130話~誰じゃろうと関係ない~
「お前ら、関東の桜城じゃろ?」
プチ祝勝会を楽しみにしていた蔵人達に、そう話しかけて来たのは、1人のイケメン兄ちゃんだ。
オープンカフェの柵にもたれかかって、丸いサングラスを少しズラしてこちらを見ている。
歳で言うと、蔵人達とあまり変わらない様に見える。
少年がニヤニヤと笑いながら、こちらを見下ろしていると、彼の後ろから女性が2人、彼の脇に並んだ。
背がすらっと高く、少年と同じくらいの顔面偏差値をお持ちの美女達だ。
よく見ると、彼の後ろには、幾人もの女性が椅子に座っていて、こちらを値踏みするような視線を送ってきていた。
全員美女…かと思ったが、よく見ると色々な娘が居る。
小麦色の肌をした、健康そうな女の子。
ちょっと危なげな視線を寄こす、暗めな娘。
組んだ足がスラリと長く、背の高そうな娘。
屈強な体躯をした、アスリートタイプの娘。
どの娘も、一筋縄ではいかなそうな娘ばかりだ。
そんな怖そうな一団に、海麗先輩が一歩前に出て、彼らを睨みつける。
「そうだけど、君達は?」
蔵人達を、その少年の視線から隠す様に立ちはだかる海麗先輩。
流石はAランクにして空手全国大会の覇者。貫禄がある。
だが、そんな海麗先輩を前にしても、少年は余裕そうな表情を崩さない。
整った顔で涼し気な眼差しをこちらに降ろし、高い鼻に乗せたサングラスをクイッと持ち上げる。
「なんじゃ。知らんの?この俺様を。はぁ~…、東京モンはこれじゃけぇ、いけ好かんのぉ」
少年は、小ばかにした様にため息をついてから、大げさに首を振る。
それを、周囲の娘達が声を出して笑う。
明らかに、挑発されている。
それを、海麗先輩は真面目に受け取ってしまったようで、彼女の肩が若干跳ね上がった。
うん。イラッときているね。
「なんや自分、喧嘩売っとんのかっ!」
おっと、先に伏見さんの沸点に到達してしまった。
蔵人は急いで彼女の肩を掴み、どうどう、と宥める。
「どうどう」
「カシラ…せやけど…」
何か言いたそうだったけど、とりあえず収まった伏見さん。
それを見てか、海麗先輩の肩も若干落ちていた。
まだ幾分鋭い視線を、少年に向ける。
「ごめんね。私達急いでるから、バイバイ。ほら、みんな、もう行こう」
海麗先輩がキビキビと歩き出そうとすると、またも少年の大きな声がそれを留める。
「おうおう!ちょい待ぃや。ほんませっかちじゃの、東京モンは。俺様は用があったから、お前らに声かけてやったんじゃ」
「よう?」
振返って、少年を訝しむ海麗先輩。
その彼女に対し、少年は再び余裕の笑みを浮かべて、海麗先輩を真っ直ぐに見る。
「ワレが桜城の美原、じゃろ?」
「…だったら何なの?」
不愉快そうに振り向いた海麗先輩に、少年は笑みを深くしてニヤリと笑う。
そのまま手を伸ばし、銀の指輪を嵌めたその指先を、彼女についっと向ける。
「お前を、俺様の女にしちゃる」
「………はぁ?」
海麗先輩の素っ頓狂な返答は、多分、桜城メンバーみんなと同意見だった。
いきなりの告白…でもない。
周りに十数人の女の子を侍らせたまま、なんなら近くの娘の肩に手を乗せた状態で、他の女性を口説いているのだから。
いや、口説いてすらいない。僕と付き合いませんか?じゃなくて、俺の物になれと言っているのだ。
まるで、海麗先輩を物の様に扱う態度。
尊大な態度。
傲慢な考え。
その彼に対し、
「てめぇ、何言ってんだ!」
先にキレたのは、サーミン先輩だった。
海麗先輩の前に立ち、少年に怒りをぶつける。
だが、それを受けた少年は、冷たい目をサーミン先輩に向ける。
「あぁ?なんじゃ、お前」
「俺は桜城ファランクス部の神谷勇だ。人呼んで、桜城のハーレム王とは俺の事だよ!」
相手を睨みながら、ドヤ顔をするサーミン先輩。
人呼んでと言っているが、そんな二つ名聞いたことないんだけど?
