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117話~その答えはいつも、自分の中にある~

ご覧いただき、ありがとうございます。

ここからは、数話日常回となります。

新章は、一週間程度後になるかと思います。


では、ある意味サービス回を、どうぞ。

「テコ入れ回とも言う」

関東大会の表彰式を終えた蔵人は、会場を後にして、ホテルで荷造りを終わらせる。

長らくお世話になった大部屋に一礼してから背を向け、学校に戻るべくバスへと乗り込もうとした。

それが10分前の出来事。


そして、現在。

本来であれば、バスの中で優勝トロフィーをみんなで回し合っていたであろう時間。

だが、実際は…。


「海だぁ!」

「いやっほぉおぅ!」


蔵人の両脇を駆け抜けて、白い砂浜を駆けるのは、白いキャミソールを着た栗毛色の可愛らしい女の子と、銀髪が煌めくビキニスタイルのナイスバディな美女。


「ちょい待ちぃや!しっかり準備してからやろ!」


そんな2人を追いかける金髪の真面目ちゃんは、スカートタイプの水着を着ている。

どうしてこうなったのか?それはこちらが聞きたい。

バスに乗ろうと、ホテルのエントランスを出た蔵人達は、駐車場まで歩みを進めた。

だが、そこで悪魔の誘惑を囁きかける先輩がいたのだ。


『おい!折角そこに広大な海が広がっているのに、素通りする気かよ!夏休みだぜ?俺達、優勝したんだぞ!?今泳がないで、いつ泳ぐんだよ?!』


サーミン先輩の演説に、先輩達も乗り気になってしまい、真面目でしっかり者の部長まで目の色を変えてしまった。

どうやら、皆さんも最初からその気はあったようで、各々の旅行バッグから水着を取出して、足早に海へと繰り出すのだった。


それに引きずられた蔵人も、あれよあれよとここまで来ていた。

なので、蔵人だけまだ、白いジャージを着たまま、棒立ち状態であった。


「みんな、はしゃいでいるわね」


深い青色の長い髪を靡かせた鶴海さんは、その髪に反した白色のワンピースタイプ水着を着て、蔵人に微笑みを向ける。

白い浜辺に青い空をバックにした彼女は、とても絵になる。

携帯のカメラで激写したいところだが、生憎携帯はショルダーバッグと一緒に、バスの荷物置場にINしてしまっている。

若葉さんが居たらなぁと考えながらながら、蔵人は鶴海さんに頷く。


「そうですね。試合中はほとんど遊べませんでしたから、その反動と言いますか、ご褒美ではないでしょうか」

「そうね。でも、みんなちゃっかり水着を持って来てるなんて、初めからこのつもりだったのかもしれないわね」


私もだけれどと、鶴海さんは少しいたずらっ子ぽい笑顔を浮かべて、自身の水着を摘まむ。


「とても良く似合っていますよ、鶴海さん」


蔵人が笑顔でそう言うと、鶴海さんは目を大きく見開いて、顔を伏せながら「あ、ありがと、う」と弱々しく頷く。


「あーあ。みんな羽目を外しちゃってるね〜」


蔵人の後ろから声が聞こえた。

振り返ると、黒いビキニ姿の褐色乙女が、手で目の上に庇を作って、はしゃぐ後輩達の様子に目を細める。

その横には、黒髪の乙女が眉間に皺を寄せて、腕組みをしていた。

海麗先輩と部長だ。


「まったく。集合時間までそんなに時間無いのに、みんな勝手なんだから」

「そう言う麗ちゃんも、ちゃっかり水着を着てるじゃん」


海麗先輩が、部長のパーカーを摘んで開けると、そこには前をリングで止めた攻め型のワンピースタイプ水着が顔を覗かせる。


「こ、これは、その、海麗に見てもらいたくて」

「うんうん。可愛いね!麗ちゃん」

「ホント♡?!」


…部長の周辺だけ、急激に気温が上昇している気がする。部長は通常運転のご様子。

平穏無事だな。

結局、みんな水着を持ってきていたみたいだ。

