146話~そんな坊っちゃまだから、皆さんに好かれるのですね~
目の前には、散々煮え湯を飲まされた敵の大将、久遠選手がいた。
もう少しで勝てる。そう思った時、久遠選手が最後の力を振り絞り、九尾の狐を生成する。
ここに来て奥の手か!
蔵人は驚愕し、苛立ち、
笑った。
Aランクとの戦とは、こうあるべきであり、こうでなくては面白くない!
蔵人は歓喜に震えながら、体に張り巡らせた盾を全て前面に集める。
3重の盾。対Aランク殲滅用シールド。
シールド・クラウズ。
「リゲル・ダウンバースト!」
拮抗する九尾とドリル。
このままでは押し切れないと思った時、
海麗先輩が、九尾を退かしてくれた。
ナイス!
蔵人は、先輩に聞こえないとは分かっていても、ドリルの中で叫ぶ。
もう少し、あと3mで桜城の勝ち。
そう思った瞬間。
暗闇。
目の前が、暗転した。
しまった。
「能力か!」
暗闇を操る異能力か、もしくは、目の機能を一時的に封印する系の異能力か。
どちらにしても、こんな所で使ってくるとは。
物凄く的確な使いどころで、敵ながら天晴れと言いたい。
しかし、そんな悠長な事も言っていられない。時間は、あと僅かな筈。
こうなったら、見えないながらも全方位攻撃するしかない。
異能力を使い過ぎたみたいで、もう盾が出せない。
蔵人は、久遠選手がいただろう方角に拳を繰り出す。
すると、左拳に手応えがあった。
やっぱり、視力を奪う系の異能力だったか。
蔵人が安心して、更に攻撃を加えようとすると、目の前の暗闇が少し明ける。
蔵人の目の前に、人影が映る。
いつの間にか、すぐ目の前まで迫っていたみたいだ。
悔しい事に、蔵人の拳は相手の手のひらにすっぽりと包まれてしまっていて、まるでダメージを与えていなかった。
でも、姿が見えたのならもう大丈夫。
時間は?あと何秒だ?
蔵人が右手の拳を軽く握る。
それを突き出そうとしたその瞬間、目の前の人影から、声が届いた。
「坊っちゃま」
その声に、蔵人の拳から力が抜ける。
暗闇が更に明けて、目の前の人の輪郭が薄ぼんやりと見えてきた。
メガネを掛けて、こっちを優しく見ているそのシルエットは、
「柳さん」
柳さんだった。
蔵人の左パンチを愛おしそうに両手で包んで、その大きな瞳から一雫の露が、蔵人の左拳に落ちる。
「お加減は如何ですか?何処か痛いところは?」
矢継ぎ早の質問に、蔵人はしばし惚けた顔を向けていたが、やがて笑顔を浮かべ、
「柳さん、俺たちは、桜城は負けたんですね」
そう、呟いた。
それは、ただの確認だった。
流石の蔵人でも、激戦の途中で意識が暗転し、目が覚めたら病室…じゃないな。何処だ?この豪華な部屋は?
