147話~僕も、相談したいことがありまして~
ご覧いただき、ありがとうございます。
今日から4話程は、3位決定戦前日のお話です。
「中休みがあるんだったな?」
Aランクは魔力回復する時間が必要ですからね。
運営も、迫力のある試合をして欲しいのでしょう。
「結局は金か」
「すいやせんしたっっ!!」
8月23日。ビッグゲーム中休み。
蔵人のネッシーが捕獲された翌朝である。
蔵人は、見事な垂直立礼を4人分受け取っていた。
伏見さん達1年ズが練習前に、改めて昨晩のことを蔵人に謝罪しに来たのだ。
礼儀正しい彼女達の様子に、蔵人は軽く手を振ってそれを止めさせようとする。
「良いって、良いって。あの程度の事、何とも思ってないから。昨晩も謝ってくれたでしょ?それで十二分だよ」
昨晩、蔵人がなんとか6人に追いついた時、既に謝ってくれている。
そもそも、股間を強調させられた程度で謝る必要性を見出せない蔵人は、笑顔でみんなにそう言った。
お詫びの品に、パック牛乳までご馳走になっているし。
「ホントに?」
蔵人の言葉で顔を上げた西風さんが、泣きそうな顔で蔵人を見つめた。
本来なら、強制わいせつ罪や何やらで捕まっても可笑しくない。そう鶴海さんに教えられた蔵人は、彼女達が不安そうな顔をしているのを少し可哀想に思えた。
だから、少しオーバーリアクション気味に大きく腕を開いて見せる蔵人。
「ホント、ホント。大体、ちょっと思い出して欲しい。そんなみみっちい事で怒る玉だった?この俺は」
少なくとも、上半身裸で海に入っていた男だ。特区の一般男性とは違うだろう。
蔵人がそう言うと、みんなも思い出したのか、顔に笑顔が戻る。
「せやな。確かに大きかったわ、カシラのネッシー」
「あたしの父様よりデカかったな。玉は見えなかったけど」
「そっちの玉じゃねぇ!」
蔵人のツッコミに、伏見さんと鈴華が笑いながら逃げ出す。
その様子を見て、西風さんと鶴海さんも微笑んでいた。
そんなドタバタはあったが、無事に今日の練習を始めた桜城ファランクス部。
彼女達を眺めながら、蔵人は一人、芝生に座って座禅を組んでいた。
今日の蔵人は皆とは別メニューだ。
ホテルが用意してくれた最高級スイートルームで一晩ぐっすり寝て、すっかり回復した蔵人だったが、部長が絶対安静を解いてくれなかったのでこうなってしまった。
蔵人が大事な戦力だと思ってくれているのだろうけれど、腕を斬られた位で過保護だなぁと、蔵人は部長の優しさに苦笑いを浮かべる。
そんな風に思い出していたからだろうか。蔵人の方に部長が歩み寄って来ていた。
「蔵人、具合はどう?」
心配して来てくれたみたいだ。
貴女、本当に過保護になりましたね…。
「ええ。こうして休ませて頂いていますので、とても良いですよ。明日には貧血もバッチリ治っているでしょう」
「そんなこと言って、休んで無いじゃない。頭の上で盾がぐるぐる回っているわよ」
少し非難めいた口調でこちらを刺しながら、部長は蔵人のすぐ隣に座る。
少しの間、2人は無言で前を向く。
明日の3位決定戦に向けて、部員達の練習にも熱が入っている。
そう、明日は決勝戦の前に、3位決定戦が行われる。
晴明に負けた蔵人達だったが、まだ全国大会は終わっていなかった。
今年の優勝は届かなかったが、まだ3位入賞のチャンスが残っている。もしも表彰台に上ると成れば、東日本では初めての事だ。この栄誉は、是非とも物にしたい。
蔵人が明日への思いを募らせていると、
「明日の試合…」
同じように思いつめた顔で、部長がおもむろに口を開いた。
「勝てるかしら、私達」
そう言う部長の横顔は真剣で、でも何処か不安そうな顔である。
それは、無理もない事だろう。
蔵人達は今朝、練習前にテレビを見た。テレビで放映されたもう一つの準決勝を、若葉さんが録画してくれていたのだ。
そこに映るのは、桜城VS晴明と同等、いや、それ以上に苛烈な試合模様だった。
桜城の選手みんなで見ていたのに、誰一人として言葉を紡がなかった。
絶句。
全員、只々、試合の様子を目に焼き付けるだけであった。
画面が暗転し、暫くしてから、感想を漏らすことが出来た。
こんなの競技じゃない。戦争だ。本物の殺し合いだ。
