152話~防御は最大の攻撃である~
『突撃!とつげきぃいいいい!!』
「「「「おぉおおおおおおお!!!」」」」
桜城の騎士団が雄叫びを上げて、盾が一斉に走り出す。
狙うは、紅い鬼面武者達。
武者達の顔に、初めて狂喜以外の色が浮かぶ。
鬼面武者に迫るのは、まるで壁。
動く壁が、一斉に自分達に向かってくる。
しかも、今彼女達は、殆ど足を止めてしまっていた。
それは、遠距離攻撃を防ぐ為であり、今更速度で突破出来る見込みはない。
では、どうするのか。
その答えを出せた彩雲選手は多くはなかった。
今まで、やられたことの無い戦術に、
「「「うわぁあああ!」」」
紅い波動は、白銀の雪崩に巻き込まれた。
全国の強者たちを呑んだ赤い波は、その勢いも、用意していた戦術も全てを無に帰し、ただ白銀の騎士たちの盾に押しつぶされた。
『彩雲8番!11番!19番ベイルアウト!先に脱落者が出たのは、なんと彩雲からだ!これは予想外!防衛側の桜坂が一転、攻めに転じた!』
そう熱弁する実況に、しかし蔵人は眉をひそめる。
ベイルアウト者は3人。
13人に突撃してその人数は、
"少な過ぎる"。
そう思ったのと同時。
蔵人の目の前の盾から、刀が生えた。
鈍色の、刀身。
そいつは、もう少しで蔵人に届く所まで、深く、鋭く、突き刺さっていた。
誰か、いる。
盾の向こう側に、誰か。
そいつは、直ぐに正体を表した。
「ふふ。うふふふふふふっ!」
蔵人の盾を飛び越える影。そいつが蔵人に襲いかかる。
蔵人は寸前で、新たな盾を出して、襲撃者の一太刀を受け止める。
盾と刀が拮抗する。
相手の目が、弓のように歪み、蔵人に熱い視線を注ぐ。
「お会いしとうございましたっ!」
その人が、笑う。
妖艶な笑みに、蔵人は苦笑いで返す。
「やはり来ましたか。マドカさん」
その人は、一昨日の医務室でお世話になったマドカさんだった。
2人の邂逅に、会場が湧く。
『桜坂エースの黒騎士に、彩雲エース、島津円選手が踊りかかった!』
「「「わぁあああ!!!」」」
『Bランク全日本8位の鮮血のマドカ選手に、黒騎士は為す術があるのか!?』
敵と味方が入り乱れる戦場の中で、蔵人と円さんの戦闘が始まった。
円さんの剣技が、蔵人を襲う。
その鋭い一刀は、蔵人が水晶盾でいなそうとしても、尽く盾の芯を捉え、切り裂いてくる。
もはや1枚の水晶盾では防ぎきれないと、蔵人は水晶盾を2枚交差させて防御する。
クルセイダー。
1枚目は容易に貫通した刀の切っ先も、2枚目を貫く事は出来なかった。
ランパート程頑丈では無いクルセイダーだが、魔力消費と発動の速さは優秀で、Bランクの攻撃なら対応出来るみたいだ。
「うふふっ。流石はご先祖さまですわ。では」
蔵人の心に余裕が生まれた、その時、
白銀に輝く一刀が、クルセイダーを貫いて蔵人の右肩に到達した。
先程までの刀と、明らかに色合いが異なるそれに、蔵人は苦虫を噛み潰した。
「蔵人!」
後ろで部長の悲鳴が聞こえる。
蔵人は、1歩後退し、肩に刺さった切っ先を抜く。
「大丈夫です!かすり傷です!」
傍からは深く刺さった様に見えるだろうが、二重のプロテクターと、龍鱗が蔵人を守った。
それでも、引き抜かれたその刀の先数cmには、蔵人の真っ赤な血がべっとりと付いていた。
ジワりと、温かさが肩に広がる。
やられたな。
蔵人は、目の前で揺らめく円さんの瞳を見据える。
島津円。
Aランク主将、島津巴の妹にして、Bランクのゴルドキネシス。
金属を生み出すソイルキネシスの上位能力を、彼女は刀の精製に使う。