蔵人は首を傾げる。
魔王は冷たい嘲笑を向ける。
「そうかい。ハーレム王さんよ。無能な男はホテル帰って東京の女に慰めて貰えや」
「なっ、んだとてめぇ…」
「おう、美原。はよぉこっち来い」
顔を真っ赤にしたサーミン先輩を無視して、少年は海麗先輩を手招きする。
それを見たサーミン先輩は、相手を睨みつけながら男の方へ行こうとするもんだから、蔵人は慌てて彼を止める。
普段の彼ならそんな事しないのだが、今のサーミン先輩は完全にキレている。
あちらに行けば、高確率で暴力沙汰にしそうである。
「おい!蔵人!離せ!」
「先輩、ダメですよ?場外乱闘は出場停止です」
よく知らないが、試合以外で手を挙げたら、全国大会どころでは無くなるだろう。
ましてや、相手が大会参加校だったら尚更だ。
蔵人は、相手の素性を何となく察していた。
所々広島弁が混じる口調。風貌は茶髪をワックスでツンツンに固め、首からアクセサリーがジャラジャラ垂れ下がっている。
随分とイキっている兄ちゃんを装っているのだが、モデル並みに整った顔は何処か幼く、中学生が背伸びしている感満載である。
それらを総合的に組み合わせていくと、彼らは恐らく、広島辺りのビッグゲーム出場校の関係者であると推測される。
蔵人がサーミン先輩の代わりに前へ出ると、少し鬱陶しそうな顔で見てくるイケメン兄ちゃん。
「今度はなんじゃ?」
「桜城学園中等部1年の巻島蔵人と申します。よろしくお願い致します」
そう言って一礼する蔵人を、ただ胡散臭気に見下ろすだけの少年。
視線だけが、蔵人を鬱陶しそうに見下ろし続ける。
先を話せって事だろうね。
蔵人は顔を上げ、彼の目を見る。
「美原先輩をスカウトされに来たご様子ですが、一方的に話を進めても、お互いの利益にはなりません。どうぞ、ここは一旦時間を置いて頂き、改めて正式にお申し出を賜りたく…」
「スカウトやない。俺様個人のコレクションに入れに来たんじゃ」
コレクションと来たか。
蔵人は内心、ため息をつく。
蔵人がそうしている隙に、サーミン先輩が息を吹き返す。
「さっきから女性を物みたいに扱いやがって!てめぇは何様のつもりだ!」
「お前ら、本当に知らんのか?俺様はな…」
叫ぶサーミン先輩に、少年は柵から手を離し、両手を広げる。
「広島呉中、浅野礼二。広島の魔王とは俺様のことじゃ」
「なっ!」
「魔王やと…」
サーミン先輩と伏見さんが息を飲む。
広島呉の魔王。
要注意人物として、部長や若葉さんが幾度も上げていた名前。そして、次の対戦相手だ。
「ほぉ。ようやっと気付いたけぇ。ならええわ。この話は試合で決めよか。次の試合、こっちが勝ったら美原、貴様をもろちゃる」
「さっきから黙って聞いてたけど、そんな話、誰が乗ると思うの?」
魔王の暴言に、美原先輩が低い声で答える。
怒っている、というよりも、呆れているみたいだ。
それもそうだろう。
魔王の話は、賭けになっていない。
それでも、魔王は余裕そうな表情を崩さない。
「乗る、乗らんやない。試合が終わりゃぁ、自然とそうなるんじゃ。負けた学校に、居座る必要はないじゃろ?」
つまり、強い方に靡くのが当たり前だと言いたいのだろう。
それだけ、自信があるという事。
それを、男である彼が自信満々に言うのだ。
なんと、面白い事だろうか。
そう、蔵人が嗤っている横で、伏見さんも鼻で笑った。
「随分な自信家みたいやけどな、ウチらは初戦をパーフェクトで勝っとるんやで?灘の相手さん7人も蹴散らしたカシラが居ると知っても、同じこと言えんのか?」
「関係ない」
魔王は、微笑を携えながら、ハッキリと言った。
「俺様達、呉中の前では誰じゃろうと関係ない。桜城も、晴明も、獅子王じゃろうとな」
淡々とそう言い切る魔王の様子は、ハッタリとは思えなかった。
本当に勝つ自信がある者の目をしている。
ビッグゲーム王者である獅子王の名前を引き合いに出す程に、自信があるという事。
