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129話~ホンマに、そうなんやろか?~

8月20日。午後4時05分。

帝国ホテル大阪3階、大会議室。

そこには、大勢の女子生徒が固唾を呑んで見守る中、初老の女性の前に、1人の少年が震えながら立ち、彼が見た悪夢を語り続けていた。


「フィールドに立っていたのは、白い鎧の桜坂選手だけでした。パーフェクトゲーム。灘は、灘の選手は、みんな、みんなやられました。96番に、傷だらけのあの化け物に!みんなやられてしまったんです!」

「分かった。西片、もういい」

「あれが、僕と同じ1年の、男子の筈がありません。僕は見たんです!紫眼(しがん)の化け物を。無数に放たれた火炎弾も、風の刃も全く効かない、凄いスピードで駆け回る、歴戦の騎士。なんで先に帰ったんです、国上先輩。紫電なんか後で良かった!あれは、あれこそ、獅子王に立ち塞がる強敵。いや、天敵」

「西片ぁあ!!」


進藤は叫んだ。

西片の発言が、選手を動揺させるからでは無い。

西片が、壊れると思ったから。


西片は泣いていた。

目から大粒の涙を止めどなく流しながら語っていた。

でも、その涙が伝う口元は、三日月の様に頬が吊り上がっていた。

涙で埋まっているその瞳も、怪しくギラつき続けていた。

あまりにも異常な、彼の相貌。


「西片!もういい!報告は、もういいんだ。部屋に帰って今日は休め。明日の準備もいい。兎に角、美味いものでも食え。食って寝て、今日見たものは全部忘れろ。いいな?」


そう言って、進藤は1万円札を西片のポケットにねじ込み、国上に視線を送る。

すると、青い顔で西片を見ていた国上が、ぎこちなく頷いて西片を引きずっていく。

2人が出ていった後の会議室は、暫し重い沈黙が支配していた。


進藤は顔を伏せて、眉間を揉みながら、西片の報告を頭の中で描写する。

聞いているだけでは、とても信じられない話ばかりであった。

自分の理解の範疇を、とうに超えた情報があまりにも多すぎたのだ。

その主な案件は、96番、黒騎士と言う二つ名を持つ選手。


「監督…」


沈黙を破る、小さな声。

進藤が伏せていた目を上げると、弱々しく上がった手が1つ。

獅子王の選手だった。


「あの、監督。今の話、ホンマなんでしょうか?」


信じ難いのは、進藤だけでは無かった。選手達も、あまりにも常識からかけ離れた結果報告に、焦りや恐怖よりも、疑問が頭をもげていた。

それは進藤も同じ。

なので、正直に首を振った。


「本当、かどうかは、正直儂も分からん」


進藤は腕を組んだまま、苦々し気に答えた。


「灘は近畿ブロック8位で、ギリギリ全国出場を果たした。だが、決して弱くない。全国出場は今年で5年連続だ。過去にはベスト8位に残ったこともある。ファランクスにおいても、名門と言って良いだろう。そんな名門校と戦って、パーフェクトゲームなど出来るとはとても思えん」


