135話~許可とは、何の許可ですか?~
全国大会3日目。午後2時。
暑い日差しがコンクリートジャングルを熱する中、蔵人は買い物袋を盾に乗せて、悠々と歩いていた。
蔵人の隣を歩くのは、すっかり目の赤みも引いた伏見さんと、ルンルン気分で歩く西風さんだ。
何故、そこまでご機嫌なのだろうか?西風さん?
「だって、ベスト8位に入ったんだよ?歴代最高の桜城生と肩を並べてるんだもん。凄いよ!」
そう。西風さんが言うように、桜城は現在、最高記録タイとなっている。
2回戦で広島の呉を破ったことで、全国ベスト8位にまで登り詰めている。
次の3回戦に勝つことが出来れば、いよいよ表彰台が見えてくると言う位置。
部長も、フィールドから撤退した後で、嬉しそうにそう言っていた。
勝つことが出来たら、と言う部分が、敗北フラグ臭くて怖かったけれどもね。
そして、今蔵人達は、そのお祝いという事で買い出しに赴いているのだった。
料理が出来る蔵人と西風さんを買い出し係に回していいのか?と疑問に思うかもしれないが、
良いのだ。
何せ、今夜はホテルからも料理の差し入れがあるとの事。
1回戦、2回戦を終えた今、選手達を応援しに来た学校関係者が徐々に帰宅している現状。
それにより、ホテルの方にも余裕ができ始めているのだとか。
ならば、部屋もそちらに移した方が良いのでは?と思ったのだが、部長達はログハウスを気に入っているらしい。
荷物の移動も面倒なので、料理だけ宅配を頼んだのだ。
ホテル側も、全国を勝ち進んでいる学校に、少しでも好印象を持って欲しい様子。
と、いう事は、最初の頃、ホテル側は桜城を軽く見ていた可能性がある。
関東の学校だから、ログハウスでも戦績に影響ないだろうと、予約の時に注意しなかったのではないだろうか。
もしそうだとしたら…結果的に、野外炊飯は楽しかったので問題ない。
あくまで、個人の推測だからね。邪推は心に留めておこう。
どうであれ、夕食を頂けるのであれば助かる。
なので、蔵人達が買った品は、祝勝会兼決起会で食べるお菓子やジュースなどが殆どだ。
夕食後にちょっとだけ食べましょうと、部長が嬉しさを押し殺しながら言っていたので、大量に買ってきている。
きっと、ちょっとでは済まさそうであったから。
買った物の中には、チョコ系のお菓子もあるので、早く帰ろうと3人が歩いていると、西風さんが急に立ち止まって、何処かを見ていた。
「あれ?なんかあの人、困ってそうだよ?」
そう言って彼女が示す指の先には、確かに、道のど真ん中で立ち止まる女性が居た。
深い蒼色の髪を背中まで伸ばした、大学生くらいの女性だ。
この都会のど真ん中で、何故か白と薄青色の袴を着ており、手にした平たい鏡みたいな物を覗き込んでいる。
一見、困っているというよりも、何かの調査をしている様にも見える。
だが、西風さんの良心センサーが反応したという事は、きっとそうなのだろう。
西風さんは女性の前に回り込み、小動物の様な動きで女性を覗き込む。
「すみません。何か、お困りごとですか?」
「…いいえ。ただ、道を探していて」
想像したよりも幼い声を発して、女性が返答した。
道を探す、とは、可笑しな話だ。
道に迷っています、とか、○○への行き方を探しています、ならば分かるのだが。
そう思ったのは、蔵人だけではなかったみたいで、伏見さんが首を傾げる。
「なんや自分、迷子かいな。ウチ、小さい頃に大阪住んどったから、ちょっとは道案内出来るで?」
なんと、伏見さんは大阪出身だったのか。だから、関西弁っぽい喋り方だったんだね。
蔵人が納得していると、女性は伏見さんの方を向いて、首を振る。
「大丈夫です。水占いで、探しているんで」
水占いと言って、女性が再び手元を見る。
それは、水で作った鏡みたいだ。
どうも、彼女の異能力はアクアキネシスのようで、自身で作り出した水球で占いが出来るみたいだ。
確かに、神社の神主さんみたいな恰好をしているからね。そういう家柄の方なのかもしれない。
だが、
「………」
素人目で見ていても、その占いと言うのが芳しくない様に見える。
彼女の無表情な顔にも、若干の焦りが見える。
「ねぇ。やっぱり、僕たちが力になるよ?」
西風さんが、再び女性を覗き込むも、女性は静かに首を振る。
「許可を、貰っていないので」
