132話~なんの価値もねぇんだよ!~
突然の魔王領域拡張。
情報よりも強化されていた相手の異能力に、鈴華はあわやベイルアウトとなる寸前だった。
だが、海麗先輩の援護で、何とか魔王領域からの脱出に成功する。
相手領域10m付近。
そこで、脱出出来た先輩達と共に、鈴華は額から落ちた汗を拭きとる。
「いやぁ〜危なかったぜ」
「アホか自分!ちゃんと美原先輩にお礼しぃ!」
「先輩、あざっした!」
「あ、あはは…。気をつけてね、鈴華ちゃん」
軽い口調の鈴華だが、しっかりと頭を下げている。
それなりに、今のがピンチだったことは分かっている様子。
そんな鈴華に、海麗先輩も苦笑いだ。
取りあえず、ここは安全地帯と思われる。
8mを過ぎた辺りで、異能力が復活したからね。
脱出できた桜城選手達は、窮地を脱したことに安堵する。
だが、その目先では、未だに魔王領域が拡張されており、その中で白銀の騎士達が数名、藻掻いていた。
「くそぉ…動けない…」
「痛いっ!ギブギブっ!」
領域に残された桜城の先輩達は、呉の選手数人に取り押さえられおり、身動きが取れない状態だった。
これでは、流石の海麗先輩でも助けに行けない。
そんな彼女達に、主審の笛が鳴る。
ピィイイ!ピッピッピィイイ!
「桜坂14番、22番ベイルアウト!呉選手は退きなさい!担架!担架早く!」
『桜坂の14番、22番ベイルアウトだぁ!魔王領域で拘束されたら、ほぼ間違いなくベイルアウト扱いだぞ!さぁ、これで桜坂は数的不利な状況!更に得点差は30対70!前半6分でこの点数差は痛い!前半戦で勝負が決まってしまうのか!桜坂はこれを巻き返せるのか!?』
先輩達が担架に乗せられると、魔王の腕が若干下がる。
試しに先輩が遠距離攻撃を撃ってみたが、また相手円柱の4m手前までは届くようになっている。
魔王領域は確実に、当初の範囲まで縮小している。
つまり、先ほどの領域拡張は、魔王にとっても負荷が高い技である可能性がある。
鈴華の攻撃にビビっていたからね。
拡張しても問題がないなら、魔王領域を広げたままにした方が安全だ。
そうしないという事は、領域の拡張は魔力消費が高い等のデメリットがあるという事。
とは言え、拡張させるには、相手の魔王領域に踏み込まねばならない。
踏み込んで、攻撃を加え、相手に危機感を感じさせる。
それが出来て初めて、相手は領域拡張を行ってくるだろう。
かなりリスキーだ。
下手に特攻でもしようものなら、悪戯に犠牲者を出すだけだろう。
格闘技の経験が少しでもある人間を集めた桜城メンバーだったが、あっさりと2人もベイルアウトさせられてしまったのだから。
今まともに相手が出来る人間は、海麗先輩くらいであると痛感させられた。
鈴華みたいに、外から物を投げまくるか?
そう思ったのは、蔵人だけではなかった。
「そりゃぁっ!」
思いっきり振りかぶった海麗先輩が投擲したのは、部長の手甲。
桜城の仲間を抑え込む側近に向けて投げた、その攻撃は、
「バリア!」
側近のバリアによってガードされてしまった。
ディナキネシスが、いつの間にか解除されている?
これはチャンスか?
そう思った秋山先輩が、すかさずファイアランスを放つが、しっかりと消失してしまった。
どうも、ディナキネシスはON、OFFが容易に出来るらしい。
もしくは、領域の形を変形させて、部分的に異能力を発動できるようにしているか。
どちらにせよ、これでは、外からの物理攻撃も難しいだろう。
鈴華の一撃は、相手の意表を付けたから叶った一撃だったのか。
とは言え、このまま手をこまねいているのも、実況の言う通り不味い状況。
このままではコールド負けも見えてきてしまう。
しかも、思ったよりも点数差がついてる。
この点数差は円柱の待機点数だ。
呉と桜坂の円柱役人数はかけ離れているが、実際に点数が入るのは円柱にタッチしている人数しかカウントされない。
呉は円柱役の数こそ多いが、実際にタッチし続けているのは魔王の側近だけ。数で言うと4人。
魔王領域が拡張されるまでは魔王を除く8人全員でタッチしていたが、一時は桜坂の遠距離開始時に4人にまで減った。
反面、桜城は3人がタッチしている。人数差は最大で5人だから、1分経てば3%の領域が削られる。
だから…あれ?ちょっと待て?