パーフェクトゲーム。

全ての相手選手をフィールドから一掃して、初めて成り立つ勝利方法だ。

その勝ち方に、それまでの領域支配率は関係ない。成り立った瞬間、選手がフィールドに残っているチームが勝利者になる。


それ故に、とても難しい勝利方法と言えるだろう。

何せ、ベイルアウトから2分経てば、新たな選手を投入出来るからだ。

全員ベイルアウトさせるには、最初にベイルアウトさせた選手から2分間の間に、他の全ての選手を退場させなければならない。

若しくは、相手校の登録選手全てを退場させるかのどちらかである。


だが、後者はもっと難易度が上がる。

弱小校で、交代要員が少なければ出来なくもないが、灘の様な名門校は、交代要員もフルMAXで登録している。

倒す前に試合時間が終わってしまうし、そもそもベイルアウトなんてそうそう簡単に出来る物ではない。

余程の実力差が選手同士の間に無いと出来るものではないし、全国大会に出場するレベルの選手が相手では、パーフェクトなんてそうそう出来る物ではない。

彩雲中学の様な、狂った作戦でも取らない限りは。

それに、


「西片の言っていた96番こそ、眉唾物だろう」


Cランクで、1年生で、更に男子。

どれをとっても信じられない要素が、3つも重なっているのだ。

仮にBランクの3年の女子だとしても、そんな活躍が出来る選手が居るなら、何かしら進藤の耳に入って来てもいい筈である。


現に、Cランクチャンピオンの紫電の事は、彼が1年生の時から知っていた。

3年生になって、突如ファランクスに興味を持ち始めた事も耳に入っていた。

だから、無名と言われる如月の偵察に、一番の信頼を置いている国上を送ったのだ。


そんな紫電の戦績が霞んでしまう程の活躍をした黒騎士を、自分が知らないのはおかしい。

それに、西片の報告を信じるなら、黒騎士の異能力はシールド系である可能性が高い。

シールド系であれば、Cランクの攻撃を防ぐことは出来るだろう。

だが、高速での移動なんて出来はしない。例え風のシールドを使っていたとしても、動かすだけでも相当な練度を要求されるからだ。

走りながら盾を移動させ、更に相手を跳ね飛ばす威力を出すなんて、学生が出来る芸当とは到底思えないのだ。

現実的に考えるなら…。


「西片が見間違えただけだと考える方が現実的だ。桜坂のエース、Aランクの美原が相手を圧倒しているのを、たまたま近くにいたCランクの男子がやった事だと勘違いしたとな」


桜坂の美原海麗であれば、多少は知っている。

シングル部の部員であり、同時に、空手の全国大会優勝者だ。

Aランクのフィジカルブーストから繰り出される空手の技は、獅子王にとっても脅威と成り得る。

その彼女であれば、灘のBCランクを相手にしても無双できるだろう。


それでも、普通はAランクとCランクを見間違えるなどしない。

だが、報告者は西片だ。

彼がおっちょこちょいというのもあるが、初めての敵情視察で極度の緊張状態となっており、まだ見慣れていないファランクスの試合の報告をしたのだ。間違える可能性はある。


そう、自分に言い聞かせる進藤だったが、納得はしていない。

それは、周りの選手達も同じであった。


「ホンマに、そうなんやろか?」


進藤の仮説に異を唱えたのは、難しそうに腕を組む北小路だった。


「西片君の話じゃ、先に動いたんが黒騎士ってことやし、円柱役を倒した時は完全にソロプレイしとったみたいですよ?」

「ああ。確かにな。だが、西片も相当混乱しとった。見間違えて、勘違いするのも有り得る話だ」


話している最中に、どんどんと凶変する彼は、その試合の事を思い出している様だった。

つまり、試合を見ている時の彼に戻りつつあったのでは無いだろうか?

試合中、あまりに一方的な試合内容で、気が動転していたとも考えられる。


「せやけど…せやったら、観る者をそないにする桜坂は、少なくとも何やあるんとちゃいますか?」


北小路の疑問に、進藤は頷く。


「ああ。お前の言う通りだ。少なくとも、桜坂は灘を破った。それもパーフェクトゲームでな。桜坂には、今までの東には無かった何かがあるんだろう。西片の話をそのまま鵜呑みにするのは危険だが、桜坂も如月も、東だからと甘く見ていると痛い目を見る」


