136話~帰ってきて早々、うるさいぞ~
ご覧いただき、ありがとうございます。
今回は他者視点となります。
先ずは、この人。
…ええっと、どちら様?
とある家のリビングで、大型テレビからニュースキャスターの静かな声と、リポーターの元気な声が届いていた。
『続いてはスポーツです。リポーターの山中さん、お願いします』
『皆さん、こんばんわ!リポーターの山中静香です。本日は2つ、大注目のニュースをお伝えします。先ずはこちら!先週閉幕しました異能力アジア大会、参加した日本選手が本日帰国しました!アジア大会では、日本のチーム戦としては初めてベスト8入りを果たした小島、一ノ瀬、豊原を先頭に、選手団が入国ゲートから続々と降りてきます。駆け付けたファンたちが熱いエールを送り、空港は熱狂の渦につつまれました!』
冷房の効いた涼しい部屋で、中学受験に向けた勉強で忙しい私の耳に、そんなニュースが入ってきた。
テレビに視線を向けると、嬉しそうに手を振る女性達が見えて、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
誇らしそうな日本選手団を、目にしたからだ。
アジア大会で初めてベスト8位に入っただけ。メダルを取った訳でもないのに、テレビの中の人達は凄く誇らしそうに歩いている。
それがこの国の現状。
異能力戦でメダルを取るなんて夢のまた夢。入賞できるだけでも拍手ものだ。
アジア大会でもこうなのだから、来年に予定されているオリンピックなんてもっと悲惨だと思う。
でも、それでもまだいい成績なのだ。
前回のアジア大会では、入賞することすら出来なかったと、桜姉さんが悲しそうに言っていたから。
それだけ、日本は異能力において弱小国だ。
レベルで言うと、同盟国のイギリスといい勝負と言われている。
今大会のメダルを総取りした中国とは比べ物にならず、五大列強が参加するオリンピックでは、異能力戦の成績表に、名前すら並ばないことも珍しくない。
いや、珍しくなかった、だった。
私は、テレビから聞こえてくる声援が、一層に大きくなったのを聞いて、考えを改めた。
そこには、ズームアップされた映像が流れており、1人のお姉さんの姿が映っていた。
キレイな着物を着こなしていて、長く艶やかな亜麻色の髪は、毛先だけ白く輝いていた。
幻想的な美女の姿に、テレビの画面越しでも「ほぅ」とため息をついてしまう。
そのテレビから、興奮気味な声が響く。
『選手団の最後尾には、アジア大会初のメダルを獲得した剣聖様が登場しました。高校生とは思えないその立ち居振る舞いに、集まったファンたちからは止めどない拍手とため息が聞こえました』
剣聖。
中学1年生の頃から今まで、国内では負けなしの絶対王者。
今年からはいよいよ海外の大会にも出場しており、アジア大会では中国の選手を打ち負かして、見事に3位に入賞した日本のスーパースター。
彼女が居れば、オリンピックでもメダルが取れるかもしれない。
そんな風に、みんなは期待の籠った眼差しを送り、彼女の後姿を見送った。
私も、いつの間にか画面に食い入ってしまっていた。
危ない危ない。私には、受験勉強があるんだ。こんな所で油を売っていたらダメだ。
アイツの様になってはダメだ。姉さん達を見習わなければ。
私は軽く頭を振り、テレビのリモコンに手を伸ばす。
そのまま、電源ボタンを押そうとしたところ、
『続いては、現在激闘が繰り広げられている、全国中等部ファランクス大会の話題です』
テレビから流れた声に、私の指はピタリと止まった。
中学という単語に、自然と体が反応してしまった。
受験生だから、仕方がない。
自分に都合のいい言い訳を思い浮かべ、テレビに注目する。
『ファランクス全国大会、通称ビッグゲームの中等部大会がここ大阪で開かれており、各校の熱戦が繰り広げられています。しかし、その盛り上がり様は例年と比べると、異様ともいえる物となっております。そもそもファランクスという競技は、主に西日本で親しまれている競技であり、勝ち残る学校も、殆どが西日本の学校でした。ですが、今年は関東の学校も奮闘しています』
スーツを来た男性アナウンサーから画面が切り替わり、パネルを背にした女性スポーツキャスターが笑顔で頷く。
