139話~忌まわしい呪縛ごと、ネジ切ってやる!~
※グロ注意※
※他者視点※
※修正あり※
片腕になった96番が、乱反射する拳を突きつけて、私の叢雲とつばぜり合いを続ける。
だが、その力は、とても負傷している者が出せる代物ではない。
まるで、手負いの獣。
不味い。押し切られる!
私が弱気になったその時、
「命!Cランク相手に何やってるの!!」
お母様の声が、私の耳の中に入り込む。
視線を96番から少しずらすと、岩戸のベンチが左端に見えた。
いつの間にか、ベンチ近くまで来ていたようだった。
「力で対抗しようとするな!相手は素人だぞ。お前には、長年培わせた剣術があるだろう!思い出しなさい!」
お母様の怒号に、私の体が勝手に動く。
長年刷り込まれた教えが、私の感情を乗り越えて支配して来る。
96番の拳を受け流し、そのまま斬り上げようとする。
だが、水の刃は、相手の胴体に到達する前に、ギラギラする盾で跳ね上げられる。
右拳の先に付いていたはずの盾が、いつの間にか移動していて、それで防がれてしまった。
早い。まるで瞬間移動しているみたいだ。
でも、まだだ。
防がれたのなら、もっと早い太刀で対抗するんだ!
私は跳ね上げられた刃を取って返し、振り降ろし、突き、薙いだ。
だが、相手はそれを全て受け流し、私の隙をついて、拳を繰り出してきた。
私は、それを何とか刃で受け止めるのが精いっぱいだった。
一太刀、二太刀、一突き、三太刀、一蹴り、二突き。
激しい攻防に、汗がほとばしる。
いつの間にか、純白の袴に、雨粒のような血しぶきが付いていた。
私の物ではない。96番の血だ。
これだけの血を流しておきながら、私の剣技に付いてくる。
心影道場で、先生とすら渡り合えるこの私に。
何なんだ、この人は。
本当に、お母様が言うような素人なのだろうか。
本当にこの人は、人なのだろうか?
幾度目になるだろう、叫びたくなるような私の衝動に、
しかし、96番は急に退いた。
勿論、私が押し勝った訳ではない。
やっと左腕の痛みに耐えきれなくなったとか、疲れて休憩する時間が欲しいとか、そういう感じでもない。
退いた時の彼の足並みは、トントンっと、軽やかなバックステップであった。
なんだ?何をしようとしている?
私の足は、前へ出るのを拒んだ。
分からない。でも、なんとなく感じる、嫌な予感。
此処から踏み出してはいけないという、私の中の、勘。
長年培ってきた戦闘の勘が、私をそこへ行くなと引き戻す。
でも、
「命!何してるの!前へ出なさい!打ち取りなさい!男だろうと容赦するな!時間がないんだぞ!」
お母様の一喝が、容赦なく私の背中を押し込む。
まるで、操り人形の様に、私の体はその声から逃げるように、動き出す。
見えない釣り糸が、私の右足を前へと誘った。
左足も、同じように踏み込む。
もう、こうなったら、出るしかない。
お母様の言う通り、攻撃しないと本当に時間が無いのだ。
試合時間は既に後半戦5分を経過しようとしていて、領域は、桜城:69%、岩戸31%だ。
両校とも円柱役に2名を配置しており、これ以上の点数を稼ぐにはタッチしかない。
しかないが、今岩戸で攻められるのは私だけ。
逆に、桜城では1番が猛攻を仕掛けており、何時岩戸前線が崩壊するか分からない状況。
私が攻めるしかない。
そう思うと同時、私の足が更に前へと進み、96番が射程圏内に入る。
次こそ、必ず終わらせ…。
「盾の伏兵」
96番の方から、そんな声が聞こえた。
それと同時に、
無数の何かが、私に迫る。
「っ!?」
地面から飛び出すように襲い来るそれを、私は咄嗟に斬りつけるが、消えたのは振り下ろした方向だけ。数が多すぎる。
その何かが、私に当たる。激突する。切り裂かれる。
右足が、左肩が、頬が、背中が、脇腹が、
小さな衝撃が、無数の痛みとなって、私を襲う。
このままじゃ、やられる!
