134話~蔵人を守りなさい!~
前半戦終了の合図がフィールドに鳴り響いた。
電光掲示板を見上げると、領域差は、桜城39%、呉61%と表示されている。
サーミン先輩の奇襲により、何とか前半でのコールド基準である30%を上回ることが出来た。
ベンチへと戻る桜城選手達の姿は、今までの試合と比べても綺麗な白銀のままであった。
相手からの攻撃が殆ど無いからね。
代わりに、フラつく先輩が多い。
遠距離攻撃に魔力を使い過ぎて、枯渇気味なのだろう。
後半戦では、大半の選手を入れ替えないといけないだろう。
蔵人達3人がベンチに戻ると、無事に魔王領域を脱出した事を先輩達が祝福した。
「神谷君、ナイスファーストタッチ!」
「海麗先輩も流石です!異能力なしでもめっちゃ強かったですね!」
「カシラのあれは…何やったんです?なんや、足元危なっかしいかったですよ?」
伏見さんが不思議がるのも仕方がない。
酔拳は、一見偶然に避けているだけと思ってしまうからね。蔵人自身も、途中から意識が混濁し始めて、ただ流れに身を任せていただけだし。
概ね、明るく出迎えてくれた面々。そんな中、部長だけはお冠だった。
「神谷!全く無茶して。指示もなしに勝手なことして、タッチ決められたから良かったものの、そうじゃなかったらどうしてたのよ!」
「うっ、す、すんません」
サーミン先輩が海麗先輩に肩を借りながら謝ると、部長は蔵人にも厳しい目を向ける。
「蔵人もよ。あんな危険な場所に、いきなり飛び出して、しかも2人だけで行っちゃうなんて。まぁ、結果的に、その方が良かったみたいだけど。貴方は、その、もうちょっと私を信じて、貴方の実力とか、前もって教えといてよ…」
「すみません、部長」
暗い顔で落ち込んでしまう部長。若干涙目だ。
本当に心配かけたと伝わったので、今度から手の内を明かそうと思う蔵人。
格闘技経験者である事は、空手のスパーをした事があった海麗先輩だけだったから、他の人にはか弱い男子と思われていたらしい。
という事で、早速反省を生かすことに。
蔵人は、自分が考えた作戦について、部長に相談する。
すると、
「その作戦、本当に出来るの?」
「はい。必ず通用するかと」
鈴華のお陰で、魔王領域に物理現象が透過する事は分かった。
そして、サーミン先輩のお陰で、魔王の意識を阻害すれば、魔王領域が消える事も分かった。
サーミン先輩が魔王を殴った時、一瞬だが魔王領域が消えたのだ。その後直ぐに復活した事を考えると、魔王領域は意識だけで展開出来る。
態々、手を突き出して展開している様に見せているのは、ブラフだと分かった。
彼の異能力を克服するには、魔王の意識を狩る必要がある。2人のお陰で得られた有力情報だ。
俺が思い描く作戦であれば、高確率で魔王を討伐できる。
自信を持って提案する蔵人。
だが、それを聞いた部長は首を振った。
「そうじゃなくて、そんな事が貴方に出来るの?って意味よ。そんな高等技術…貴方なら出来るわね」
「え、ええ。まぁ、灘の時に行った技の応用だけですので、そこまで高等技術ではありませんから…」
ここで「出来ます!」っと自信満々で言ってしまうと、何とも傲慢な気がして、蔵人は言葉を濁しに濁して肯定した。
だが、部長はそれもお見通しらしい。
「いいわよ、謙遜は。貴方なら出来る。私は信じて…私"達"は信じてるわ」
態々言い直す部長。
部長の強い視線が蔵人を真っ直ぐに見つめ、次いで、先輩達にその視線を送る。
周りの先輩も、頷く。
「みんな、私たちにはもうこれしかないわ。残された時間は、コールドを考えれば後半戦の5分間。私達の侵入ペナルティ時間を考えたら、もっと少ない。だから、後半戦が始まったと同時にこの作戦に全てを賭ける。良いわね?」
「「「はい!」」」
「全力で、蔵人をサポートするわよ!」
「「「はい!」」」
「桜城に勝利を!」
「「「勝利を!!」」」
桜城選手の気持ちが、今一つとなり、
『まもなく、後半戦開始です!選手の皆さんはフィールドに出場してください!』
今、運命の後半戦の幕が上がった。
ハーフタイムが終わり、両校の選手達は各々の配置へと着く。
やはり、魔王は後半戦も同じ戦法を取るみたいで、前半戦と全く同じ配置。
対する桜城も、試合開始時と全く同じ配置だ。
試合開始のブザーが鳴ると同時、桜城の騎士団は一斉に駆け出す。
