127話~分かってて言っているのか貴様!!~
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
前回の抽選会から、少し時間が経ったお話ですが、読み飛ばしではないのでご安心ください。
また、今回は他者視点のお話となります。
さて、どなたから見た情景なのでしょうか…?
8月20日。ビッグゲーム2日目。
午後3時18分。
帝国ホテル大阪3階、大会議室。
そこには、顔を強張らせた十数名の女子中学生と、顔中の皺を歪ませて、不服そうな表情を作る初老の女性が長机に座り、対峙していた。
初老の女性、獅子吼天王寺監督、進藤はため息を付いた。
その途端、目の前で立たされていた男子中学生は、ビクッと直立不動となる。
「…ふぅ…。そうか、分かった。他に報告することは?」
「あっ、ありません…」
「ならば座れ。一番後ろで、選手ミーティングを聞いていろ」
「はっ、はい!」
男子生徒が急いで机の間を駆け抜ける間、進藤はもう一度、男子生徒が持ってきた一枚のメモ用紙に目を落とす。
そこには、本日午前中に行われた第一試合の結果と、簡単な試合状況のメモが載っていた。
中国・四国大会2位、香川県尽善学園、VS、関東大会3位、東京都天川興隆学園。
尽善領域:44%。天隆領域:56%。
2回戦進出:天隆。
関東大会では、他校生は一切入場出来なかった大会規制だったが、全国ではそれが一部緩和されていた。
とはいえ、選手や監督は変わらず入れないし、記録機器も一切許可されていない。
その為、マネージャーが見聞きした試合状況を、この様にメモ用紙で書き記すアナログな方法を取るしかない。
そのマネージャーが取ってきた結果をもう一度確認し、進藤は重い腰を上げる。
彼女の後ろに設置されたホワイトボードに、マグネットで張り付けていたトーナメント表の尽善の部分に小さなバツをつけ、天隆の上に伸びる線を赤く塗った。
その途端、「「「おおっ…」」」と後ろの選手達が声を上げたので、進藤は振り返って睨みつけた。
すると、選手達も浮いていた腰を下ろして、しかし、目だけは好奇心旺盛な熱量を保ったまま、進藤の言葉を待っていた。
進藤は、もう一度選手達の顔を見渡してから、一つ頷いた。
「確かに、お前達が驚くのも分かる。尽善は決して容易い相手ではない。うちの2軍と同等か、それ以上の実力だろう。だが、天隆が全く勝てないと言えば、そうでもない。あそこは関東の中で見ればファランクスに力を入れている。ここ数年、関東大会では常に1位だった事も考えると、それほど奇跡的な勝利でもない」
進藤の言葉に、ひょいッと手が上がる。
北小路だ。
進藤が無言で彼女を見ると、北小路は立ち上がって表を指さす。
「でも監督、天隆は今年3位ですよね。それだけ強いんなら、なんでそないな順位なんでしょう?」
「ふんっ。大方、2軍を入れすぎて足元を掬われたんだろう。関東には専属のトレーナーや監督が居ないからな、素人同然の教師では、そんな凡ミスもしてしまったんだろう」
自分の様に、ファランクスに詳しい指導者も居なければ、そのような事も珍しくない。
シングル戦の様に、個々の能力で試合結果が大きく変わる競技と違い、ファランクスは集団戦だ。戦略や選手交代のタイミング等で、戦況が大きく変わる。
単純な他異能力戦と違い、ファランクスは繊細なのだ。
それが分からない東の奴らが、ビッグゲームで勝てる筈もない。
進藤は北小路の指摘を鼻で笑うと、再度顔を上げて全員の目を見る。
「いいか!多少の変動はあるが、殆どは当初考えていた通り、昨年の上位校が順当に勝ち進めている。このままいけば、準決勝では彩雲が、決勝では晴明が相手だろう。詰まらん変化に気を取られるな!我々の目標は全国優勝ただ1つだ!その為には、昨年の強豪校の動きを繰り返しトレースし、お前らの脳みそに叩き込め!分かったか!?」
「「「はいっ!!」」」
全員の迷いが無くなった所で、次に進める。
これから、2回戦で戦う中部2位の情報と、その攻略法を議論するのだ。
そう思って、進藤が会議室に設置されたプロジェクターの電源を入れようとした。
だが、その直前に、会議室のドアがバンッ!と勢い良く開いた。
「監督!」
