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140話~子供は決して、大人の操り人形ではないのだから~

ご覧いただき、ありがとうございます。

お陰様で、BM3000件となりました。

偏に、皆様の支援有っての事でございます。

謹んで、お礼申し上げます。


それはそうとして、

※グロ注意継続です。


「早く医務室に行け」

1体が大木程もある水龍が8体、目の前に聳え立った。

その様子は正に、日本神話にも登場する水の神、八岐(やまたの)大蛇(おろち)その物である。

水神はまるで、復活したことを誇示するかのように、雄々しく美しいその体躯を夏の日差しに煌めかせる。


『藤波選手のアクアキネシスが、一気に8本もの極大水柱を発生させた!しかも、それぞれを自在に制御している様に見えるぞ!凄い!流石はAランク!』


実況の解説を受けて、ヤマタノオロチは誇らしそうに頭を上げる。

その根元、水神を操る(みこと)さんは笑っていた。

その顔は、今まで張り詰めた様な、水中でもがき苦しむ様子とは打って変わって、とても晴れ晴れとした顔だった。


「良い、笑顔だ」


蔵人はその顔を見て、一つ頷く。

呪縛をネジ切る。

そう言った蔵人だったが、既にその必要は無くなっているのが分かる。

彼女は自分で、自分自身の力によって、己の殻をぶち破った。

天叢雲剣という、一つの型に縛られていた自分を見つめ直した。

母親の命に従うという、強固な鎖の呪縛を自ら断ち切った。

今の彼女は、先ほどまでの彼女とは違う。

もう、こちらが有利で有り続ける保証は無くなった。

ここからが、本当の勝負だ。


時間が無い蔵人は、一歩、大蛇の元へと踏み出す。

だが、それと同時に、鎌首をもたげた大蛇がこちらめがけて襲いかかってきた。

蔵人は止まり、高速回転を続ける盾を前に突き出し、襲い掛かる水龍を掻き分ける。


凄い水圧だ。

気を抜いたら、一瞬で吹っ飛ばされてしまう。

水龍の噛みつきが通り過ぎると同時、蔵人は走り出す。

残りの7体が、その小さき挑戦者を見下ろして、その内の1体が再び、大口を開けた。


来る。

今度は走る速度を落とさず、その水龍を掻き分ける。

足を止まれば押し流される。

回転を止めれば呑み込まれる。

進むしかない。このまま、彼女の元まで。

蔵人は、優雅に水神を操る彼女の姿を、水龍の体内越しに探した。


恐らく、彼女は元々近距離の攻撃よりも遠距離攻撃の方が得意だったのだろう。

それを家の方針なのか、親の趣味なのか分からないが、ねじ曲げて、歪な枠に押し込んだ。

それ故に、Aランクとしての実力を発揮し切れずにいた。そんな状態であったから、蔵人でも圧倒出来たのだ。


でも、今は違う。解放された彼女の力は、自由に地を履い、空を駆ける。

敵に塩を送る形となった蔵人だったが、それを悔いる気持ちなど、到底湧いてこない。

あるのはただ、歓喜のみ。

彼女が己の力で立ったこともそうであるが、何よりも、強者と闘える事に、少なくない喜びを感じていた。

だが、


「…くっ…う…」


迫る3本目の水龍が一瞬、二重に見えた。

彼女がそうした訳じゃない。迫ってきているのは、確かに1本の水龍のみ。

蔵人の視界がブレただけだった。


『おおッと!黒騎士の盾が、何とか水柱をいなしているぞ!しかし、紙一重と言ってもいいくらい危険な攻防だ!少し間違えば、今度こそバラバラになってしまうぞ!』


実況の声が頭に響き、頭痛がする。

失血が酷く、とうとう目まで霞んできていた。

もう、時間が無い。

俺が()られたら、次は仲間が危険になる。

ここで、決めるしかない。

蔵人は口の中の盾を、更に強く噛みつける。


『フィールド中央と右翼では桜坂の猛攻が続く!状況は圧倒的に桜坂が有利!左翼でエース藤波選手が黒騎士に捕まっている影響が大きい!何とかタッチを決めたい岩戸中だが、このままでは桜坂がタッチの可能性すら出てきたぞ!』


