120話~あ、そう言う事ですね、カシラ~
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そんな中…今回は8000文字越えです…。
「ただの日常回なのだろ?長いな」
キリが、悪かったもので…。
旧友との、思わぬ再会を果たした翌日。
桜城ファランクス部の練習が再開された。
「集中、集中!前線の引き際見極めて!」
「松本!盾のカバーリング遅い!木元に攻撃が当たっちゃう!」
「秋山、無駄撃ちし過ぎ!牽制と弾幕以外で外すな!」
「伏見、そこでへばるな!盾の後ろで休め!」
「鈴華!変なポーズ取ってないで、しっかりキルを決めろ!蔵人君の真似でもしてるのか!?」
大会が終わって翌々日と言うのに、既にいつも通りの熱量で、部員たちは練習を重ねている。
だが、練習内容が変わったところもある。
それは…。
「チェストォォオ!!」
「盾の・城壁!」
訓練塔2階。近距離役の先輩達が見守る中、蔵人と海麗先輩がぶつかり合う。
練習最後のメニューで、蔵人と海麗先輩だけ、1体1の真剣勝負が解禁された。
目的は、エース同士の勝負で押し負けない技能を身に着ける事。
1日1回のみ。3分間の極短い訓練であったが、疲労は他のメニューの比ではない。
お互いに、全力を出し切る勝負だからだ。
特に蔵人は、魔力量では圧倒的に負けているので、様々な工夫を凝らす必要がある。
その為、疲労は海麗先輩以上に溜まる。
それでも、戦績は1戦1勝0敗。海麗先輩相手に初めての白星である。
Aランクの、それも桜城屈指のホワイトナイト相手に勝利する。
確かに喜ばしい事だが、それは初めの内だけだろう。
海麗先輩の敗因は、今まで見たこともない技に苦戦しているからだ。
これが、戦闘を重ねて、蔵人の技に慣れてきてしまえば、対応されてしまうだろう。
現に、今の試合も結構危なかった。
あとちょっとで、海麗先輩の攻撃が、ランパートの生成時間を上回るところであったから。
多分、あと10戦もしない内に、戦績はひっくり返るだろう。
「そこまで!」
「あ〜…くっそぉお〜…」
試合終了の合図と共に、倒れる海麗先輩。
今回の収穫として、ランパートの強度が想定以上であることが分かった。
彼女の全力パンチを2発喰らっても、ランパートは崩壊しなかった。
恐らく、5発までは絶えられるだろう。
黒い拳を出されたら、1発で大穴が空くかもしれないけど。
「ありがとうございました、先輩」
彼女が立ち上がるのをサポートする為に蔵人が手を出すと、海麗先輩はその手を取って立ち上がり、そのまま自身の懐に蔵人を納めてしまった。
「やー負けた負けた。お姉さんを負かすなんて、良くやったぞ、こいつぅ〜」
蔵人をもみくちゃにする海麗先輩だったが、蔵人からしたら溜まったもんじゃない。
包み込むその体は柔らかく、蔵人の雄の一面が起立しそうで恐ろしい。
そして何より、遠くから感じる百合の波動が不味い。確実に殺される。
試合の度にエスカレートする海麗先輩のスキンシップも、ある意味問題だ。
そして、変わったのは練習内容だけではなかった。
それは、部活動が終わって、先輩達が帰る時である。
「海麗!練習お疲れ様!」
「調子はどうですか?美原先輩!」
訓練塔の前には、午後練が終わった他部活の生徒が出待ちするようになっていた。
中には、未だにファランクス部への賛辞を表す娘もいる。
「麗子おめでとう!全国いけるんだってね!」
「中1の時から言ってたもんね。まさか本当に実現させちゃうなんてさぁ」
その中でも、海麗先輩と部長に対する賛辞は大きく、多い。
集まった女子生徒達に、もみくちゃにされる海麗先輩達3年生。
「ちょっと、みんな!まだ終わって無いから!私達の目標は、全国制覇、全国制覇だから!胴上げはもういいからっ!!」
必死に抗おうとする部長だったが、すぐに胴上げが開始されてしまう。
名門と呼ばれる桜城と言えど、全国大会出場は滅多に無いことだ。都大会優勝であれば珍しくもないことだが、関東大会優勝は、多分シングル部くらいじゃないだろうか。
そんな中、最近落ち目だったファランクス部が返り咲き、見事優勝を飾ったものだから、学校中の、特に苦労を知っている同じ3年生の女子生徒達は祝いたくてしょうがないのだ。
胴上げから解放された先輩達は、今度はそれぞれの宴会に招かれる様だった。
「「くろきしーっ!!」」
そんな中、蔵人の別名を呼ぶ複数の声。
見なくても分かる。この、声変わりを迎えた少年達の声。
駆け寄ってきたのは、蔵人達をずっと応援し続けてくれている吹奏楽部の男子先輩達だ。
「試合凄かったな!最後はあの紫電を倒しちゃうんだもん!」
「俺、感動で目の前見えなかったよ!」
「俺なんてチューバ壊しちゃったから、後で堂本先生にしこたま怒られたよ!」
あんたか!チューバ振り回してた狂人は!
