131話~くっ!このままじゃ負けちまうぞ!~
『ファァアアアアン!!!』
桜城、VS、呉。試合開始の合図が、フィールドを駆け抜けた。
それと同時に、桜城騎士団が一気に相手領域を駆け抜けようとする。
「前衛部隊突撃!相手円柱付近まで駆け抜けるのよ!」
「「「おおおぉぉお!!」」」
部長の号令に呼応する騎士達。
その数、10人。
前衛として開戦前から中立地帯で突撃を待っていた先輩達と蔵人達だった。
桜城の初期配置も、今までに無い布陣であった。
前衛:10人。
円柱:3人。
中衛に力を入れていた桜城では、先ず考えられない配置である。
加えて、前衛の並びも特徴的だった。
普通の配置なら、前衛の最前列に盾役、その後ろに近距離役と並ぶ。
しかし、今はこうだ。
前列に遠距離役が並び、近距離役がそこに混じり、両翼に盾役が構える。
まるで逆な配置にも関わらず、彼女達はただ真っ直ぐに呉領域を進む。
両側に散らばった相手遠距離役は居ないかのように、目指すはただ呉の円柱。そこでふんぞり返る、魔王軍に突撃をかける。
最初から決まっていたその作戦を、桜城選手達は今、堂々と実行している。
相手領域に侵入してから、蔵人達には侵入ペナルティカウントが始まっている。
コイツが180秒溜まると、ベイルアウトとなってしまう。
中立地帯に戻れば止まるカウントだが、相手領域の円柱付近でも止まってくれる。
円柱より5m以内でカウントは止まり、10m以内でも1/2までカウントは遅延する。
蔵人達の目指す位置は、先ず相手円柱5m以内だ。
しかし、相手もただ見ているだけでは無い。両側に展開していた遠距離役から無数の弾丸が放たれる。
「盾役は防御陣を展開!両翼を守りなさい!」
一緒に駆ける部長からの指示で、蔵人達盾役が騎士団の両側に広く配置され、敵の攻撃を受ける。
蔵人は走りながらでも盾を展開出来たが、他の先輩はそうはいかない。
仕方ないので、蔵人もその場に一時留まり、相手遠距離役の囮となる。
その間にも、白銀騎士団の中核が呉陣営の奥深くに食い込む。
相手円柱役達がそれを見て、布陣を展開した。
円柱に触れるのは魔王の側近3人のみ。他の選手達が、腕を組んで立ち上がった魔王の前に並び立ち、王を守る盾となる。
だが、彼女達が異能力を発揮する素振りは見られない。魔王の前に出た円柱役は、ただ静かに立ち止まり、まるで肉壁の様に、その屈強な体躯を持って主を守らんとしていた。
その様子に、桜城の先輩達は、
止まる。
あまりの異様さに、ではない。
ただ、相手円柱より5m手前で急停止し、両腕を構える。
「第一陣、一斉射撃!」
櫻井部長からの号令が、フィールドを駆ける。
未だに異能力を発動しようとしない相手に、無抵抗にも見える相手に向けて、容赦のない号令を下す。
それに、騎士団からの反発の声は無い。
ただ、部長の無慈悲な命令に従い、躊躇ない遠距離攻撃が始まった。
「ストーンバレット!」
「ファイアランス!」
「せいっ!やぁあ!」
無数の弾丸と衝撃波が、一直線に敵へと向かう。
どんなに強固なプロテクターを付けていようと、当たれば大怪我間違いなしの凶弾が迫る。
そんな中、魔王はそれを見て、只々、
笑う。
その凶弾の威力が理解できないかのように。
そして、
手を前に翳す。
「ゼロ」
魔王がそう言葉を紡ぐと、自身へと殺到していた桜城の凶弾が、
消えた。
尽く。
「「おぉおお!」」
「なんや!?消えたでぇ?」
「魔力切れか?桜坂のミス?」
観客の一部がザワつく。
