144話~なんて顔しとるんですか、先輩方~
ご覧いただき、ありがとうございます。
前回、グロ注意を入れておりませんでした。
「あれは中々に衝撃的だったからな」
修正しておりますので、宜しくお願い致します。
桜城選手が苦戦する中、青い顔で彼女達を見つめる部長さん。
その横で、同じくらい青い顔をした臨時顧問の南が、固唾を呑んで試合の行方を見ていた。
桜城と清明の試合は、桜城が一方的に押され続けている。
試合が始まって早々、相手のエース、久遠選手が異能力を発動し、20匹近い幻獣を生み出した。
クリエイトアニマルズ。
異能力種下位や最下位が多いクリエイト系の中で、上位種と評される数少ない異能力だ。
その評価は確かなもので、13人しか参戦出来ないファランクス戦において、倍近い戦力を生み出すことが可能である。
その物量によって、彼女は、桜城前線を押しつぶそうとしていた。
1匹1匹はCランク相当の威力と聞くが、地上から、上空からの挟撃はBランク選手にとっても脅威だ。
それに加え、中立地帯で圧を掛けてくる晴明前線から、時折遠距離攻撃が飛来して、隙を見せた桜城選手達を刈り取っていた。
試合開始当初は、桜城側も反撃に出ていた。
遠距離役の佐々木さんと秋山さんが、襲ってくる幻獣相手に異能力を撃ちまくり、次々と蹴散らしていった。
桜城のエース、美原さんも、久遠選手を打ち取る為にと単騎で相手の前衛に特攻を掛けていた。
でも、上手くは行かなかった。
Aランクの実力者とは言え、10人近くのBランクCランクを前にして、久遠選手に触れる事すら出来ずに撤退してしまう。
本来の彼女なら、もう少し奮闘できただろう。
でも、岩戸戦の疲れと魔力消費が大きく響いていた。
やはり、Aランクが1人だけというのが大きく影響しているのだった。
佐々木さん達も、無限に沸く幻獣たちの猛攻を受け、次第に押し込められてしまった。
堪らず、桜城円柱まで後退した桜城選手達。
しかし、晴明の領域が70%を超え、相手の遠距離攻撃が桜城円柱まで届くようになってしまってからは、防戦一方であった。
ここから逆転するには、円柱に人を割いて籠城戦に持ち込むか、是が非でも相手円柱にタッチを決めるしかない。
でも、こうも激しく攻撃を繰り返されてしまっては、円柱に割ける人員など居るはずがない。
そして、相手円柱のタッチについても、絶望的であった。
晴明は中立地帯一列に前線を置いて、ネズミ一匹通さない陣形を構築していた。
更に、晴明円柱付近にも幻獣を数匹配置しており、仮に晴明前線を突破出来た所で、タッチまで至る前に潰されてしまう。
神谷君対策もバッチリという事か。
相手は、桜城の事を良く調べている。
やはり、テレビで放送されたのは大きいと、南は組んだ腕を強く握る。
と、そこで、
『ファアアアアン!』
前半戦終了のブザーが鳴った。
領域差は、桜城:26%。晴明:74%。
後1%削られていたら、桜城のコールド負けであった。
本当にギリギリの戦い。
そんなギリギリを戦い抜いた桜城の選手達がベンチに帰ってきたが、全員が全員、疲労の色が濃い。
そもそも、ベイルアウトで多くの退場者を続出させていた状態で、良く保てたと思う。
やはり、巻島君が居ないというのは大きいのだ。
彼が入る前、つまりは去年の桜城の成績は都大会8位。
それが、本来の桜城ファランクス部の実力。
彼が居なければ、全国大会なんて夢のまた夢だったのだろう。
選手達の中には、それを痛感している子もいる。
まだ負けたわけでもないのに、ベンチに座って蹲り、声も出さずに泣いている。
青い顔をしながらも、必死にみんなを鼓舞している部長さんの声も聞こえないみたいだ。
近藤さんや、佐々木さん達主力メンバーも青い顔をしている。
もしかしたら、そろそろ魔力限界なのかもしれない。
でも、今の桜城に交代要員は居ない。
後半戦に出場する11人。
これが、今の桜城に残された戦力。
20人近くがベイルアウトされてしまい、フルメンバーで挑むことすら出来なくなっていた。
誰もが認める、崖っぷち。
彼女達が顔を伏せるのも当然だ。
部外者だけど、教師の私が何か言っても良いのだろうか?
