125話〜得意料理が何か言ってみなさいよ〜
ホテルから歩いて10分程度。蔵人達はキャンプ場に到着した。
ホテルの敷地内にある広場にキャンプ場はあり、ホテルまで道が真っすぐなので夜でも迷いそうにない。
夜間、お風呂へ入りに行っても問題はなさそうだ。
キャンプ場の管理棟へは、部長と海麗先輩、そして蔵人も連れていかれた。
ホテルでの事がトラウマだったのだろう。
だが、ホテルの受付ほど面倒なことは起きず、管理棟での手続きはすんなりと終わった。
事前に、ホテルから連絡が行っていたのだと思う。
伝えられた注意事項も、一般的な物ばかりだ。
・室内での火器使用は、キッチンに備え付けのガスコンロ以外禁止。
・壁に汚れや傷を付けない事。
・夜の22時以降は大声禁止。
等など。
他にもお客さんは宿泊しているから、特に周囲への配慮は必要である。
仮令、コテージがかなり離れて設置されていてもだ。
蔵人達が借りたコテージは一角にまとまっており、その真ん中に煮炊きが出来る屋根付きの炊事場…所謂オープンサイトが設置されていた。
ここで、今晩のバーベキューは執り行われる。
部員達の部屋割りは、かなり難航したみたいである。
その理由は、蔵人達男子の存在だ。
「俺は別に、女子達と一緒に寝泊まりしても構わないぜ!」というサーミン派と、「流石に、就寝時は離れましょう。女性のプライベートに踏み込むべきではありませんよ」と言う蔵人派の対立があった。
この対立は、部長を始めとした派閥が蔵人に肩入れしてくれた為、蔵人派の法案が見事、可決される運びとなった。
という訳で、蔵人は4人用のテントを管理棟で借り受けた。
「おい、良いのかよ蔵人。これはチャンスだぞ?普段見られない乙女達の寝顔を見られるビッグイベントだ!こんなチンケなテントなんて捨てて、行っちゃおうぜパラダイス!」
負けて尚、運命に抗おうとするサーミン先輩。
ブレないな。この人は。
「ダメですよ先輩。部長達にも否決されたじゃないですか」
「承認してくれた娘達のコテージに行けば良いじゃないか!」
確かに、サーミン先輩の派閥票を投じたグループは、何時でも来てね♡と手ぐすね引いて待っている。
「お前だって、1年達に誘われてたろ?お前がああ言うから部長派閥に回ってたけどよ。それに、こんなテントじゃ寝られねぇだろ?」
「結構快適だと思いますよ。ゴアテ❍クスですし」
「ごあ?何だよその、モンスターバスターの飛竜みたいのは」
ゴアテ❍クスね。防水、防湿、防風性を兼ね揃えた素材で、テントや雨具なんかのアウトドア製品に多く使われる。
雪深い雪山でも使われる優れものだ。その分値段は張るが。
「兎に角、俺は手伝わないぞ。テント作るなんて出来る訳ねぇ。そしたら蔵人。俺たちは必然的に他の女子達のコテージに行かなきゃ…」
「先輩もう出来ましたよ、テント」
「はやっ!えっ、マジで出来てるじゃねぇか!?」
サーミン先輩が駄々をこねている間に、蔵人はテキパキとテントを建てた。
サーミン先輩は驚いているが、そこまでのことでは無い。
テントを地面に広げて、ポールをその中に通すだけだ。後はタイミング良くポールを押して、テントを立ち上げれば、4人用位なら1人で建てられる。
これが8人用とか大型テントになったら、1人で立てるのは難儀なんだけど。
サーミン先輩が、呆れたような視線を蔵人に寄越す。
「お前、ホント何でも出来るよな」
「なんでもは出来ませんよ。出来る事だけですので」
「おっ、なんか聞いた事あるフレーズだな!それ」
サーミン先輩と言葉で戯れながらも、蔵人はテキパキと整地を終わらせ、バーベキューの準備をする。
テントを建てた場所はオープンサイトの近くなので、バーベキューの準備がし易い。
まだ時間は夕方前で、夕飯の準備としては早いだろう。
だが、時間に余裕はない。
かなり大量の肉や野菜を貰ったので、下処理だけでも結構時間がかかりそうなのだ。
早めに準備をして、夕方には始めたい。
蔵人が、食材をオープンサイトの大きなテーブルに置いて、流しの横で肉の下処理をしていると、視線を感じた。
そちらを見ると、部長と海麗先輩が真剣な目でこちらを見ていた。
「あっ、もう手伝いに来てくれ…」
蔵人は、2人が早速バーベキューの準備に来てくれたものと思い、感謝を述べようとした。
そこに、部長の切羽詰まった声がそれを止める。
「蔵人、大変よ」
大変?また何かあったのか?
