148話~いいえ。十分ではありません~
部長が去った後、蔵人は瞑想に戻る。
時折聞こえる練習の声には、鈴華や伏見さん、鶴海さんの声も聞こえる。先輩達との連携を中心に、異能力の応用練習を行っているみたいだ。
明日がビッグゲーム最後の試合。そして、表彰台を掛けた大舞台である。
とは言え、筋トレの様な、翌日まで疲れを残す練習は極力避けている。
各ポジションの連携確認と、対彩雲戦の動きの確認が主なメニューだ。
その中でも、盾役の先輩達は大変そうだ。盾を持ち上げる練習や、持ち上げたまま走る練習をしている。
先輩達は、普段盾を出現させるまでの練習はしているのだが、その盾を動かす練習はしていなかった。
彩雲戦を目の前にして、何処まで物になるか。
練習メニューを提案した蔵人は、自然とその練習風景に見入っていた。
だから、その子がすぐ傍まで近づいて来ていたのを、察知出来なかった。
西風さんだ。
「蔵人くん」
「おっ、西風さん。どうしたの?こんな所に」
西風さんは、他の先輩達と一緒に、選手のサポートをしていた筈だ。
ドリンクを作ったり、コーンを設置したり、タイムを計測したり。
大会が始まる前は、蔵人も良くやっていた仕事だったが、都大会で活躍し始めてからは少なくなり、全国大会では全くやらなくなってしまった。
同じ1年生なんだから、雑用もやらせて下さい。そう言っていた自分は何処に行ったのやら。
初心を忘れるべからず、だぞ。
蔵人はそう自分に言い聞かせ、全国大会が終わったらちゃんとマネージャー仕事もしようと、心に刻む。
そんな蔵人の隣に腰掛けて、西風さんはポツリと漏らす。
「その…僕も、みんなみたいに、強くなりたいと、思って」
そう言う西風さんは、目の前で広がる練習風景に視線を向けながら、そこではない何処か遠くを見ている様子だった。
「僕さ、最初の頃はあんまり乗り気じゃ無かったんだ。桜城に入学したから、何か部活入らなきゃって。蔵人くんがいる部活だったら、楽しそうだなって思ってここに入ったんだよ。実際、練習は疲れるけど、みんなといるのは凄く楽しくて。でも、ビッグゲームが始まったら、先輩達ドンドン勝ち進んで行っちゃって、都大会も関東大会も優勝しちゃうし、蔵人くんも、鈴華ちゃんもドンドン先に行って、ミドリンや早紀ちゃんまで…何て言うか、今の僕は夢の中に居るみたいなんだよ。僕は何処か、みんなとは違う人間なのかなって思ってたんだ」
西風さんが、いつの間にか地面に視線を落としながら、胸の内をさらけ出す。
何処と無く、学校にいる時よりも静かだなとは、蔵人も思っていた。
だがそれは、選手でない彼女は仕方がないものだとも。
そう思っていたが、違ったのだ。
彼女は、周りが勝ち進む度に、温度差を感じてしまったのかもしれない。周りと自分との差に、嫌気が差してしまったのかも。
もしかして、今ここに来たのは、今後の進退の相談を?
そう思った蔵人だったが、冒頭で強くなりたいと言った彼女を思い出し、その路線は捨てた。
では、何を相談しに?