進藤はそう言って、選手達を見渡す。

まだ若干、ショックを引きずっている様子の子が何人かいるが、全員しっかりとこちらを見返してくれている。

進藤は自分を落ち着かせるために、皆に大きく頷いて見せる。


「大事なのは、どんな時も平常心で対応し、相手を見極めることだ。いたずらに相手を恐れず、先ずは目の前の敵をしっかりと見るようにするのだ」


進藤の言葉に、選手達の顔が少し強張り、目にいつもの光が戻って来たように見える。

進藤は、満足そうに一つ頷く。


「よし。では予定通り、次の試合の作戦会議を始める。先ずはこれを見ろ」


そう言って、ミーティングを再開した進藤の頭の中には、確かに、桜坂の名前が刻まれていた。

桜坂の試合は、これからも注視せねばならん。

特に、エースの美原海麗については。

そう、考えていた。


〈◆〉


同刻。

進藤たち獅子王の面々が、最高級ホテルで気を揉み、胃を痛めていたその時。

蔵人達は、夕飯と翌日の朝食の買い出しに赴いていた。

メンバーは蔵人、海麗先輩、伏見さん。そしていつの間にか付いて来ていた、サーミン先輩だ。


海麗先輩と伏見さんは荷物持ちとして同行している。力持ちな海麗先輩とサイコキネシスの手が使える伏見さんがいれば、百人力である。

蔵人も盾で荷物運送出来るが、それよりも遥かに重要な役割を担わされているのだった。

それは、買う品を間違えない事である。


初日、荷物持ちだけで買い物に行かせたら、かなり酷い結果になってしまったのだ。

じゃがいもを買うはずが、里芋を買ってきたり、

牛乳ではなくて、飲むヨーグルトを買ってきたり。

挙句には、ブロッコリーと間違えてパセリを買ってきちゃったりもした。

あの日のシチューは、急遽里芋の煮物に変更となり、飲むヨーグルトとお菓子で決起会というカオスな状態になってしまった。


そんなことがあったので、買い出しの際は調理係も同行するという取決めになったのだ。

それで、このメンバーで買い出しに出たのだが、気が付いたらサーミン先輩も付いて来ていた。

多分、訓練をサボる為に来たのだろう。

罰として、彼にはお米10kgを持って貰ってる。これも訓練である。


「カシラ、今日の夕飯は、何の予定なんです?」


伏見さんが、ビニール袋の1つを覗き込みながら聞いてきた。


「今日のメインはビーフシチューの予定だよ。副菜でカニクリームコロッケも出すからね」


まぁ、コロッケは総菜コーナーで買った物だけどね。

でも、ビーフはかなり良い肉を買ったので、期待して欲しい。


灘に快勝した部長は、それはそれは気前良く軍資金を提供してくれた。

桜城がビッグゲームの1回戦を突破したのは、本当に久しぶりの様だからね。小さな祝勝会の様な気分なのだろう。


蔵人の答えに、伏見さんは満面の笑みで頷く。余程楽しみらしい。

実際、ファランクス部の先輩達は、蔵人達の料理が今1番の楽しだと言ってくれた。

灘戦の直後なんて、夕飯の話題ばかり上がっていた。

そんなに期待されていると思うと、蔵人も、他の調理班員も満更ではなかった。


それは、海麗先輩も一緒だったみたいで、


「シチューかぁ。もうお腹減ってきちゃったよ」


そう言って、お腹をさすりながら夕飯を思い浮かべているみたいだった。


「蔵人君達が作ってくれる料理、ホント楽しみなんだよね。とっても美味しいし、あれがあるから試合でも頑張れるんだ」


海麗先輩の嬉しい感想に、そうでしょそうでしょと頷くサーミン先輩。


「なんたって、俺と蔵人が作ってますからね。男の手料理なんて、中々食えないっしょ?」


折角海麗先輩が褒めてくれたのに、サーミン先輩の言葉でぶち壊しだ。

そんな上から目線で、はいそうです、なんて言葉言う訳がない。

そう思った蔵人だったが、


「まぁ、神谷君が言う事もあるね」


そうなのか!?

蔵人は少し目を開き、海麗先輩を見つめた。

すると、彼女は弁解するように、言葉を続ける。


「だって、特区じゃ男性は少ないからさ。Cランク以上の男性が料理作ってくれるとしたら、高級店か、余程愛されている女性しか食べられないよ」

「そう考えると、毎日同級生の手料理食べられるウチらって恵まれとるなって思いますよ」


伏見さんも、まんざらでもない顔で頷く。

なるほど。特区では男性の手料理も供給不足なのか。

特区の外では、男性が家事をするのが当たり前となっていた。

だがそれは、男性の数が多かったことと、男性の職種が底辺しかなく、専業主夫にならないと暮らせなかったからだ。

特区では、男性は(恐らく)複数の女性と関係を持っており、専業主夫として働いている人も少ないのではないだろうか。

それ故に、料理を作る男性というのは料理人くらいになってしまい、貴重な男性を料理人として迎えられる程のお店となれば、必然的に高級店となってしまうと。

セキュリティがしっかりしてないと、男性は働かないだろうからね。


特区という括りで、随分と歪な形になっているなと、蔵人は改めて思い直す。

と、そんな時、


「おぅ、お前ら」


そんな声が聞こえてきて、蔵人は少し驚いた。

何故驚いたか?

それは、その声が女性の物としては低すぎたからだ。

明らかに、男性の声。

何処から?


蔵人達が声の方を振り返ると、そこには片手を上げたまま、こちらを見下ろしている男子が視界に入った。

こげ茶色の髪をツンツンと尖らせ、高い鼻に丸いサングラスを乗せたイケメンの少年だ。


「お前ら、関東の桜城じゃろ?」


そう言って笑いかけてくるイケメン兄ちゃんであったが、その笑顔には、温かみを感じられなかった。

「獅子王が気を揉んでいる時に、あ奴らは呑気なものだな」


温度差が凄いですね。

でも、主人公たちの方にも、誰か来ましたよ。


「サングラスという事は、謎の組織の人間か?」


いやいや。サングラスをしているだけで、怪しい組織の関係者と思うのは早とちり過ぎですよ。


「そうだな。グラサン掛けている奴がほとんど殺し屋だと言うくらい、酷い偏見だったな」


その発言が危ない!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 認識が甘いですね、獅子王の監督は。実際に見ていないとそういう認識になってしまうのはしょうが無いとは思いますが、寝首を搔かれても文句は言えませんよね?まぁ、こちらとしてはそれが見たいのですが…
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