それだけ、彼は強いのだ。
開会式で、男子で唯一フィールドに立っていた選手。
蔵人やサーミン先輩とは違い、ヘルメットを被らずに、素顔で出場する程に。
そんな魔王ご一行は、オープンカフェを出て蔵人達の横を通り抜ける。
「お前らに選択権は無い。ただ俺様達に潰されて終いじゃけぇ。精々今晩は、盛大な送別会しとったらええわ」
そう言い残し、一行は夕日の向こうへと去って行った。
残された蔵人達は、彼らの背中を見送りながら、突然の出来事に一時惚けていた。
「な、なんちゅう奴らや。許して置けん!そうですよね!カシラ、美原先輩」
伏見さんの言葉に、蔵人は頷きながら、また随分とキャラの濃い奴が出てきたなと溜め息を着いていた。
しかし、他の先輩方は、
「また私達を軽く見て!関東だってファランクスが強い所、見せてやるんだからっ!」
「あの野郎ぉ!女の子を何だと思っていやがる!」
怒り心頭と言った出で立ちで、特にサーミン先輩は、今まで見たことない程怒っていた。
「美原先輩!次の試合、絶対俺を出して下さい!アイツの顔面ぶん殴らないと、俺は、俺は自分を許せない!」
真剣なサーミン先輩の顔。
オーダーを組むのは部長だと分かっていても、今この場で意志を表したいその気持ちが、痛いほど伝わってくる。
サーミン先輩と魔王。2人とも女性を周りに侍らせてはいるが、サーミン先輩には、魔王を許せない何か、琴線に触れる何かがある様だ。
そんなサーミン先輩に、海麗先輩はただ頷くしか出来なかった。
魔王、浅間礼二との邂逅は最悪の形となり、キャンプ地に着いたサーミン先輩らが他のメンバーにその言動を包み隠さず暴露すると、殆どの先輩が怒りを露わにした。
中には、「ちょっと羨ましいなぁ」と考えていそうな先輩も居たが、口には出さなかった。
出していたら、部長から何を言われるか分からんからね。
そうして、みんなの意志が、「打倒、呉!打倒、魔王!」に統一されたのはとても喜ばしい事なのだが、如何せん熱くなり過ぎやしないかと、蔵人は訓練の様子を横目で見ていた。
でもまぁ、一晩経てば先輩方の怒りもある程度落ち着くだろう。
そう予想した蔵人だったが、一晩寝かせた怒りはカレーの如く、コクと辛さを増すことになった。
翌日。
8月21日、全国大会3日目。
現在の時刻は、午前10時50分。
本日第3試合の桜城、VS、呉の試合開始まで、あと10分を切った所であった。
桜城の選手団がフィールドに入った時には、既に呉の選手達が揃っており、フィールドで軽いアップをしている所だった。
最も、その中に魔王は居ない。
彼は呉側のベンチで優雅に座っている。
何故か彼の所だけ、王座と思ってしまう豪華な椅子が設置されていて、こちらをジッと見ていた。
恐らく、海麗先輩を見ているのだろう。
そこまで欲しいのなら、真摯な態度で、正式な手順を踏んで願い出れば良かっただろうに。
だが、そんなまともな態度を取らないことを、蔵人達は昨夜学んだ。
若葉さんが開いてくれた、対呉戦のミーティングでの事だ。
彼女曰く、彼は相当甘やかされて育てられており、その分だけワガママであり、強欲らしい。
ふんぞり返って座る魔王を見て、先輩達は口々に怒りを吐き出す。
「何様よ、アイツ」
「1人だけ椅子なんか持ってきちゃってさ。周りの女の子、まるで召使いみたいに顎で使っちゃって」
「まるでじゃないよ。昨日若葉ちゃんが言ってたじゃん。自分が欲しいと思った子は強引に奪って、好き放題してるんでしょ」
「信じられないわ!親が大企業の社長で、自分がBランクだからって、何してもいいと思ってるの!?」
「思ってるんでしょ?だって男の子だもん。財閥の子ってそういう子多いじゃん」
「あんなにふんぞり返る男の子は居ないよ。あれは魔王君だから出来る事」