蔵人が見つめる先で、西風さんは再び、顔を上げた。
「…でもね、蔵人くんが腕をチョン切られちゃった時とか、気を失って運ばれた時とか、凄く怖くて、悲しくて。でも、それよりも、何も出来ない自身が悔しかったんだ。ただ見ているだけしか出来ない僕がもどかしくて、嫌だったんだ」
西風さんの視線が、こちらを向く。
潤んだ瞳には、その涙が煌めく以外の輝きも、確かにあった。
「だから僕、強くなりたいんだ。みんなを守る…なんてことは無理だって分かってるけど、せめて、みんなの力になりたいんだ。みんなが苦しい時に、少しでもみんなの背中を押したい。だから、その…」
急に歯切れが悪くなった西風さんは少しモジモジしながら、蔵人を見上げる。
「蔵人くんと、一緒に練習しちゃ、ダメ、かな?」
潤んだ瞳で見上げるその姿は、蔵人の保護欲を掻き立てる。
物凄くあざとく見えるのだけれど、西風さんの性格上そんなことは全く狙っていないのは明白だ。
彼女は、只々勇気を振り絞って言っているのだ。
それが、余計に破壊力をプラスする。
その破壊力は、蔵人が言葉を数秒吹っ飛ばす程の威力であった。
蔵人が内心、萌え死んでいると、
「……ううぅ…どうかな?ダメ、かな?」
西風さんが聞いてきた。
「カメラを常備しておけば良かったな」
「えっ?」
つい、口から漏れ出た欲望を、急いで蓋をする蔵人。
困惑する西風さんに、蔵人は気を落ち着かせて、口から手を退けて、微笑む。
「勿論、良いに決まっている。善は急げだ。早速一緒にやろう」
蔵人が二つ返事で承諾すると、パッと顔を輝かせる西風さん。
「えっと、こうやって座ればいいのかな?うわっ!あ、いた、痛たたた」
蔵人の真似をして、座禅を組もうとするが、直ぐに足が吊ってしまって倒れてしまった。
最初から結跏趺坐は難しいからね。
蔵人は、胡座で良いよと、彼女を座らせる。
大事なのは座り方じゃない。勿論、ただ集中するだけでもない。
自身の魔力を回すこと。スムーズに動かす事だ。
「魔力を、動かす?」
頭の上に〈?〉が見えそうな程、西風さんが首を傾げるので、蔵人のイメージを伝える。
でも、それでも西風さんが泣きそうな顔をするので、蔵人は最終手段を使った。
即ち、頼人や慶太、若葉さんにやった方法だ。
蔵人が西風さんの両手を捕まえ、
「わっ、わっ、わっ!く、蔵人くんこれは」
「しっ!集中して、西風さん」
逃げる西風さんの手を、何とか捕まえて、始める。
西風さんの魔力と、蔵人の魔力を互いの体に流す。
そうすると、最初は慌てていた西風さんも、自分の魔力を動かすという事が分かってきたみたいで、次第に蔵人の補助を借りずとも、ゆっくりと自分の中の魔力を回しだす。
蔵人は静かに彼女の手を離し、元の場所に戻る。
それでも、西風さんは集中力を切らす事無く、ただただ魔力を回している様子だった。
中々の集中力だ。それに、やはり特区の娘は天才が多いな。
しばらく集中する西風さん。
次第に余裕が出てきたのか、目を開けて蔵人に話しかけて来た。
「なんか不思議な練習方法だね。普通なら、もっとバンバン異能力を撃つのにさ」
「そうなのかい?」
普通と言われて、蔵人は首を傾げる。
そんな蔵人に、西風さんが普通の訓練方法を教えてくれる。
曰く、小学生高学年くらいになって、異能力が発現できるようになると、親からや学校の授業、訓練施設等で型を学び、その異能力専用の練習方法に則って異能力訓練をする。
専用と言っても、大まかな内容は一緒で、要は、己が出せる最大の異能力を放つ。これを繰り返すというもの。
異能力が発動出来ないくらいまで発現させ、そうして少しでも強い異能力を発現させられる様にする。
パイロキネシスなら、なるべく高い火柱を上げられるように。
サイコキネシスなら、なるべく重いものを持ち上げられるように訓練するのだとか。
確かに、ファランクス部の異能力訓練でも、遠距離役は只管に撃ち込んでいたなと、蔵人は思い出す。
ただ弾幕の練習をしているのかと思っていたが、そういう事らしい。
「でも僕は、こっちの方が好きだな。なんて言うか、今まではよく分からない力を、よく分からないままに使っていた気がしてて。なんて言うか、こう、持ち方を間違ったまま使うお箸みたいに、凄く不安定だったんだ。でも、こうして魔力の流れ?を感じる様になって、今は持ち方が少し馴染んできた気がする」
そういうと、西風さんは再び集中に戻り、身動ぎもしなくなった。
相当集中出来ているみたいだ。
蔵人も、彼女に倣って座禅に戻る。
この娘も強くなるな。蔵人はそう思いながら、彼女と共に魔力を回す。
そうして、暫く鍛錬を続けていたのだが、またもやこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
はてさて、次の来訪者は誰であろうか。
サーミン先輩かな?海麗先輩か?変化球で、近藤先輩か?