そう思った私は、直ぐに異能力を発動させる。
兎に角、この危険な何かを洗い流さなきゃ!
そう思って作り出したのは、大水の渦。
それを、自身を包み込むように、体中に纏う。
「渦潮!」
私を包み込む範囲攻撃で、襲ってきた何かは全て消えたようだった。
でも、今のが何か分からない。
分からないから、足が出ない。
96番が、怪しく笑う。
ヘルメットで分からないが、多分、笑っていると思う。
さぁ、こっちにおいでと、待ち構えている様に見える。
「前へ出なさい!命、止まるな!」
お母様の声が、再び響いた。
ダメだ、怖い。
お母様も怖いし、96番の誘いも怖い。
怖い、怖い、怖い!
それでも、私の体は動いた。
15年以上も続いた母からの教育は、切り傷くらいの痛みには負けないくらい、私の体に染みついていた。
私は、叢雲を握りしめる。
伊勢神社付近の大木で作られたその柄は、滑らかなつくりをしていた。
でも、私にとっては重く、握った掌に痛みが走った気がした。
それでも、握る。両手でしっかりと。
そして、
「せぇえええぃいっ!」
叢雲の、突き。
それは、渾身の力を入れたものだったが、キレは格段に落ちていた。
それは、渦潮で装備が濡れたからなのか、心の迷いからなのか、私には分からなかった。
ただ、目の前の男を倒す。その思いに突き動かされていた。
私の一撃は、彼が突き出した半透明な盾に突き刺さった。
受け流されたんじゃない。ちゃんと、当たった。
当たりさえすれば、こっちのもの。
だって、相手はCランク。
私のAランクの攻撃の前には、無力だ。
一刀両断。
そう思った。
でも、
「な、なんでっ?!」
半透明な盾の真ん中に突き刺さった刃は、剣の切っ先数cmを盾に埋没させた。
そこまで侵食したところで、叢雲の刃は、それ以上進むことは無かった。
完全に止まった、水刃の剣。
おかしい。
この半透明な盾は、確かにCランクの盾。
私の叢雲に触れただけでバラバラになる程の、弱い盾だ。
弱い盾のはずだ。
なのに、動かない。
幾層にも重なった、ぶ厚い盾のど真ん中に突き刺ささったきり、全く動かない水刃。
よく見ると、刺さった部分からはドロドロの何かが出てきて、剣に絡みついていた。
それが、水刃を止めているようだった。
なにっ?これ?この気持ち悪いのは、一体なにっ!?
私が必死になって刀を抜こうとして96番を睨むと、紫眼の瞳が、私の瞳を捉える。
「左に気を付けな」
唐突な言葉。
左?なんだ?左って、岩戸のベンチの事か?一体どういう…?
私は左を見ようとして、ハッと気づく。
よそ見なんてしたら、この人の思う壺だ。構うな!
そう、心を固めた直後、
心と、体が折れた。
右から強い衝撃。
私が顔を下げて視界に入ったものは、私の右わき腹に刺さる、腕。
肘先から千切れた、腕だった。
こ、この人っ!斬り飛ばされた自分の腕を、飛ばしてきた!