感動してくれたのは有難いが、やり過ぎないでくれよ?
集まった少年達に、蔵人がお礼の言葉を述べていると、
「巻島くん!」
次に聴こえてきた声は、知っている物だった。
「噂になっとるんよ!夏の大会、大活躍だったんだって?」
同じクラスの鈴木君だった。
ジャージ姿なので、バスケ部の練習後に立ち寄ってくれたようだ。
同じバスケ部の佐藤君と将棋部の吉留君もいる。演劇部に入ったらしい渡辺君まで来てくれていた。
8組男子が勢揃いである。
蔵人は頭を振る。
「何を聞いたか知らないけど、そこまでじゃないさ。先輩達の成果だよ」
「でも、シデンって人を倒したんでしょ?なんか、凄い選手だって聞いたけど?」
蔵人の謙遜を、佐藤君が打ち返す。
それを拾ったのは、吉留君だった。
「確か紫電って、昨年の中学全日本Cランクの王者だよね?その時の決勝があまりに圧倒的過ぎて、同ランク帯ではもはや敵無し、そろそろ海外遠征か?て言われていた選手だったはずだよ、確か」
「マジかよ!そんなのに勝ったとか、ヤバいじゃん巻島君」
鈴木君が、バンバン蔵人の肩を叩いてくる。
「これはお祝いだね」
いつの間にか回り込んでいた佐藤君が、蔵人の背を押す。
「よっしゃ、ドクペ、ドクターペパーミント買うべ!祝い酒なんよ!」
興奮した鈴木君が、近くの自販機を指さしながら蔵人を誘導する。
いや何でドクペ限定なの!?
蔵人は疑問を投げかけたが、どうもバスケ部の慣わしらしい。
蔵人達はペットボトル片手に、夏の陽射しを避ける様に街路樹の木陰を縫うように歩く。
鈴木君が小さくゲップを吐き出した後、感情も吐き出す。
「しかし凄い事よな。全国大会出場とかさ。俺らじゃ考えられん。会場は何処なん?東京特区の中なんやろ?」
「確か、大阪特区だね。中央区のWTCで試合するって、部長が言ってた気がするよ」
部長がバスの中で、早めにホテルの予約をしなくちゃ!と興奮気味に言っていたのを聞いただけの蔵人は、鈴木君の質問に曖昧にしか答えられなかった。
だが、それを拾ってくれたのは、吉留君だった。
「中央区のWTCと言ったら、かなり大きなドームがあったと思うよ。確か、8年前に開かれた異能力アジア大会もそこで開かれたし、来年あるオリンピックの異能力戦も、そこか東京特区の新宿WTCのどちらかで開く予定みたいだね」
凄いな。よくそんな事を知っている。
まるで鶴海さんや若葉さんの様だと、蔵人は吉留君の姿を眩しそうに見る。
「ドメさん、マジパネェな。それだから、将棋部の部長に勝っちゃうんだろね」
鈴木君が、吉留君に拍手を送りながらそう言った。
部長に勝ったのか。それは凄い。
「いやいや。それとこれは関係無いから」
吉留君は否定するが、少し嬉しそうだ。
「加えて、テストは学年1位だからね。俺よりも凄い事しているんじゃないかい?」
「いやいや。それは無いって」
蔵人も便乗すると、吉留君は堪らないと言った顔で、手をパタパタさせる。
だが、ワイワイと盛り上がる3人を他所に、佐藤君は心配そうな顔を蔵人に向ける。
「大阪かぁ。凄く遠いけど、ホテルに泊まるんだよね?ご両親も一緒なの?」
「いいや。引率の先生は来るけど、他は生徒だけだよ」
そもそも親は居ないし。とは口が裂けても言えない。少なくとも、こんなお祝いムードの中では。
しかし、佐藤君は凄く驚いた表情で、蔵人を見つめた。
「えっ、それ、怖くないの?」
「うん?怖い?」
中学生って、もう親離れしてるのが大半では無いのだろうか?小学生だって、まだ親と寝てるの?と囃し立てられると思うのだが。
蔵人が首を傾げると、今度は鈴木君が驚く。
「いやいや、怖いっしょ。だってファランクスってか、異能力部って女子ばっかじゃん?襲われたらって考えたら怖くね?」
ああ、そういう事か。
蔵人は納得する。
この世界は、そういう部分で貞操観念が逆転している。
今のこの現状を史実に置き換えると、男子ばかりのムサイ部活動に、紅一点のうら若き女子が1人、屋根の下で一緒に生活しているようなもの。