そう呟いたのは、どの先輩だったか。
その先輩だけではない。その様子を見た全員が思った事だろう。
試合の結果は、獅子王82%、彩雲18%で、圧倒的な点数差で獅子王が前半戦コールド勝利を収めていた。
だが、それは電光掲示板上で見た試合結果だ。
フィールドの様子は、まるで別の試合状況であった。
死屍累々。
至る所に防具の破片や壊された設備の残骸が飛び散り、選手達が流した血の跡も散見された。
そして、ボロボロのユニフォームを着た選手達は、多くが地面に倒れ伏していた。
辛うじてベイルアウトしていない両校の選手達。
泥だらけの地面に埋まる者。負傷した箇所を押さえて、苦しそうに呻く者。
その殆どの者が、白と黄色のユニフォームを纏った獅子王の選手。
逆に、ボロボロの姿で地に這いつくばりながらも、恍惚の表情を浮かべていたのが、赤い甲冑を着た鬼面武者達だった。
彩雲。
呉の魔王軍が、唯一恐怖した相手。
3回戦で、如月中を棄権に追い込んだ強豪校。
フィールドの惨状を見た者は、誰しも獅子王が勝った等とは思えなかった。
寧ろ、狂気的な笑顔を浮かべる彩雲の軍勢に、勝者の貫録を見る者ばかり。
少なくとも、相手はあの獅子王と引けを取らない程の強敵である。部長の顔が曇るのも分かるというもの。
だから蔵人は、あえて明るい声で答える。
「勝ちましょう。我々の全力を持って」
「でも、蔵人の相手はAランクよ?」
部長が、今朝のオーダーを思い出して、蔵人の顔を心配そうに見つめる。
そう。彩雲戦での蔵人は、相手の主将を抑える役割を賜っている。
と言うのも、相手の主将はAランクのソイルキネシス。オールラウンダーの選手だが、防御が特に優れており、海麗先輩よりも蔵人の方が相性が良い。
よって、蔵人が相手する事になった。
「Aランクとは言え、相手は防御型のソイルキネシスですから、危険は少ないと思いますよ」
攻撃手段の少ない防御型は、仮令Aランクと言えど危険度は(蔵人からしたら)少ない。
それに、強固な土の防御は、蔵人のドリルとも相性が良いのだ。
イメージとしては、冨道の武田主将を、更に防御寄りにした選手と思えばよい。
その為、蔵人が相手することとなった。
まぁ、相手をさせてくれたら、なのだがね。
蔵人は、試合に映った、もう1人のエース選手を思い浮かべて、多分無理だろうなと内心ため息をつく。
蔵人の楽観的な憶測に、それでも部長の顔は晴れない。
それもその筈。彩雲には、もう1つ不安要素があった。
若葉さんが噂程度で仕入れてくれた情報。
それは、相手の主将とエースの情報。
その情報が本物だとしたら、戦況がひっくり返るだろう代物。
相手の切り札。
でも、確証は無い。
その切り札を、獅子王相手にも使わなかったから。
で、あるならば、眉唾物かもしれない。
どちらにしても、対策を講じれば問題ない。
主将とエースを、各個撃破すれば怖くは無いのだ。
対策があるのなら、思い悩む必要は無い。
それでも心配であると言うなら、話題を変えるに限る。
蔵人は、真剣な顔を部長に向ける。
「あの、部長。僕も、相談したいことがありまして」
「えっ!?わ、私に?」
部長がめっちゃビックリしている。
何故だ?貴女は最上級生で、この部の長だろうに。
まるで、急に兄から頼まれごとを振られた妹みたいに驚いている。
それに、蔵人は構わず頷く。
「はい。是非とも部長に聞いていただきたく」
「ま、待って!心の準備をするから」
そう言って、部長は何回も深呼吸を繰り返す。
確かに、あの試合中ずっと頭を悩ませていた問題についての相談だから、気軽に受けては欲しくなかった。
でも、まるで死刑宣告を受けるかの様な、そんな切羽詰まった顔をされる必要は無いのだが。
「い、良いわ」
良いらしい。
蔵人は部長を心配しながらも、その考えを口にする。
「僕は前に出過ぎなのかなと思いまして。晴明戦の事です。僕が医者と掛け合っている間、鈴華と伏見さんが出場していましたよね?途中からしか見られなかったのですが、あの2人は目の覚めるような活劇を繰り広げていました」
絶体絶命の中、鈴華と伏見さんが晴明の前線に攻勢を掛け、見事なまでに相手を翻弄していた。
