143話~もう一度、考え直しなさい~
※グロ注意です※
桜城の選手達が、晴明の圧倒的物量に押しつぶされようとしている中、蔵人は医者と対峙していた。
だが、
「だめだ。許可なんて出来ないよ」
対峙する医者は、書類に目を落としたままに、蔵人の顔も見ずにそう言った。
許可出来ない。
そう言われて、しかし、蔵人は尚も真剣な顔を崩さない。
「そこを何とか出来ませんか?1分だけでも良です」
「ダメだよ。1分だろうが1秒だろうが、出場の許可なんて出せる訳がない」
有無を言わさぬ医者の態度。
蔵人は静かに、彼の動向を見つめ続ける。
すると、医者はちらりとこちらを見て、あからさまに大きなため息を一つ着く。
「ふぅう~~。あのね。君は片腕を飛ばされて、その後にも散々暴れていたと聞いているよ?それ相応の出血をしているだろうし、人間の体っていうのはそうそう簡単に回復しないもんなんだよ。観客席に戻るだけは許可を出したけど、流石に試合に出るというのは無理だよ」
医者は再び、忙しそうに何かのレントゲン写真を透かしながら首を振る。
聞き分けのない子供を相手にしていると思われているのだろう。
実際、冷静に考えれば医者の言う通りで、出場したいと言う蔵人が異常なのだ。
蔵人もそこは分かっていた。
分かっているが、何とかしなければならない。
今、桜城の先輩方が苦戦している理由に、蔵人達男子が参戦していることも関わっているからだ。
何とかしたい。
そう思い、蔵人は幾度も「そこを何とか」と交渉したのだが、この若いお医者さんは、一向に折れる様子を見せない。
なかなか頑固な人だ。全くこちらを見ようともしないから、余程自分の診断に自信があるのだろう。若さ故のプライドも邪魔しているかもしれない。
これは脅してでも頭を縦に振らせるべきなのかと、蔵人が半分諦めかけた。
その時、
外で声が聞こえた。
それは、悲鳴のような短いもので、続いて複数人の怒号の様な大声が聞こえた。
低い、男性達の声だ。
「うん?なんだ?」
医者にも聞こえた様で、迷惑そうな目で声の聞こえた方を、廊下に通じる自動ドアを見た。
すると、タイミング良くそのドアが開いた。
誰か、入ってくる。
男の看護士だ。後ろに女性を引き連れている。
手を引っ張るその姿は、まるでイタズラをした子供を叱るお母さんの様に見える。
一体何をやらかしたのかと、後ろで引かれる女性に、蔵人も医者も注目した。
が、
蔵人は少し目を開いて驚き、医者の手からはレントゲン写真が落ちてしまった。
彼女の腕からは、短刀が生えており、そこから真っ赤な血がドクドクと流れ出していた。
腕を斬られた、いや、貫かれていた。
驚いた医師が、飛び上がりながら叫ぶ。
「ひっ、ヒーラー!ポーター集まって!」
医者の号令で、医者の周りには看護士やテレポーターが集まり、刀が刺さった女性に群がる。
そこから、臨時の緊急手術が始まった。
刺さった刀をポーターが瞬間移動させると、溢れ出た血を看護士が白いガーゼで止血し、その横で医者がヒールをかける。徐々にガーゼが真紅に染まり、溢れた血がガーゼを伝って床に滴り落ちる。
医者達の会話が聞こえる。
「なんでこっちに来たんだ!重症患者は施術室だろ!そもそもなんで歩いて来たんだ!」
「いや、それが、彼女は試合で怪我した訳じゃなくて、そこの医務室前で突然、自分で自分の腕に刀を突き刺したんです」
「はぁ!?」
驚愕する医者。
話を聞いているだけだった蔵人も驚き、不躾ながらも血を流す女性に視線を向けてしまう。
だが、医者達が慌ただしく施術する様子を、当事者の女性は詰まらなさそうに眺めていた。
痛みに顔を歪ませることも無く、声も上げず、まるで他人事の様に自分の腕を見る彼女の様子に、蔵人はマジマジと彼女を見詰め続けてしまう。
その彼女の異常性に、目が離せなかった。
そんな彼女の目が、蔵人を捉える。
無表情だった顔に、笑みが浮かんだ。
それは美人の彼女が浮かべるものだから、心解かすかの様に美しいものだった。
だが、その熱とは裏腹に、彼女の目には周囲から熱を奪うかの様な、何処か危険な色を含んでいた。
端的に言うと、彼女の笑顔は、獲物を見つけた狩人のしたり顔だった。
彼女は、まだ治療中であるにも関わらず、医者達の間をまるで水が流れる様にスルスルと抜けて、いつの間にか蔵人の目の前まで来ていた。
彼女は、まだ流血が乾ききらない腕を蔵人に伸ばし、小首を傾けて囁いた。
「なぜ、貴方様はここに?」