盾で弾かれた訳では無い。文字通り、消えたのだ。
肉壁となって立ち塞ぐ呉円柱役の目の前で、一発残らず。まるで初めから存在しなかったの様に、桜城の弾幕は全て消滅した。
だが、
「第二陣、一斉射撃!第一陣は次弾装填準備!」
部長の号令は、何ら迷いなく次の行動を促す。
迷う筈もない。
この事は、桜城メンバーみんなが周知の事。
呉中、浅間礼二の異能力、それは、
『出ました!呉名物!浅間選手の異能力!魔王領域だぁ!』
ディナキネシス。
彼を中心に、半径4mの範囲において、全ての異能力を"ゼロ"にしてしまう領域を展開する。
その領域内では、どんなに強い異能力でも、己の異能力以外は全て打ち消してしまう。
唯一無二の最上位種異能力。
強力な異能力者からしたら、悪夢のような存在。
まるで、何処かの主人公の様だ。
彼が1人居るだけで、戦局がガラリと変わってしまう。
その脅威から、彼の異能力は魔界とか魔王領域とか呼ばれており、魔王という二つ名の所以であった。
広島呉中の戦法は、そんな彼の異能力を全面に押し出した戦い方だ。
円柱に戦力を集中させ、魔王が領域を展開。相手が魔王領域に入れば、集まった側近達の腕力で圧倒し、領域外で留まるのならば、円柱役のタッチで得点を稼ぐ。
領域内は異能力が一切使えない為、例えAランクが殴り込んで来ても、そこではタダの女の子。何かしらの武芸を身に付けた魔王側近達の前では、全くの無力である。
であるなら、領域外で遠距離攻撃を繰り返し、魔王の魔力切れを狙うしかない。そう判断した桜城騎士達は、こうして遠距離の波状攻撃を仕掛けているのだった。
だが、魔王の表情には変わらず微笑が浮かんでいる。
まだまだ、彼の魔力は尽きそうにない。
既に呉の選手は、桜城の攻撃が届かないと判断して、肉壁となっていた選手もタッチに戻ってしまった。
これで点数差は加速する。
第二陣の攻撃が終わる頃、漸く蔵人達盾役は桜城本陣へと合流する。
それに遅れて、相手の遠距離役が蔵人達を包囲する様に立ち、両腕を蔵人達に向ける。
蔵人は、直ぐさま桜城メンバーに背を向け、盾を展開する。
大人1人を余裕で覆い隠す大きさの盾、水晶のタワーシールドを15枚、横1列に蔵人達全員を隠す様に構える。
「盾密集陣形!」
相手遠距離役の攻撃より一瞬早く形成された盾の防壁は、相手の攻撃を尽くはじき返す。
だが、1人だけ、異様に高威力の弾丸を放っている娘がいる。
恐らく、彼女はBランクなのだろう。
その娘が相手するシールドだけは、徐々に亀裂が入り始めている。
このままでは後ろの桜城メンバーに被弾する恐れがある。
蔵人が、そこだけ魔銀盾に入れ替えようかと考えていると、すかさず近藤先輩がそこに入って、防御を引き継いでくれた。
さす近である。
蔵人は内心で盛大に、態度では程々にお礼を示すと、今度は部長達の近くに小さな鉄盾を無数に浮遊させる。
それを見た部長は、
「第二陣撃ち方止め!第三陣構え!…撃て!」
次の号令を出す。
「行くぜぇ!カタパルトアタック!」
「居てこましたるで!」
「海麗は渡さないわよ!」
第三陣は部長と鈴華、伏見さんだ。
彼女達は、蔵人の鉄盾を各々の方法で飛ばしている。
鈴華は磁力を反発させて。
伏見さんは念動力の腕で放り投げて。
部長は、リビテーションで飛ばしていた。
自身で弾を作り出さないから、彼女達の攻撃が1番エコだった。
それでも、魔王の顔色は全く変わらない。
既に前半5分が経過しているが、まだまだ余裕そうだ。
この作戦は、失敗だったのだろうか?
