126話〜えっと、何処が強いんだったっけ?〜
8月19日。ビッグゲーム1日目。
現在の時刻は、午前10時。
今日は、全国ファランクス中等部大会の開会式と、トーナメント戦の抽選会が行われる。
各校のレギュラーメンバーは1列に並び、それ以外の控え選手やサポーターは観客席でそれを見守る。
今日は各校の応援団も、一般の観客もいない。
観戦は明日から始まる。
蔵人も、他の桜城1年生達と一緒に観客席でフィールドの様子を伺っていた。
フィールドに入れるのは13名までだったので、蔵人は3年生の先輩達に譲ったのだ。
彼女達が今年最後という意味もあるが、蔵人が男子だからと言うのもある。
全国大会ともなると、男子の選手は極端に減る。
そんな中で、フルフェイスのユニフォームを着た選手がいれば、会場中の女性達は大注目してくる。
煩わしいし、何より危険だ。
そういう意味で、蔵人は桜城のジャージに、帽子を被って座っていた。
後ろの方では、同じ姿でサーミン先輩が座っている。でも、近くの他校生徒に色目を送っているので、バレそうで怖い。
バレたら退場してもらいますよ?
蔵人は、視線を前に戻す。
会場はとても広く、フィールドもサッカーコートよりも2回り程大きい。
同様に、観客席も今まで見た事ない程の広さを誇っている。
椅子も、他のWTCの様なプラスチック椅子じゃない。小さな背もたれまで付けた、ちょっと高級感がある赤い素材で出来ており、座る部分が柔らかい。
オマケに飲み物を置くスタンドまで設けてある。
映画館の椅子かと思ってしまう。
空調もかなり効いていて、足元からヒンヤリとした風が湧きい出てくる。
聞いた話、これも異能力なのだとか。多分、クリオキネシスとエアロキネシスの複合技なのだろうと、蔵人は考えていた。
「うわぁ〜!色んな色が揃ってて綺麗だね〜」
西風さんが下の選手団を見て、感嘆の吐息を吐く。
34校それぞれの選手は、それぞれに色鮮やかなユニフォームを着ている。
黄色のプロテクター。
真っ赤な甲冑。
漆黒の鎧。
紅色の着物。
白い袴。
水色と白の羽織…あれは新撰組のコスプレか?
色とりどりに着飾る選手達が、規則正しく整列する様は圧巻である。見ているだけで心が躍る。
「えっと、何処が強いんだったっけ?」
「そうね。確か…」
西風さんの質問に、鶴海さんが視線を這わせる。
「丁度、中央の2校、左が大阪の獅子王で、右が京都の晴明ね。前回大会の優勝校と準優勝校よ」
鶴海さんが示したのは、白と黄色の、少し露出の高い鎧に身を包んだ1列と、鮮やかな赤が目立つ着物の1列だ。
どちらも、外見だけ見るとあまり強そうには見えない。
少なくとも、富道のような甲冑の方が防御力が高そうに見えるし、天隆の赤飛竜の鎧の方が威圧感がある。
特に着物って、防御力は大丈夫なのだろうか?
しかし、そう思っているのは蔵人だけの様で、周りの他校の女性達は、彼女達に羨望の眼差しを向けていた。
「ねぇねぇ、見て。あそこ、獅子王の北小路様よ!凄く凛々しくていらっしゃるわ」
「あのチラリと出ているオヘソを見られただけで、私満足だわ」
おい、変態がいるぞ。警備員!