…兎に角、目覚めたら寝かされていて、柳さんが看病してくれていたら、試合中に意識を飛ばしてベイルアウトしたのだと推測できる。
そして、蔵人の推測は当たっていた。
「はい。蔵人様の学校は、コールドゲームで負けたようでした。坊っちゃまが突然、異能力を解除して地面を転がった時は、私も観客席も騒然としましたよ。パーフェクトが目前とか、2人目のGKだかなんだか叫んでいる実況はうるさかったですが、私も観客の皆さんも、坊っちゃまのお体だけが心配でしたから」
「そう、でしたか。ご心配をお掛けして、本当に申し訳ありません」
蔵人はベッドの上で頭を下げる。
蔵人の謝罪に、しかし、なかなか反応を示さない柳さん。
蔵人は不思議に思い、恐る恐る顔を上げると、
柳さんの目から、また雫が落ちた。
あまりに心配を掛けすぎて、言葉も失う程だったか。
蔵人が内心慌てていると、柳さんは静かに言葉を継いだ。
「蔵人様は、どうしてそこまで、強さを求めていらっしゃるのですか?」
どうして。そう問う柳さんの目は真っ直ぐで、雲間から降り注いだ月光を受けて、キラキラと輝いた。
柳さんが続ける。
「私は、ずっと坊っちゃまを見て参りました。小さい頃からずっとです。私の異能力は、実は透視と言う能力なのですが、そんなハズレ能力でも貴方を見守る事に役立てたのですから、とても良い異能力でした。
その異能力で貴方を見ていましたが、いつも驚かされました。貴方は常に強くなろうと努力されている。起きてから眠るまで。そんな生活をずっとです。ずっと、赤ちゃんの頃からですよ?そんな、物心の欠片も無い頃からずっとなさっている。まるで、何かに急かされる様に。何かを焦っている様に私は見えて仕方がありませんでした。
今回の試合の時もです。腕が無くなっても、血がなくてフラフラでも、貴方は戦い続けた。仲間の為、そう言う人もいましたが、私は別の理由もある様に思えたのです。普段の貴方を見ているからか、聞こえてくるのです。強くなりたい。強く、早くと。どうしてそこまで、強さを欲するのでしょうか?」
柳さんの言葉に、蔵人は悩んだ。
急いでいる理由は簡単だ。バグは何時顕著化するか分からない。それに備える為。
でも、それを蔵人として説明するのは難しい。
だから蔵人は、蔵人として生きてきた中で、培ってきた考えを述べる。
「俺はね、柳さん。この世界は歪だと思うんですよ。異能力のランクで身分が決まり、異能力の種類で優劣を決めつける。Aランクは尊く、DEランクは疎まれ、クリオキネシスやエレキネシスは上位と呼ばれ、クリエイトシールドや透視は下位と罵られる。こんな世界はおかしい」
別に差別がダメと言っている訳じゃない。
俺は社会主義者でもキリシタンでもない。
社会を形成する動物は、必ず差別を産むもの。己とかけ離れた存在は多くの場合、自分たちに危害を加える者だから、区分しようとする考えは間違いではないだろう。
動物の防御反応とも呼べる差別は、まぁ相手を攻撃したりしなければ良いと思っている。
おかしいと思うのは、世界の在り方ではなく、世界を作る人間の意識の方。
「そんな差別を受けても、平然としている世の中がおかしいと思います。自分をランクと言う型に嵌めて、低ランクだから仕方ないと、ハズレ能力だから何も出来ないと、端から自分の可能性に気付かずに生きている人ばかりだ。
何故挑戦しないのか、何故、自分の現状を嘆いたり、ハングリーに藻掻かないのか。
今まで地球上の人達は、自分の境遇に打ち勝ってきた人も沢山いました。耳が聞こえない名作曲家のベートーヴェン。身分の低い農民から天下を統一した豊臣秀吉。ALSを患いながらも物理学の針を進め続けたホーキ〇グ博士。彼らは逆境に晒されながらも諦めず、今では誰もが知る偉人となっている。なのに、何故異能力の分野にはそんな人が居ないんでしょうか?