それは、彼女の達人級の剣技と合わさり、昨年、若干中学1年生でBランクシングル戦全国大会で、ベスト8位という脅威の成績を叩き出す事となった。
彼女の戦い方は、攻めのみ。攻撃に攻撃を重ね、相手が戦闘不能になるまで刀を振り続ける。
仮令、相手が遠距離攻撃を得意としていても、仮令、大軍に囲まれようとも、引かない。
ただ前に出て、その一刀を持って全てを斬り捨てる。
鮮血の円。
日向さんがやっていたことが、良心的に思えてしまう程の狂気。
それは、今の彩雲の攻め方に酷似する。
いや、似せているのは、寧ろ彩雲の方。
島津円の攻撃スタイルを踏襲した彩雲は、更に名声を上げ、その名を全国に轟かせていた。
そのチームを指揮するのが島津巴だと言うなら、島津円はチームの切込隊長。
チームの色であり、魂である。
蔵人は、若葉さんの情報を再度認識して、頭をクリアにする。
この人をただのBランクと思うな。今までの巨星と、何ら変わりない。
グッと、蔵人が体に力を込めると、右肩から痛みが走る。その痛みは、島津円に気を付けろと警告している様だ。
一気に飛び込んできた円さんを見据えながら、蔵人は独り頷く。
ああ、分かっている、と。
〈◆〉
『し、信じられない!黒騎士が、動いている!テレポーターを躱し、猛然と藤浪選手に襲いかかった!!』
彩雲のミーティング。
他校の実力を図る為、開かれた場で流れた映像に、私の心臓が狂った様に早鐘を打った。
片腕を切り飛ばされ、鮮血を撒き散らしながらも、果敢に攻め続けるその方のお姿が、我が家に伝わる英雄のそれに重なって見えた。
曰く、その英雄は、地を覆う程の大軍に、たった数騎で挑まれた。
その身体には、幾つもの礫が撃ち込まれ、戦槍が体を貫き、身体中から鮮血が吹き出した。
それでも英雄は止まらず、ただ刀を振るい続けた。
それは偏に、総大将を逃がす為。
一族の希望を繋ぐ為の捨て奸。
その壮絶な戦い様と、高潔な意思は、数ある島津家の逸話の中でも一番の語りぐさであり、私の生き方を決めたお方の姿。
それが、目の前で繰り広げられていた。
仲間を守るために、圧倒的な力量差に屈すること無く、血肉を振り絞って戦うお姿は、ご先祖さまに酷く似ている。
いや、ご先祖さまそのものだ。
魂が現世に舞い戻って来られた。
島津家を導く為に。
もう一度、あの頃の栄光を蘇らせる為に。
「さぁ、お魅せ下さいませ!ご先祖さま!」
次はどんな風に魅せてくれるのか、刀を振るう度に期待が胸を張り裂きそうになる。
だが、
「…どうか、されましたか?」
一向に攻めてこない黒騎士様。
私の太刀を、ただ受け続けるだけである。
こんなのは、ご先祖さまでは無い。
ご先祖さまの戦い方では無い。
まだ調子がお戻りではなかったのか。
あの時の輝きを、魅せて欲しい。
ホンの一瞬でも。
「守るだけでは勝てはしませんよ!決して!」
苛立ちに似た感情を、私は刀に乗せていた。
一刀一刀に、私の思いを乗せて、振り抜く。
激しさを増す私の攻撃を前にして、黒騎士様はただただ盾によって防ぐ。
防ぐ。
全て防がれてしまう。
「果たしてそうでしょうか?」
私の攻撃を、いとも簡単に防いだ黒騎士様が、私に向かって小さく呟く。
そのお声が、私の耳には不気味に聞こえた。
「…どういう、事ですか?」
黒騎士様が、何を言われているのかが分からない。
攻める事こそ勝利の道。
今持つ全ての力で持って、相手をねじ伏せる。
躊躇しては、相手に攻め入る隙を与えてしまう。
攻めろ。攻めろ。攻め続けろ。
それが戦うという事。
そう習ってきた。でも、黒騎士様は違うのか?