『はい、そうなんです。先ずは第1回戦。東京の天川興隆学園が強豪香川の尽善中学を破り、見事2回戦進出!更に神奈川の如月中学が大阪茨木中に勝利。東京の桜坂聖城学園も大阪名門の灘中に勝利し、関東3校が2回戦進出という、例年にない大躍進を見せています!』
私は、そんな凄い事なのだろうかと首を傾げたが、どうやら例年では殆どの東日本校が負けており、天隆以外が1回戦を突破するのは珍しいそうだ。
興奮した女性キャスターが、そう明言した。
『その第2回戦ですが、去年2位の京都の晴明学園と戦った天隆は、フルタイムで善戦し、前半終了間際には勝ち越します。最終的には、晴明62%、対、天隆38%と、惜しくも敗退となりましたが、全国2位相手に大健闘したと言えるでしょう』
なんだ。結局負けちゃったのか。
別に私が天隆に入れると決まっている訳ではないが、同じ東京特区の学校が負けてしまったという事だけで、若干心が沈む。
でも、
『ですが、名古屋中学と対戦した如月中は、如月71%、対、名古屋29%と、圧倒的な強さを見せつけ、見事に勝利をもぎ取りました!関東が3回戦に駒を進めたのは実に4年振りです!更に、広島呉中と対戦した桜坂も勝利しており、東日本勢が2校も3回戦に進んだのは、凡そ20年振りの快挙です!』
興奮したキャスターが、試合結果を載せているパネルを叩くと、そのパネルにくっ付いていた備品がいくつか床に落ちた。
しかし、キャスターは気にする素振りもない。
そんなキャスターに、司会者らしき女性から質問が飛ぶ。
『如月中には、シングル戦Cランク一位の紫電選手が所属していたと思いますが、その影響は大きかったのでしょうか?』
『はい!紫電選手の活躍により、如月中は勝利に大きく近づけたと、現地メディアでも取り上げられています。関西スポーツ新聞では、1回戦、2回戦共に紫電選手がその猛烈な攻撃力で相手前線を突破し、幾つものタッチを稼いでいると紹介されています。中には、Bランクの盾役を圧倒する場面もあり、流石は全日本チャンプだと、紙面も会場中も大盛り上がりでした』
紫電という名前は、私でも聞いたことがある。
本名は分からないが、Cランクなのに物凄く強いと、友達の美咲ちゃんが興奮して言っていた。
他のクラスの子もファンクラブに入っていると言っていたし、Bランクの子や、中にはAランクの子もファンクラブの会員にいると言っていた。
そんなに騒ぐことなのかと思っていたが、その人が1人いるだけで全国大会でも戦えてしまうのだから、余程強いのだろう。
私は、知らず知らずのうちに体がテレビに向いていたことに気づきながらも、テレビから目が離れなかった。
『なるほど。やはり紫電選手の活躍は大きかったのですね。彼には今年の全日本連覇の期待もかかっていますので、このビッグゲームでもその力を見せて頂きたいです。明日からの両校の活躍にも期待しましょう。以上、スポーツでした』
スポーツが終わり、明日の天気の話になったので、私はテレビの電源を切る。
黒くなった画面に視線を向けて、私はほっと、息を吐いた。
中学生になるとこれほど違うのかと、少し驚いてしまった。
小学生の内では、誰それが大会に出たとか話題にはなるが、何処か遠い世界の話に聞こえた。
全校集会で表彰されている人を見ても、そんな大会があったのかと思う程度で、何処までも他人事だった。
けれども、私がこれから入りたいと思っている学校で、先輩達がこうして頑張っている姿を見ると、なんだか心が落ち着かない。
私は、天隆と桜城のどちらに進むかを悩んでいた。
桜城は学校の雰囲気もよく、制服も可愛いく、仲良しの子達もそちらを受験すると聞いている。
一方の天隆は、家から少し遠く、少し格式の高い学校だという噂だ。
それだけで考えれば桜城が第一候補なのだが、どうしても懸念材料がある。
それは、その悩みの種は、
「あぁ!ニュース終わっちゃってる!」
アホ姉が帰ってくると、今まで平和だった我が家が一気に慌ただしくなった。
その原因であるアホ姉が、私からリモコンを奪い取ると、テレビのチャンネルを狂ったように回しだし、やがて自分の頭をグルんぐるん回しながら絶叫した。
私は、おなかの底から湧き上がる黒い感情を抑えながら、ため息を吐き出す。