海が近いからね。もしかしたらと思って、持ってきたのかも。


その点、蔵人は抜かってしまった。

異能力戦以外には興味が無かったので、普段着と訓練用の着替え以外は持ってきていなかったのだ。

だが、海パンぐらいは準備するべきだったかもしれない。

泳いだり、砂浜をダッシュするだけでも、かなりの訓練になっただろうから。


とは言え、鈴華やサーミン先輩みたいに、遊び道具まで持参していたのは準備が良すぎる。

サーミン先輩なんて、祭月さんが欲しがっていたプレイメーカー2まで持参して、大会1日目の夜にはゲーム大会を開いていた。

そして、余りにも大騒ぎし過ぎてホテルから苦情が出てしまい、彼のプレメ2は部長に没収されてしまったのだ。

あの時の部長は厳しかった。問答無用で取り上げて、直ぐにテレポートで学校に送ってしまったらしい。


と、話が脱線したが、何も用意していなかったのだから仕方がない。

蔵人は、浜辺に転がっている流木に腰を降ろして、若人(わこうど)達の青春を満喫することにした。

しようと思ったのだが、


「なんだよ、ボス。泳がねぇのかよ?」

「蔵人君、調子悪いの?」

「こんな所やと、熱中症になってまいますよ。ラムネかなんか、()うて来ましょか?」


西風さん、鈴華、伏見さんが心配して近寄って来てくれた。

気にせずに遊んでいて良いのに、優しい娘達だ。


鈴華は、泳いで濡れた体そのままに、蔵人を覗き込む様に体を屈ませるので、ちょっと危険な体勢だ。

蔵人はその連山に目線が行かないよう、彼女の目を見て話す。


「大丈夫だよ。水着を持っていないからさ。今回はみんなの様子をここから見守るよ」


まぁ、誘われたら砂城作りくらいは出来るから、みんなが海に飽きた時点で近寄ろうとは考えていた。

それでみんなが納得するかと思っていると、


「なんだよ水臭い。じゃあ俺の貸してやるぜ!」


と、後ろからサーミン先輩が登場した。

サーミン先輩の周囲には、以前カラオケに来ていた女子生徒や、知らないお姉さん達がいた。

あれか。街で引っ掛けたのか?このプレイボーイは。


サーミン先輩のハーレムメンバーに蔵人が面食らっている間にも、サーミン先輩は手提げ袋からかトランクス型の水着を取り出して、蔵人に渡してくれた。


「生憎、今はこれしか持って無いんだわ。悪ぃけど、これでも良いか?」

「ありがとうございます。助かります」


良いも悪いない。気前よく貸してくれるサーミン先輩の心意気に、蔵人は頭を下げた。

しかも、サーミン先輩はパーカーまで貸してくれた。

先日貸してくれた奴だ。

今は日差しがキツイけど、日が落ち始めたら寒いからね。なんと優しい事か。


早速、近くのトイレで着替える蔵人。

本当は、その場でバスタオルとか巻いて着替えても良かったのに、着替え始めたら伏見さんに「なにしとんですか!」と怒られたので、こちらで着替えた。


全く、皆さん初心(うぶ)なんだから。

蔵人は海パンを履いて、パーカーは肩に掛けてみんなの待つ砂浜へ。


「おまたせ〜」


鈴華の背中を見つけたので、手を上げながら声を掛けると、鈴華がくるりとこちらを向く。


「やっと来たか、ボス!早く海には、い…ろ…」


しかし、こちらを向いた鈴華は、徐々に言葉が小さくなり、途中で止まった。

そのまま、こちらを凝視する。


うん?

なんだ?

なんか、変なものでも付いているか?

蔵人は一度、自身の体を見回してみたが、特段おかしな所はない、と思う。

社会の窓がオープン…とかでもないな。


だが、蔵人を見るみんなの目は、とても正常とは言えない。

鈴華は、「おぉぉ…」と唸るばかりだし、

鶴海さんは、「蔵人ちゃん、大胆ね」と少し呆れ気味だし、

西風さんに至っては、「お、おっぱ、おっぱい…」と顔を真っ赤にしてあわあわ言っている。

違うぞ、西風さん。これはおっぱいじゃない。()っぱいだ!大胸筋だ!