ドアから駆け込んできた男の子が、小走りで進藤の元に駆け寄りながら、神妙な顔で1枚の紙を突き出してきた。
本来なら、失礼極まりない行動と言動に、一言怒鳴って反省を促すのが普段の進藤であった。
だが、入ってきた男子は、マネージャーのまとめ役を務める程の優秀な子であった。
多少の事では慌てない、信頼出来る彼の変貌に、余程の事があったのだと即座に判断した進藤は、ただ頷いて紙を受け取った。
そのメモ用紙には、
「なっ、なんだと!」
信じられない事が書かれていた。
あまりの事に、メモを渡した少年にキツイ目を向けてしまう進藤。
「本当なのか?国上」
「本当です、進藤監督。茨木中が敗れました。如月中のコールド勝ちです」
進藤の険しい表情に、しかし、国上は真っ直ぐな視線を返し、そう答えた。
進藤は、再び視線をメモに戻す。
メモにはこう書かれていた。
近畿大会4位、大阪府私立茨木中学校、VS、関東大会2位、神奈川県立如月中学校。
茨木領域:28%。如月領域:72%。
試合時間15:00経過で、如月中のコールド勝利。
2回戦進出:如月。
国上と呼ばれたマネージャーが報告した途端、獅子王の選手達が口々に驚きを口にする。
「嘘やろ?コールド?」
「あの茨木が?近畿4位の?」
「如月って何処?広島?」
「関東らしいよ。関東2位」
「そんな中学、聞いたことないわ」
「何かの間違いでしょ?結果が逆だって言うなら、分かるんだけど」
「国上君が間違える訳ないやろ!」
「えぇい!静かにせんかっ!」
進藤の一喝で、静寂を取り戻す会議室。
だが、選手達の視線は、先程とは比べられない程熱く、そして鋭くなっている。
早く詳細を聞かせろと、言っていた。
まるで針…は言い過ぎだが、爪楊枝の先でつつかれる様な思いがして、進藤は1つ咳き込む。
「うぉっほん!国上、手短に報告を」
「はい。前半戦は両校せめぎ合い、戦況は膠着状態でした。動いたのは後半。相手の6番、紫電が前線を食い破り、そのままファーストタッチを決めます。そこからは終始、如月ペースで試合が進み、茨木前線は一部が崩壊。セカンドとサードを共に如月に取られ、後半5分でコールド判定となりました」
国上は、簡潔に試合の流れを説明した後、如何に紫電が獰猛で、Cランクとは思えない活躍をしたのかを淡々と説明した。
それを聞いていた進藤は、怒りや焦りと言った感情がスルスルと抜けていって、次第に疲労感に体を蝕まれた。
そんな彼女に、国上は纏める様に紫電を総評した。
「如月の紫電。ミドルラインにいた茨木のBランク前衛を、たった1人で喰い尽くしたあの攻撃力とスピードは、我々であっても危険な選手だと愚考します」
「そうか…」
国上の報告を聞き終えた進藤は、少し疲れた様子でそう言葉を漏らし、いつの間にか浮き上がっていた腰を降ろした。
「よく報告してくれた、国上。お前も疲れている所悪いが、茶を1杯、頼めるか?」
「はい。直ぐに」
そう言って、会議室から出ていく国上の背中を、目線だけで追った後、進藤は目を瞑る。
紫電という選手が今大会に参加する事は、進藤も知っていた。
しかし、所詮はシングルで有名になった選手。連携と戦略が何よりも大事なファランクスにおいて、それ程脅威とは思っていなかった。
しかも、たかがCランクの中学全日本1位。ちょっと動けるBランク程度だろうと。
だが実際は、彼単体でも一流のBランク選手に肩を並べる実力を有しており、更に、チームでの動きもある程度は出来るらしい。
如月と言う無名のチームも、紫電の動きに合わせて、獰猛に、狡猾に動いたと国上は報告した。
茨木中は堅実で崩し難いチームだ。それを食い破るチームが関東にもいた事に、進藤は動揺を隠し切れずにいた。
「監督、遅くなりました」
「おお、すまんな、国上」
進藤は国上から紙コップを受け取り、湯気が立ち上る緑茶を受け取り、そのまま一口啜った。
苦く、芳醇な緑茶の香りが鼻腔を抜けて、疲れも一緒に洗い流してくれる様だった。
流石は国上。お茶を入れさせたら獅子王イチだ。
是非、孫娘の婿に欲しいものである。
孫はまだ、5歳だけど。
進藤の心境も随分と落ち着いたその時、再びドアがバァンッと音を立てて跳ね飛んだ。
お陰で、心臓までも嫌な跳ね方をした。
貴重な寿命が3年は縮んだわ!