少しでも、彼女達の心を軽くするための一言。
何か。
南は、何を言うべきなのか悩んだ。
そんな時、
「なんて顔しとるんですか、先輩方」
呆れたような、ちょっと笑いを含んでいそうな軽い言葉。
1年生の伏見早紀さんが、明るく頼もしい笑顔を浮かべて立っていた。
「まだ、負けた訳やないですよ。寧ろ、こっからです。後半戦、ウチらも出るさかいに」
「そうそう。あたしが出るんだから、こっから大逆転よ」
それに呼応する形で、銀色の髪を靡かせた鈴華さんも、伏見さんの隣に並ぶ。
すると、途端に顔色を険しくする伏見さん。
「何言うとんねん。ウチら、や。自分1人で何でも出来ると思うなや」
「思ってねぇよ。でもさ、早紀は初めて新技試すんだろ?あたしなんて、呉で試して、キル1人取ってるからな。これで晴明の奴ら全員ぶっ飛ばしてやるさ」
「はっ!舐めんなや。カシラにもろたこの力で、敵さん仰山ぶっ飛ばしたるわ!」
「あたしだってボスから貰ったも~ん。技の改善も終わってるし、早紀よりぶっ飛ばすも~ん」
「喧嘩売っとんのか自分!買ったるで!」
「そっちが先に売り出したんだろうがよ!あたしは客だ!」
「ほんなら持ってけ泥棒!」
今にも喧嘩が始まりそうな2人の睨み合い。
それを、青い顔をした美原さんが笑いながら止める。
「はいはい。そこまで。2人とも、勝負は晴明との試合で決めよう?私も参戦するからさ」
そうは言うが、彼女の疲労が一番色濃い。
10分間、最前線に立ってみんなを守ったのだから。
多分もう、彼女の魔力は底を突いている。
それでも、こうして立っていられるのは、彼女の気力が成せる業なのか。
気付くと、周囲の雰囲気が変わっていた。
剣呑な2人の雰囲気とは裏腹に、先ほどまで俯いていた選手が、顔を上げている。
中には、少し笑みが戻っている子までいた。
「さぁ!みんな、後半戦は如何に領域差を縮めるかが鍵よ!」
部長さんの号令が、みんなの耳に入るようになっていた。
「先ずは桜城領域を31%まで戻すこと。その為には、自軍円柱でのタッチと、それを守る防御陣を構築するわよ。相手の遠距離攻撃が届かなくなるまで、何とかそれで凌ぐのよ」
「「「はいっ!」」」
部長さんの指示に、桜城選手団は気合の入った返事をする。
彼女達の瞳にも、気合が入っていた。
と、その時に、ハーフタイム終了のブザーが鳴った。
フィールドへと戻る選手団の中に、金と銀の騎士が肩を並べて歩いている。
「うっし。後半戦、いっちょ暴れてやるか」
「カシラが戻るまでに負けとったら、どの面下げて良えか分からんからな」
「ボスが戻るまでにキル取りまくって、ファーストタッチ決めてやる!」
「待てや。先ずは円柱で稼ぐって、部長さん言うとったやろ」
「分かってるって。その後の事だよ」
「そう言うんをな、捕らぬ狸の川流れっちゅうんや」
「…なんか、違くね?」
そんな何時ものやり取りをしながら、2人は後半戦のフィールドに入っていった。
その様子を見ていたら、みんなの肩から力が抜けたのが分かった。
2人のお陰で、気持ちもリセット出来たみたいだ。
そうして、始まった後半戦。
前半戦と同じく、晴明は中立地帯にズラリと並び、桜城に圧を掛けてくる。
対する桜城は、円柱役に数人割いて、残りは相手の猛攻をひたすら耐え忍ぶ。
開始早速、2人のベイルアウト者を出してしまっている。
前半戦の繰り返し。
でも、大きく異なる点があった。
それは、
「喰らいなっ!マグナ・バレット!」
久我鈴華さん。
彼女が放ったガントレットが、突撃して来ていた幻獣の鹿に突き刺さり、幻獣は消滅していた。
彼女の拳はそのまま、近くに居た狐も2匹倒してしまう。
反撃の狼煙だ。
それを不味いと思ったのか、晴明の前線から数人が前に出てきて、久我さんに狙いを付ける。
「集中砲火や。出た杭は戻したってな」
「「はいっ!」」
久遠選手からの指示。
それを忠実に実行する、晴明の選手達。
途端に、久我さんに遠距離攻撃が飛来する。
でも、それには盾役の近藤さんが対応した。
素早く鈴華さんとスイッチして、その攻撃を尽く受けきってしまう。
流石は近藤さんだわ…。
と、南が桜城側を見ていると、晴明前線で短い悲鳴が上がった。
「きゃっ!」
「あっ!」
何が起きたの?
