138話~惑わされちゃダメ!~
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※グロ注意※
前半戦終了のブザーが鳴り、桜城の選手達は安堵の吐息を吐きながら、ベンチへと戻っていく。
対して、岩戸の選手達は、悔しさも疲れも吐き出さないまま、只々静かに歩みを進めるだけだった。
本当に、とことんまで個を殺したチームである。
『前半戦終了!最後にファーストタッチを決めて、桜坂が大きなリードを得ました!更に、試合の流れも大きく桜坂に傾いているこの状況!後半戦、岩戸は厳しいスタートとなりそうだ!このハーフタイムで何処まで回復出来るか、それが勝負の分かれ目となるでしょうか!?』
実況の言葉を聞きながらベンチに戻ると、立ち上がって選手を出迎える先生達と、顔色を悪くしながらも、微笑みを向けてくれている部長がいた。
「お疲れ様。いい指揮だったわよ」
冷たい手をした部長が、私を労ってくれた。
それに対して私は、ただ首を振った。
「いいえ。ごめんなさい。最初はほとんど動けませんでした」
先生からの指示も気付いてはいて、声を張り上げたりはしていたけど、それだけだった。
途中からは自分でも考えて、それなりの指揮を取れていたからまだ良かったが、前半戦全てを見返してみると、とても胸を張って頷ける様な働きでは無かった。
それでも、部長も先生も、この戦果で十分だと微笑んでくれた。
部長が青い顔をしながら立ち上がり、桜城の選手達を見渡す。
「流れはこっちにあるわ。海麗、蔵人。あなた達は後半、特にマークが厳しくなると思うから、くれぐれも注意してね」
部長が毛布の裾を握り閉めて、何かに耐えながらも、注意を促してくれる。
その横で、南先生も腕を組みながら、みんなを見る。
「遠距離役と巻島君は、前半戦でかなり異能力を使ったんじゃない?そろそろ交代しますか?」
遠距離役は、前半の最後に一斉攻撃をして貰ったので、消費は激しい筈だ。特に中央にいた秋山先輩と下村先輩には、かなり無茶な攻撃をしてもらっていたので、後半戦はベンチスタートとなった。
下村先輩はCランクだから、5分も休めば復帰できるだろう。
でも、蔵人ちゃんは全く疲れた様子もなく、異能力もまだまだ使えるとの事だった。
それを聞いた先生は、「ホントに規格外だわ…」と引き攣った笑顔をしていた。
分かるわ、その気持ち。
「鶴海さん」
部長が私を呼んだ。
なんだろうと、部長の近くまで寄ろうとすると、
「後半戦、貴女の作戦を聞かせて」
部長が、選手みんなに聞こえる様に、そう言った。
つまりこれは、私の作戦がそのまま採用されるという事。
ハーフタイム終了までもう時間が無いから、理に適ってはいるけれども、本当にそれで良いんだろうか?
私が躊躇していると、部長が微笑んで、
「大丈夫よ。今の貴女なら、このチームを任せられるわ」
そう、言ってくれた。
私は、胸の内が熱くなった。
でも、こんな所で感じ入っている場合じゃない。
私は、そう自分に言い聞かせるように、大きく頷いた。
「はい。ありがとうございます。私の作戦は、後半も攻め続けようと考えています」
私の言葉に、数人の先輩が目を大きくする。
驚いただろう。だって、セオリー通りならばここは守り一択だから。
前半戦終了で、自軍支配率は66%。後半5分までに後4%でコールドゲームだ。円柱で点数を稼ぐだけで勝てる状況。
当然、相手は死に物狂いでタッチを狙ってくるから、こちらは焦らずに防御を固めて、逆転されない様に注意したらいい。
しかし、私は打って出る戦法をあえて取る。何故なら、
「相手も当然、こちらが守ると思っています。ここで相手の意表を突き、混乱させ、勝利を確実なものにします」
具体的には、美原先輩と蔵人ちゃんによる相手前衛の突き崩し。その隙間を狙った神谷先輩の特攻だ。
まさか前半と全く同じ戦法を使ってくるとは考えないだろうという、相手の思考の裏をかく。
勿論、相手は最初、その可能性も考えて動くだろう。だから、後半最初は相手円柱にも人がいるかもしれない。
でも、後半3分も経てば、コールド負けの可能性が高くなってくる。
当然、相手はタッチを狙わざるを得ない。そこを突く。
「後半3分で、一気に決めます!」
奇抜とも、愚策とも思われるであろう私の提案に、
「よっしゃ!セカンドタッチも頂いてやるぜ!」
「いい作戦だと思うよ!攻撃は最大の防御って言う奴だね」