桜城のみんなは大丈夫そうだった。

海麗先輩を中心に、岩戸前線を削り続けている。

岩戸は防戦一方だ。

鶴海さんの声が聞こえる。


「全力でタッチを狙って!一刻も早く、この試合を終わらせるの!」

「「「おぉおお!!!」」」


チラリと周囲を見ると、蔵人達の周りに選手の姿は無かった。

全員、中央か右翼に固まり、そこで苛烈な戦闘を繰り広げている。

それもそうだ。今左翼は、藤浪選手の水龍によって支配されている。

敵味方関係なく、この超広範囲攻撃に近づけば、一瞬で蒸発してしまうだろう。

だから、鶴海さんは蔵人の方に援軍を送らず、全力でタッチを狙っている。

桜城が勝つために。

一刻も早く、蔵人を休ませる為に。

今、左翼を担えるのが蔵人だけだと、彼女は分かっているのだ。


済みません、鶴海さん。辛い決断をさせてしまって。

蔵人は内心で彼女に謝りながら、盾の回転数を更に上げた。

水龍の中心を、藤波選手を射貫かんと、彼女を射線上に捉える。


『桜坂が攻勢を強める中、左翼では黒騎士が勝負に打って出た!藤浪選手自身に狙いを絞り、一直線に突き進む!回転する盾は、まるでライフルの弾の様だ!対する藤浪選手は、8本の水龍を次々に黒騎士へ向ける。が、3本目も貫かれた!なんと黒騎士、水龍の中をいとも簡単に貫通した!堪らず藤浪選手、残った水龍を一本の水龍に束ね、巨大な水龍を作り出し、それを黒騎士に向かわせた!衝突する巨竜とライフル弾!せめぎ合う両者の間から、何やら白い煙が立ち昇る!これは、削られた盾の断片か!それとも、高速回転に熱せられた水龍の水蒸気なのか!激しい!両者フィールドの中央で激しいぶつかり合いだ!果たして、勝つのは…!?』


会場中に響き渡る実況の声ですら、段々と遠くなっていく感覚を覚える蔵人。

不味い、意識が遠のき始めた。

このままでは気絶する。

押し負ける。


蔵人は、左腕の傷口を覆っていた盾を、少し動かす。

途端に、落ち着いていた左腕が、再び血を吐く。

思い出したかのように電流が脳内を駆け巡り、熱さと痛みがぶり返し、無意識に舌が巻き上がる。

目の前が、真っ赤に染まる。

でも、お陰で目が覚めた。

今の蔵人には、しかと相手の様子が目に映る。

その壮大でいて美しい水龍の鱗が、1枚1枚確実に。

目のない龍の(まなこ)が、蔵人を睨む。

蔵人を呑み込まんと、大口を開けて突進してくる。

蔵人はその大口の中に、ドリルを突き刺す。

回す。

廻し続ける!


「回れ」


もっとだ。もっと、もっと!


「もっと廻れぇええええええ!!!」


蔵人の盾が、更に高音をがなり立てながら、高速回転を奏でる。

蔵人を呑み込まんと、アギトを開いた水流の口が、今、

裂かれた。


「ミラァ・ブレイクぅううううう!!!!!」

『なんと!?極大の水龍の顎が割れた!前に、前にと進む弾丸が、巨竜を真っ二つにしていく!そして』


押しつぶさんとしてくる高濃度の水龍を掻き分けていた蔵人の目の前が突然、開けた。

青い空。会場の白い壁。青々と揺れる芝生。

そして、そこに佇んでいたのは、1人の少女。

彼女は目を見開き、蔵人を凝視し、そして、

笑った。


『今!黒騎士が、岩戸の藤波選手を、Aランクを!』


まるでやりきったというように。とても穏やかな顔で、少女は笑った。

蔵人は回転を止めようとするも、今の蔵人に超高速回転をする盾を止めるほどの余力はなかった。

真っすぐ、彼女に突き進む盾。

彼女は両手を大きく広げて、それを受け入れようとする。

そんな事、もう必要ないのに。

まるで、それが贖罪(しょくざい)だとでも言うように。


止まれ。

逆噴射、効かない。高速逆回転、間に合わない。

不味い!

そう、蔵人が顔を歪ませた時、

彼女は、

消えた。


『ベイルアウト!藤浪選手ベイルアウトだ!』


実況の声が響き、蔵人は安堵に包まれる。

そうか、テレポートが間に合ってくれたか。

そう理解した瞬間。何かにぶち当たった衝撃が、ドリルを通して伝わった。


『勢い余った黒騎士が、岩戸ベンチに突っ込んだ!会場周辺に貼られている、運営のバリアーが発動しているぞ!でも、ダメだっ!1枚目が破られた!2枚目も!3枚目で止められるか!?Aランクのバリアだぞ!?岩戸中の皆さまは、誘導に従って避難を!』


今蔵人が穿っているのは、どうやら観客席最前列で頑張っているサポーター君たちのバリアらしい。

2枚目までを壊してしまったが、3枚目を穿っている時に漸く、盾の逆回転が効き始め、盾の回転が収まった。

同時に、推進力を失った蔵人はゆっくりと、フィールドに足を着ける。

目の前には、青い顔をした岩戸中の控え選手と、震える藤浪監督の姿があった。


「お、おまえは一体、一体なに?なんなの?何でCランクが、こんな」


声まで震えた藤浪監督は、蔵人の瞳を覗き込み、逃げるように視線を下ろし、その切断された左肘を見て更に顔を青くする。

そんな彼女に、蔵人は左肘を突き出し、向ける。


「貴女が娘の才能を縛り付けてくれていたお陰で、何とか勝てましたよ。感謝致します」


そう、冷たく言い放つと、藤浪母は幾分顔色を赤くし、蔵人を睨みつけた。


「違う!縛り付けてなんかいない。私は、あの子の為に正しい道を歩ませていただけだ!」

「それが、間違いだと言っているのです」


静かな蔵人の声。だが、こちらを見た藤浪母は、また顔色を悪くして、崩れるようにベンチに座った。

蔵人は、それを見下ろしながら、言い放つ。


「我々大人がすべきは、子供が迷った時に道を示すまで。決められた道を走らせようとしている時点で、貴女は子供を縛ってしまっている。子供は決して、大人の操り人形ではないのだから」