「はぁ…帰ってきて早々、うるさいぞ」
しかし、私の抗議の声を聴いていなかったのか、アホ姉はやかましい顔を私に近づけて、大音量で問うてくる。
「なんで録画しておいてくれなかったんだ!私が夏季講習でテレビ見れないの分かってただろう!?」
「なんで頼まれてもいないことをしないといけないんだ!それに、夏季講習じゃないだろ!期末テストの結果が悪すぎて、補習が長引いているだけだろうが!」
このアホ姉は全科目赤点を取った為に、夏休み中ずっと学校にすし詰め状態を喰らっている。
それを、可哀そう等とは全く思わない。
だって、期末テストの点数が悪すぎたのが原因だから。
こいつがテスト前にゲームばかりしていたのを、私はばっちり見ている。自業自得という奴だ。
バカ姉は、私の声を聴かないと言わんばかりに両耳を押さえて、額を床に擦りだした。
「ああぁ~!くそぉ!なんで私ばっかりこんな目に会うんだぁ!本当だったら、私だって全国大会行っていたのに!鈴華達と大活躍して、ハリウッド女優も夢じゃなかったのにぃい!」
アホ姉、北岡祭月はありもしない妄想の中の自分を嘆き、暴走している。
どうして、異能力大会から一気にハリウッドに飛躍したのか、その空っぽの頭の中を見てみたい。
こいつが桜城にさえ通っていなかったら、受験先を迷うことなど一切なかった。
私は、北岡雪花はもう一度、深いため息を付いた。
〈◆〉
「次の試合、相手の伊勢岩戸中はバランスの取れたオールラウンダー型のチームです」
2回戦が終わり、桜城のファランクス部員は祝勝会兼決起会を楽しんだ後、明日の試合に向けたミーティングを行っていた。
連勝で目を輝かせる選手達を前面に、それをサポートする1、2年生も部屋の壁際で話を聞いている。
今、前に出て解説しているのは、新聞部の望月若葉さんだ。
望月さんは、その卓越した情報収集能力を駆使し、相手校の選手達の異能力や特技、癖までも顕わにしてしまう。
本当に、恐ろしいくらいに頼りになる子。
是非とも、我がセクション部の専属諜報部員になって欲しいくらいだ。
彼女が居れば、このファランクス部の様に、全国も見えるかもしれない。
桜城セクション部顧問の南は、望月さんを勧誘したい衝動に襲われていた。
望月さん曰く、岩戸中は相手に合わせた陣形を組んでくる、水の様なチームらしい。
攻撃的な相手には、防御とトラップを併用した〈削る〉作戦を取り、
防御主体の相手には、一点突破で突き崩す〈突き刺す〉作戦を用いるとのこと。
それを可能にしているのが、彼女達の卓越したチーム力であり、彼女達を統率する指導者の統率力だ。
岩戸中ファランクス部顧問、藤浪先生。
望月さんが言うには、先生は有名な神社の神主もされていて、部員の多くは彼女が小さなころから修行を付けているらしい。
そして、その最たる弟子が、岩戸中エースの藤浪命選手。
先生のお子さんで、かなり厳しい教育を施しており、将来的に神社の宮司(神主さんのトップ)となる為の道を進ませているのだとか。
なるほど。それは確かに強い。
望月さんの解説を傍で聞きながら、南は独り納得する。
指導者の指示を忠実に聞いてくれる選手は、とても心強いし、安心して送り出せる。
それが集団戦でも発揮されると成れば、仮令相手の方が魔力が多くとも、撃ち破れてしまうだろう。
それだけ、チームでの戦闘において、連携とは強力な武器なのだ。
セクションにおいても、強い学校とは統率の取れたところが多い。
でも反面、あまりに統率され過ぎているのは、選手達にとって可哀想だ。
岩戸中は、顧問の指示が絶対であり、選手達が勝手に動くことを厳しく禁じているらしい。
そんな雰囲気では、選手が自ら考えて戦う事が出来なくなってしまう。
選手個々での成長と言う意味では、そのチャンスを殺しているとも思える。
そう考えてしまうから、セクション部は弱いのだろうか。
最近のセクション部は、全国大会どころか関東大会での入賞も厳しい。
校長先生も、出資者のお偉いさん達も、満場一致で南にビッグゲームを担当させたのは、セクション部よりもファランクス部に期待しているからだ。
セクション部の大事な大会、スーパースターは後2か月後に開催される。