『さぁ始まりました後半戦。前半では桜坂が果敢に攻めるも、呉の守りの前に苦戦を強いられる展開となっていました。ファーストタッチこそ奪えた桜坂ですが、このままでは後半5分でコールド負けも見えてきます。対する呉は、魔王選手の領域が早くも展開されております。が、円柱でのタッチは3人だけ。残りは桜坂を待ち構えるかの様に佇んでおります。これは桜坂を警戒しての事か?』
当初、8人でタッチする構えを見せていた魔王軍。だが、蔵人達が走り出すと同時に、魔王の側近が5人、魔王の傍に固まった。
鈴華やサーミン先輩の一撃で、奇襲に警戒しているのかもしれない。
これでは、サーミン先輩が再び奇襲をしようとしても、透明化が暴かれると同時にベイルアウトだ。
『警戒する呉の魔王軍!そんな中、桜坂選手団が突き進みます!前衛10人、前半戦同様の強襲だが、このまま領域内に突入するのか!?勝算は、果たしてあるのか!?』
「「イケイケ桜城!頑張れ頑張れ桜城!」」
「「魔王様頑張れー!」」
『観客の応援飛び交う中、桜坂選手が呉領域を走り抜く!それを迎撃するかのように、両サイドに広がった呉選手達から無数の礫が飛ぶ!しかし、盾だ!空中に浮かぶ10数枚の水晶盾が、尽くこれを防いでいる!まるで選手団を守るかの様に、盾が一緒になって動いているぞ!これは誰の能力だ!?黒様か?またもや黒騎士様か!?』
「良いぞ黒騎士!」
「このまま突っ込めぇ!」
「もう時間無いで!急ぎや!」
「坊っちゃま!無茶しないで!」
広範囲に盾を浮遊させ、相手の攻撃を受ける。
Bランクの相手には魔銀盾だ。前半戦は近藤先輩に助けてもらったが、今回は蔵人1人で捌く。
近藤先輩は、走りながら盾を出せないからね。彼女には、この後活躍してもらう。
『さぁ、とうとう桜坂選手団が呉の魔王領域前に到着。呉円柱10m手前で急停止し、各騎士が陣形を組んで、攻撃態勢を整えていく。どうやら、魔王領域へは攻め込まない様だ。大丈夫か!?対する呉選手は、より一層領域を広げて、円柱前7mまで拡大している様だ!最大防御!それだけ桜坂を警戒している!残り5分、耐え切れるのか!?』
「魔王様!もう大丈夫です!奇襲だけ気を付けて!」
「何しとんのや桜城!攻め込めや!時間無くなるで!」
「このままじゃコールド負けよ!ダメもとでも突っ込まないと!」
「美原さんと黒騎士様が居れば勝てるわ!」
「そうよ!黒騎士様!酔拳、酔拳使って!」
「ねぇ誰か!誰かお酒持って来て!黒騎士様に献上するのよ!」
『おっと一部観客から危険な言葉が飛び交っていますが、未成年にお酒はダメですよ!飲んだ方も飲ませた方も罰しますからね!』
一部危ない発言もある中、桜城選手達は着々と準備を進める。
まず盾役は、後ろから攻撃してくる遠距離攻撃に対して盾を貼る。
蔵人がいない分、ガード出来る範囲は狭まるが、一団を守る分には十分な範囲だ。近藤先輩が、余裕で相手の攻撃を防いでくれている。
さす近である。
その後ろでは、遠距離役が部隊を二分している。1つは魔王領域に。もう1つは呉の遠距離役に対して。
どちらも牽制と言う意味合いが強い。
側近の人達も、魔王領域を出てしまえば普通に戦えるし、もしも魔王がディナキネシスをいきなり解いても同じことが起きる。
それをさせない為の牽制だ。
そして、蔵人と伏見さんは、その3部隊のどれにも所属していなかった。
彼女達に守られるように、その団の中心で向き合っていた。
蔵人が、伏見さんに問いかける。
「準備は良いかい?伏見さん」
「うっす!何時でも行けやす!」
「それじゃ…上げろ!!」
「やったって下さい!カシラ!」
伏見さんが異能力を発動し、その透明な腕で、蔵人の体を掴む。
そして、そのまま腕を伸ばし、蔵人を高く、高く上空へと持ち上げた。
その高さ、5m。
今、伏見さんが伸ばせる最大の距離である。
そこから見える風景は、観客席の前列と同じ高さであり、下を見ると、魔王達の姿が丸見えであった。
彼らの、彼の驚きと不安が入り混じった顔が、良く見えた。
その蔵人を、魔王は震える指で指し示す。
「おい!何かする気や!お前ら、ワシを守れ!全力で守り切れ!遠距離のお前ら!早くそいつを撃ち落とすんじゃ!」
苛立った魔王の指示に、いち早く反応したのは部長だった。
蔵人の足元で、部長の澄んだ号令が響き渡る。
「させない!遠距離一斉射!蔵人を守りなさい!」
「「「はいっ!」」」
蔵人の足元で始まる遠距離戦。遠距離役の数も盾もいる桜城が圧勝しているが、相手は自由に動けるので、意外にも戦況は拮抗している様だった。