蔵人は再び、電光掲示板を睨みつける。
…点数が、減り過ぎている。
6分経過している時点で、最大でも18%しか削られない筈。
なのに、今は20%も削られてしまっている。
これが意味するのは…。
蔵人は自軍円柱に目を向ける。
すると、そこには先輩達が円柱に手を置きながら、心配そうにこちらを伺っている姿が見えた。
でも、見える姿は2人だけ。
1人足りない。
誰だ?
『桜坂選手は動けない!流石は中四国1位の呉中!流石は浅野礼二選手!魔王の異名は、伊達じゃない!』
「魔王様ステキぃ!」
「私も従属させてぇ!」
「私もぉ!」
「陛下バンザイ!」
「「「陛下バンザイ!バンザイ!」」」
まるで、既に勝利が確約されたかの様な観衆の大合唱に、ふんぞり返っていた魔王も少し気を良くしたのか、手を挙げて大歓声に応えた。
その手を挙げた瞬間、
挙げた方向に、死角が生まれた。
魔王領域の真横。その死角から、
飛び出す影があった。
「はぁっ、はぁっ、ははっ!」
魔王に飛びかからんとするその影は、魔王領域の側面に来るまでずっと、光学迷彩で見えなくなっていたサーミン先輩だった。
蔵人達も、呉選手も、観客も、実況も、
魔王自身も、ただ、突然の事に目を見開くしか出来ない。
このフィールドで唯一動けたのは、サーミン先輩だけだった。
彼は息を切らし、くぐもった声の笑い声をあげ、
拳を固く握り、それを振り上げて、
「歯ぁ食いしばれや、魔王!」
無防備な魔王の顔面を、思いっきり、
殴り付けた。
そのまま地面に尻もちを着く魔王。
一瞬、会場の喧騒が鳴りやんだ。
〈◆〉
「きゃぁあっ!」
「魔王様!?」
動揺する観客達と呉の女の子達。
そんな中、俺は魔王をぶん殴った拳を解いて、横にそびえ立つ青い円柱に、そっと手を置いた。
その後で、まだ尻もちを着いたままの魔王を見下ろしながら、薄ら笑いを浮かべる。
「どうだよ、魔王様。お前の鈍ったその心でも、少しは痛みってのが分かっただろ?」
『ふぁ、ファーストタァアアッチ!桜坂20番!ええっと、レオン選手。レオン選手がファーストタッチを決めました!男の子です!』
「ぉおお!すげぇ!」
「黒騎士様以外にも男の子がいたのね!」
「男の子同士の殴り合い、なにか来るものがあるわ!」
『レオン選手の活躍で、両校の得点は42対58!これで後半戦の望みが出来た!桜坂は首の皮一枚繋がったか!』
「「レオン先輩!ナイスゥ!」」
「「レオン最高!」」
「私のレオンちゃん最高!」
「誰がてめぇのだぁ!レオンは私んだ!」
「引っ込んでろ泥棒猫!」
おっと、応援に来て入れたテニス部とバスケ部の女の子達が喧嘩してしまった。
後で仲直りのデートをしないとな。
俺が頭の中でスケジューリングを調整している間にも、フィールドでは時間が過ぎていく。
魔王を殴るだけでなく、ファーストタッチまで決められたのは運が良かった。
この点数差なら、前半戦でのコールドは無くなった。
でも、そこで運が尽きちまったみたいだ。
俺の周りには、ワイルド系な女の子達が集まってきてしまった。
本当だったら、凄く嬉しいシチュエーションなんだがな。彼女達の目は、魔王を倒した俺を敵と思っている感じがする。
脱出するのはちょっと難しい。
無理に彼女達の間を分け入れば、無防備な彼女達に怪我をさせてしまうからな。
さて、どうやって彼女達に退いてもらおうか。
俺がヘルメットを搔いていると、魔王がのそりと立ち上がった。
すんごい睨みつけてくる。
そいつの手には、いつも鼻に掛けている小さな丸サングラスが、小さく震えて握られていた。
「やってくれたのぉ、ワレぇ!ワシのグラサン、幾らすると思っとるんじゃぁ!」
そう言いながら、俺の胸を人差し指で押す魔王。
「うっ…」
突然の事に、俺は胸の中の空気が喉に詰まる。
おいおい、良いのかよ?俺はタッチを決めたんだぜ?