何故と聞かれて、蔵人は戸惑った。
その彼女の様子は、明らかに蔵人を知っている人のもの。
しかし、蔵人は彼女を全く知らない。名前だけ忘れてしまった事も多い蔵人だが、今回は完全に初対面だろう。
これほど美麗で、女性にも人気だろう中性的な黒髪美人は見た事ない。
例えるなら、黒髪版の鈴華と言った感じだが、
あっ、いや。もしかして…。
「大変失礼ですが、久我鈴華さんのお姉様でしょうか?」
「…こが?」
鈴華の関係者と思って聞いてみたが、彼女は久我の名前に疑問符を付けた。
違ったみたいだ。
そんな事をしている内に、医者達が彼女に追いついて、彼女の腕に包帯を巻く。
これで治療は終了と、医務室から追い出そうとしたのだが、彼女は冷たい目で医師を見つめる。
その狂気じみた瞳に、医師は気圧されて一歩引いた。
この子は無理だ。
そんな表情を浮かべた彼ら。
額に汗を浮かべた若い医者が、今度は蔵人に視線を寄こす。
「君も早く行きたまえ。話はもう終わったろう」
「いえ、まだです。是非とも再検査をお願い致します」
医者に対して厳しい視線を向けながら、蔵人は再び試合への出場許可を求めた。
しかし、
「何度も言っているが、出場は無理だ」
医者は再び首を振る。
強情だな。この人も。
蔵人が目を細めて、少し前へ体を乗り出すと同時、
「何故です?」
蔵人とは別の方向から、医者の言葉を問う声が上がった。
謎の美女だった。
彼女の目が、再び鋭さを帯び始める。
「何故、あなたは黒騎士様の道を阻もうとするのです?何故あなたに、そのような権限が有るのですか?」
彼女の、質問という名の詰問に、一瞬ムッとした医者だったが、彼女の鋭い目を見た瞬間に、膨らんだ怒りが一気に萎縮したのを蔵人は感じた。
「それは!ぼ、僕が医者だからで…彼は、失血が酷くて、普通そんな人に、競技の継続なんて、許可出来ない…」
「普通とは何ですか?黒騎士様がそこらの野良武者と同じと、あなたは仰るのですか?良く見てみなさい。この方はれっきとした戦士であり、大和魂をこの身に刻まれた誉れ高き武士です。普通の人?笑わせないでちょうだい。この御方がなんの為に出陣されようとしているか、貴様は理解しているのですか!?」
美女が、怒りを顕にして医者に詰め寄ると、医者は一歩大きく下がって、自分の机にぶつかる。
混乱した様子で、医者が美女を見上げる。
「な、なんで、でしょうか?」
「…黒騎士様」
医者から視線を外し、美女が再び蔵人に向き直り、一礼する。
言ってやって下さい。そんな風に見える仕草に、蔵人は少し躊躇する。
そんな大層な理由の為に行くわけじゃ無いので、蔵人もこの美女に怒られるかもと。
ただ、蔵人が出場したい理由は、
「仲間が、苦戦しているんでね」
ただそれだけだった。
余りにも一方的で、対戦相手を舐め腐った晴明の攻撃スタイル。
あれを許してしまえば、様々なものが崩れてしまう。
ただ、本当にそれだけ。
見る人が見たらただのワガママ。
年甲斐もなくこねる駄々である。
しかし、その理由を聞いた美女は、鬼の首を取ったような輝かしい笑顔で蔵人を見た後、それとは比べようもない程冷徹な目で医者を見下ろす。
「聞きましたか!仲間を救わんとしてご出陣なさるのです。なんと高貴であり尊い意思でしょう!それをあなたは、ただ自分の尺度でしか人を測らず、医者と言う権力を振りかざして押しとどめようとしている。それはただ、可能性という芽を摘むだけの愚行だと、何故分からないのです!」
詰め寄られる医者は、顔を青くして自分の机と一体化しようとしている。
その姿が余りに可哀想で、また彼女の言葉が少し過ぎると思ったので、蔵人は医者に助け舟を出すことにした。
「ええっと、お嬢さん。援護射撃ありがとうございます。ただ、お医者様は私の体の事も考えて、止めている所もありますので、もう少し穏便に話を進めて頂きたく」
「ごせ…黒騎士様はお優しいのですね。ですが、時には厳しく接する事も必要かと」
彼女はそう言いながらも、医者から一歩引いてくれて、彼が机から身を離すだけのスペースを作ってくれた。
医者が弱った様に首を振ると、すかさず彼女から鋭い視線を投げかけられ、医者はよろめき、椅子に崩れ落ちた。
その様子を、只々冷たく見下ろす美女
「もう一度、考え直しなさい」
沙汰を下すかの様な美女の一言は、医師の硬い頭を上下に振らせた。
蔵人は医務室を出る。
あの後すぐ、医者は蔵人の脈を測り、1分間だけなら出場しても良いと言ってくれた。