今はとても大事な時期であるのに、半ば強制的に引率として派遣させられたのは、何も南が集団戦の指揮を得意としているからだけではないだろう。
でも、果たしてそれに意味があったのかと、南は深いため息を吐く。
今話している望月さんもそうだが、この空間に居る子供たちは逸材だらけだからだ。
自分でなくとも、仮令、異能力戦素人の校長先生が引率されていても、変わらなかったのではないかと南は思う。
その逸材の1人は、勿論、望月さん。
中学1年生でありながら、圧倒的な情報収集能力を光らせ、一体何処から、どうやって仕入れたのか分からない極秘情報ばかり披露している。
その学校の特徴とか、選手の能力くらいなら、時間と労力をかければ入手出来るだろう。
だが、どうやって個人の性格や、私生活、生まれや境遇までもをスクープ出来てしまうのだろうか。
お陰で、相手校の各選手の深層心理が分かってしまいそうで、ちょっとした先読みくらいなら出来そうである。
彼女を前にしていると、自分の秘密…実はアイドルオタクで、ステップステップのアンダンテに熱を上げている事がバレそうで怖い。
なるべく彼女には近付かず、今後授業を受け持ったら優しく接しようと心に誓う南。
ファランクス部の部員も、逸材だらけである。
美原海麗。
3年生のAランクで、実力は校内でも5本指に入る。
元々シングル部のレギュラーなので、彼女が活躍するのは想定内。
想定外なのは、今年の1年生達だ。
久我鈴華。
1年生Bランク。美原さん程では無いけれど、そのナイスバディには暗い感情を抱きそうになる。
だが、久我さんの戦い方は輝く物があった。
独創的と言うか、常識に囚われないそのスタイルは、相手の意表を突いて有利に戦いを運んでいた。
広島呉中戦では、見事ベイルアウトも勝ち取っていた。上級生の、それも全国クラスの選手相手にだ。
1年生である彼女には、伸び代はまだまだある。期待のニューホープだろう。
そして、そんな彼女達を遥かに超える存在。
巻島蔵人。
1回戦、2回戦で幾多のベイルアウトを積み重ね、試合を、フィールドを支配した男の子。
彼が居なければ勝利は見えず、彼がいたからここまで来られた。
それは、傍から見ていた南だから、より鮮明に見えた事なのかもしれない。
彼については、只々異常の一言。
この際、彼が男子で、Cランクで、まだ1年生で、弱いと言われるクリエイト系の、その中でも最弱と評されるシールドクリエイトである事を一旦置いておこう。
それらを除いても、巻島君は異常だ。
その異常性を生み出しているのは、一重に彼の異能力の熟練度とその発想だろう。
まるで自身の手足の様に異能力を操り、見たことも無い様な方法で相手を攻撃し、相手の攻撃を防ぐ。
体に纏ったシールドでバッシュを繰り出すのは、まぁ考えられる範囲だったが、それを手や足に纏って高速攻撃を繰り出すのは完全に想定外であった。
ましてや、盾を組み合わせて拡声器を創り出し、最強の異能力の一角とされるディナキネシスを、声だけで倒してしまったその発想は、天才と言っても過言では無いだろう。
この子の前では、Cランクは元より、Bランクの、それも中学3年生の女の子が挑んでも戦いにならない。それだけの実力はあると、南は確信していた。
久我、巻島。
この2人をどうにかセクション部に勧誘出来ないかと、南はミーティングの後半、そればかりを思案していた。
そんな不純な事を考えていたからだろうか。南に天罰の如く、不幸が降ってきた。
その日の夜、顔を真っ青にした部長さんが、宿泊先に戻ろうとしていた南を捕まえてこう言った。
「先生…ごめんなさい。私…」
天隆は負けてしまいましたか。
「相手は全国2位か。奮闘したらしいな」
残る東日本勢は2校。如月も頑張っていますね。
「お陰で、桜城が脚光を浴びなくなってしまったな」
日向…紫電さんがいますからね。話題作りで取り上げるならあちらなのでしょう。
「そして、次の対戦相手は岩戸中。日中に会った占い娘と戦うのか」
連携重視の学校らしいですが、初めてのタイプですね。
果たして、どのような試合になるのか。
「心して読んでもらいたい」
イノセスメモ:
・この世界での同盟国は、イギリス←第一次世界大戦時の日英同盟が継続しているのか?