そう思いながらも、暫く目を瞑っていると。
「えっと、今は忙しいかな?」
とても遠慮気味な声がした。
その懐かしい声に、蔵人は目を見開いた。
すると、彼のアッシュグレイの髪が、先ず視界に入った。
「…久しいな、頼人」
「うん!久しぶり、兄さん!」
満面の笑みの頼人が、そこには居た。
だが、以前に見かけた姿よりも、随分と髪が伸びていた。
それに、何故だか女物の白いワンピースを着ていた。
蔵人は更に、目を皿にした。
「…頼人…お前、目覚めてしまったのか?」
「うん?目覚める?僕、寝てないよ?」
首を傾げて、不思議そうに見下ろしてくる頼人。
そういう意味で言ったのではないのだがな。
蔵人が、どう言おうか迷っていると、頼人の後ろに居た人が助け舟を出してくれた。
「頼人様は、好き好んで女装をしている訳ではございませんよ?蔵人様」
そう言って、ワインレッドの髪を垂らしながらお辞儀をするのは、巻島家筆頭執事の火蘭さんだ。
彼女の装いは、全身黒スーツ。
完全に、頼人の護衛として付き従っているのが見て取れる。
向こうの方には、水無瀬さん達いつもの護衛が、周囲の警戒に付いている後姿も見えた。
「お久しぶりです、火蘭さん」
蔵人は立ち上がりながら、彼女に礼を返す。
本当に、久しぶりの邂逅だ。
彼女と最後に会ったのは、小学1年生の時。流子さんの年始パーティで、見送りをしてもらい、瑞葉様と会って気まずくなった時だ。
そして、蔵人の目標が定まった時。
地上に天井が無いという事を示すと、約束した時だ。
蔵人が頭を上げると、既にこちらを見ていた火蘭さんの視線とぶつかった。
彼女の目が一瞬迷い、蔵人の鼻辺りを見て、口を開く。
「大変なご活躍と聞き及んでおります。大会が終わった後にでも、本家で慰労会を開きたいと、氷雨様が仰っておりました」
ふんっ。本家が出てきたか。
蔵人は内心、お前さん達が釣られても美味くは無いのだがな、と皮肉っていた。
だが、表情は変えない。
笑顔満点、営業スマイルだ。
ニッカー。
「大変光栄に存じます。ですが、今私の保護者は流子様でございます。残念ですが、この場で返答差し上げることは控えさせていただきたく」
「存じております。ただ、ご当主の思いをお伝えしたまででございます」
つまりは、ほぼ決定事項という事か。
何か、周りからの圧力でもあったのだろうか。
魔力絶対主義の氷雨様が、技巧主体の俺を手中に収めたいと思うだろうか?
流子さんという強い後ろ盾が居る中で、それ程び危険を犯すリターンが用意されたか?
それとも、何か罠にかけるつもりか?
分からないが、まぁいいだろう。
いざという時は、喰ろうてやればよい。
「ありがとうございます。確かに、ご当主様のご意思を拝聴いたしました」
蔵人が小さく頷くと、火蘭さんは用事が済んだとばかりに、一歩引いた。
なので、蔵人は女装した頼人と向き合う。
うん。こうしてみると、女の子っぽい。
態々、ウィッグまで被って女装しているみたいだ。
頼人と面識がなければ、男とは思わないだろう。
つまりは、そういう事。
「大変だな、頼人」
蔵人がそう労うと、頼人は少し苦笑いをする。
彼ほどの才能が外に出るには、好きでもない女装をしなければならないのだ。
何時かの佐藤君が言っていて、あの時は衝撃を受けたが、なるほどこういう事か。
蔵人がしみじみ思っていると、頼人は首を振った。
「でも、兄さんの活躍を直に見れるって思ったら、なんてことないよ」
何と嬉しい事を言ってくれるのだろうか。
蔵人は、涙を堪えるのに必死だった。
「そうか。そいつは嬉しいな。じゃあ、絶対に勝たないとな」
「うん!次って、確か3位決定戦なんだよね?相手は色彩…積乱雲…あれ?何だったっけな…。確か、九州の学校なんだよね?」
「そうだよ。九州大会1位の彩雲中学だ。赤い甲冑で、格好いいらしいぞ」
「そうなんだ。でも、僕は兄さんを応援しに来たから、相手の格好はどうでも良いよ。本当の事言うと、勝ち負けもそんなに気にしてないんだ。兄さんが頑張って戦って、無事に帰って来てくれればいいさ」
本当に、良い子に育ったものだ。
蔵人は半分安心し、ちょっと不安に思った。
「なぁ、頼人。次の相手は、ちょっとばかり攻撃的な学校なんだ。だから、火蘭さん達が、見ちゃいけません!って言ったら目を瞑りなよ?」
「えっ?もしかして、血とか出たりするの!?兄さん、そんなのと戦って大丈夫なの!?」
案の定、頼人は血相を変えて心配してきた。
この様子は、岩戸戦の事も知らないのだろう。
出血どころか、部位欠損していたからな。
後で、火蘭さんに釘を刺しておこうと、蔵人は頷く。
「大丈夫だ。俺は斬られても、撃たれても効かないよ。盾だから」
「そうだね。兄さんなら大丈夫か」
自分で言っておいてなんだが、その安心感は何処から来るんだい?