蔵人は答えを求めるように、部長のまだ少し赤い目を見て、隣の海麗先輩の澄んだ目を見る。
すると、海麗先輩は目を伏せた。
蔵人の視線に恥ずかしくて伏せた訳ではない。
何か、後ろめたい、申し訳なくて伏せた様な顔だ。
うん?海麗先輩が何かやらかしたのか?何か忘れ物か?珍しい事もあるもんだ。
この娘、周りからは空手バカとか言われているけど、持ち物とかは乙女チックで、結構マメな性格だと思うんだが。
蔵人がそんなことを呑気に考えていると、部長が言葉を続けた。
「蔵人は、その、料理…出来そうね」
料理が出来る?
蔵人は、部長の目線の先が、自分の手元…塩と料理酒と少々の水で付け込まれた肉に注がれているのを見る。
「ええっと、出来るっと言いますか、一般家庭の料理レベルでしたら、ある程度は嗜む程度で…」
蔵人の回答に、部長は「流石ね」と少し安堵の吐息を吐く。
うん?待てよ。さっき部長、蔵人は料理出来ると言っていたよな。蔵人"は"と。
「部長…もしかして…料理が出来ない?」
「ち、違うわ!私は出来る!出来るのよ!でも…」
部長は慌てた様に、手をブンブンと振って否定するも、すぐに困り顔戻って、隣の海麗先輩を見る。
海麗先輩は顔を上げて、その顔の前に両手を勢い良く合わせた。
「ごめん!出来ません!」
海麗先輩は、ハツラツとした声で蔵人に謝ってきた。
清々しい。
それを隣の部長が、海麗先輩の肩に手を置いて、大丈夫と慰める。
だが、蔵人は理解できなかった。
海麗先輩が料理出来ない事が、そんなに大変な事なのかと、首を傾げる。
それを察したのか、部長が蔵人に言う。
宣告する。
「海麗だけじゃないの。他の子も全員、少なくとも2、3年生は殆ど、料理が出来ないわ」
えっ?そんな事ある?
蔵人は疑問が口から飛び出そうになったが、寸前で思い出す。
小学生の頃の林間学校を。
あの時も、料理を作ったのは殆ど男子で、女子は謎のカレーを作って吐き出していた事を。
この世界、男子の方が料理について積極的だったと言う事を。
蔵人は、取り敢えず現状確認をしようと、頭を切り替える。
「えっと、出来ないと言うのは、どれくらいのレベルですか?包丁が使えないとか?」
蔵人の質問に、部長が首を振る。
「そもそも、料理をした事がない人も結構いるわ。料理なんて、召使いがやるものでしょって」
ブルジョワジーだな!
少なくとも、小学生の頃の女子生徒達は、味付けが怪しいだけで包丁とかは何とか使えていた。
そういえば、桜城はかなり身分の高い人達の集まりだったなと、蔵人は思い出す。
お嬢様お坊ちゃま校の弊害かと、肩を落として後ろを見る。
そこには、玉ねぎを持ち上げて、シゲシゲと珍し物を見る様に眺め見るサーミン先輩がいた。
何かその姿が、嫌な予感を掻き立てる。
「サーミン先輩も、普段料理はしませんか?」
「ああん?何言ってんだ蔵人。料理の1つも出来なかったら、女の子にモテねぇだろうが。見くびんなっての」
良かった。サーミン先輩は出来るらしい。
蔵人は、これで少なくとも3人が出来るから、まぁ忙しいけど何とかなるかなと、役割分担を考え出す。
しかし、部長は、
「神谷、あんたホントに出来るの?得意料理が何か言ってみなさいよ」
疑っていた。
部長の言葉に、少しムッとするサーミン先輩。
「ラーメンっすよ。ラーメン」
おお!かなり本格的じゃないか。
蔵人が尊敬の目でサーミン先輩を見ると、彼も少し得意げに頷く。
「俺に掛かればちょちょいと沸かして、3分で美味しく出来上がっちゃいますよ!」
「「インスタントラーメンじゃねぇか(じゃないのよ)!」」
蔵人と部長、両方から突っ込まれて、サーミン先輩はビクッと肩を震わせた。
集計すると、桜城ファランクス部各位の料理技能は以下のようになった。
・一般的な料理技能を有する者…蔵人、部長、西風。
・包丁は扱える者…鈴華。
・ピーラーなら使った事がある者…鶴海。
・お湯を沸かせる者…神谷。
・料理って、時間が経ったら出てくる物でしょ?…伏見、海麗先輩達お嬢さん方。
・料理は使用人が作るものでしょ?…西園寺、佐々木先輩達お姫様方。
とてつもなくアンバランスな表である。
最後の2つ、分ける必要無くない?そもそも、お湯すら沸かせない人多すぎでしょ!
