119話~元気にしとったか?~
激闘と葛藤が繰り広げられた関東大会から一夜明けた朝。
蔵人は自宅の庭先で軽めの朝練を行っていた。
何故、軽めかと言うと、部長に厳命されたからだ。
本日は部活動がお休み。合わせて、部員全員は体を休めるようにとお達しが出てしまった。
体を休めるように言われたので、魔力を酷使していた蔵人。
そして、今日の予定は頭も酷使しようと思っている。
即ち、お勉強である。
都大会、関東大会と戦いが続いているので忘れそうになるが、今は夏休みなのである。
学生には、夏休み中にやらねばならない宿題という敵もいるのだ。
具体的に言うと、各科目の問題集、読書感想文、自由研究、絵画等である。
問題集は夏休みスタートと同時に終わらせたので、問題ない。
感想文も、都大会の間に終わらせた。史実と内容が同じ小説を選んだので、読まなくてもスラスラと書き終えることが出来た。
絵画も終わってる。いや、描き終わっている訳ではなく、下手過ぎて終わっているのだ。
何を描いても終わっているので、全国大会への行きがけに、新幹線の中ででも描くとする(白目)
なので、終わっていないのは自由研究だけとなる。
だが、これも当たりは付けている。
研究内容は簡単な物理法則…例えば、ガリレオの落下の法則にでもしようと思う。物体の質量では、落下の速度は変わらないというあの法則だ。
盾を使えば、鉄球やプラ球を高くまで持ち上げられるので、後は落ちる速度を測るだけで十分だろう。
軽くて体積が大きい物は、若干落下時間が遅くなるが、それは空気抵抗の問題だと言及すれば、中学生の自由研究としては十分だと思う。
実験自体は大会中でも出来る。なので、今日は足りていない物を補充するつもりだ。
足りない物とは、落下させるプラ球や羽などの実験道具。それと、参考文献だ。
中学生レベルの研究とは言え、参考文献はあった方が信憑性が上がるだろう。
という事で、今日の午後は先ず、近隣の文房具店で実験道具を買い漁り、それが終わり次第、図書館へ行くつもりだ。
それ程立派な参考文献は必要ないので、小学生の時にも使ったことがある所で充分であろう。
その日のスケジュールを立てた蔵人は、朝食へと家に戻るのだった。
それから数時間後。
”大事な用事”は午前中に何とか済ませ、買い物も済ませた蔵人は、図書館へと赴いていた。
家から10分くらいの所にある、公民館と併設された小さな図書館だ。
慶太や西濱のアニキ、竹内君と夏休みの宿題をしによく来ていたものである。
中に入ると、少し薄暗い室内は冷房が程よく効いていた。
道中も、盾扇風機で涼を取っていたが、やはり科学の力には敵わない。
職員さんに図書館の会員カードを見せて、中に入る。
夏休みだが、館内は殆ど人がいない。
小学生の頃は、仲間と共に来ていたから気にしていなかったが、こう1人で入ると寂しいものだ。
蔵人はそう思いながらも、適当な本を数冊選んで、図書館の机の一角で軽く読み漁る。
参考文献は、少なくとも1冊。出来れば3冊程確保したいものだ。
そうして、物色から1時間くらい経過した時に、軽く肩を叩かれた。
なんだろうか?司書さんが注意しに来たのか?
だが、特にうるさくしていないし、本も丁寧に扱っているぞ?
