんが蔵人の袖を引っ張った。
「ど、どうするんですか!?これじゃ丸焦げに、は、早く、早く盾を出して下さい!」
「落ち着いて下さい。盾で守っても、蒸し焼きグリルの完成ですよ」
「ええっ!?」
本当に泣き出しそうな顔になった穂波さんに、蔵人は、「ちょっと失礼を」と前置きして、その体を抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこと称されるその持ち方に、穂波さんは大きな瞳を白黒して、今の状況を理解しようと必死になっている。
そんな彼女に、蔵人はこれからの事を簡単に説明する。
「守りがダメなら攻めです」
時には攻めるのも大事ですよっと、蔵人は心の中で呟きながら、頭上に盾を集中する。
盾は重なり、大きなドリルとなる。
ドリルの穂先は天を指さしている。その天にあるのは、逆巻く炎の中心。
そこは、薄っすらとだが、向こう側の天井が見え隠れしていた。
あそこだけは、少し薄いらしい。
蔵人はドリルの回転をスタートさせると、それを不安そうに見上げる穂波さんに目線を下げて、微笑む。
「お客様。当機は大変揺れますので、しっかりとお口にチャックでお願い致します。よろしいですね?」
蔵人のアナウンスに、穂波さんは訳が分からないという顔をした。
しながらも、口は一文字に閉じられた。反射的に従ってくれた模様。よしよし。
蔵人は背中に盾の翼を付ける。
準備万端。天気は火炎。視界最悪。
「テイクオフ!」
紅蓮の炎が迫る中、蔵人達は飛び上がる。
先行するは、盾のドリル。
そのドリルが火炎の天井とぶつかると、想定していたよりも強い揺れが蔵人達を襲う。
「お客様!当機は現在、乱気流の中を進んでおります!しっかりと座席を握りしめ、決して離さないようお願い致します!」
蔵人のアナウンスに従ったのか、蔵人の腕と胸元を掴む穂波さんの手の力が増す。
振り落とされたら、一瞬でウェルダンだ。それをちゃんと分かっているらしい。
炎に焙られたドリルの先が、徐々に赤く輝き出した時、
揺れが、収まった。
収まると同時に、視界は良好となり、炎の牢屋から抜け出した事が分かった。
「おおおおっ!」
「あそこだ!黒騎士だ!」
「煉獄から脱出したわ!」
「凄いわ…空も飛べるのね…」
「それも新技ですね!蔵人様!」
抜け出すと同時に、観客達の声も戻ってきた。
いやいや。これは技でも何でもないですよ。
飛び出した蔵人が下を見ると、こちらを見上げる顔、瞳、視線、顔。
そして、二条様と目が合った。
彼女は蔵人と目が合うと、床に座り込み、同時に紅蓮の煉獄も消えた。
魔力切れか?顔色が良くないな。
蔵人は床に降り立つと、少し体を前に倒して穂波さんが降りやすいようにする。
「シートベルトのランプが消えました。座席を離し、ゆっくりとお降りください。本日は蔵人航空をご利用いただき、誠にありがとうございました。またのご搭乗をお待ちしております。アデュー。アデュー」
最後まで茶目っ気を入れて降車を促した蔵人だったが、穂波さんは座席である蔵人を一向に離そうとしない。
あら?腰でも抜けたか?
蔵人が穂波さんをのぞき込むと、穂波さんも蔵人を見上げる。
その大きな瞳が、儚げに揺れる。
高揚した頬が、薄っすらと赤みを帯びて、きめ細やかで白い肌が、それをより一層に引き立てる。
艶やかな黒髪は、いままで蔵人の周りにいた女の子達とは違い、彼女を少し大人の女性であると主張していた。
穂波さんの赤くぷっくりした唇が、開く。
「いや、です。離れたく、ありません」
弱弱しく奏でられる彼女の声が、それでもしっかりと、蔵人の頭に優しく浸透する。
美しく妖艶で、しかし儚く守ってあげたくなる彼女の瞳から、目が離せない。
ああ、そうだ。これは、
「蔵人様は言いました。私に、決して離さないようにって。離しません。私、蔵人様と一緒です。わ、私、蔵人さまと…」
彼女はそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じて、唇を蔵人に差し出す。
蔵人は、その差し出された赤い果実を前に、ゆっくりと、己の唇を近づけた。
…?
な、何か、始まりましたよ?