これじゃサーミン先輩がドヤ顔するのも分かる気がする。
蔵人は手で顔を覆う。が、すぐに気合いの入った顔で前を向く。
ここで絶望している時間はない。
30人強の食事の準備は、正直キツかった。
蔵人、部長、そして西風さんしかマトモに料理が出来る人間がいない中でも何とかなったのは、3人がしっかりと役割分担をしてテキパキと準備を進めた事が大きい。
「うぇ〜…人参切りすぎて、手が痛いよぉ〜…」
西風さんは野菜を食べやすい大きさに切り分けてくれている。
お母さんのお手伝いを良くしているらしく、その姿は様になっている。
「じゃあ、桃ちゃんはこっちでじゃがいもの芽を取ってくれる?」
部長が隣の流しを指さして、西風さんを移動させる。
部長も、家では良く家事をしているらしい。
お母さんが夜遅くまで働いているので、妹達のお世話をしているのだとか。
確かに、女子生徒に対する部長の優しさは、何処かお母さんの様だなと、蔵人は部長の姿を思い出して納得した。
「神谷!あんたはサボってないで、向こうで訓練してなさい!海麗達が探しているでしょ!」
西風さんに掛けた優しい言葉とは反転、サーミン先輩に厳しい指摘を飛ばす部長。
男に対しては滅法厳しくなる部長は、平常運転と言えよう。
因みに、サーミン先輩達料理がからきし部隊は、試合登録者は訓練を行い、登録されていないサポート部隊は買い出しを行っている。
買い出しとは、今日のバーベキューの追加品だけでなく、明日からの朝食夕食の材料だ。
特に明日の朝食は、今のうちにある程度作り置きしておかないと、朝が大変になる。
「蔵人、桃ちゃんの代わりに人参お願い出来る?」
「了解しました」
鶴海さんと一緒にじゃがいもの皮むきをしていた蔵人は、手を拭いて西風さんと軽くタッチをして持ち場を交換する。
「鈴華!ナスが終わったからって、ボーッとしてないで!今度は玉ねぎお願い」
ナスの下処理が終わって、訓練しているみんなを眺めていた鈴華を、部長目ざとく見つけてそう言った。
流石は部長。周りをよく見ていらっしゃる。
「えぇえっ!ぶちょー!なんで玉ねぎなんすか!めっちゃ目痛ェじゃん!」
「つべこべ言わない!誰かがやらないとイケナイんだから」
「えぇぇええ!」
凄い不機嫌そうな鈴華。
ナスはしっかりとヘタも取れていて、飾り包丁まで入れられているので、腕は確かだった。
だがどうしても、料理というのは彼女からしたらお気に召さない様で、テンションはドンドン下がっている。
そこに、切ると目が痛くなる玉ねぎ係任命と来たら、バックれる可能性まで出てくる。
何とかしないとな。
蔵人は人参を切っていた包丁を置いて、鈴華を手招く。
「鈴華、俺と交代しよう。俺が玉ねぎやるから、人参頼むぞ」
ブーたれていた顔が、一気に華やぐ鈴華。
「マジかよボス!最高だぜ!うんうん。任された、任された!」
鈴華は意気揚々とこっちに来る。
西風さんの時と同様、タッチして交代しようと思ったら、いきなり蔵人に抱きついてくる鈴華。
そのままクルッと半回転して、立ち位置が代わると、鈴華は蔵人を離して、蔵人がいた流しに立って包丁を踊らせ始めた。
器用な奴め。
蔵人が玉ねぎの皮を剥き出すと、部長が心配そうにこっちを見て、言った。
「良いの?蔵人?」
「ええ、構いませんよ。適材適所。俺なら、目も痛くなりませんし」
そう言いながら、蔵人は盾を展開する。
手元に小さな盾を4枚出して、それを十字にくっ付けて、回す。すると、小さな扇風機が出来る。
扇風機から発生する風が、蔵人の手元に吹き付ける。
天隆戦前の個人練習で、西園寺先輩に作った奴だ。
「ご存知かもしれませんが、玉ねぎを切って目が痛くなるのは、アリシンという成分が気化して目や鼻を刺激するので起こります。ですので、こうして換気しながら切れば、痛くならないんですよ」
「へぇ…そうだったのね」
「このように換気出来ない場合は、玉ねぎを冷やすと良いですよ。冷蔵庫とかに暫く置いておいて、冷えてから切れば、アリシンも気化しにくくなります。勿論、熱したら出てきますので、炒める際は要換気です」
「なるほどね、これで普段玉ねぎ切る時も水泳ゴーグル付けて切らなくて済むわ。流石蔵人ね…じゃなくて!」
途中まで興味深そうに蔵人の説明聞いていた部長は、声をあげた。
「私が言っているのは、鈴華のことよ。あんなに甘やかして良いの?」
ああ、そっちか。
蔵人は、部長が言わんとしている事を理解して、少し微笑ましく思う。
本当にこの人は、この部の長であり、お母さんみたいな存在だなと。
「確かに、部長が言われる通り、厳しく突き放す必要も何時か出てくると思います。ですが、今は彼女の気分を上げる方が大事だと、僕は思います」
気分屋の彼女を気持ち良くさせて、自ら動くようにする。厳しくするのは、彼女が迷った時や、間違った道に進む時位で良いだろう。
特に、今は1人でも戦力が必要な時。兵士のメンタルケアも、指揮官の大切な仕事ですよ。
しかし、部長は未だ不満な顔。
おや?部長も音張さん派の考え方なのかな?