蔵人の言葉に、「ちがう。私は…」と小さく呟きながら、視線を落として(うずくま)る藤浪母。

それに、興味を失った蔵人は、踵を返してフィールドに戻る。

その蔵人の背を押すかのように、実況が熱く語りだした。


『何という事だ!とうとう黒騎士が、Aランクをも倒してしまった!Cランクの男の子が、片腕を失った状態で、何という偉業を達成したのでしょう!』


狂ったように絶叫する実況だが、蔵人はそんなことよりも試合の状況が知りたかった。

周囲を見ると、視界がぼやけだしていた。

白い選手が大勢、フィールドに居るのは分かる。

だが、誰が誰だか分からない。

ピントが合いずらいな。


蔵人は、目を凝らして見ようとする。

すると、声が降りかかってきた。


「蔵人!」

「巻島君!」

「おい、蔵人!おめぇ大丈夫かよ!?」


見ると、桜城のみんなが駆け寄ってきていた。

あれ?試合はどうした?

そう思って、蔵人が電光掲示板を見上げると、そこには、


〈桜坂聖城、対、伊勢岩戸。桜坂領域:82%。岩戸領域:18%。試合時間18分22秒。桜坂聖城学園コールド勝ち〉


いつの間にか、後半戦5分が経過して、領域支配率で桜坂がコールド勝ちをしていた。

藤浪選手と対峙している際に見た時は、桜城領域は70%にも届いていなかった筈。

という事は、見事にタッチを決められたのだな。

蔵人は満足げに頷いて、みんなに賛辞の言葉を贈ろうとした。

だが、それより先に、


「蔵人ちゃん…」


鶴海さんが、蔵人の元まで駆け付けていた。


「ああ、鶴海さん。お怪我はありませんか?」


蔵人は鶴海さんが怪我等していないか心配して、右手を差し伸べる。

すると、鶴海さんはその手をギュッと取り、少し怖い顔で蔵人を見上げた。


「貴方がそれを言うの?こんな怪我までして。早く医務室に行って頂戴。私は、私達は大丈夫だから」


少し非難めいた声色で蔵人をたしなめた鶴海さんは、最後は涙声で自分達の無事を教えてくれた。

それを聞いて、蔵人は、


そうか、俺は、守れたんだ。今度こそ…。

そう、思った。


思った途端、安心したのか、足に力が入らなくなった。

片膝を着いて、座り込む蔵人。


「あっ、く、蔵人ちゃん!しっかりして!」


左手を蔵人に掴まれていた鶴海さんは、蔵人に引っ張られる形になり、少しよろめいた。

よろめきながらも、急に座り込んだ蔵人を心配する。

蔵人は、片膝を着いた状態で見上げる。


「すみません、鶴海さん。少し安心して」


心配そうに見つめる鶴海さんに、弱弱しい笑顔を向ける。


「良かったです。貴女に、怪我が無くて」


蔵人は、心底ほっとした。

何よりも大切な者達を守り通すことが出来た。

これ以上に嬉しいことはない。

あの惨劇を思い出した後だと、猶更に。


「く、蔵人ちゃん…」


顔を真っ赤にする鶴海さんの様子も、今の蔵人の目は捉えることが出来なかった。

もう、意識までもがぼやけだして、人の顔色とか、周りの様子とかまで認識できない状態であった。


だから、もしも蔵人が正常だったら、気づいていただろう。

仲間や、観客や、実況すらも狂喜乱舞していたこの状況に。

蔵人は、それらに一切気づかずに、現れたテレポーターに触れられて、一瞬でテレポートされていったのだった。

何とか、何とか意識を保てた試合でした。


「そんな状態で、よくぞAランクを倒した」


そんな事より、後遺症とか残らないでしょうか?

次の試合に影響が出そうで怖いです。


「そうだったな。今日は、試合が立て続けに行われる…」


イノセスメモ:

ビッグゲーム3回戦。桜城VS伊勢岩戸中。

桜城領域:82%、岩戸領域:18%。

試合時間18分22秒。桜城領域が70%を超えたため、コールドで桜城の勝利。

準決勝進出:桜坂聖城学園。

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― 新着の感想 ―
 あけましておめでとうございます。  旧年中は御作には楽しませていただきました。  本年もよろしくお願いいたします。 >感想  桜城対岩戸中戦は今回の全国大会では屈指の試合になったんじゃないですか…
[一言] 蔵人って次の試合は万全ではないとしてももはやニコニコしながら立ってるだけで相手が逃げるレベルになってないだろうか?
[良い点] 素晴らしいですね、蔵人氏。片腕を切り飛ばされながらもAランクの異能を正面から突破、さらにはバリアまで抉る破壊力を生み出すとは…逆にこれ以上の成長のイメージがしづらいですね。私程度の稚拙な想…
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