しかし、ここからヘソなんて見えないだろうにと、蔵人は訝しんむ。
そんな蔵人の心情など構わず、彼女達は他の獲物も物色しだす。
「晴明の久遠様も素敵ねぇ〜。立ち居振る舞いがホントッ!もうっ!グッと来るわよね」
「私もあんな綺麗な着物、1度でいいから着てみたいわ〜」
「私はあんな風に着物を着こなせないから、こうして見ているだけでいいわ」
「そうよね。出来たら写真撮りたいけど、許可がないとダメだものね。新聞部に入れば良かったかしら?」
「でもそしたら、真近で見られなくなるわよ?」
「うちの部がそこまで勝ち上がれたら、の話でしょ?」
「「無理よね〜…」」
やはりあの2校は有名で、人気も高いらしい。特に今名前が出た2人が各校のキーマンとの事。
良く覚えておかねば。
その後も、開会式の間に周囲の会話を盗み聞く蔵人。
やはり、若葉さんに教えて貰った通り、出てくる名前は九州や近畿が圧倒的に多く、偶に中四国や中部の学校の名前もチラホラと出てくる状況だった。
残念ながら、関東から東の校名は一切囁かれなかった。
あるとしたらこんな会話だ。
「東も結構参加しているよね」
「そうね。全体の1/4位?かなり少ないよ」
「1/4かぁ。当たる確率かなり低いじゃん。良いなぁ、そんな所と当たれる所はぁ」
「まぁね。仮に近畿8位と当たる位だったら、関東1位と当たった方が間違いなく勝率が高いだろうし」
「もし近畿か九州の3位までと当たったら、試合前から荷物纏めないと」
「確かに」
こんな具合に、東日本勢は相当低く戦力を見積もられていた。
部長達が言っていた通りだ。
因みに、近畿は出場校が8校も認められているので、桜城は近畿ブロックギリギリ通過校よりも弱いと見なされている。
こんな話、伏見さんや鈴華の耳に入ったら、他校に怒鳴り込みそうだと、蔵人は両側に座る彼女達の様子を怖々と見ていた。
そんな風に、噂話を集めている内に開会式は終わり、そのまま抽選会に移行した。
てっきり、抽選会は別の場所で、限られた人間だけで執り行われるものと思っていたのだが、どうやら選手全員が集まっているこの状態で行われる様だ。
関東大会とは違うのだな。
各校の代表者が特設ステージに呼ばれる様を見て、蔵人は期待を胸に、若干前のめりな姿勢を取っていた。
フィールドの中央に設置された特設ステージには、中央に腰程の小さな台が設置され、その台の上には赤く大きなボタンが置かれた。
まるで、昭和アニメに出てくる、押したらボカンッと爆発でもしそうなボタンだ。
おしおきだべ。
『それではこれより、トーナメント戦の抽選会を始めます!先ずは前大会の優勝校と準優勝校です』
アナウンスの後に、1人の女子生徒…北小路とか言われていた獅子王の主将だ…が前へ出て、赤いボタンを押した。
すると、ステージの上に設置された液晶画面にスロットが出てきて、そこを幾つもの数字が高速回転し始めた。
その様子は、会場の各箇所に取り付けられたモニターからも同じものが見られる。
蔵人達は、フィールドの正面より左側にいたので、その対面の屋根近くに設置された巨大液晶画面を見上げていた。
パッション、と気の抜ける効果音と共に、スクロールしていた数字が一瞬で止まる。
数字は、2番。
すると、画面が切り替わり、トーナメント表が現れる。そこの一角の2番と書かれている所に、獅子吼天王寺の校名が記された。
表の1番左から2番目の位置だ。
「1、3、4番を引きませんように。1、3、4番を引きませんように。1、3、4番を引きません…」
向こうの方の他校生徒から、まるで呪詛の様な声が繰り返し聞こえて来た。
見ると、両手をぎゅっと握りしめた女の子が、目を硬く閉じて祈りを捧げていた。
獅子王と余っ程当たりたく無いのだろうな。
続いて、ボタンの前に出てきたのは、赤い着物を着た女子生徒。
黒髪の、日本人形の様に綺麗な方で、歩き方が凛としている。
綺麗な歩き方をされる人だ。相当、修行を積んだのだろう。
まるで舞子さんを見ている様な感覚に、蔵人は襲われた。
恐らく、晴明の主将、久遠さんだろうその人が引いたのは、17番。
「16、18、19番を引きませんように…」
女の子が唱える呪詛に、数字が追加された。
蔵人が向こうの生徒を気にしていると、鈴華が不満そうに呟いた。
「なぁ、なんか可笑しくねぇか?」
「えっ?なになに?何がおかしいの?」
振り返った西風さんに、鈴華は画面を指さす。
「今の晴明の抽選、1桁の数字がなかったぞ?全部2桁が回っている様に見えたんだよ」
恐ろしい動体視力してんな、お前さん。
蔵人は鈴華の指摘に舌を巻く。
鈴華の疑問に答えたのは、やはり鶴海さん。
「確かな話では無いのだけれど、各ブロックでの順位によって、何処に当たるかは凡そ決まっているらしいわ。1位ならココとココ。2位ならソコとソコって。じゃないと、いきなり1位同士で潰しあったら、何のためにブロックで優勝したか分からなくなるでしょ?」
トーナメント戦あるあるだ。大会1位は他の大会の低順位と優先して戦えるという奴。
どうも本当にそうらしく、各大会優勝校は上手いことバラけた配置となり、2位もバラけた。