言っただけだと部長に止められると思った蔵人は、メモ用紙に医者のサインも貰うことが出来た。
一時は強硬策も考えた。
だが、無事にこうして、正式な許可書まで貰うことが出来た。
それもこれも、
「ありがとうございました。貴女のお陰で、こうして出場する事が出来ます」
蔵人は、蔵人と一緒に医務室を出た美女に、深々と一礼した。
彼女が誰なのか。何故腕を斬りつけてまで医務室に入り込み、蔵人に逢いに来たのか。何故、蔵人の出場を手助けしてくれたのか。全く理解出来ていない。
それでも、助かったことは揺るぎない事実なので、蔵人は深く追求することなくお礼を言った。
今が急いでいると言う事も、追求しない大きな理由だ。
「今は急いでおりますので、お礼は後ほどさせて頂きたく思います。宜しければ、貴女のお名前を教えて頂けないでしょうか?」
だから、名前だけでも聞いておきたいと、蔵人は美女に尋ねる。
だが、美女は首を横に振った。
「私は、彩雲中学ファランクス部が一人、マドカと申します。しかし、これは見返りを求めての行いではありません。貴方様のそのお気持ちだけで、十分にございます」
彩雲。
確か、ベスト8まで勝ち進んでいる中学で、3回戦は如月と戦った筈だ。その試合結果は、如月が前半戦で棄権して、彩雲が勝ったと若葉さんから聞いている。
蔵人は内心複雑だったが、それを見せないよう、彼女に笑顔を向ける。
「マドカさん。本当に、ありがとうございました」
「貴方様の一助と成れたのでしたら、これ以上ない喜びです」
彼女はそう言って、深々と一礼し返してきた。
最敬礼。
その凛とした立ち姿は、少なくとも1年生とは思えない。
上級生。それが、1年生に対して行う態度ではない。
何が、彼女をこうまでさせるのだろうか。
蔵人は、彼女の黒すぎる黒髪を見詰めて考えそうになり、その目を引き剥がすように首を振り、軽く頭を下げる。
「それでは、急ぎますので、これにて失礼いたします」
そう言うが早いか、蔵人は彼女に背を向け、駆け出す。
まだ足が若干覚束無いが、そこは盾でサポートしながら。
〈◆〉
遠くなった彼の背中を、頭を上げた円は、その憂いた瞳で追いすがる。
「また相見えましょう。"ご先祖さま"」
そう言って浮かべた笑みは、先程までの冷徹な仮面とは打って変わり、恍惚としたものであった。
〈◆〉
医師の許可を携えた蔵人は、全速力でフィールドへと戻った。
だが、選手入口に到着した蔵人は、そこから一歩踏み出すことが出来なかった。
そこには、桜城と晴明の激戦が広がっていた。
先ず見えたのは、ボロボロになった選手達。
久遠選手が出した幻獣たちに、良いようにされる先輩達の姿があった。
『ベイルアウト!桜坂18番!久遠選手の大鹿が、強力な突進で吹き飛ばしたぞ!』
『桜坂12番に、白狐達が群がっている!強力な爪と牙に、サイコキネシスが間に合っていない!あっ!ベイルアウト!桜坂12番ベイルアウト!久遠選手、これで10人目のキル達成だぁ!』
圧倒的不利な状況を前に、桜城の先輩達は円柱付近に集まり、防衛戦を繰り広げていた。
近藤先輩を始め、盾役が相手の攻撃を防ぎ、遠距離役の佐々木先輩と秋山先輩が、襲い来る幻獣達を迎撃している。
領域差は、桜城:26%、晴明:74%。試合時間10分47秒。
何とかコールド負けになっていない状況だ。
いいや、違うな。
晴明はワザとコールド負けにしないようにしている。
晴明の円柱には、今は誰も残っていない。
それなのに、彼女達は中立地帯で一列になり、まるで桜城の足掻きを鑑賞しているかの様子だ。
で、あれば、今すぐにも殴り込むのが最善であろう。
それでも、蔵人が躊躇する理由がそこにはあった。
それは、
『桜坂の3番と5番が果敢に攻める。だが、当たらない!久遠選手の大鷲が、嘲笑うかのように空を飛び回る!そして、一気に降下し、その爪で桜坂選手を捉え…捉えらる前に、消えた!大鷲が消えてしまいました!近くに居た大鹿も、一瞬で消滅した!なんだ、何が起きた!?』
実況の慌てふためく声。
「うっしゃぁあ!どんどん行くぜ、害獣ども!」
「ウチらの力、見せたるわ!」
2つの高笑いがフィールドを駆け抜けた。
彩雲の円さんに助けられましたが、彼女の意図とは一体…?
「場合に寄っては、敵になるやもしれん黒騎士に塩を贈るとはな。あ奴と同じくらい、酔狂な女よ」
何となく、危険な香りがするんですよね…。