希少な異能力である異能力無効化は、効果時間などの詳細情報が得られなかった。
得られたのは、どんな異能力も打ち消す効果と、効果範囲が4mであることくらい。
もしも、彼の異能力継続時間が10分よりも長いのなら、不味い状況だ。
現在の領域支配率は、桜城35%、呉65%と、ジワジワと差が出始めている。
このままでは前半終了時にもコールド負けが見えてきてしまう。
何か手を打たねば。
そう思ったのは、蔵人だけでは無かった。
「くっ!このままじゃ負けちまうぞ!何か、何か手はないのかよ!?」
じれったそうにそう言う鈴華。
彼女は悔しそうに手を握りしめて、その手をそのまま、前へと突き出す。
「まだ、完成って訳じゃなかったんだけどな。やってやるぜ、あたしの必殺技!」
勇ましい言葉を投げつける鈴華。
その言葉と一緒に、突き出した右腕を左手で抑え、敵円柱でふんぞり返っている魔王に狙いを付ける。
「喰らいやがれっ!マグナ・バレット!」
叫ぶ鈴華。
それと同時に、彼女の腕に装着されていた鎧の手甲が、勢い良く吹っ飛ぶ。
元々鋼鉄で特注されていた鈴華のガントレットは、彼女のマグネキネシスによって白銀の弾丸となり、その手から物凄い勢いで飛んでいく。
さながら、小型レールガンだ。
その弾丸は、直ぐにディナキネシスに触れ、推進力を消失した。
ただし、消えたのは、そのマグネキネシスの力だけ。
慣性で飛び続ける手甲だけは、前に、前にと飛んでいき、魔王に迫っていた。
魔王の顔が、恐怖で歪む。
敵の心臓部を、今、鈴華の弾丸が撃ち抜い、
「ま、魔王様!」
直前。
魔王の前に、側近の1人が飛び出す。
迫りくる凶器にも臆さずに、彼女は身を挺して魔王を庇い、魔王を貫かんとしていた弾丸をその背に受けた。
側近の背中を殴りつけた鈴華の弾丸は、役目を終えると静かに、相手円柱の元にコロリと転がった。
その腕の上に、側近が倒れ込む。
側近の薄いプロテクターは、鈴華のガントレットの形に凹んでいた。
片腕5㎏近くあるダンベルが高速で飛んで行ったようなものだ。
蔵人達の様な鎧を着ていればいざ知らず、薄いプロテクターを着ていた彼女達では、相当なダメージになった様だ。
すぐさま、会場の車両搬入口から担架を担いだ女性が数人、フィールドに駆け込んできた。
通常ならテレポーターが一瞬で搬送してくれるところ、魔王領域が展開されているとそれが出来ない為、前時代的な搬出方法を取らざるをえない状況となってしまった。
『き、決まったぁ!呉7番ベイルアウト!倒したのは、桜坂8番、久我選手だぁ!』
「「「おぉおお!!」」」
「凄い!やりやがった!」
「魔王領域を超えちゃった!」
倒れた選手を、何とか担ぎ出したスタッフ達が去ると、会場中が沸いた。
それを見ながら、蔵人も心が躍る。
魔王領域は、異能力は全て無効化される。だが、異能力以外は何も変わらないという事か。
物質の重量とか、物理法則とか、そういったものは、一切干渉できない。
ならば、あれが使えるな。
蔵人は仲間たちが奮闘する後方を顧みて、目を光らせる。
すると、こちらを伺う魔王の顔が見えた。
「ほぅ。あの女、やるな」
魔王の声が、蔵人のパラボラ耳に届く。
仲間がやられたことには一切関心を示さず、今度は鈴華を値踏みするように、舐めるように見ていた。
何処までも強欲なその態度に、蔵人の中にも黒いモヤが浮き上がる。
そんなことと露知らず、鈴華は全国大会初めての白星に舞い上がっていた。
「うっし!魔王は倒せなかったけど、側近1人倒したぜ!こいつは行ける!勝てるっ!」
ぴょんぴょんと跳ねる鈴華は、銀色の髪をなびかせて、蠱惑的な情景を作り出していた。
言動はとっても勇ましいから、ギャップが凄いのだが。
彼女は一通り喜ぶと、再び腕を伸ばし、魔王に照準を絞る。
「さぁてと、今度こそ親玉に当ててやるよ!喰らいなっ、必殺!」
彼女が右腕を構えると同じころ、魔王も腕を伸ばす。
その顔には、薄ら笑いが戻っており、目には怪しい光が灯っていた。
何だ?何をしようとしている?
魔王のディナキネシスはただ異能力を消すだけの筈。それ以外に攻撃手段はなく、勝利方法は取り巻きの物理攻撃のみであると、昨日のミーティングでも聞かされていたのだが…。
蔵人が昨日の作戦会議内容を思い出している丁度その時、
魔王の呟きが、聞こえた。
「ゼロ」
その瞬間、蔵人は、頭の天辺が冷たくなったような感覚に襲われる。
それと同時、体がズシンと重くなった。
まるで、パイロット訓練機でGを掛けたように、体が地面に沈んだかと思った。
体中に貼り巡らせていた盾のサポートが消えたのだ。
蔵人は、重い鎧を軽減するべく、小さな盾でその重量を相殺していた。それが、無くなった為に起こった現象。
同じく、目の前の水晶盾も、浮遊させていた鉄盾も、全て消えていた。
明らかに、異能力が消されている。
魔王領域が、拡張されていた。
不味い。4mが限界ではなかったのか!?