蔵人はよく分かるように、片方の手首をもう片方の手で掴みながら大胸筋を強調する。

所謂サイドチェストである。

勿論、笑顔を忘れずに添える。

ヤーッ!


それを見た西風さんは、「ひゅぅ…」と言い残して、地面にへ垂れ込む。

顔が真っ赤だけど、そんなに刺激が強すぎたかな?まだまだ3か月程度のトレーニングで、漸く各所の筋肉が筋張ってきたレベルなのだが。


「ボス」


西風さんを相手にしていたら、いつの間にか、目と鼻の先に鈴華の顔があった。


「ちょっとだけ、触ってもいいか?」


抑揚のない、事務的な声で聴いてくる鈴華。

だが、鼻息は荒く、目がギラギラしていた。

その余りの威圧に、蔵人は「お、おう、どうぞ?」と若干引き気味に頷いた。


「うひょ~、めっちゃ硬てぇ~!」


鈴華が大胸筋だけじゃなく、上腕二頭筋も僧帽筋も、腹筋や腹直筋も触ってくる。

しっとりとした柔らかい手が、硬さを楽しむように少し揉んでくるので、ちょっとくすぐったい。

けれど、こうして努力の結晶を認めてくれるのは嬉しいものだ。

嬉しくなった蔵人が、輝く笑顔でポージングを決めていると、


「何しとんねん!」


顔を真っ赤にした伏見さんから、鋭いツッコミを入れられてしまった。

年頃の女の子相手に、ちょっとやり過ぎたか、すまん。


「鈴華、それセクハラやで!」


ただし、ツッコまれたのは蔵人ではなく、鈴華の方であった。


「うっ、いや、その、つい…」


言われた鈴華も、何時もの様に反発することは無かった。

寧ろ、かなり気まずそうな顔をして、筋肉を堪能していた手をしょんぼりと萎れさせていた。

伏見さんの吊り上がった目が、蔵人にも向かう。


「カシラもカシラや。そないな破廉恥なカッコしとったら、痴女に襲ってくれ言うとるのと一緒やで?」


伏見さんの呆れとも取れる言い方に、蔵人は首を傾げる

別にブーメランパンツとかでもなく、普通の短パンスタイルなのだが、そこまで破廉恥なのだろうか?特区外の小学校では、これでプールの授業を受けていたし。

…小学生の頃は、女子と別々だったから、強くは言えないけれど…。


判断に困った蔵人は、目線を鶴海さんに向ける。

察してくれた彼女が、顎に人差し指を当てた。


「えっとね。蔵人ちゃんは特区外の出身だから理解しがたいのかもしれないけれど、特区の男子はあまり肌を露出したがらないのよ。だから普通は、短パンに上着を着たり、ウェットスーツみたいなのを着るの」