そう考えると…確かにデンジャラスである。
だが、実際はそうでは無い。
「大丈夫だよ。部屋は別れているし、男子の先輩もいる。それに、女子が部屋に入ってきて襲ったりは…」
蔵人の脳裏に、血走った目の鈴華が浮かんで来た。
あたしも入れろ!と両肩を鷲掴みされたり、布団に引きずり込まれそうになったり。
蔵人であったから良かったものの、あれが佐藤君だったらと考えると…。
蔵人が考え込むと、周囲の男子も動きを止める。
「おやおや?巻島君、固まったね。図星なのかい?」
「えっ!巻島君、襲われたの!?」
的確に蔵人の顔色を見抜く吉留君と、顔を青くした佐藤君。
蔵人は2人に、全力で首を振った。
「大丈夫、大丈夫。襲われてないって」
「本当に?なんか、心当たりがあるみたいな顔してたけど?」
「うっ」
佐藤君の指摘に、一瞬詰まる蔵人。
「いや、まぁ、何にも無いわけじゃないけどね。でもみんな、いい娘ばかりだからさ、心配要らないよ」
実際、あの時の鈴華だって、蔵人を思って部屋まで来てくれたのだ。
思いがちょっと行き過ぎて、部屋で押し倒されそうになったのも、まぁ中学生の勢いと思えば可愛いものだ。
自然と蔵人の顔も、柔らかくなる。
そんな蔵人の表情をどう思ったのか、吉留君が茶化す。
「いい子って、何かあれだね。巻島君は女子に好意を持ってそうな言い方だね」
「おっ、マジで?だれだれ?誰が巻島君のタイプなん?」
鈴木君が食いついて来た。
気付くと、蔵人の肩に手を置いて、ニヤニヤした顔で覗き込んでくる。
ここで強く否定しても面白くないだろう。
ここは同年代の少年達と、少しだけ遊ぶ事にする。
「さて、ここで問題です。俺が心を寄せている娘は誰でしょう?」
「いやいや。俺らファランクスに誰いるか知らんし。せめて名前教えてくれよ」
人差し指を立てて問題提起をする蔵人に、困り顔の鈴木君が両手をあげる。
名前ね。確かに。
「じゃあ、関わりの深い人達だけ上げるよ。先ず同学年の西風さん、鶴海さん、鈴華さん、ふし…」
蔵人が1年生から名前を上げていくと、途中で驚きの声が上がった。
「鈴華さんって、久我鈴華さんのこと?1年3組の?」
鈴華の名前を拾ったのは、今まで会話に参加しなかった渡辺君だ。
彼女が何組かは知らなかったけれど、蔵人は頷く。
「うん。多分その久我鈴華さんだよ。渡辺君も知り合いかい?」
「いや、知り合いじゃないけど、演劇部に3組の子が居てね。その子が良く噂話をしているんだ」
「噂?」
何か嫌な予感がして、蔵人は恐る恐る聞き返す。
「うん。なんでも、3組は久我さんの発言力が凄まじいらしくて、実質彼女が3組を支配しているみたいなんだってさ。裏では、彼女の事を女帝だとか、銀浪様だとか呼んでいるらしいよ」
じょ、女帝。
何をしているのだ、あの娘は…。
蔵人は目の前がチカチカ瞬いた気がした。
だが、渡辺君の話は終わらない。
「でも、その銀浪様にも意見を言える人もいるらしいよ。その1人が、隣の4組の金獅子って呼ばれている娘で、いつも銀浪様と口論しているんだってさ。ボスがどうだの、カシラがどうしたのって言い合っているって」
いや、もうそれって…
蔵人は耳を塞ぎたい衝動をこらえて、頭を押さえた。
「ち、因みに、その4組の金獅子さんの本名は?」
「確か、本名は伏見さん?だった気がする」
「ですよねぇ!」
つい、感情が口を突いてしまった蔵人。
それを見て、佐藤君が慌てる。
「ど、どうしたの?大丈夫?巻島君」
「うん。ごめん。あんまりの事で、ついね」
蔵人は苦し紛れの言い訳をするが、それに「分かる分かる」と頷く鈴木君と佐藤君。
「こええよな、女帝とか獅子とか。ただでさえ女子って強い異能力持ってるから怖いのに、更に怖いそんな奴らに近づかれたりしたら…俺、失神する自信あるわ」
嫌な自信だな。
「僕なんて、女子と喋るだけで心臓バクバクだよ。授業も部室で受けられないかって、最近では本気で考えているんだ…」
そんなに女子が嫌なのか。