私の感情に、若干の戸惑いが生じる。
それを、紫色の瞳が射抜く。
「まるで、攻める事が最善と貴女は言うが、本当にそうであるとお思いで?」
私の一撃を、ガリガリと白銀の盾で受け止めながら、こちらを見上げる黒騎士様。
「防御は最大の攻撃である」
「…それは違いますよ、ご先祖さま。現世では、攻撃こそ最大の防御と申します!」
そう言いながら、私は渾身の一撃を叩き込む。
急にキレの増した斬り上げを食らった黒騎士様は、防御を引き剥がされ、無防備な胴体を私の前に晒す。
筈だった。
「…なに?」
だが、実際は、私の攻撃は彼の盾の表面を削っただけで、そのまま上へと逃げていった。
受け流し。
そんな馬鹿な!?
さっきまで、盾の芯は捉えていた筈だ。
でもいつの間にか、盾の芯はズラされ、代わりに、刀の軌道を変えられていた。
私の太刀筋が、読まれている。
何時?どうやって?こんな短時間に!?
私の焦りを読んだ様に、黒騎士様の口元が緩む。
「攻撃と踊りは似ている。そこには必ずリズムがあり、流れがある」
そう言われながら、次々と振るう私の攻撃を、尽く受け流してしまう。
必殺の白銀刀も、滑ってしまっては水晶盾すら貫けなかった。
「なん、でっ!?」
「簡単です。貴女の動きを読みました。散々見せてくれましたからね。貴女の攻撃パターンを」
見せた。
それはつまり、私の攻撃を観察していたという事。
振るわれる剣戟を、ただ防御していた訳じゃない。
黒騎士様は、このお方は、固く閉ざしたその殻の中ので、ずっと見ていたのだ。
私の動きを。私の剣技を、全て見られていた。
「…くっ!まだァ!!」
ならば、リズムを崩せば良い。
そう思って、更に激しく剣舞を舞うと、
その刀は、宙に受け流されてしまった。
がら空きになる、私の体。
リズムを崩した事で、体勢までもが崩れてしまった。
崩されたのは、私の方。
そこに、その崩れた私に向かって、黒騎士様の一撃が吸い込まれる様に入る。
正手。鳩尾に一撃。
たったその一撃に、私は鎧ごと吹き飛ばされる。
2転3転転がり、芝生の上に投げ出される肢体。
立ち上がれない。
骨はおろか、多分肉体へのダメージも皆無だ。
なのに、立ち上がれない。何故なら、
「がっ…あっ…かっ…」
呼吸が、上手く出来ない。
酸素が、酸素を、吸いたい。
なのに、何故!?
「読んだのはリズムだけじゃない。貴女の呼吸もです」
黒騎士様の声が、近づいてくる。
「腹筋というのは、酸素を吸う時が一番力が入らない。吸い始めは特にです。その上、腹の急所である鳩尾を突かれたなら、しばらく動けませんよ」
黒騎士様の足が、目の前に迫る。
私の、頭の上。
もう、すぐそこに立っている。
「防御は最大の攻撃であるとは、つまりはこういう事です」
そう言われる黒騎士様のご様子は、液晶の向こう側にいたお姿と瓜二つであった。
島津の英雄と並べても、遜色ないお姿。
立派な、立ち姿。
ああ、やっと、やっとお会い出来ました。
ご先祖さま…。
〈◆〉
円さんは、青い顔をしながらも、何とか刀を杖代わりに立ち上がる。
しかし、口は酸素を求めて大きく開閉しており、読もうと思わずとも呼吸のタイミングが推し量れる程。
風前の灯火。
吹けば飛ぶその命に、蔵人は拳を固める。
本当は、彼女が回復仕切って、万全な状態で戦い続けたい。
でも、それは個人的な感情。
今はファランクス。チーム全体で考えなければならない。
今桜城の面々は、突撃で生き残った彩雲選手と各所で乱戦を戦っている。
既にベイルアウトから2分が経ち、数的有利は過ぎていた。
それでも、流れで有利なのは変わらず桜城だ。
それは、蔵人が相手エースを引き付けている事も大きいが、既に部長が遠距離役数名と近距離役数名を入れ替えていると言うのもある。
お陰で、各所で行われる戦闘では、桜城有利で進んでいる。
今ここで、彩雲の2番、島津円を屠れば、流れは一気に桜城に傾く。
それが分かるから、蔵人は拳を構え、そして、死に体の円さんに突き立てる。
筈だった。
蔵人が放った一撃。それが突き刺さった先は、赤い甲冑ではなかった。
赤土色の土壁。
これは…!