だが、相手も応戦に必死で、蔵人の方まで攻撃する余裕は殆どない。
数発撃ちこまれたとしても、それは部長のリビテーションで反らしてくれる。
魔王領域に向けての攻撃も、苛烈になっていた。
無数の弾丸が、消えるのもお構いなしに撃ち込まれ続ける。
その弾幕の脅威と、蔵人の謎の行動に、魔王の側近達はより主の周りを固める。
最早、押し競まんじゅう状態。魔王を中心に、側近がぴったりと張り付いている。
そんな彼ら彼女らに対し、
「盾一極集中!!」
蔵人は、自身の回りに盾を集める。
いつもであれば、魔銀盾や対Aランク用の大盾を作り出す蔵人。
だが、今回は水晶盾のままだ。水晶盾を繋ぎ合わせ、やがてそれは、ひとつの構造物を作った。
それは、
『な、なんと!盾が、集まった盾が黒騎士様の前にドンドンと何かを形作っていきます!筒?望遠鏡の様な、滅茶苦茶デカイ筒みたいな物が出来上がっています!』
傍から見たら、タダのバカでかい筒に見えるだろう。蔵人に向いた部分は細く、魔王に向かうにつれて広くなる筒の様に。
だが、その筒の中には、小さな凹凸が幾つも付いている。
あの日、都大会の祝勝会で連れていかれたカラオケ店。そこの壁を見てから思いついた、この技。
それは、まるで大砲。
その大砲の先は、魔王領域に、そして、こちらを見上げる魔王に向いている。
その大砲を見て、
魔王は、笑った。
「は、はは。びっくりさせよって。無駄じゃ!俺様の異能力は全てを無効化させる!どんなデカイ異能力でも、どんなに強力な異能力でも、全部消えて無くなるだけじゃ!無駄無駄ぁ!俺様の前では、全てが無駄じゃぁあ!!」
『黒騎士選手、この大筒で魔王様を攻撃しようと言うのか?しかし、魔王様の言う通り、魔王領域には一切の異能力は…』
実況発した困惑の声は、しかし、途中で掻き消された。
新たに発生した、轟音に引き裂かれてしまった。
『龍の』
ぐわぁんぐわぁんという、強烈な爆音が、魔王軍を襲う。
それは、蔵人が作った大筒から響き渡っていた。
魔王は目を見張る。
その音源は、今上空にいる蔵人が零した、たった一言であった事に驚く。
小さな呟き。
しかし、大筒を通ることで、それは何倍にもなって飛び出してきていた。
そして今、その傷だらけの体いっぱいに、空気を吸い込んでいる蔵人の姿に。
魔王は理解した。
蔵人のこれが、何を意味するのかを。
蔵人がこれから、何をするのかを。
魔王の手が、こちらに向く。
「や、やめっ!」
『咆哮波ぁああああああ!!!!!!!!』
爆音が、魔王領域を駆け抜ける。
その暴虐非道な衝撃は、大地を揺らし、空気を切り裂いた。
その衝撃は凄まじく、魔王の鼓膜は勿論、薄いプラスチックのサングラスを易々と粉砕し、そして、あまりにも強い衝撃は、彼の心臓の鼓動をも止めた。
「がぁっ!かぁっ…」
魔王は、芝生に膝を着きながら、胸を掻く。
そのまま、前のめりに倒れた魔王は、尚も桜城の方に手を伸ばす。
だが、それは異能力を発動させる為ではなかった。
ただ藻掻く様に、自身の魔王領域が破られた事が信じられないとでも言うように、芝生を幾度も掻いて、指の先を青くした。
だが、直ぐにその手は止まり、静かに芝生の上へと落ちた。
『べ、ベイルアウト!凄まじい轟音によって、呉中3、4、5、6、7番、そして、1番、魔王様がベイルアウトだぁ!』
実況の声が復活する。
観客も、呉円柱付近にいた観客は未だ耳を抑えているが、大きな被害は無さそうだ。
砲身を極度に絞り、魔王周辺だけをピンポイント爆撃した為、周囲への影響はそれ程だった。
逆に、マークされた魔王と、その直ぐ近くにいた側近は軒並み倒れており、中には心臓麻痺を起こしている選手もいるみたいだ。
彼らが倒れた同時に、多くの担架が駆け寄って来ていたが、今は魔王領域が無くなった事でテレポーターも現れて、担架上に乗せられた呉選手達を瞬間移動させていた。
『魔王様がやられた!無敵の魔王領域が今、突破された!それを成したのは、やっぱりこの人!桜坂96番!黒騎士選手!黒騎士様だぁ!!』
「くろきしぃい!」
「黒騎士様、最高ですぅうう!」
「ようやったで!ウチは最初っから信じとったからな!」
「坊っちゃまぁあ!」
「「「くっろきし!くっろきし!くっろきし!」」」
蔵人の大合唱が叫ばれる中、それを割くかのように、軽い破裂音が空気を震わせる。
パンッ!パンッ!