マジですか。

ああ、だからサーミン先輩はパーカーまで貸してくれたのか。


「では、今の僕は、女性で言うとどのくらいの露出度なんでしょう?」


蔵人がそう聞くと、鶴海さんは「そうね〜」と辺りを見回す。


「個人的な感覚だけど、櫻井部長レベルじゃないかしら」


鶴海さんの視線を追うと、そこには海麗先輩と楽しそうに浜辺を歩く部長がいた。

そのカッコは、蔵人の感性で言うとかなり際どい。

後から鈴華に聞いたが、クロスホルター型のビキニと言う名前らしい。

胸やお尻を覆う水着の面積が小さくて、部長のサイズだと簡単にボロンしそうで怖い水着である。

あれと一緒か。


「どう?」


鶴海さんが心配そうに覗き込んで来たので、笑顔で返す。


「パーカーを、着させて頂きます」


そう言って、大人しくパーカーで上半身を隠した蔵人であった。

しかし、真夏の海はとても蒸し暑く、陸上でパーカーを完全着用するのは熱中症の恐れもあったので、いつの間にかパーカーは羽織るだけになっていた。

そんな蔵人を見て、鶴海さんはフォローに入る。


「うん。あくまで、そういう人が多いってだけで、小さな男の子やお爺ちゃんは、海パン1枚って人も案外いるわ」


との事。

ならば俺もと、蔵人は完全にパーカーを脱ごうとしたが、


「それでも、その、蔵人ちゃんは体が…その、良いから、気を付けた方がいいわ」


真っ赤になりながらも、(さと)してくれた鶴海さん。

それに相槌を打つ鈴華。


「うんうん。殆どの男はヒョロヒョロかブヨブヨだもんな。あれじゃ、あんまり触りたいと思わないぜ」

「マッチョでも触ったらアカンって」

「うっ」


伏見さんのツッコミに、苦い顔をする鈴華。

その横で、蔵人のパーカー姿を盗み見する西風さん。


「でもホント、蔵人君の体は凄いよね。漫画の中の男の子みたい」

「桃は普段、どんな漫画読んどんのや」

「ひゃぁっ!」


西風さんも、真っ赤な顔で轟沈した。

でも、そうか。男性に対する貞操観念が、こういう所でも異なるのか。

蔵人は考える。


恐らく、男性よりも女性の方が強い世界だから、そこの感覚も異なるのだろう。肌を見せるとは、自身の魅力や弱味を見せるという事。

タダでさえ女性よりも圧倒的に弱い男性は、自然と肌の露出を減らし、女性から襲われるリスクを減らしたと考えられる。

逆に女性は、異能力がない世界よりも露出度が高くなっている。

現に、中学1年生がビキニを着ていたり、中学3年生がマイクロビキニやハイレグ水着を着てい平然と歩いている。


史実世界の感覚では、ちょっと目のやり場に困ってしまう状況である。

こう言う特区の常識を、早く習得しなければ。

蔵人は改めて、自身の勉強不足を痛感した。



そんなドタバタ劇もありながら、蔵人達は海水浴を楽しんだ。

海で泳ぐのは早々に飽きたが、海麗先輩が持ってきてくれていたビーチボールで遊んだり、

部長が持参していたビーチフラッグで、鈴華とデットヒートを繰り広げられたり、


鶴海さんと西風さんと一緒に砂山を作っていたら、徐々に先輩達も集まりだして、立派なお城が出来上がったり、

その新築の城に、ビーチバレーをしていたサーミン先輩が突っ込んで来て、見事にぶっ壊されたり、


罰として、サーミン先輩を砂に埋もれさせるというイベントも起きた。

埋もれさせたと言っても、寝転んだ上に砂を軽く掛けただけだ。

軽くとは言ったが、罰という意味合いを込めて、シュワちゃんもびっくりなムッキムキに作ってあげた。


そんなこんなで、楽しい時間を過ごした蔵人達は今、海の家で遅い昼食の最中であった。

こんな微妙な時間なのに、かなり人が多い。

多分、大会帰りの一般人や、選手が利用しているのだろう。

現に、大会で戦った顔もちらほら見受けられた。

あれは、前橋の小栗選手だな。焼きそばがチョモランマみたいになっているけど、あれ1人で食べるのか?

その隣では、筑波の丹治所長がお好み焼きが隠れるくらいにマヨネーズを盛りまくっている。

明らかなカロリーオーバーだが、そのエネルギーは全部頭に行くから大丈夫なのかね?


蔵人も座敷でカレーを食べる。

辛口で頼んだ筈だけど、あんまり辛くないね。

一般向けの店だから、そこは限度があるのかな?