「まどかっ!」
「…ね、え様」
円さんに駆け寄って来たのは、姉の島津巴。
彼女の作り出した防土壁が、妹へと迫っていた蔵人の攻撃を防いでいた。
馬鹿な。
蔵人は周囲を見渡す。
巴選手は、海麗先輩が足止めする筈。円選手がこちらに来た場合、そういう手筈だろ?
そう思って海麗先輩を見たが、彼女は別の彩雲選手に捕まっていた。
番号的に、Bランクが2人。
蔵人は驚いた。
乱戦となっている戦場で、彩雲の選手は1人で複数の桜城選手と戦っていた。
桜城有利と見た戦況だったが、有利なのは人数の問題だった。
それで余った力、島津巴が、こちらに来てしまったのだ。
これが彩雲。
1人1人の戦闘能力は、桜城の先輩方を遥かに超えていた。
蔵人は、島津姉妹に視線を戻す。
丁度、巴さんが円さんを立たせている場面だった。
「ねぇ、様、すみま、せん」
「良いの円、私が時間を稼ぐから、回復して」
「はい…」
巴選手は、蔵人から円選手を隠す様に、自分達の周りに土塁を築く。
その1枚1枚は、白銀盾並の強度がありそうだ。
突破するには、それ相応の攻撃力が必要である。
既に蔵人が空を飛べるという情報も持っているみたいで、土壁は天井までこさえている。
シェルターの様な頑丈さ。
ここは、ミラ・ブレイクか?
相手はシェルターの中。上手く行けば、2人同時に屠る事も出来る。
だが、それは想定されているだろう。
何より、シールド・クラウズは隙がデカい。
これだけの乱戦の中、周囲から攻撃される可能性も十分にある。
強力無比なミラ・ブレイクだが、意外と弱点も多い。
その一つが、前面以外の防御力の脆弱性だ。
そりゃ、一面に盾を集中するのだから、それ以外の面は全くの無防備となる。
ならば、これだ。
蔵人は魔銀盾を生成する。
その盾を分解し、小さなドリルを複数個作り出す。
「魔銀の女王蜂!!」
何時もの水晶蜂では無い。それよりも一段と強力な子達だ。
その銀蜂達を、シェルターへと放つ。
蜂達は直ぐに、赤土の壁を食い破り、シェルターの内部へと侵入して行った。
その瞬間、目の前の土壁が割れる。
中からは、
「くっ!」
「きゃぁ!」
慌てて飛び出る島津姉妹。
彼女達の後ろでは、回転する小さな盾が、尚も彼女達に向かって、その鋭利なお尻を突き出していた。
彼女達がこちらを見る。
既に構えていた蔵人を見て、後ろの凶器を振り返る。
逃げ場は無い。
そうと思った姉妹は、互いの手を繋ぐ。
その姿は、周囲の観客からはとても仲の良い姉妹の様に映るだろう。
だが、蔵人は息を呑んだ。
彼女達の姿が、あの時を思い起こさせる。
川崎フロスト大会。そこで見た、飛鳥井さんとソフィアさんの姿に。
蔵人が目を丸くして見る先で、その2人は、
繋いだ手を、前に出す。
声を、張り上げた。
「「ユニゾンッ!!」」
そんな、ファランクスでユニゾン!?
「これが、望月の諜報員が言っていた切り札か」
何故、獅子王戦で出さずに、ここで?