「スパルタ方式の方がよろしかったでしょうか?部長」
「私が言いたいのは、そういう事じゃなくて…」
部長は、少し言いにくそうに口を開き、閉じた。と思ったら、また開いた。
「その、そんな簡単に、抱きつかれたりして、良かったのってことよ…」
うん?どう言う事だ?
蔵人は違和感を覚える。
だって、貴女だってさっき、ホテルのフロントでは抱きついて来ましたよね?覚えてない?
いや、まさかな。
「まぁ、彼女なりのスキンシップだと思いますので、僕は特段、嫌ではないですよ」
欧米的と言えば、それで完結する様な、特に激しい出来事では無い。
この前の関東大会でのヨダレ事件に比べれば尚更に。
しかし、部長は目を細めて、不機嫌そうに口を尖らせる。
「貴方には危機感が足りないわ。普通の男子だったら、女の子に抱きつかれた瞬間に、泣き崩れるか喚き散らすわよ?幾ら貴方が強くても、ここには大勢の女の子がいるんだから、少しは気を付けないと」
ああ、そう言う事か。
蔵人は目からウロコだった。
確かに、考えようによっては、危なかったかもしれない。
鈴華じゃなくて赤の他人だったら、あの至近距離で腹でも刺さる事もあるだろう。
その時に偶然、龍鱗化していない部分をやられたりしたら、幾ら蔵人でもかなりのダメージを負ってしまう…うん?そういう事じゃないのか?
どうしても、女の子から性的に襲われる自分が想像出来ない蔵人。
女子供に自爆覚悟で特攻される状況なら、幾らでも思い出せるのに。
そんな様子が顔に出たのか、部長の機嫌が更に悪くなる。
「もう!そんなんで他の子に襲われても、知らないからね!」
そうぷりぷり怒って、部長は自分の持ち場戻っていく。
蔵人は、自分の心拍数が普段よりも上がっている事を自覚する。
違和感。
普段の部長と違った怒り方。
蔵人を心配して怒るなんて、今まであっただろうか?
これがただの思い過ごしであればいいのだが…?
蔵人は、部長の言葉の真意を見出そうと、考え込んで玉ねぎを切っていたので、風下でサーミン先輩が目を押えて悶絶しているのに気付かなかった。
〈◆〉
神谷「よーし!次は俺が透明化して…って、痛ぇ!目が痛ぇえ!何だこれは!?」
鹿島「まったく…何やってんのよ…」
西園寺「愚か…いえ、バルスね」
鹿島「どういうこと?夕子」
西園寺「雪音、あれを見て見なさい」
神谷「目がぁ!目がぁああ!!」
鹿島「…本当ね」
大会前日の日常回でした。
特区の女性は料理が苦手らしいですが、確か、入学当初で慶太君を迎えに行ったとき、料理攻めされた気がしますけれど…。
「大方、家で作ってもらった物を食べさせていたのだろう。中には、料理が得意な女子も居たかもしれんがな」
なるほど。確かに、中学生の頃は、お弁当も両親が作ってくれることが多いみたいですね。
若しくは、買い食いか。
「給食も多いだろう」
一般の学校はそちらの方が多いでしょうが、桜城はレストランみたいのもありましたからね。そちらを利用する子も多いでしょう。
イノセスメモ:
ゴアテ❍クス…防水透湿性素材。防水性と通気性を兼ね揃える素材で、よく登山の雨具やテントなどのアウトドアで使われている。表面が汚れたりして撥水性が落ちると、通気性も悪くなるので、定期的なメンテナンスが必要となってくる。お値段は勿論、お高め。