3位からは、1位2位と当たる学校も出てきたが。
余程の不運が無い限り、高順位同士が当たることは無いのだろう。
と、いう事は、関東大会の初戦で、茨城1位の筑波と当たってしまった部長は、相当な運を持っていたのという事だ。
道理で、今回ボタンを海麗先輩が押した訳だ。
部長が押していたら、もしかしたら獅子王が初戦の相手だったかもしれない。
くそっ!それに早く気付いていれば。
蔵人は手を握る。
それさえ知っていれば、是が非でも部長にボタンを押させていた。
1回戦の万全な状態で、全国1位を相手にする。最高のシチュエーションを逃してしまった。
そう、蔵人は悔しがるが、そんな風に思う者は他には居ない。
ここに集まった大半の人達は、弱者と当たることを望み、強者との開戦を拒むだけであった。
「あぁあ〜!最悪!初戦が熊本中だよぉお!」
「九州3位に勝てる訳ないじゃん!」
「終わった…中国1位…呉かよォ…魔王じゃん。もう帰ろう…」
「よっしゃぁあ!はぎ中?よく分かんないけど、東北1位当たった!勝てる!と言うか勝ったわ!」
「やったぁあ!関東来たァああ!関東2位!きさらぎ?なんか不吉な学校名だけど、兎に角っ、東日本引き当てたァ!」
抽選会が進むに連れて、フィールド、観客席の至る所で、歓声や嘆き声が爆発する。
その殆どが、西日本の中学と当たって意気消沈し、東日本の中学と当たって歓喜に咽び泣いた。
東はファランクスが弱い。
その言葉が、嫌という程突きつけられる状況であった。
一つ、また一つと、トーナメント表の空いた枠が次々と埋められていく。
とうとう、桜城の隣、つまり、次の対戦相手の枠も埋まった。
記された名前は、大阪府立、灘中学校。
灘ってどこ?と、蔵人が聞くより早く、蔵人達より斜め前で歓声が爆発した。
「やったぁああ!!関東や!」
「関東1位が相手!勝った!勝った!」
「久しぶりの2回戦進出だぁあ!」
「岡本先輩の強運、マジやったんや!」
もろ手を挙げ、中には抱き合って飛び跳ねる子たちもいる。
フィールド上も似たようなもので、水色のプロテクターを着た一列が互いに握手したり、ガッツポーズしあったりしていた。
その誰もが共通して、勝った、勝ったと嬉しそうに口にする。
彼女達の中では、既に、桜城とは敵という認識では無いのだ。
いや、
「あれ、でも、関東で1位って天隆やないんやな」
「まぁ、ええやん。竜でも王でも、関東には変わりないんやし」
「せやな」
灘の選手達は、敵が桜城である事すら認識していない。
隣の鈴華が、そんな彼女たちを見てバッと立ち上がったので、すかさず、蔵人は彼女の手をギュッと握った。
「止めるな、ボス」
「聞け、鈴華」
短くもはっきりと、有無を言わさない蔵人の声に、鈴華は動きを止める。
蔵人は、素直に従う鈴華のその様子を見て、一つ頷く。
「孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず、という格言がある。聞いたことあるか?」
「あ~…なんとなく、どっかで聞いた気がするな。中国の爺さんの言葉だったっけ?」
「孫子・謀攻編の一節ね。ナポレオンも座右の銘にしていたって聞いたことあるわ」
鈴華が目線を迷わせていると、鶴海さんがこちらを振り返って補足してくれた。
流石、鶴海さん。
「はい。流石は鶴海さんです。意味は、相手の力量が分かっていて、自分の実力を知っていれば、百回戦っても負けることはないという事です」
「それがどうしたって言うんだよ?ボス」
鈴華は不満そうな、じれったそうな顔で、蔵人を見下ろす。
蔵人は、人差し指を顔の横に立てて、話の先を続ける。
「逆もまた然りだ、鈴華。相手を知らず、己を知らずに戦えば、それは百戦やっても勝てる筈のない戦である」
蔵人は、立てていた指を、斜め前に向ける。
未だに飛び跳ねる灘中の面々に、突き立てる様にして。
「俺達の事を良く知りもせず、ぬか喜びしているような連中を相手にするな。自ら勝利を投げ出して喜ぶ愚か者など、我々の敵ではない」
蔵人の言葉に、鈴華は目を見開く。
鈴華だけじゃない、周りの1年生達は、普段の蔵人とは違う威圧的な、挑戦的な言葉に驚き、みんなこちらに注目していた。
だが、蔵人はそれに構わず、立ち上がる。
「行きましょう。俺達は相手を知る必要がある。必ず勝つために。若葉さんに頼んで、灘校の戦力分析を行いましょう」
蔵人の言葉に、1年生だけでなく、後ろで蔵人達を見ていた先輩達全員が従い、一斉に立ち上がった。
さてさて。全国大会開始に向けて、着々と舞台が整ってきましたね。
「いよいよだな。激戦の幕が上がるのか」
はい。ファランクスの本場、西日本の強豪校達を交えた戦場です。都大会、関東大会とは比べ物にならないでしょう。
「腹立たしい事に、こちらは随分と舐められて、いや、見られてすらいない状況だ。あ奴には、是非とも愚者達の鼻を明かしてもらいたい」
主人公からしたら、下に見られている方が有難いでしょう。桜城の戦力分析をせずにいてくれるのなら御の字だと。
「愚者達よ。そのまま現実を見ることなく、今宵は良い夢を見るが良い」