私は、衝撃を受けたままに、芝の上を二転、三転する。
漸く止まった私は、白く色づいた芝生を削りながら、ゆっくりと立ち上がる。
そんな私を見下ろして、96番の紫眼が見下ろしてくる。
「済まない。俺から見て左の方だった」
その顔は、きっと笑っている。
楽しそうに。
片腕の騎士が、己を真っ赤に染めながら、笑っている。
まるで、闘いこそが至高の娯楽と言うように。
その様子を見たら、私は、
「…なんでっ」
お母様への恐怖とか、この人への不安とか、そんなものは溶けて消えていた。代わりに湧いてきたのは、
怒り。
「なんで、そんなに君は楽しそうなの!?こんなに血がいっぱい出て、いっぱい苦しんで、それで、それでも、なんで君だけ…」
私は、こんなに苦しいのに。
私は、こんな闘い、1度として楽しいと思ったことが無いのに。肉を断つ瞬間の感触、心揺さぶられる悲しい顔、耳を劈く悲鳴、全部嫌いだ。闘いなんてキライだ!
なのに、なんで君はそんなに、楽しいそうに出来るんだ!
絶対に勝てない闘いを仕掛けられて、腕まで失って、それでも闘って、"闘わされて"。
「君だけ、なんで!」
「絶望の淵で、何故闘争を求めるのか、という事かな?」
96番は、意外にも、考える素振りをする。
その、黒と紫が螺旋を描く瞳を、こちらに向ける。
「別に闘争を、更なる力を求めている訳ではない。力とは、己の求めるところへと至る為の手段であり、それそのものが目的となることは無いのだからな」
そう言って、96番は両手を広げる。
否。
自分の後ろを隠すかのように、右手と左肘を広げて、こちらを見下ろす。
彼が隠す、その背の向こうにあるのは。
「俺が求めたのは、仲間達の安寧だ。今度こそ、彼女達の窮地に駆け付けることが出来た。それが何よりも喜ばしいのだよ」
そう言った直後、彼は腕をだらりと下げて、一歩、弱弱しく踏み出した。
こちらとの距離を詰めるための動作じゃない。
ただ単純に、体を支えることが出来なくて、バランスを崩したリカバリーの為の一歩だ。
それだけ、彼は弱っている。
確実に、私の一撃が効いている。
それでも彼は笑う。
血の足りなくなった青白い顔で、尚も満足そうに笑う。
仲間を守れたから。
仲間の為に、今もここに立ち続けている。
先ほどの攻撃も、もしかしてそう言う事なのか?
私が桜城の選手達を背負った状態でいたから、彼はワザと腕を飛ばし、私と彼の位置を入れ替えた。
斬られた腕を使うなんて悪趣味な事をして、私の精神を削りに来たのかと思っていたけれど、そうではなかった。
自分の肉体を媒介にして、異能力を発動させる方が、威力は上がるから。
それは、私が持つ叢雲と同じ。
本物の天叢雲剣の一部を宿したこの柄と、同じ原理だ。
そう分かっても、やはり、この人は異常だ。
こんな人に、私は勝てるの?
そう、尻込みしていると、
「命!何をしているの!」
後ろから、お母様の声がした。
転がされた先は、岩戸ベンチのすぐ目の前だった。
お母様のすぐ目の前。
強烈な、あの人の圧を背中に感じる。
「相手はただのCランクよ!男子なのよ!?攻撃しなさい!前に出なさい!」
お母様の声が、うるさいくらい私の脳みそを揺らす。
私は、歯を強く噛んで、目をギュッと閉じた。
お母様の言う通り、前に出ないとだめだ。
でも、怖くて前に出たくない。私の勘が、前に出るなと言っている。
さっきと全く一緒だ。一緒の状況。前に出たら、やられる。
お母様の言うとおりにしないといけないのに、したくない。
どうしたらいいの!?