私がそちらを見ると、倒れている2人の晴明選手。
そして、
『べ、ベイルアウト!晴明14番がベイルアウト!何だ?何か通り過ぎたぞ?桜坂の攻撃か?』
何が起きたの?
南が驚いて、選手の周囲を見る。
すると、
「先ずは1体や!」
声。
上空から、
そちらを見上げると、
金色の騎士が、空を飛んでいた。
『なっ、なんと!空を飛んでいる!?桜坂9番、伏見選手が空を飛んでいるぞ!』
驚く実況。
それに釣られて、観客も彼女を見上げる。
みんなの視線を受ける中、伏見さんは空中で態勢を変える。
どうやって?
「よっしゃっ。ほんなら次は、そこの姉ちゃんやったるわ!」
そう言うが早いか、彼女は物凄いスピードで空中を突き進み、左翼で少し前に出ていた晴明選手に飛び掛かる。
狙われた選手は、何故か伏見さんの方に歩み出し、彼女の餌食となってしまう。
なに?どうやったの?
『ベイルアウトォオ!晴明11番、瞬殺されましたぁ!桜坂9番、伏見選手の攻撃!何なんだ!?彼女の異能力はッ!』
「「「うぉおおおおお!!!」」」
「「おうじょうっ!おうじょうっ!」」
「伏見さんカッコイイ!」
「飛行能力者か!?速すぎるやろ!」
「ええで!アンタのファンクラブにも入ったるわ!」
伏見さんのお陰で、桜城側の応援団の活力も戻ってきた。
軽快な吹奏楽部の演奏だけだった物悲しい演奏会が、観客達の熱が合わさって、桜城選手の背中を押す。
南の隣で、メガホンから大声が飛び出す。
『今の内に点数を稼ぐのよ!近距離は海麗以外全員タッチに回って!他は防御に専念!伏見と久我は好きにやりなさい!』
「おうっ!そんじゃ、あたしもやるかね。フィンガー・ショット!」
いつの間にか前に出てきた鈴華さんが、右翼に向かって何かを飛ばした。
それは、ガントレットの指部分。
本来は一体型である筈の手甲だが、彼女のは特別製みたいで、指の部分が分離した。
それが、上空を見つめていた晴明選手を穿つ。
『ベイルアウト!晴明9番!今度は桜坂の8番、久我選手だっ!8番も9番も一年生だぞっ!」
「「おぉおお~!」」
「1年生かよ。すげえなぁ」
「黒騎士様も1年生だよね?信じられない!」
「桜城の1年生はバケモノかっ!」
次々と打ち取られていく晴明の選手達。
それを見て、晴明前線の中核にいた久遠選手が肩を怒らせる。
「何しとるんや、1年坊相手に。ホンマ、情けないわ」
そう言いながら、湧き出る彼女の魔力。
そこから、無数の鷹が作り出される。
「鳥葬したるわ」
久遠選手が桜城に向けて指を突き出すと、大量の鷹がそこを目指す。
攻撃力が低い幻獣の鷹。それでも、これだけの数となると、流石に脅威だ。何より、この鷹の幻獣は回避能力が高いので、撃ち落とすのが非常に困難なのだ。
そう思っていた南だったが、
桜城領域に入った途端、次々と落ちていく鷹達を見て、驚愕に目を開きっぱなしにする。
その目が捉えたのは、鷹の集団から飛び出る伏見さんの姿。
彼女の傍らには、白銀に輝く腕の様なものが見える。
そして、それよりも透明度が高い腕が、鷹を捕まえると、グイッと引っ張って推進力にしていた。
「アカンな。やっぱ鳥は軽すぎるわ。何時んなったら大物が出てくるんや」
彼女の異能力はサイコキネシス。
透明な腕を伸ばして、相手を掴み、それを引き寄せることで推進力にしているのか。
だから、相手が空に居れば空も飛べる。
理論は分かったが、そんなことが出来るなんて…。
南が納得している間にも、久遠選手が動いた。
鷹達を一カ所に集めだして、それらを分解、再合成させた。
そうして出て来たのは、3m程の大鷲であった。
それを、伏見さんの方へと向かわせる。
だが、
「おおっ!ようやっとまともな相手が来よったわ!」
嬉しそうに声を上げ、早速大鷲を掴む伏見さん。
その途端、久遠選手の頬が吊り上がる。