咎められる理由をいくつか挙げながら、蔵人は肩を叩いた先を見る。
すると、懐かしい顔が片手を上げて白い歯を見せていた。
「よぉう」
「アニキ」
そこに居たのは、西濱雄也。小学校の同級生で、蔵人との修行を最後まで付き合ってくれた戦友である。
小学6年生の頃にDランク戦で全国大会に出場しており、今は確か、地元の中学校に通っている筈だ。
西濱のアニキは、何か話したそうな雰囲気を出しており、蔵人も旧交を温めたかったので、図書館を出て、隣の公民館の休憩スペースまで移動する。
「ホントにひっさしぶりだな!元気にしとったか?」
蔵人と机を挟んで対面に座ったアニキは、少し日に焼けた顔で満面の笑みを浮かべる。
「ええ。体だけは万全ですよ。アニキは?中学校は如何です?随分と日に焼けていますけど、部活か何かですか?」
「そうじゃ!部活部活。いやぁ〜、中学に入った途端、シングル部に入らされてのぉ。毎日キツいのなんのって」
どうやら、アニキは強制的にシングル部に入部させられたらしい。
全国大会にまで出たのだから、それは当然なのかもしれない。
そして、日に焼けているのは、特区外の異能力部は大概、野外での活動だからだ。
室内で練習できるのは、設備がしっかりとしている特区のお嬢様学校だけみたいだ。
アニキは他にも、普段の部活の練習風景や、普段の学校生活を教えてくれた。
学校自体は、蔵人が知っている一般的な中学と大差ない様に感じる。
部活にテスト、小学校からの仲間達とバカやって、中学校から知り合った仲間達ともつるんで、学校外の奴らと縄張り争いを繰り広げて…。
うん?随分と…なんと言うか、ヤンキーっぽくなっているな。
でも、話を聞く限り、アニキの学校生活は部活中心であり、そんなヤンチャ事には加わっていないらしい。
以前に、学校まで来た他校のお馬鹿さんを軽くあしらった程度だと、少し自慢げに話してくれた。
うん。十分にヤンチャしているじゃないか。
それでも、ヤンキーイベントはそれきりで、他はずっと部活漬けの日々だと苦情を言いながら笑っていた。
どうやら、アニキは今でも蔵人達と行っていた訓練を続けており、そのお陰か、学校内でもかなり強い方らしい。
3年生もいて、DランクやCランクの女子がいる中でも指折りの強さなのだから、かなり有望な選手だ。
他校との練習試合でも大活躍していると聞いて、蔵人は自分の事のように嬉しかった。
「お前さんはどうだ?特区の学校は天国だとか、監獄だとか、色んな噂ばっかでよく分からんのじゃ」
アニキが嬉々とした顔で、蔵人の方に身を乗り出してくる。
特区の外に居る人からしたら、特区の事はまるで分からないからね。今は内部情報を聞ける貴重な機会だ。
蔵人は、この数か月間の生活を振り返りながら答える。
「百山小学校との比較になりますが、勉強のレベルは高いですね。授業のスピードも早くて、付いて行くのがやっとという娘も多いです。その点に関しては、天国ではないですね。逆に、設備は物凄い整っていて、建物自体も多く、驚くほど豪華です。また、女子が圧倒的に多いですから、女の子好きな男子にとっては、天国かも知れません」
竹内君とか、サーミン先輩とかね。
「ですが、女子が苦手な男子にとっては、やっぱり監獄レベルでキツいのかも知れませんね」
大寺君などは女子を怖がっていたので、特区の中が異世界のダンジョンの様に見えるのだろう。
だが、アニキの様に強い男性なら、そう言う感覚は共感できないかも知れない。
そう思いながら話した蔵人だったが、アニキは苦い顔をして、顎を摩る。
「う〜ん、そうか。そいつは、ちとキツいなぁ」
「何か、心当たりがお在りで?」
「あぁ〜…その、なんだ…ワシもだなぁ…」
そう語り始めようとしたアニキの言葉は、突然の来訪者にぶつ切りにされてしまった。
「ああっ!いたぁ!」
大声が響き渡る。
見るとそこには、こんがりと日に焼けた小麦色肌の女の子が、こちらを指さして走り寄って来ていた。
髪の毛が明るい金髪だ。高ランク異能力者…は特区外にいるはずないから、ただ染めただけのギャル子ちゃんか?