「許可?」
女性の言葉に、つい口が出てしまった蔵人。
女性は、驚いた顔で蔵人を見た。
ずっと俯いていたから、蔵人が視界に入っていなかったご様子。
ジッと見られてしまっているので、言葉を続ける蔵人。
「許可とは、何の許可ですか?」
「た、他人から、施しを受けることをです。母が…監督が、いつも言っています。自分勝手な行動を取って、他の人達を困らせるなと。指示された通りにしろと、言っているので…」
「な、何やそれ…」
「指示された通りって…」
伏見さんと西風さんも絶句している。
要は、その母親のいう事だけを聞くロボットで居ろと言われているみたいだ。
そう言われてみれば、彼女の表情は常に凍り付いており、瞳は何処か怯えているように見える。
これは推測だが、親から相当なプレッシャーをかけられているのではないだろうか。
彼女の目は、古い軍隊の一兵卒達の物に少し似ている。
恐怖と暴力で洗脳し、どんな過酷な命令にも従ってしまう突撃兵隊だ。
彼女の境遇がそこまでの物とは思っていないが、方向性は一緒なのかもしれない。
蔵人は、彼女を憐みの目で見ながら、一つ提案する。
「では、施しではなく、等価交換ではいかがでしょうか?」
「等価?えっと、それは一体?」
不安げに眉を顰める女性に、蔵人は彼女の持つ水鏡を指さす。
「それは、道を占う以外にも利用できますでしょうか?例えば、我々の運命を占うとか」
「え、ええ。はい。勿論、出来ますよ。本来は、そういう使い方が主なので」
どうも、彼女は大きな神社の宮司さんらしく、いつもは人の占いをするのがメインなのだそうだ。
なるほどなるほど。大きな神社の宮司で、ここの地理に疎くて、母親が監督ねぇ。
蔵人は、彼女を見ながら納得する。
「我々が貴女を目的地まで案内しましょう。そのお代として、我々を占ってください」
「そ、それは、監督の指示には入っていないので、私には…」
「監督の指示とは、どう言った物ですか?」
「道に迷ったら、水占いで帰って来いと。無理なら、そこで待てと。夕刻には母が動けるようになるので、迎えに行くと」
それまで、この炎天下で待ちぼうけしろって事か。随分な母親だな。
蔵人は、女性に親近感を感じながら、彼女に笑いかけた。
「それでしたら、しっかりと指示通りに行動出来ますよ。貴女の水占いを活用して、我々に道案内させるのですから。それも、水占いを使って帰ってきている事になりますよ」
蔵人の頓智に、女性は「そ、そうなのでしょうか…」と困惑気味に眉を寄せる。
蔵人は、大丈夫だと大きく頷いて、伏見さんを見る。
伏見さんは、その視線の意味を理解して、大きく一つ頷く。
「うっす!決まったんなら行きましょか!お姉さん、目的地は何処ですの?」
「えっと…」
ぐいぐいと伏見さんに引っ張られながら、女性は歩み出した。
道案内されながらも、西風さん達は女性に話しかけていた。
彼女の名前とか、学校とか、趣味とか、色々と聞き出す。
そのお陰で、彼女の名前が藤浪命さんという事と、伊勢岩戸中の生徒であることが分かった。
やはり、特区の女性は大人びている。
そう思う蔵人の横で、伏見さんが鋭い声を出す。
「なんや自分、次の試合の対戦相手かいな」
そう。次に蔵人達が対峙する相手こそ、三重県の伊勢岩戸中なのだ。
何の因果なのだろうか。
だが、そう指摘された命さんは、何も映さない瞳で蔵人達を見る。
「そうなんですね。では、明日は宜しくお願いします」
命さんは至って平然と、こちらに頭を下げて来た。
感情の起伏が穏やかなのか、はたまた、ビッグゲームに興味がないのか。
掴みにくい彼女の様子に、伏見さんも「お、おう…」と肩透かしを食らっていた。
そうこうしている内に、
「ここです」
命さんが静かに示したのは、大きなホテルであった。
蔵人達が歩き出してから、10分も掛かっていない。
下手をすれば、出会った場所からも見えていたかも。
「ホンマ、拍子抜けするくらい近所やったわ」
「ホントだね!僕たちの泊っているところからも近いよ!」
西風さんの言う通りだ。だって、ここからでも我々のホテルが見えるのだから。
キャンプ場は、残念ながら見えないけどね。
「ありがとうございました。この御恩は必ず…」
そう言って、命さんは深々と頭を下げるのだが、いや、ちょっと待って?