「前衛は私と蔵人が撹乱するわ。ねっ、蔵人」
「ええ。やってやりましょう、美原先輩」
「私達もやるよ!」
「「はいっ!」」
選手のみんなは、心強く反応してくれる。
私の拙い作戦に、みんながやる気になってくれている。
それだけなのに、私は勇気が体中に溜まって行く気がした。
みんなから明るさを、元気を貰っているかのように。
負けない。このチームなら。
私はこの時、確かにそう思っていた。
私が紡いだこの作戦が、まさか、あんな結末になるなんて、知る由もなく。
〈◆〉
後半戦が始まり、3分が経過した。
鶴海さんが立てた作戦通り、桜城の選手達が動き出した。
美原さんと巻島君が相手前線にプレッシャーを掛けて、岩戸の攻撃を跳ね返えす。
岩戸は最初、中央に人員を集中させた、魚鱗陣を組んでいた。
この陣形は、前半に組んでいた鋒矢陣に次ぐ攻撃的なもので、明らかにタッチを狙っている戦法であった。
つまり、鶴海さんの読みが当たっていたのだ。
恐ろしい子。
是非とも、セクション部の司令塔役として兼部して欲しいものだ。
セクション戦における重要ポジション。彼女なら、そこを任せられる。
南は、中衛で指揮を執る鶴海さんの姿を見ながら、そんな事を思う。
南が視線を外している間にも、桜城の攻めは続く。
守ると思っていた相手が攻めてきて、岩戸の選手達は焦っている様に見える。
魚鱗陣で編成された選手達は、殆どが盾と近距離役だったようで、接近戦では無敵の美原さんと巻島君を相手に、全く前進出来ていなかった。
相手の作戦が、見事に潰されたという事だ。
これがもし、セオリー通りの防御主体で後半戦に挑んでいたら、苦戦したのは桜城であったろう。
防御陣に魚鱗の矛先が刺さり、ジワリジワリと削り物されていたに違いない。
だが、実際は、相手の矛先が削られていく一方であった。
相手は円柱役もなくして、完全に攻め一辺倒で挑んでしまった。その為、時間が経過すると同時に、ジリジリと岩戸領域が減っていく。
それも合わさり、相手の焦りは徐々に増し、明らかに急いている様子が表面化する。
このように、自軍の円柱にタッチしているだけで得点が増えるというのは、他の異能力戦にはない特徴だ。
これにより、防御一辺倒のチームにも、勝利する光が見えてくる。
また、相手を倒すだけでない勝ち方があるというのも、作戦の幅を広げる面白い要素だ。
このルールが、ファランクスを他の異能力戦と一味も二味も違う競技にしている。
面白いと、南はファランクスに興味を持ち始めた。
そんな折、相手前衛の陣形が大きく変形し始めた。
魚鱗陣を崩し、横に2列並びとなり、基本形である単横陣に近い形となる。
そこから、前列全体が左側へと移動を開始し、後列全体が右側へと移動し始めた。
まるで流れるプールの様に、岩戸の選手達が一方向に動き出す。
かと思えば、今度は逆方向へと一斉に流れ出す。
まるで、洗濯機の中を見ているみたいだ。
面白い。
面白い戦法ではあるけれど、果たして、この動きに何の意味があるのか?
そう、南が疑問に首を傾げていると、直ぐにその効果が現れ出す。
桜城前線、右翼。
「きゃぁっ!」
短い悲鳴が発せられた方向を見ると、桜城の近距離役である松本がよろめいていた。
彼女の目の前に居た選手が、突然、火炎弾を放出してきたのだ。
ノータイムでのゼロ距離射撃。
まさか、これは、
「車掛の、陣」
後列から次々と新たな兵を投入し、まるで丸鋸の様に相手を削る変則的な陣形。
後列から繰り出された相手の遠距離役は、前列に移動する前に、攻撃用の魔力を準備していたのだろう。だから、前列に飛び出したと同時に、強力な一撃を放ることが出来た。
対する松本さんは、まさか目の前に遠距離役が出てくるとは思わず、突然の出来事に戸惑ってしまった。
それが、相手の策略。
創作の戦法だという話もあるが、今目の前に起きていることは、まぎれもなく事実。
他の桜城選手達も、いきなり変わっていく目の前の相手に、戸惑いを隠せない。
「惑わされちゃダメ!ポジションを守って、目の前の相手に集中して!」
鶴海さんの叫び声が、ここまで聞こえた。
彼女は、桜城選手達に、現在の立ち位置を決して変えるなと指示を飛ばす。
でも、何故だろうか?
南の疑問は、直ぐに解消する。
桜城の右翼、松田さんと近藤さんがぶつかり合った。
同じくして、中央で相手の1番と対峙していた美原さんと、盾役の子もぶつかる。
何故?仲間同士でそんな事が?