それにしても、ちょっとうるさい娘だ。幾ら休憩スペースとは言え、ここは公共の場である。
周囲から白い目で見られ…周囲には誰もいなかった。公民館も、図書館同様に過疎っている模様。
今ここには、蔵人とアニキ、それとギャル子ちゃんと、その後ろに高校生くらいの清楚な女子生徒が1人。
その女子生徒も、どうやらギャル子ちゃんと顔見知りなのか、胸の前に腕を組んで、ギャル子ちゃんを諌めた。
「カオリ!建物の中では静かにしなさいよ!」
「そう言うホノカだってうるさいじゃん」
カオリと呼ばれたギャル子ちゃんは、注意された事も気にせず、流れる様にアニキの隣に座って、彼の片腕に抱きついた。
「ちょっと!西濱くんに何してるの!」
そう言うホノカと呼ばれた子も、カオリちゃんとは反対側のアニキの横にそそくさと座り、彼女と視線で火花を散らし始める。
いきなりの修羅場に、蔵人は説明を求める為に西濱のアニキを見る。
アニキは、眉間に皺を寄せていた。
「お前ら、静かにせい。ここは公民館じゃぞ。あと喧嘩すんなら別の所でせい。ワシを挟むな。何時も言うとろうが」
何時も…。
どうやらアニキも、随分と苦労をしているみたいだ。
考えれば、男で強いアニキの立場は、特区での蔵人と同じ。
更にアニキは漢が出来ているので、これだけモテるのも納得がいく。
ギャルと清楚系のお姉さんですかい。両手に花ですね、アニキ。
蔵人が納得していると、アニキのジト目がこちらをジッと見る。
「なにニヤニヤ笑っとんじゃ、蔵人」
「いえいえ。随分とおモテのご様子で。流石はアニキだと」
「嫌味かっ!」
「とんでもない。賛辞ですよ、心ばかりの」
アニキのパラダイス?が広がっている今の現状では、これ以上互いの友情を深めるのは難しそうだ。
蔵人が参考文献探しに戻ろうかと腰を浮かした、その時。声を掛けられてしまった。
「ねぇ、ユーヤ。こいつ誰?」
声を掛けられたのは蔵人ではなくて、アニキの方だった。
だが、話題は蔵人の事だから、この場から離れる訳にも行かず、蔵人は再度椅子に背中を預けた。
蔵人を指さすカオリちゃんの手を、アニキが軽く叩く。
「人を指さすなっ。蔵人だよ。巻島蔵人。ワシの友人だ。小学校の頃のな」
「巻島蔵人です。よろしくお願い致します」
蔵人が一礼すると、黒髪のホノカさんは軽く会釈してくれたが、カオリさんは詰まらなさそうに「ふぅ〜ん」と呟いただけだった。
ああ懐かしいな。この女子の反応。これぞ特区の外だと実感できる。
蔵人がしみじみそんな事を思っていると、アニキがばつの悪そうな顔でこちらを見る。
「蔵人。こいつらはワシの部活仲間だ。シングル部のな。練習後に撒いたと思っとったんだが、すまんな」
「撒いたなんてヒドーイ。頑張って追いかけてきたのにぃ〜」
「私は、その、分かってたんですよ。でも、カオリがまた、西濱くんに迷惑かけると思って…」
両側から猛攻撃を受けるアニキ。
アニキの眉間が、更に深い皺を刻む。
随分と手を焼いているご様子。
やはり女性にモテ過ぎると言うのは、特区の内だろうと外だろうと変わらないようだ。
贅沢な悩みだとは思うがね。
「随分と慕われていますね、アニキ」
蔵人の苦笑に、カオリちゃんがキツめの視線を投げ返す。
「はぁ?あったり前じゃん。もしかしてあんた、知らないの?ユーヤは凄いんだから」
「西濱くんは、今年の新人戦で優勝したんですよ。1年生のDランクで、全国トップなんです」
カオリちゃんに続いて、ホノカさんも得意げに顔を輝かせる。
そのホノカさんに、カオリちゃんの鋭い視線が突き刺さる。
「ちょっとちょっと、何言ってんの?ホノカ。ユーヤは新人戦だけじゃ無くて、今年の全日本でも1位になるんだよ?クリエイトシールドなのにめっちゃ強いユーヤなら、あの絶対王者も倒して、全国1位になるんだから。あんたはユーヤを信じてないの?」
「し、信じてますよ!当たり前じゃないですか!でも、今は、現在の話をしているんです!」
ほう。絶対王者か。
蔵人は言い合う2人を遠目に、カオリちゃんの一言に反応する。
関東大会で散々言われた、紫電を倒したと言われる剣聖。それが確か、絶対王者と呼ばれていた気がする。
だが、今の話題はアニキの全日本。つまりはDランクだ。