Bランクとは言え、まだ1年生で、まともに練習し始めたのもつい最近の娘達が、全国の精鋭相手に見事に奮闘していたのだ。
「普段の練習の時も、あの2人は目覚ましい成長がありました。しかし、試合で見せたあんな輝きは無かった。あの試合では本当に自由に、そして必死に戦っていた。1秒ごとに成長する彼女達の姿を見ていると、もしかして俺が彼女達の成長するチャンスを奪っているんじゃないかって、そう思ったんです」
有名な話に、働きアリの話がある。
大勢で集団生活をするアリ達だが、外で餌を運んでくるのはその2割であり、残り6割は巣穴で待機し、残り2割は何もしていない。
この割合は、数を増やしても減らしても変わることがない。
逆に、働く2割のアリを除くと、今度は働いていない8割の中から、2割の働くアリが出てくる。
これと同じように、蔵人と言う働きアリのせいで、本来働きアリだった鈴華達が怠けアリになってしまっているのではないかと、蔵人は危惧した。
蔵人がいるからいいや。蔵人がいるなら任せよう。
そんな風に、本来だったらもっと生じる筈だった彼女達の危機感が削がれて、やる気が培われなくなって来ていないか。
蔵人は、そういう不安を抱いていた。
それが、直ぐに参戦しなかった理由であった。
「僕が前に出過ぎて、強敵を摘んでしまっているから、彼女達の可能性までも摘んでしまっているんじゃないか、そう思えてなりません。勿論、次の試合で手を抜こうなんて考えはありませんよ。全力で勝ちに行きます。でも、これからの部活、部長達が去ってしまった後のファランクス部では、僕は1歩引いた方が良いのではないかと考えていたのです」
働きアリが居なくなれば、次の働きアリが生まれる。
蔵人は、自分が後方に下がれば、鈴華達がもっと自由に羽ばたけるのでは無いかと考えた。
その分、彼女達に成長の場を設けることが出来るから。
晴明に負けたのは、蔵人が参戦出来なかっただけが原因ではない。
他のみんなの成長を、蔵人が止めてしまっていたからではないか。
少なくとも、鈴華や伏見さんがもっと異能力を使いこなせていれば、蔵人を抜きにしてもいい勝負が出来るようになると考えていた。
果たして、部長の意見は…?
蔵人は、目の前で奮闘する先輩達の姿を見ながら、部長の意見を待つ。
すると、彼女は、
「……かっこいい」
そう、呟いた。
うん?かっこいい?何が?
蔵人は、自分の話があまりに詰まらなかった為に、いつの間にか海麗先輩の練習姿でも見つけて、惚けているのかと思った。
でも、部長の方を見て見ると、彼女はこっちを真っ直ぐに見つめていた。
熱いくらいの視線を注がれている。
えっ?もしかして、後ろに海麗先輩がいるのか?
そう思って、後ろを見るも、やはり誰もいない。
再び部長に目線を戻すと、その頃になってやっと、部長は再起動した。
したが、みるみる顔を真っ赤にして、突然立ち上がって、こちらに背を向けてしまった。
「蔵人、私は、その、今はちゃんとした答えを出せないけど、でも、貴方がいたから、みんな頑張れたと思ってる。貴方が戦う姿を見せてくれたから、私達もそれに習えた。もっと頑張んなきゃって思えた。だから、貴方はもっと、自分に自信を持って。貴方がいたから、私達はここまで来たんだし、ここで戦えているのよ」
『お前のその背中だけ追い続けて、俺は、ここまで来たんだ!』
あの時の戦友の言葉が、頭の中で響いた。
光は、眩しすぎて眩む事もあるけれど、誰かを導く道標にもなる。
蔵人が前に出る事で、開かれる道もある。そう、部長は言ってくれているのかもしれない。
「わ、私!と、トイレ行ってくる!」
そう言うが早いか、部長は脱兎のごとく駆け出して、直ぐに見えなくなってしまった。
「ありがとうございます、部長」
少し表情を柔らかくさせた蔵人は、そう言って、部長の去った方向に頭を下げた。
主人公が直ぐに参戦しなかったのは、そういう理由があったのですね。
「ふんっ。そんな事に気を遣わず、とっとと金銀娘と共に幻獣部隊を殲滅すれば良かったのだ」
だから、それでは彼女達の成長がですね…。
「甘い。お前たちは甘すぎる」
…貴方は、音張さんと気が合いそうですね。