「何言うとんねん。ウチら占ってくれるんやろ?今、恩を返したってな」
溜まらず、伏見さんが突っ込むと、命さんも「あっ」と恥ずかしそうに口に手を当てる。
うん。最初はクールキャラかと思ったけど、結構天然さんなのかもしれない。
気を取り直して、彼女の占いが始まる。
先ずは伏見さんだ。
命さんは伏見さんを手招きし、水鏡の前に立たせると、その水をゆっくりと回し始める。
そして、暫くすると、その渦巻く水を覗き込み、何かを見ようと目を凝らす。
「……見えます。羽、翼。自由な空を駆ける、明るい色の小さな鳥の姿が。その小鳥は大きな困難にも負けず、果敢に挑戦し続けます。何度も困難にぶつかり、そして、その困難の中に飛び込み、貫きました。鳥は、両翼を上げています。困難に打ち勝ったと、声高らかに歌います。もう一羽の黒鳥の横で」
「な、なんや…思うとったよりも本格的でビックリしたわ。あんま意味は分からんかったけど…」
命さんの言葉に、困惑する伏見さん。
その横で、西風さんが小首をかしげる。
「でも、良い事じゃないかな?小鳥とか、空を駆けるとか、困難に打ち勝つとか」
「そうだね。きっと、伏見さんが何かに成功するって事だと思うよ」
便乗して放つ蔵人の言葉に、伏見さんは漸く「そう言う事かいな」と顔を綻ばせる。
次は、西風さんだ。
「……見えます。絆。運命の赤い糸。その儚く脆い糸が、ふつりと途切れ、地に落ちます。絶望。焦燥。しかし、糸は再び紡がれます。希望が、貴女の傍にあり続けます。駆ける四肢。雄々しく伸びる鹿角。その風は、前へ前へと吹き抜けます。ただ真っ直ぐに、光の痕跡を残して、貴女達は駆け抜けます」
「えっと…速いってこと、かな?」
西風さんが、困ったように蔵人を見てくる。
だが、正直蔵人も分からなかった。糸とか、鹿とか。
「よう分からんけど、悪い意味ではなさそうやで?前に前にとか言うとるし、何かのレースに出たらええんとちゃう?」
「うぇえ!?僕、あんまり走るの得意じゃないよ!?」
困惑する西風さん。
だが、命さんは既に、蔵人に向けて手招きを始めている。
うん。検討会は後にしよう。
蔵人も占ってもらう。
「……見えました…けど…」
「けど?」
おや?今までと違うパターンだ。
蔵人が聞き返すと、占いの最中なのに、彼女が視線を上げてきた。
困惑した表情。
「あまり、良い結果ではありません。聞かない方が、良いかも」
なるほど。自分を気遣ってくれたみたいだ。
蔵人は横を向いて、伏見さんと西風さんに視線を送る。
「俺は聞こうと思う。だから、どんな結果でも藤浪さんを責めたりはしないでくれよ?」
当たるかどうかは分からないが、もしも不思議な力が働いていて、将来の忠告などが聞けるのならば聞いておきたい。
本物の占いとは、結構馬鹿に出来ない物だからね。
蔵人がそう言うと、2人はしっかりと頷いてくれた。
なので、蔵人も命さんに頷きで答えると、彼女も占いを再開してくれた。
「…黒い渦が、貴方を取り込んでいます。早い流れ、抜け出せぬ深さ。どうどうと流れるそれに、貴方は黒く染まっています。黒く、危うく、醜く変貌し、貴方自身も黒い渦となり、人々を呑み込みます。憎しみが貴方を染め、それでも貴方は渇望します。満ちることのない憎悪の渦の中で、それでも貴方は手を伸ばし続けます。失った、幸福を掴むために」
「ほぉ」
黒く染まるか。素晴らしい。
おっと、そうではない。
この結果は、他の2人とは大きく違う。
勿論、不吉だと言うのもある。
だが、それよりも特徴的なのは、現在進行形という事だ。
~します、ではなく、~しているという表現が多かったからだ。
つまりこれは、蔵人の、黒戸のこれまでの人生を示しているのではないだろうか。
そう考えると、この占いは…。
「カシラ、大丈夫ですか?」
「蔵人君…」
蔵人が考え込んでいると、2人が心配して近づいてきた。
しまったな。落ち込んでいるとでも思わせてしまったか。
蔵人は慌てて、2人に向けて手を振る。
「ああ、もう過ぎたことが大半だったからね。言い当てられていて、ちょっと驚いていたんだよ」
そう、この占いだが、相当当たっている。
黒戸は昔、人間を恨んだこともあった。
自分の大切な人を嵌めた人間に、世界ごと滅ぼしてやろうかと絶望したこともあった。
恐らくそれが、今回の渦という表現になったのだろう。
だが、それはもう過去の事。今は違う。
「だから2人とも、君達の占いは、しっかりと覚えていた方が良いよ。きっと、これから先の運命を言い当てていると思うからね」
蔵人が真剣にそう言うと、伏見さんは難しそうな顔をして、西風さんは泣きそうな顔をする。
「そうですよね。カシラは、あのAランクの兄貴を持っとりますから、ウチなんかとは比べられん程、苦労したんでしょうね」
「蔵人君!辛いときは、いつでも言ってね!僕達、蔵人君の味方だからね!?」
どうやら、蔵人が頼人を恨んでいると思ってしまったらしい。
慌てる蔵人。
「違う違う!頼人に対して、思う所は無いよ?あいつは俺の大事な兄弟だ。恨んでるとしたら、母親の方だよ」
「なっ、それはそれで、大問題ですわ!」
「蔵人君!ちゃんと話してよ!」
「あーっ!今のなし!聞かなかったことにしてくれぇ!」
そう言いながら、蔵人はホテルへと走り出す。
その蔵人を追う2人。
そんな3人を、命さんは、少し悲しそうな顔で見送るのだった。
不思議な人ですね、藤浪命さん。主人公の前世を言い当てるなんて…。
「さて、それはどうであろうな」
えっ?そ、それは、この占いが前世ではなく、未来を言い当てていると?
「さて、それもどうであろうな」
ぐぅう…。これだから、占いと言うのは嫌いなんですよ…。
「占いや未来予知は、数ある運命の一つを垣間見るに過ぎんよ」