「部長!」
蔵人の叫びに、部長はただ一つ頷き、声を上げる。
「撤退!全員撤退!」
その声に、直ぐに従えた者は領域の外へと走り出した。
だが、それに間に合わない者達もいた。
「マグナ・バレっとぉ?あれ?おっかしいなぁ…。あたしの腕が飛ばないんだけど?」
鈴華も、その1人だった。
不思議そうに、自分の腕を見ている。
彼女自身に、危険が迫っていることなど知りもしないで。
「アホ!さっさと逃げぇ!」
蔵人と共に撤退していた伏見さんが、鈴華の様子に気付いて叫んだ。
だが、既にその時には、鈴華の元に屈強な女戦士が2人、迫っていた。
魔王の領域拡大と同時に、彼の周りに居た側近達が、桜城選手を狩り取ろうと殺到していたのだ。
その様子に、鈴華は目を見開き、急いで逃げようとした。
だが、
「うわっ、重っ!なんだよ、急に、装備が重くなったぞ?」
今まで磁力を操って鎧を軽くしていた彼女も、自身に掛かる鎧の重圧に驚いていた。
そんな彼女に、側近達の魔の手が迫る。
体格の良い選手が、鈴華目掛けて右腕を大きく広げて構えた。
「先ずは一匹め!」
ラリアット。
それが鈴華の首へと、吸い込まれるように叩きつけられ、
「チェストぉお!」
叩きつけられる直前、その腕が跳ねあがった。
海麗先輩だ。
いつの間にか、鈴華と相手選手の間に入り込んだ海麗先輩が、渾身の一撃を相手の腕に叩き込み、跳ね上げた。
更に、先輩は拳を繰り出し、跳ね上げた際に作られた相手の隙に、その拳を叩き込む。
フック。相手の横腹に直撃。
「ぐぉあ!」
側近は、空気を吐き出したような短い悲鳴を上げながら、地面に崩れ落ちる。
口から泡を吹いている相手様子は、本来なら即ベイルアウト案件だ。
不意打ちによる一撃は、相手を悶絶させていた。
「この、アマ!」
もう片方の側近が、憤怒の形相で海麗先輩に殴りかかる。
だが、
「せりゃぁあああ!!」
目にも留まらぬ回し蹴りが、相手のヘッドギア横に突き刺さり、相手は物凄い勢いで地面に叩きつけられた。
白目を剥いて、完全に伸びている。
強い。強すぎる。
決して、海麗先輩だけ異能力が使えている訳ではない。
そもそも、もし彼女が異能力を使っていたら、薄いプロテクターだけの防御なんて紙きれと同じ。頭と胴体が泣き別れしていただろう。
そうなっていないという事は、海麗先輩も異能力が使えていない。
使えていないのに、プロテクター越しでも相手を沈めるだけの攻撃力を誇る。
これが、全国中学空手道大会を2連覇した王者の実力。
これがあるから、浅間礼二は海麗先輩を欲した。
異能力がない状態でも、使える人材ばかりを集めた魔王軍団からしたら、海麗先輩は宝石の様に見えただろう。
「くっははは。流石は美原海麗じゃ」
是が非でも奪い取る。
魔王は今でも、海麗先輩を見ながら、舌なめずりをしていた。
魔王の異能力。
それは、全ての異能を消すディナキネシスでした。
「それで、魔王は女を怖がらず、逆に支配しているという事か」
彼の周囲4mの中だけは、異能力が蔓延る前の世界ですからね。
「異能力に頼り切っていたこの世界の者達からしたら、悪魔の様な存在だな」
故に、魔王と呼ばれると。
イノセスメモ:
ディナキネシス…全ての異能力を消す領域を展開する。如何にSランクと言えど、この領域内では干渉不可能である。魔力ランクによって、領域の範囲は変わってくる。
Cランクでは数十cm。Bランクでは数m。Aランクでは数十m。
但し、とても稀有な異能力であり、異能力種は最上位とされている。