「退きなはれ、ピーちゃん」
そう、久遠選手が命令すると、大鷲はバサバサと翼で浮力を生み、一目散に主の元へと、晴明領域へと戻っていく。
それに、伏見さんは釣られてしまう。
大鷲にガッツリと固定させたサイコキネシスの腕は、彼女を桜城領域から、一気に晴明領域へと誘ってしまった。
つまり、
『ああっ!伏見選手、反則でベイルアウトです!中立地帯に足を着かず、自軍領域から相手領域に入ってしまった場合、反則となってしまいます!』
「しもたぁあああ!!!」
伏見さんの断末魔。
だが、彼女は晴明領域へと降り立つと同時、テレポーターに搬送されてしまう。
やられた。
晴明の久遠選手。何と冷静で、狡猾な子なのだろう。
『ここで桜坂の9番、伏見選手が退場だぁ!盛り返してきた桜坂の立役者が消えて、桜坂は再びピンチ!晴明の遠距離攻撃が苛烈になったぞ!更に、晴明は数人を円柱に回し、試合を決めに行っている!巻き返せるか桜坂!再び反撃に出られるのか!?』
伏見さんが居なくなったことで、晴明の選手は上空を気にすることなく、目の前に固まる桜城選手団だけに集中しだした。
先ほどまで活躍していた久我さんも、前に出られなくなってしまった。
現在の状況は、桜城領域:29%、晴明領域:71%。試合時間12分01秒。
部長さんが言っていた、31%までは届かなかった。
後3分足らずで、桜城のコールド負けとなってしまう。
応援団の応援合戦も、次第に、有利に立つ晴明側が活気を取り戻しつつある。
相手校に加えて一般客からの声援も大きく、桜城側の声はかき消されるかのようであった。
これが全国。
圧倒的強者の前に、まるで空気が質量を持ったかのような圧力を感じ、南は固唾をのんだ。
そんな時だった。
「「「「うぉおおおおおおおお!!!!!」」」」
桜城応援団から大歓声が巻き上がる。
傾き出していた場の空気が、一気にこちら側へと流れてきた。
でも、何故?
フィールドでは特に大きな動きがないのに、いきなり地響きでも起きたかのような観客の雄たけびに、両校の選手達も、監督も、何が起きたのかフィールドを見渡してしまった。
そんな彼女らに答えたのは、同じく歓声。
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
彼ら彼女らは、ある一点を見つめて、歓声を集めていた。
フィールドの端に設置された入場口。そこに立っていたのは、
『来た!来ました黒騎士!桜坂の96番、黒騎士様がフィールドに帰ってきました!』
巻島君が、傷だらけの鎧を纏って、こちらに駆け寄ってきていた。
彼は、南と部長さんの前に立つと、1枚の紙きれを突き出して、言った。
「医師の許可が下りました、部長。1分間、私を戦わせてください」
彼の突き出したメモ用紙には、確かにその旨と、医師のサインと思われる走り書きが記されていた。
そんな彼に、部長さんが悲痛な声で訴える。
「無理よ!蔵人、貴方あんな怪我をして、今だって立っているのがやっとなんじゃないの!?」
「無理を通して道理を蹴っ飛ばす時です、部長。ここは全国だ。今できること全てやって、それでも負けるやもしれん大一番です。部長、貴女の夢は、ここに来ることだけでしたか?違うでしょ」
巻島君の言葉には、言い知れない重みがあった。
それは、南だけじゃなく、部長さんにも届いていた。
彼女は、ふらついていた視線を真っすぐに、巻島君に送る。
「約束して、蔵人。1分よ」
圧倒的不利な状況。
それを、伏見さんの活躍で、少し取り戻しました。
「あとはあ奴次第だが、大丈夫か?」
体力的、そして、時間的にも大きな制約が課せられている状況。
果たして…。
イノセスメモ:
・捕らぬ狸の皮算用…まだ実現していないのに、計画に組み込んで考える事。
・河童の川流れ…どんなに上手い人でも、偶には失敗するという事。