蔵人が内心で残念に思っていた、その時、後ろのお客さんと背中同士が触れてしまった。

混んでいるから仕方ない事だけど、こちらから早めに謝っておこう。


「すみません。大丈夫で…」

「そのまま聞いてくれ」


有無を言わさない一言。

蔵人の謝罪を遮る様に呟かれたその言葉を、蔵人は直ぐに受け入れた。

それどころか、少し後ろに体重を移動させて、後ろのお客さんの背中に、再び自身の背を預けた。

お客さんも、それに対して身動ぎもしない。

ただ、言葉を紡ぐ。


「俺は、何故負けた」


絞り出す様な掠れた声は、いっぱいの感情が籠っている様に聞こえた。

試合の最後、彼女が問うていた言葉だ。


この試合が終わってからの数時間、自問自答していたのだろう。

こうして、わざわざ蔵人に逢いに来てまで知りたい事。

音張さんは甘いと言うかもしれないけれど、関係ない。

わざわざ逢いに来てくれた事が、蔵人は嬉しかった。


「俺の背中を追いかけて来たと、あの時君はそう言ったね?」


蔵人の言葉に、彼女は返さない。

でも、聞いている。そう思う。


「俺の背中ばかり見ても、それが正しいとは限らない。追うばかりではなく、時には一歩引いて、空を見ることも大事だ」

「…何だよ、ソラって」


不満が満載の声で、返してくる彼女

少し、遠回りに言い過ぎたな。

蔵人は反省して、言葉を選び直す。


「君の強みをしっかりと把握する事かな?最後に繰り出した君の技は、何処か俺のミラ・ブレイクに似ていた。俺の技を、意識していたんじゃないかい?確かに、一点突破は我々魔力が少ない者には有効な技だ。でも、君が俺の技をそのまま真似るのは、正直勿体ないと思う。君の長所は何だと思う?紫電」

「紫電じゃねぇ。今は、違う」


唸る様に呟く彼女は、直ぐに言葉を繋ぐ。


「俺の長所は…速さ…か」

「俺もそう思う。君の強みはスピード。相手を翻弄し、隙を作った相手に振るわれた強靭な爪牙(そうが)で切り裂く。高速移動と斬撃を両立させるその爪が、君の強みだと思うよ」

「俺の、強み…」


そう呟く彼女から、少し背中を離す蔵人。


「俺の背中を追っても、本当に強くなるヒントは多分無いよ。無理して俺の真似をするんじゃない。君の強さを活かすことが必要だ。探すんだ、君だけに出来ることを。その答えはいつも、自分の中(ここ)にある」


蔵人はそう言いながら、自身の胸を親指で指し示す。


「………」


彼女は、暫し無言で動きを止めたが、直ぐにすっと立ち上がった。


「次は勝つ」


それだけを言い残して、去ろうとする。

蔵人は急いで振り返る。


「もう、行くのか?」


蔵人の呼びかけに、しかし、彼女は止まらない。

黒髪を揺らして去ろうとする戦友の背に、蔵人は言葉を投げかける。


「なぁ、戦友。今のはあくまで、もっと効率良く強くなる方法だ。今の君が強くないと言う訳では無い。君の努力は無駄じゃなかった。確かに君の爪は届いていた。俺の鎧に、(しか)と刻まれた」


彼女は、蔵人から数歩離れた所で一旦止まった。

振り向きはしない。でも、僅かだが、こちらを伺う様子に見える。

蔵人は、続ける。


「俺はこのまま、君の爪痕と共に、全国に行くぞ。俺がここまで来た証、君との激闘の記憶だ」


一瞬だけ、彼女の目が蔵人を捉えた。

本の一瞬だったかも知れない。だが、蔵人にとっては、長いこと見つめ会っていた気がした。

彼女が、ふつと、唇を動かす。


「良いだろう。なら、この先を進むお前に、先駆者からの忠告をしてやる」

「忠告?」


訝しむ蔵人に、彼女はただ一言を零す。


「フェミニスト共に気を付けろ」

「……なに?」


フェミニスト?何故、ここで、女性権利主義者の名前が?

しかし、彼女はその後何も言わず、そのまま店を出ていった。


その2人の様子を、興味深く見守っていた人も、周りに何人かいた。

伏見さんもその1人だった。


「カシラ、今のは…?お知り合いですか?」

「うん。ああ、そうだね」


蔵人は改めて、店の入口を見返す。

記憶よりも少し長くなっていた、彼女の美しい黒髪は、今はそこに無かった。


「俺の…昔からの戦友(ライバル)だよ」


一言、蔵人は寂し気に呟いた。

迷い続けた日向さん。

主人公とのこの会話で、少しでも迷いが晴れてくれたら良いですね…。


さて、迷いに迷った逡巡篇でしたが、これにて全員の迷いが終わりました。


「いいや、まだだ」


えっ?


「まだ1人、悩んでいる奴がいるぞ」


そ、それは、何方でしょうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 圧倒的日常回からのシリアスの匂わせ…!落としどころへの流れが素晴らしいですね。筋肉の見せつけ、特区の常識の認知、サーミン先輩へのいじり、日向嬢へのアドバイス、そしてフェミニストなる存在…情…
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