Cランクだけでなく、Dランクでも圧倒的強さを誇る選手がいるのか。
思わぬところからの情報に、蔵人がほくそ笑む。
その向こう側で、喧嘩を続ける2人にため息を吐きながら、アニキが声を上げた。
「ヤメんか、お前ら。人を勝手に持ち上げてからに。新人戦は1年生だけの大会だから勝てただけだ。全日本じゃ2年も3年も出てくる。今のワシのじゃあ、まだまだよ」
「もぉ~。ユーヤったら謙虚なんだからぁ。大丈夫だって。ユーヤはめっちゃ強いじゃん。もうユーヤに勝てる中学生なんて誰も居ないよ!」
「そうですよ!西濱君。貴方は天才なんです!」
アニキの言葉に対し、過剰とも思える程に褒めたたえる両脇の2人。
そんな2人に、アニキは疲れたように首を振る。
「ホントにヤメい。天才なんて言葉、蔵人を前にして言わんでくれ。恥ずかし過ぎて死にそうじゃ」
「何言ってるの?ユーヤ。こんな奴、居ても居なくても関係なくない?」
こちらを冷たい目で見るカオリちゃん。
竹内君が喜びそうな目だな。俺は嫌だけど。
蔵人が旧友を思い出してると、アニキがちょっと怒った様子でカオリちゃんを見る。
「こんな奴じゃあない。蔵人だ。お前、こいつが、この蔵人が誰だか分かって言ってるのか?こいつはな、今は超名門校の…」
「アニキ」
蔵人は、少し強めの言葉でアニキの言葉を止め、首を振った。
ここで蔵人が桜城の生徒だとか、Cランクであるとバラされたくない。
特区の外はセキュリティが甘い。アグリアや暴力団などの怪しい組織も存在している。
何かの犯罪に巻き込まれたら大変だし、そうで無くとも、Dランクの女性達に追いかけ回されるのは厄介である。
特区のCランクでもそうなのだ。きっと、走るゾンビ並みの脅威だと思う。
アニキもそれに気付いたのか、言葉を切って、次の言葉を頑張って探す。
「あ〜…兎に角だ。蔵人はワシよりも数段凄くて、比べられん程の天才じゃ。俺の師匠みたいなもんだからな」
アニキが苦労して探した言葉を聞いて、ホノカさんは目を見開いてこちらを見た。
「えっ!?も、もしかして貴方も、Dランクなんですか?」
「とんでもない。Dランクではありませんよ」
Cランクだからね。嘘ではない。
蔵人の返答に、カオリちゃんは安心した顔で笑う。
「あ~ビックリした。もうっ、冗談キツイよ、ユーヤ。Eランクの底辺男子が、ユーヤの師匠な訳ないじゃん。友達だからって甘すぎだよ?付き合う友達は、しっかり選ばないと」
蔵人の回答を、勝手にEランクだと誤解してくれたようだ。助かる。
蔵人が安堵していると、
「すみません。えっと、巻島君、でしたか?」
蔵人をあざけ笑うカオリちゃんの横で、ホノカさんの目が少し怖くなっていた。
最近良く向けられる目。
蔵人を狙う、特区の女子達と同じ、猛禽類の目。
こいつは、こちらの事情に勘づいたかもしれない。
蔵人が警戒していると、ホノカさんが席を立とうと腰を浮かす。
「もしよろしければ、少しお話を…」
「それでは、僕はこの辺で。お邪魔しました、皆さん」
話をしたいと持ち掛けてきたホノカさんの提案を、蔵人はぶった斬って先に立ち上がる。
次いで、手元のメモ帳に自分の携帯番号を書いて、アニキに渡す。
「すみません、アニキ。またお時間ありましたら、近況報告でもし合いましょう。では」
蔵人は一礼すると、数冊の本と一緒にそのまま帰路に着く。
本当はもっとアニキとも喋りたかったし、自由研究の参考書を漁りたかったが、仕方がない。あのまま談笑に混じっていたら、確実に自分の素性がバレていただろうからね。
蔵人が足早に部屋を出る時に振り返ると、ホノカさんが立ち上がるのを、アニキが抑えてくれていた。
助かる。
多分アニキが抑えてくれなかったら、次にストーキングされたのは蔵人の方だ。
蔵人は、暑い夏の帰り道を、全速力で帰宅するのだった。
2章ぶりの西濱君でした。
「あ奴のメニューを受けた訓練生だな。小学6年生で全日本に出たと一文であったが、まさかこれ程まで主人公ムーブをしていたとは」
ある意味、特区の外の主人公ですね。
外にも、絶対王者が居るみたいですし。
「強い男が好まれるというのは、特区の内外で変わらないみたいだな」
絶対に、主人公の素性がバレないようにしないといけないですね。