「スクリーン!?」
櫻井さんの悲痛な叫びが、その答えを教えてくれた。
スクリーン。正しくは、オフボールスクリーン。
バスケットボール等で使われる技術で、意図的に選手同士で壁を作り、相手ディフェンスを外す技。
今回の場合、相手のエースを追っていた美原さんと、相手のBランクをマークしていた近藤さんが、お互いのマーク選手が急に動いた為にぶつかってしまった。
美原さんも近藤さんも、決められた相手と戦っていたので起こってしまった悲劇だ。
いや、もしかしたら、これが本当の狙いだったのかもしれない。
左右に激しく回る相手の陣形は、追おうとすればこちらの陣形が先に崩れてしまう。
桜城は、岩戸中程の統一された動きが出来ないからだ。
互いにぶつかってしまった選手は、陣形を整えるのに時間が掛かる。指揮官の鶴海さんも、その対応に追われてしまっていた。
つまり、その時間は、相手が自由に動けるチャンスタイムとなってしまう。
今、美原さんにマークされていた岩戸の1番は、完全にフリーであった。
その彼女が向かった先は、左翼。
前半戦で活躍した、巻島君の元だった。
恐らく、この桜城で一番危険な相手が、彼だと認識したのだろう。
実際、桜城の誰もが巻島君を信頼し、彼を切り札と思っている筈だ。
南だって、既にそう思っていた。
だから、不味い。
巻島君が落とされたら、この試合は終わる。
南の背筋に寒気が襲う。
それと、同時。
左翼で巻島君と、相手のエースが激突した。
負ける!さすがに負ける!
南は両手をギュッと握る。
どれ程強い巻島君でも、相手がAランクではどうしようも無い。ランクが1つ上なだけで、世界が変わるのが異能力戦の世界。ランク2つでは、次元が異なる。
勝てる勝てないじゃない。一瞬で終わってしまう。
そう、思った。
のだが、
『おおっと!黒騎士様が耐える!耐える!Aランクの攻撃を、盾で受け流しているぞ!』
巻島君は、相手のアクアキネシスを盾で防いでいた。
まるで刀みたいに生えた水の刃を、白銀の盾で防御…と言うより、受け流しか?刃が盾に当たると、蔵人は盾を傾けて、刃を逃がしている。
なるほど、それならAランクのパワーを直に喰らうこと無く、盾が壊れないのか。
さすがは巻島君。本当に、技能だけで言えば国体選手並の戦闘能力を有している。
彼さえいれば、どんな異能力戦でも格上に勝てる。
彼なら、このAランクとの競り合いも、
勝てる。
そんな風に、南が安堵した矢先、
巻島君が、大きくよろめいた。
Aランクのパワーに押された訳じゃない。
彼を押したのは、味方であった。
巻島君の横から、Cランク近距離役の木元さんがぶつかってきたのだ。
ワザとじゃない。彼女もまた、スクリーンされただけだ。
揺らいだ巻島君に向かって、水の刃が迫る。
彼はすぐに反応して、盾で受け流す準備を整える。
恐ろしく早い盾の生成。まるで、初めからそこに存在したかと錯覚するほど。
それは、相手エースも思っただろう。彼女の企みは、Cランクと侮った男の子に防がれたと。
そう、南は思った。
思ったのに。
相手エースが振りかざした水刃が、方向を変える。
それは、巻島君のすぐ隣にいた、木元さんに迫っていた。
木元さんはサイコキネシスの腕を出してガードしようとしているが、そんなの無理だ。
相手の刃は、Aランクの凶器。Cランクの木元さんでは、巻島君の様にはならない。
奇跡は起こらず、水刃は空気を斬る様に、木元さんを頭から真っ二つにする。
そう、南は思った。
だが、刃が頭に届く寸前。
木元さんは飛び退いた。
真横へと、転がる様に避けることに成功した。
凄い!良く反応した。
そう思った。
でも違った。
飛び退いたんじゃない。
押されたんだ。
巻島君に。
彼の腕に。
巻島君は、咄嗟に木元さんを押した。押しのけた。
多分それが、唯一彼女を助ける道と判断して。
そして、それは成功した。彼女は間一髪で刃から逃れられた。
でも、その代わりに残ったのは、巻島君の腕。
木元さんを押しのけたその腕が、刃の振り下ろされる道に、取り残された。
その道に、今、
刃が振り下ろされた。
南は、目を見開いた。
目の前で起こった事に。
宙を飛ぶ、1本の腕に、目が吸い寄せられた。
その腕には、傷だらけのプレートが纏われていて、とても重いはずのそれは、高く宙を舞い、赤い何かを撒き散らし、
地面に、落ちた。
「くらとぉおおおお!!!」
櫻井麗子の絶叫が、空気を切り裂いた。
イノセスメモ:
桜城VS岩戸。
桜城領域:68%、岩戸領域32%。
試合時間13分02秒。桜城の黒騎士、重傷により退場判断。
桜坂聖城学園成績。
地区大会:優勝。
都大会:優勝。
関東大会:優勝。
全国大会:ベスト8位
THE END?