空砲。
呉側からだ。
『ここで呉中から棄権の合図が出ました!よって、第2回戦、桜坂聖城学園、対、広島呉中学校の試合は、呉中の棄権で桜坂の勝利!桜坂の勝利です!!』
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
「「「お、う、じょう!お、う、じょう!」」」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
領域差で言えば、まだまだ呉の方に分があった。
だが、魔王を始めとする相手主力が一気に居なくなり、流れも完全に桜城側へ流れてしまった今、試合を継続するのは困難である。
下手なプライドを優先させた灘とは違い、プレイヤーを大事にした呉の英断であろう。
蔵人はそう判断しながら、ゆっくりと地上に降ろされる。
降りた先では、伏見さんが泣き顔で待っていた。
おっと?どうしたんだい?
「流石っすわ、カシラ。ホンマにやってもうた。あんな凄い事…」
「俺だけの力じゃない。皆が居なければ、出来なかった事だ。皆が力を合わせたから、勝てたんだ。君の力も生かせたな」
「うっす!ウチ、ウチようやっと、カシラの力に成れましたわ!鈴華みたいに、カシラと、力、合わせて…」
そう言いながらも、伏見さんの瞳からは涙が溢れてしまい、終いには声が出せなくなってしまった。
随分と、辛い思いをしてきたね。
真横に天才が居ては、余計に考えてしまうだろう。己の才能の有無について。
「伏見さん。その力は君だけのものだ。君が努力して作り上げ、これからも育てる大事なものだ。その力は美しく、強く、そして誰にも負けない物だよ」
蔵人がそう言うと、只々頷く伏見さん。
ああ、ああ。そんなに号泣しちゃって。
蔵人は手甲を外して、伏見さんのヘルメットを優しく撫でる。
幾分か、彼女の表情も和らいだ気がする。
と、その時、
「蔵人君?私も頑張ったよ?」
海麗先輩が、ちょっと拗ねた様子でこちらに来ていた。
その横には、鋭い目の部長もいらっしゃる。
「蔵人。私の指揮も良かったでしょ?っと、そうじゃなくて。あんまりこういう場所で、そう言う事をしない方が良いわよ?」
こういう場所、と言いながら、部長が周りを見る。
釣られて、蔵人も見てみると、
猛禽類たちがいっぱいである。
「なんや、あれ?桜城入ったら、あんなんして貰えるんか?」
「3年生だけど、今から桜城に編入出来るかな?」
「高校生やけど、ワンチャンあるかいな?」
「桜城って、監督居らんかったよな?ウチ行ったるわ。まだ大学生やけど」
『ええぇ…観客席の皆様!フィールドに降りようとしないで下さい!会場に貼られたバリアを叩かないでください!皆さん!落ち着いてください!』
…どうやら、大変な事を引き起こしてしまったらしい。
蔵人達桜城の一団は、勝利の余韻を引きずりながら、すぐさまフィールドを後にするのだった。
第2回戦、呉戦は、主人公の爆音で勝利となりました。
「物理現象と言うから、てっきりあ奴が突っ込むのかと思ったぞ」
それでは、相手に迎撃される恐れがありましたからね。何より、部長が許しませんよ。
「敵陣に乗り込んだだけで泣かれてしまったからな。随分と変わったものだ」
ついこの間まで、いつ背中を刺されるかという間柄だったのですがね…。
「女心と秋の空、という奴だ」
イノセスメモ:
桜城VS呉。
桜城領域:38%、呉領域:62%。
試合時間11分24秒。呉側の棄権により、桜城側の勝利。
3回戦進出:桜坂聖城学園。