蔵人が、特区の男子事情をまた新たに入手した時、後ろから自分を呼ぶ声がした。
「カシラ!カシラ!ちょっとすんません!」
振り返ると、話題の獅子さんが走ってきていた。
うわぁ…良いタイミング…。
「すんません、カシラ。お仲間とお帰りの所」
「う、ううん。大丈夫よ。どうしたの?」
あんまりカシラ連呼するな!と内心ヒヤヒヤしながら、笑顔で受け答える蔵人。
「部長からの伝言で、明日の練習は昼頃からになるって話ですわ。時間は多分、14時くらいからやと」
ああ、成程。
蔵人は警戒を解いて、伏見さんに頷く。
部長も3年生達も、今日は拉致られて遅くまで宴会の可能性がある。
本来の予定では、朝8時からの午前練であったが、予定が急遽変更した為に、伏見さんに伝言を頼んだのだろう。
伏見さんはそれを伝える為、蔵人を追いかけて来てくれたみたいだ。
その証拠に、彼女の額には大粒の汗が。
「態々ありがとう、伏見さん。飲みかけしかないんだけど、少し飲むかい?」
ちょっとでも水分をと、蔵人がドクペを差し出したが、伏見さんはサッと頭を下げてしまった。
「と、とんでもないっす!お気持ちだけで、ウチは、これで、失礼しやす!」
そう言うと、伏見さんは走り去っていった。
その姿を見ながら、蔵人は、今更になって自身の過ちに気付く。
がっつり「伏見さん」と言ってしまったなと。
蔵人は、錆びたブリキの玩具の様にゆっくりと、仲間達に振り返る。
4人とも、蔵人と伏見さんのやり取りを、穴が空くほど見つめていた。
口をパクパクさせて、言葉にならない感情を吐露する佐藤君。
「今、ふしみって…」
目をまん丸に見開く鈴木君。
「噂の獅子じゃんよ…」
面白そうに頷く吉留君。
「紫電倒す人は違うね」
冷静な顔で、ポンっと手のひらを打つ渡辺君。
「あ、そう言う事ですね、カシラ」
「カシラと言うなっ!」
蔵人の、心からのお願いだった。
それから数日が過ぎ、先輩達への祝福攻撃も落ち着いて来た、今日この頃。
蔵人は、6回目となる真剣勝負を戦っていた。
「せぇええいっ!!」
「シールド・ランパート!」
「2度目は、喰らわないよっ!」
ランパートを掻い潜る海麗先輩。
そう。ランパートの弱点は、こうして避けられると意味をなさない所にもある。
近距離の相手は、こういう所も厄介だ。
だが、蔵人に焦った様子はない。
海麗先輩が、蔵人との距離を一気に詰める為に飛び出した、次の瞬間。
「盾の伏兵!」
「ぐっ!うっ!」
海麗先輩に、無数の小さな盾が襲いかかった。
突然の攻撃に、一体どこから攻撃を受けたのかと、海麗先輩の足は止まる。
この技は、前もって床へ配置していた水晶盾を、相手が踏み込んできたと同時に操り、相手を襲う技である。
見えにくい水晶やアクリルを使うので、相手は攻撃されるまで気付かず、こうして足を止めてしまう。
「くっ!うぁ!」
1枚1枚は大したダメージにならずとも、法則性のない広範囲攻撃に、海麗先輩は焦って防御に徹してしまった。
そこを、
「シールド・ドリル!」
螺旋の一撃。
回転はさせずに殴るだけだが、海麗先輩は訓練棟の床を転がる。
立ち上がった海麗先輩にダメージは見当たらないが、これで蔵人の6戦4勝だ。回転させていたら致命傷だったからね。
「いやぁ~。またやられた。ここで新技とはねぇ」
「それだけ、追い詰められたということです」
確実に、海麗先輩は蔵人の技に慣れてきている。
自分もアップデートして行かないとと、蔵人は少し焦っていた。
そうして、真剣試合が終われば、本日の練習も終了だ。
2、3年生は先に帰宅し、1年生は床清掃と簡単な片付けを行ってからの帰宅となる。
関東大会が明けたばかりの頃は、蔵人も先輩達と一緒に帰っていた。
と言うのも、出待ちが多くて、蔵人を待つ男子も多かったからだ。
だが、昨日は一気に出待ちの人数も減っていたので、今日からはお掃除に参加できる。
何故、出待ちが居なくなったかは分からないが、多分顧問の先生に注意でもされたのだろう。