そうこうしていると、水無瀬さんが近づいて来て、火蘭さんに何か耳打ちする。
そして、火蘭さんが残念そうに首を振ると、頼人も同じように残念そうな顔をして、蔵人を見た。
「ごめん、兄さん。もう行かなきゃ。本当は、観戦以外の外出も控えるようにって、氷雨様からもキツく言われていたんだ。でも、火蘭さんが何とか時間を作ってくれて、こうして出てこれたんだ」
なんと、頼人は本格的に囚われのお姫様になってしまったみたいだ。
火蘭さんが以前に言っていた、別の世界の人間になってしまったと言うのは、比喩でも何でもなかったのだな。
「そうか。態々会いに来てくれてありがとう。お陰で、明日への活力になったよ」
「良かった。頑張ってね!兄さん」
そう言うと、頼人は水無瀬さんに連れられて、駐車場の方へと歩き出す。
それに、火蘭さんもついて行こうとするが、
「火蘭さん」
蔵人が、それを呼び止める。
彼女は、蔵人に向き直ると、小さく頭を下げる。
何でございましょう。そう言っているかのようだ。
「貴女にも是非、ご覧いただきたい。次の試合。我ら桜城と、彩雲の合戦を」
「…蔵人様。それは、あの日の御約束の事でございましょうか?」
「ええ。そうです」
短く答えると、火蘭さんは顔を上げて、蔵人の口辺りに視線を固定する。
「十分でございます。貴方様が今までに刻んだ軌跡だけで、私は十分に思い知りました。都大会、関東大会、そして、この全国でも有名校を下し、京都でも有名な妖狐様までもを極限まで追い込みました。もう、十分でございます」
「いいえ。十分ではありません」
蔵人の強い言葉に、火蘭さんは初めて、蔵人の目を真っ直ぐに見た。
その火蘭さんに、強く頷く。
「次の試合、今までにない激戦になるでしょう。ですが、我々は勝ちます。全力を持って、彩雲を倒します」
まぁ、決勝戦ではないですけれどね。
そう言って笑う蔵人に、火蘭さんは真剣な目で答える。
「貴方様の勇姿を、しかと拝見させていただきます」
そう言って、火蘭さんは踵を返した。
その背中は、今までの火蘭さんとは思えないくらいに大きく、そして、大きな炎が揺らめいている様に感じた。
負けられない。
蔵人は、気持ちを新たにした。
因みに、この短くも濃厚な蔵人兄弟の接触中も、西風さんは一切集中を途切らせる事無く、魔力を回し続けていた。
だから、トイレ休憩で胡座を崩した西風さんに、先程頼人が来たことを教えると、大層驚いていた。
「うぇえ!蔵人くんのお兄さんが来てたの!?」
「うん。明日の試合の応援をしてくれるってさ」
「なんで僕は気付かなかったんだぁ!」
嘆く西風さんだったが、蔵人は嬉しかった。
これだけの集中力があるなら、この娘はいずれ、自分も超える事が出来るようになるだろうと。
昨日に引き続き、日中の最終訓練の様子でした。
「西風嬢にも、魔力循環を使ってしまったな」
主人公は、それが”覚醒”に繋がる一歩であると知らないですからね。
「まぁ、まだそれが確定した訳でもないからな」
早く、その道の有識者に教えて頂きたいですね。