私は、閉じた目の中の暗闇で自問する。すると、前から声が聞こえた。
「随分と辛そうだな」
96番の声。
低く、落ち着いた、やさしい声。
「その刀の、柄が原因か?」
私は、驚きで目を見開いた。
この柄は、代々藤浪家が守ってきた霊剣、天叢雲の兄弟刀だ。天叢雲の一部を使っているから、子供とも言える。
叢雲の柄を持たせて貰える者こそが、次期頭首となれる。
成るしか、なくなる。
次期頭首としての振る舞いも、責務も、この柄を持っているから生まれる。
叢雲の柄を持っているから、闘う。
捨てるなんて出来ない。頭首が嫌なんて言えない。だって、小さな時から私が次期頭首だから。それが私の全て。
これを捨てるのは、私が私じゃ無くなる。
私は、怖い。
これが無くなる事が。私が私じゃ無くなる事が。
母に、失望される事が。
「図星か。随分と深い目をするな」
彼の声が、私の中に入ってくる。
何も知らない彼に、私の心の中を見透かされている気になる。
「ならばその、忌まわしい呪縛ごと、ネジ切ってやる!」
瞬間、渦巻く暴風。
風の先を見ると、彼の後ろで何かが渦巻く。
それは、大きな盾。
三層に分かれて輝く、4枚の大楯。
その盾が、回る、回る、廻る!
「盾一極集中」
盾のお尻が、一斉にこちらを向いて、その鋭利な盾先が更に回転する。
「ゆくぞ、少女よ」
殺気。
ゾクリと背中が寒くなる感覚。
「叢雲を構えなさい!命!」
お母様の声に、私は、急いで叢雲を構える。
魔力を込めに込めた刀身は、強く光り輝いていて、美しいその姿は、クリオキネシスかと思える程の強さを秘めていた。
それを、こちらをすり潰さんと回転する、盾の凶器に向ける。
今私が制御出来る全ての水だ。Cランクでは、触れた瞬間に消えて無くなる。
これで勝てる。そう、私は…。
「本当に、それで勝てると思っているのか?」
「…っ!?」
彼の言葉に、私は息を呑む。
言い当てられた。私の心を。
心の奥から発せられる、私の思いを。
「そのままでは、貴女は死ぬぞ?俺のドリルに貫かれてな。それでも、敢えて受けると言うのなら、それもいいだろう。母親の命に従うという貴女のその呪縛ごと、このドリルが貫く」
死ぬ。
彼のそれは、ハッタリではない。
私にも分かる。私にも見える。
私の、死が。
このままでいいの?
私は問う?
このまま死んじゃうの?
私は首を振る。
死ぬのは、嫌だ。
痛いのは、嫌だ。
誰かを傷つけるのは、嫌なんだ。
お母様に縛られるだけのお人形は、もう、嫌だ。
死を前にした私の感情は、お母様の洗脳を上回った。
それと同時に、私の腕は、降りる。
その手に握っていた、叢雲の柄を、
手放した。
「なっ、何をしているの!命!」
芝生の上に落ちる、叢雲の柄。
その柄に収束していた刃が、一気に開放される。
10m近くにも立ち上る水柱が幾つも、まるで生き物のように、解き放たれた喜びを詠うかのように、夏の青空を仰ぎ見る。
それは、その八つに枝分かれ水柱は、さながら、
「オロチ!」
須佐之男命に倒された、八岐大蛇を彷彿とさせた。
私は、前を向く。
後ろは、お母様はもう気にならない。
「来なさい!黒騎士!」
これが私の全力。本当の私だ!
「…おい、イノセスよ。あ奴、かなり元気そうだぞ?」
そんな筈ありませんよ!
だって、片腕が無い状態で、今も血を垂れ流しているんですよ?
「とは言えな。相手に塩を送り、強化させてしまったぞ?八岐大蛇まで出させてしまったからな」
…一体、何をしているのでしょうか、あの方は…。
「まぁいい。面白いからな。だが、しっかりと決着をつけるのだぞ?」
※以下、修正をしました※
~最終部~
修正前:須佐之男命が振るう、天叢雲剣に倒された、八岐大蛇…
修正後:須佐之男命に倒された、八岐大蛇…
※天叢雲剣は、須佐之男命に倒された八岐大蛇から出てきた剣という事になっておりました。
私の勉強不足でした。
お読み頂いている皆様、申し訳ありません。