進藤は内心でそう愚痴り、鋭い視線を音のした方に向ける。
そこには、何時も気弱な1年生のマネージャーが、更に顔を青くしてドアにもたれかかっていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、あ、あわ、はぁっ!」
「何だ!西片!何言っとるか全く分からんぞ!試合はどうした?!」
要領を得ない1年坊主に、つい厳しく当たってしまう進藤。
普段の西片なら、飛び上がって何処かに逃げてしまうのが常なのだが、今回は、フラフラとした足取りで進藤の前までたどり着いて、震える手を突き出した。
「な、何だ?うん?メモか?読めと言うのか?」
西片の固く結ばれた手には、1枚のメモ用紙がくしゃくしゃに掴まれていた。
進藤はそれを何とか引っこ抜き、広げてみる。
手で握り潰された下の方の部分は、解読するのが面倒くさく思ってしまう程、握り潰されてしまっていたが、そうでは無い上の部分は、何とか読む事が出来た。
進藤は、西片がこれ程までに焦る様子に、今度はどんな悲報が書かれているのかと心が強ばるのを感じる。
だが、書かれている事は、何てない事だった。
第11試合の結果についてだ。
近畿大会8位、大阪府私立灘中学校、VS、関東大会1位、東京都私立桜坂聖城学園。
灘領域:57%、桜城領域:43%。
「なんだ、灘が勝ったのか」
安心感が一気に広がり、顔に笑みが浮かびそうだったので、進藤は慌てて顔を顰める。
こんな事で慌てやがってと、目の前のおっちょこちょい坊やにキツイ目線を送る。
「紛らわしいぞ、西片。報告は迅速に、確実に行え。分かったらとっとと席に着け」
進藤の厳しい目線に、しかし、西片は首を振る。
青い顔をジッと、進藤に向け続ける。
「何だ?まだ何かあるのか?」
「あっ、かぁっと、ぱ、ぱ、ぱ、あ、っと」
「何言っとるか分からん!少しは落ち着いたらどうだ!」
進藤が一喝すると、西片は余計に慌てた様に口をパクパクする。
そんな様子に、これは怒鳴っても逆効果だなと判断し、手元のお茶を、渋々と彼に突き出す。
「西片。初めての敵情視察で緊張していたのは分かる。だから、先ずは落ち着け。"一口だけ"、これでも飲め」
そう言って、軽く紙コップを煽ると、西片はそれをひったくる様に受け取り、勢い良く飲み始めた。
ゴクッゴクッゴクッと。
「っかぁは!」
「一口って言っただろうが!!」
つい、カッとなって怒鳴ってしまった進藤。
折角、国上が入れてくれたお茶を一気に飲み干しよって、こ奴。
「…違うんです。違うんですよ、監督」
しかし、怒鳴られたはずの西片は、うわ言の様にそう呟いて、震える手で空の紙コップを置いた。
ただ震えるだけなら、彼が進藤に怒られたのが原因と考えただろう。
だが、何時もの彼ではない。何時もの彼なら、自分の叱責でとっくにこの会議室から逃げ出している。
明らかに、何かに、自分の叱責以上の何かに怯えている。
その西片が、怯えた目で進藤の目を捉える。
「パーフェクト、ゲームです」
「…はぁ?」
西片の一言に、進藤は気の抜けた返事を返してしまった。
一瞬、西片が放った言葉の意味が分からなかった。
その言葉が、あまりにも場違い過ぎたから。
何を表す為の言葉か、分からなかったが故に漏れ出た返事だった。
進藤のその様子に、頬に赤みが少しだけ戻る西片。
「パーフェクトゲームなんです、監督!勝ったのは桜坂、完全試合なんです!」
「なっ!」
西片の言い放った言葉に、進藤は一瞬、言葉を忘れた。
そして、思考が戻ってくると、有り得ない報告に、怒りがふっつと突沸した。
「ばっ、馬鹿な!何を言って…西片!お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか!灘が負けた?たかが関東相手に?それもパーフェクトだと!?ファランクスにおけるパーフェクトゲームの意味を、分かってて言っているのか貴様!!」
あまりの勢いで怒鳴った進藤の口からは、泡が飛び散る。
顔は赤く、目は吊り上がり、握った拳からミシリッと骨が鳴る。
試合前という大事な時期だというのに、とんでもない戯言を口にして、選手達を悪戯に動揺させる少年に激情が抑えられなかった。
しかし、それでも、西片は退かない。
震えて、机に突っ伏した両手を離せば立っていられない程のその状態で、語る。
彼が見た試合の状況を、語りだす。
「最初は、普通の立ち上がりでした。灘も調子は良さそうで、ちょっと相手を舐めている布陣でしたが、スタートメンバー全員を3年生のレギュラーで揃えていて」
西片が、監督を見る。
「でも、それは最初だけでした」
その目は、いつもの気だるそうなものではなく、獣の様にギラついた異常な瞳だった。
獅子王の報告会でした。
天隆も、如月も見事、西日本勢に勝利してくれましたね。
「名前が上がらん他の学校は、負けてしまったのだな」
そうですね。冨道も、前橋も負けてしまったのでしょう。他の東日本勢も。
「そして、桜城は完全試合なる事をしたらしいが、これはどういうことだ?」
さて、どんな戦いをしたのでしょうか。
西片君の語る桜城の奮闘劇は、次回。
「期待しているぞ。西片とやら」