校内とはいえ、車も通る道を塞いでいたのだ。何か起こってからでは遅いと、蔵人も思っていた所だ。
そんな訳で、今日は率先して清掃を行う蔵人。
伏見さん辺りからは「こんな雑用、ウチらに任して、カシラは帰って下さい」と言われたが、それはダメだ。
同じ1年。待遇に差を付けてしまうと、不平等の発端となってしまう。
掃除が終わり、訓練棟を出たのは先輩達が帰ってから2時間も後だった。
鈴華が「ボス!新技思いついたから、見てくれよ!」と言い出さなければ、もっと早く終わったのだが、とても有意義な時間であった。
さて、帰ろうかと扉を開けると。
「あっ!出てきた!」
「えっ?あの子?あの子がそうなの?!」
「凄い、本物だ!」
「ちょーカッコイイ!」
「「「黒騎士さまぁ!」」」
うん。出待ちの娘がいっぱい居た。
しかも、何時もの男子達ではない。見知らぬ女子生徒ばかりだ。
あれ?なんでまた増えた?と蔵人が疑問に眉を顰めていると、
「本当に男の子だったんだね」
「冨道も天隆も倒したんでしょ?あの紫電様まで」
「うん。そう"書いて"あったでしょ?」
「"写真"で見るより、現物の方が可愛い♡」
書いてあった。写真…。
ああ、そういう事か。
蔵人は理解した。
女の子達の分厚い人垣を、何とか脱出した蔵人達1年生は、原因であろう教員棟の一角に赴いた。
時刻は17時。
夏休みにしては遅い時間帯に、しかし、そこにはまだ多くの生徒がたむろっていた。
彼女達は、壁に掛けられた掲示物を、穴があく程ジッと見つめていた。
蔵人が予想した通り、壁には新たにファランクス関東大会の記事が張り出されていた。それも、掲示板を殆ど占領しているのではと思うほどに、広々と幅を取っている。
如月戦は勿論。前橋戦も、初戦の筑波戦も記事になっていた。
グレイト10に、ミラブレイクを叩き込む直前の写真。
前橋前線のど真ん中に、単騎で突っ込んだ時の写真。
そして、紫電と繰り広げた激戦が、その時の空気までもを閉じ込めたかのように、生き生きと切り取られている。
その写真達の下には、読めばその風景が匂いまで呼び起こすかのような豊穣な文章が踊る。
記事の1つ1つに、並々ならない努力が滲んでおり、一目で愛を感じる作品となっていた。
ただ、解せない点もある。
蔵人の写真が異様に多いのだ。
如月戦は、まるで蔵人と紫電がメインであると勘違いする様なボリュームで書かれている。
そして、海麗先輩との秘密の一騎打ちが、こっそりコラムとして端に書かれている事だ。
これは…やったな。
製作者。逮捕案件です。
蔵人達が掲示板を眺めていると、ここでも興奮気味な視線を受ける。
「あっ、あれ、あの人」
「写真の人だ」
「黒騎士様?」
「すご~い。握手してくれないかな?」
先生達が詰める教員棟の中だからか、呟かれる声は小さい。
でも、注がれる瞳の熱量は、出待ちの人達と変わらない。
蔵人と写真を見比べて、黄色い声で囁き合っていた。
「あの銀髪の人」
「うん。この人だよ」
「こんなキレイな人、うちの学校にいたんだ」
「かっこ良くない?私ファンになっちゃったかも!」
鈴華にも、同じような視線が注がれる。
関東大会の掲示の横には、未だ都大会の新聞も張り出されている。
そこに写る天隆戦の鈴華を見て、女子生徒達が騒いでいるようだった。
ファランクス部が有名になるのは良いことだけど、これでは自由に校内を闊歩することも出来なさそうだ。
束の間の平穏が、終わってしまったと感じる蔵人。
だが、その予感とは違う形で、事態は動き出すのだった。
先日は西濱君に出会い、今回は1年の男子達との邂逅ですね。
彼らも、彼らの夏を過ごしている様です。
「そして、平穏な日々が終わりそうだな」
校内新聞が出てしまいましたからね。主人公はまた、当分動き辛くなりそうです。
「主人公だけではない」
そうですね。久我さんにも注目が集まっています。
「それについて、他のファランクス部員はどう思うのだろうな」
他の、部員ですか?