「それもあって、魔王って呼ばれているんでしょ?もしも私らが負けたら、美原先輩まであの中に取り込まれちゃうって考えたら」
「絶対勝たなきゃ!やっぱり私も出たい!」
「そりゃ、私だって出たいよ。でも、今回は対魔王戦の布陣にしなきゃ」
「うぅう!ホント、なんて面倒な異能力なのかしら!魔王の能力って!」
「仕方ないよ。それが、魔王って呼ばれる1番の理由でしょ?」
未だに自分が出場したいと言う先輩も多い。
仕方ない事だ。
何故なら、そう言っている人の大半は、本来フル出場する筈だったスタメンの先輩なのだから。
彼女達は今までの試合でも多く活躍していたし、キルをもぎ取ったことがある人も外されていた。
その逆に、控えだった選手が、今回だけはスタメンに選ばれるなんてことも起きている。
これは全て、魔王への対策。
今回ばかりは、スタメンの選考基準が大きく異なっていた。
ちなみに、蔵人は"勿論"スタメンだ。それだけじゃない。蔵人の両脇には、
「うっしゃぁ!魔王だかアホウだか知んないけど、あたしが全部ぶっ飛ばしてやる!」
銀髪靡かせ、拳を振りかざす鈴華と、
「あんなドアホゥに、絶対、美原先輩は渡さへんからな!ウチらのこと舐めたツケ、払って貰うで!」
金髪震わせ、拳を撫でる伏見さんがいた。
なんと、今回は2人ともスタメンだ。
これも、対魔王選考基準の影響である。
3人揃っての公式戦は、今試合が初めてだ。
負けられない試合だが、少しワクワクする蔵人。
「なぁ、2人とも。こうして3人が揃い踏みするのも久しいな」
「そうかぁ?初めてじゃね?」
「初めてちゃうわ!練習試合であったやろ」
「そうだっけ?覚えてねぇなぁ。どこ中?」
「そりゃ自分…カシラ、どこでしたかいな?」
おやおや?忘れてしまったのかい?ほら、あそこだよ。
………俺も忘れた。
蔵人が腕を組んで悩んでいると、後ろから部長の号令が響いて来た。
「みんな集まりなさい!整列するわよ!」
部長の指示に、いそいそと部長の元に集う騎士達。
そこで対峙した相手校の選手達は、随分と”おかしな”恰好をしていた。
遠距離役らしき人達は、普通のプロテクターだ。
異様なのは、他の選手。
その人達全員が、殆ど防具を付けていないのだ。中には、ヘッドギアだけして、柔道着をそのまま着ている娘もいる。
部長の目の前に立つ魔王に至っては、薄いプロテクターを着て、頭には何も被っていない。
昨日と同じ、小さな丸型のサングラスを鼻にかけ、余裕そうな表情を浮かべていた。
そんな装備で大丈夫なの?
…大丈夫らしい。
呉の面々は、挨拶も程々に、直ぐに自軍領域へと戻っていった。
桜城も自軍領に戻り、円陣を組んで、各位配置に着く。
時刻は10時59分。
既に、試合開始1分前の放送が鳴っていた。
もう、何時でも戦闘開始出来る状況だ。
だが、観客からは戸惑いの声が漏れ出した。
彼女達の視線の先。そこは、呉の陣営。
「えっ?何これ?」
「これが呉の陣形なの?」
彼女達が戸惑うのも無理からぬこと。
呉中の初期配置が、余りにも”異常”なのだ。
前衛:0人
中衛:4人
円柱:9人
とても有り得ない配置だ。
前衛0人なんて、最初から試合を捨てているとしか思えない陣形。
更に、後衛4人は両サイドの壁際まで引いており、円柱を守る素振りすら無い。
まだ今大会が、治安の良い特区の中で行われているからいい物の、特区外だったら金返せの大合唱だったかも知れない。
それほど、呉の配置は最悪だった。
何も知らない人が見たら、の話ではあるが。
蔵人達が、その配置に固唾を呑んだ時、
『ファァアアアアン!!』
開始の合図が、フィールドを駆け抜けた。
全国大会2回戦、呉戦の幕が上がりました。
「今回はスタメンも大きく入れ替わったみたいだな。魔王とは、それだけ強いのか」
若しくは、彼の周りに居る子達が強いのか。
「男で攻撃的な異能力は稀らしいが、果たして、魔王の異能力はどうなのか」
全ては、明日。