俺はね、柳さん。異能力も変わらないと思うんですよ。きっと、Eランクでもハズレと称されるクリエイトシールドでも、高ランクの上位異能力者にも打ち勝つ力がある筈だ。俺はそう思って、ずっと努力してきました。そして、今、その可能性が見え始めてきた」
蔵人が生まれた時から、思っていた疑問。
火蘭さんに諭されて、より強く思い描いた思想。
小学生、中学生の短い人生で、突きつけられた現実。
この世界の歪みとも呼べる異能力の差別に、何時しか蔵人は、これ自体がバグなのではとも思うようになっていた。
だから、事ある毎に異能力の可能性を、己の力を示して来た。
この世界の常識を突破する。それが、蔵人の役割だと。
蔵人は、いつの間にか己の右拳に落としていた視線を上げる。
そこには、真剣に蔵人の言葉を聞き続けるこの世界の母の姿があった。
「柳さん。俺はね、今凄く楽しいんだ。自分が目指してきた信条が、世界が、少しだけ見えた気がした。異能力の可能性が、人間の可能性が、少しだけ広がった気がして。そう思うと、俺は努力をするのが楽しいんだ。それが、俺が強さを求め続ける理由なのだと思う」
この思いは、嘘でもでっち上げでも無い。
黒戸の境遇が介入しない、純粋な蔵人の気持ちだった。
蔵人が目指す、努力の根源だった。
蔵人がそう言うと、しかし、柳さんは固まっていた。
真剣にこちらを向いていた目を見ると、目が点になっていた。
「あ、あれ?ちょっと、言い過ぎましたかね?すみません」
しまったな。ついつい思いが爆発してしまったぞ。
蔵人は慌てて、頭を下げる。
すると、柳さんの時が動き出し、目をぱちくりとさせた。
「あっ、いえ。その、蔵人様は常々子供らしからぬ言動をされていましたので、天才児だ麒麟児だとは思っていたのですが…いやはや、これ程までの思いをお持ちだったとは気付かず、不甲斐ないばかりです」
いきなり謝り出す柳さんに、蔵人はいよいよベットに片膝を着いて立ち上がり、否定する。
「いえいえ!柳さん、それは違いますよ!いや、嘘をついたとかではなくて、確かに色々考えはしましたけど。要はただ楽しくて、ついついやり過ぎてしまったという話です。うん。そう言う事。ですからね?子供っぽいでしょ?だって子供ですから。それをただ、もっともらしく言い換えただけですよ」
確かに中学生の発言としては、些か比喩が難しかったかなと思い、蔵人は一生懸命に取り繕う。
しかし、柳さんの驚き顔は変わらず、彼女は首を振る。
「とんでもありません。素晴らしい思想であり、演説でしたよ。今の蔵人様なら、街角でその熱弁を奮えば、新しい政党の1つでも立ち上げそうな勢いです」
「例え話でも怖いですわ。なにそのファシスト党。俺を日本のヒトラーにでもさせる気ですか?」
「ええっと…すみません。勉強が足りず、ひとら、と言うのが何なのか存じませんが」
柳さんが申し訳なさそうに言うが、それはそうだろうと蔵人は反省する。
この世界に第二次世界大戦は無く、そもそも第一次世界大戦後にドイツに対するベルサイユ条約が締結することも無く(それよりも遥かに軽い賠償責任はあったみたいだが)市民の不満を背景に台頭したファシスト党もヒトラーも現れなかった。
というのも、世界各国は世界大戦後の騒動に翻弄されていたからだ。
異能力という未知の力によって、世界の在り方は大きく変えられた。
人間が大幅な進化を成した後で、世界大戦を振り返る暇など無かった。
少し話が脱線したが、つまり柳さんがヒトラーを知らないのは当然で、これには蔵人も申し訳ないと思った。
しかし、蔵人が謝るより先に、柳さんの言葉が繋がる。
「蔵人様のお考えを聞いたら、きっと流子様もお喜びになると思いますよ。今の巻島家は、魔力絶対主義ですから、流子様のお考えを正に体現されている蔵人様の姿は、きっと誇らしいと思われるかと」
そうだった。流子さんは魔力だけでなく、技能も大事だとする考えだった。だから、蔵人に早くにも目を付けていたのだろうけど。
蔵人はベッドに座り直し、ため息を吐く。
「はぁ。そう思ってくれたら嬉しいですけど、お家騒動には巻き込まれたくないですね」
この話が発展して、魔力絶対主義と技巧重視の考えに別れ、巡り巡って氷雨派閥と流子派閥なんかに別れた日にゃ、蔵人はガッツリ巻き込まれそうである。
そんなのは御免だと、両手を上げて降参のポーズをとる。