そう思ったのは、俺だけではなかったみたいだ。
観客席の女の子達も、声を揃えて非難する。
「ちょ、いいのあれ?反則じゃないの?」
「タッチしてから2分間は、選手に攻撃禁止でしょ?」
「いや、あれは攻撃じゃないから」
「じゃあ、取り囲むのは?進路妨害は反則よ?」
「立っているだけだからねぇ。腕を広げてとかしてたら、即アウトだろうけど…」
おいおい。マジかよ。
女の子達が俺を心配してくれるのは嬉しいのだが、その内容には不満を感じる。
だって、結構痛いんだぜ?さっきの指ツンツン。
俺は抗議の意味を込めて、主審の方を見る。
でも、彼女も動かない。その鷹の様に美しい目を険しく細めて、ジッと俺たちのやり取りを見ているだけだ。
もっと激しく攻撃しないと、反則が取れないのか?じゃあ、もっとやって来いよ!魔王。
俺が挑発するように肩をすぼめると、魔王は凄い睨みを効かせてくるが、直ぐに視線を外して、手に持っていたサングラスを太陽に翳した。
「あぁ、あぁ、あぁ!…ヒビいってもうた。弁償じゃ済まんぞ、ワレ。あぁん!?」
ドスの効いた声で吐き出される広島弁。
だが、俺は鼻で笑ってやった。
「はっ!それがどうした」
「あぁ?」
俺は若干ビビったが、視線は外さない。
魔王の険しい顔を、しかと見据える。
「てめぇが踏みにじってきた女の子達の思いに比べりゃ、そんなプラスチックなんて、なんの価値もねぇんだよ!」
言っていて、俺は魔王がしてきたことを思い出し、沸々と怒りがこみ上げて来た。
女子を侍らしているのは、まだいい。
寧ろ良い。他の男共みたいに、女子を拒否していないから。
でも、こいつは女の子を物の様に扱っている。
まるで奴隷の様に。
まるで所有物の様に。
それが俺は許せない。
「女の子ってのはな、繊細なんだよ。ちょっとした一言でも傷付いちゃって、それをずっと、ずっと心の奥に抱いたまま、平気そうに笑ってんだよ。俺たち男みたいに、直ぐに忘れる事なんか出来ねぇ。ずっと、抱え込んじまうんだよ。それなのに男って奴は、平気で女の子が傷付く事を言いやがる!当たり前みたいに女の子を足蹴にする!俺たちにそんな権利なんて無いんだよ!ただ特区には男の数が少ないってだけで、偉そうにする理由なんかにはなんねぇんだよ!」
「黙れや、後でミンチになるんやぞ、ワレ」
魔王が俺の心臓に指を立てる。
まるで、無敵カウントが無くなったら、心臓を潰してやるとでも言っているかのように。
でも、俺はもう怖くなかった。
怖さよりも、怒りの方が勝っていた。
この勘違い野郎に言ってやらないと。
俺の口から、俺の思いが飛び出す。
「黙らないね。これが俺の信条だ。これが俺のポリシーだ。お前ら男がそんなんだから、俺の姉ちゃんも悲しい思いをすんだ。だから俺は、女の子みんなに優しくすんだよ。1人でも多くの子が、笑顔になるように」
思い出すのは、いつも笑っていた姉の姿。
傷ついている筈なのに、大丈夫だと俺に笑いかける姉の笑顔。
そんな悲しい顔、見たくはない。
だから、俺は女の子に優しくする。
だから、俺は女の子を虐げるこいつを許せない。
そんな熱い俺の思いを、
「ふん、そうかい。そりゃ良かったな」
魔王は、鼻で笑った。
怒りは、沸かない。
それで分かれば、魔王じゃないからな。
俺は何処か安心して、笑みを広げる。
「ああ。てめぇには分からないだろうな。でも、それでいい。俺のこの意志は、てめぇには重い。こいつを受け取れるのは」
俺はその時初めて、魔王から目線を外した。その先には、
「お前だけだ、蔵人」
魔王領域に突っ込んできた、海麗先輩と蔵人の姿があった。
神谷先輩が、何とかファーストタッチをもぎ取ってくれました。
これで、前半戦で負けることは無くなりましたね。
「とはいえ、脱出は困難なようだぞ?女とは言え、敵に情けをかけるとは」
彼の信条では、仕方がありませんよ。
どうやら、彼のお姉さんたちが、男性に苦労していたみたいですから。
「それで、女性に対して積極的なのか。44話であ奴に、女性を怖く思わないか?と聞いていたのも、その為だったのだな」
神谷先輩からしたら、同志が出来たと思ったのかもしれませんね。
「あ奴が聞いたら、苦い顔をしそうだ」
まったくです。