そんな蔵人のオーバーリアクションを見て、柳さんはくすくすと肩を震わせた。
「多分、そんな坊っちゃまだから、皆さんに好かれるのですね」
「えっ?な、何のことです?柳さん」
いきなりの話の転換に、蔵人は頭からクエスチョンマークを出す。
しかし、柳さんの表情は変わらずに、目を細めて部屋の端を、ドアがある辺りを見る。
「いえ。坊っちゃまは何処か大人っぽいと言いますか、しっかりとしたお考えをお持ちで、お優しいので、同年代からは特に慕われているのだと思いました。現に、今もこの部屋の外で坊っちゃまを心配されて集まっているみたいですよ?御学友の皆さんが」
柳さんに言われて、蔵人は異能力を使う。
そう言えばいつの間にか、いつも耳に張っていたパラボラ盾を装備していなかった。
蔵人の耳に、外の微かな音が集まってくる。
「ねぇ!次は?次は蔵人君は何て言ってるの!?鈴華ちゃん!」
「ちょっ、揺らすなって桃花!コップがドアから離れたら聞こえねぇだろ!」
「しっかし、流石はカシラやな。異能力の世界に風穴開けよう思うとるなんて、それでこそウチら子分が従うに値する頭ってもんやで。なぁ!」
「確かに凄いわね。でもね早紀ちゃん、私は蔵人ちゃんの子分じゃないわよ?」
「何言うとんねん!あんなにカシラに助けられて…あ、せやったな。自分どっちか言うたら、黒騎士に護られるお姫様やったな」
「やめてぇえ!あの時の事思い出しちゃうからやめてぇえ!!」
「何が、やめてぇ~、や。そないに顔真っ赤にしよって、全く説得力無いで」
「こら!2人とも、声が大きいわよ!今、蔵人は休まないといけないんだから、うるさくしないの!」
「そう言っているレイちゃんも声大きいよ?あと、盗聴は叱らないの?」
「そ、そういう海麗だって、聞いちゃってるじゃない…」
どうもこの部屋、ホテルのスイートと思われる部屋のドアに、みんなが張り付いているみたいだ。
中でも鈴華はコップをドアにピッタリ貼り付けて盗聴している模様で、逐一中の様子を報告している様だ。
つまりは、先程の演説も聞かれているという事で…。
蔵人は言い知れない恥ずかしさがこみ上げてきて、ベッドから飛び出て、ドアに飛びついた。
そのままの勢いでドアを開けて、そこに集まる仲間たちに言い訳をしようと口を開いた。
だが、それよりも先に、蔵人の股間部分に何かが当たる感触があった。
何かな?と下に目線を落とすと、そこには、
蔵人の股間に宛がわれたガラスコップが”カポッ”と嵌っていた。
「「「「あっ!?」」」」
蔵人の声と、みんなの声が重なる。
偶々、ドアに着け直そうとしたコップと、蔵人がドアを開けるタイミングが重なっただけの事象。
でも、あまりにタイミングが良すぎたそれに、その場の全員が固まる。
一瞬の静寂。そして、
「やっべぇ!ボスのネッシー捕まえちまった!」
「何しとんねん!?」
「うぎゃああ!蔵人君の、あ、あれがぁ!」
「早く蔵人ちゃんのネッシー解放してあげて!鈴華ちゃん、セクハラで捕まるわよ!」
女性陣全員が慌てふためく。
蔵人は白衣を着ていたみたいで、ちゃんとズボンも履いてるし、直接ネッシーが「コンニチワ」した訳ではない。
なので、特に気にすることもなく、冷静に対応した。
「まぁ、俺のネッシーは良いから、それよりさっき俺が言ってたことなんだけど…」
しかし、そう言って蔵人がみんなの方に手を伸ばすと、
「ヤバい!ボスが怒ってるぞ!」
「はよぉカシラのネッシー放さん自分が悪いんや!」
「に、逃げろぉ!」
脱兎のごとく走り出す女性陣。
「えっ?お、おーい!マジかよ…病み上がりなんだから、勘弁してくれぇ〜」
まさか部長や海麗先輩まで逃げ出すとは思わなかった蔵人は、彼女達の背中を見つめながらそう言って、ため息交じりにその後を追うのだった。
結局、桜城は負けてしまったのですね…。
「1分と言っておきながら、3分くらい暴れまわったからな。体が先に悲鳴を上げたのだ」
医者の言う事は聞くべきでしたね。
でも、まだ終わりじゃありません。
「3位決定戦があるからな。表彰台はまだ狙える」
ネッシーはいいですから、そっちに注力して欲しい物です。
イノセスメモ:
ビッグゲーム準決勝。桜城VS晴明。
桜城領域:29%、晴明領域:71%。
試合時間15分00秒。晴明領域70%越えで、試合時間15分経過したため、晴明コールド勝ち。
決勝進出:晴明学園。
桜城:3位決定戦へ。