115話~それが、信頼ってもんだろうがよ~
何度もぶつかる白銀の剛腕と、紫黒の鉤爪。
限られたフィールドの中で、幾度もの火花が散り、金属同士が奏でる不協和音だけが、繰り返される空間。
殆どの者が、目で捉える事すら困難な戦闘。
圧倒的な速度と攻撃力で、その場を蹂躙し続けた2匹の猛獣の縄張り争いは、突如として、
止んだ。
中立地帯、その左翼壁際。
膝を折ったのは、黒い虎の方であった。
「かはぁっ!はぁ!はぁ!はぁ!」
肺に酸素を取り込むこに注視するあまり、空へと上がる顎は、まるでエサを焦がれるひな鳥のように貪欲に酸素を吸い続けている。
『おおっと!先に崩れたのは紫電選手!3分間以上に及ぶ激闘の中、互いの牙が拮抗していたかのように見えていたそれが、今!決着が着いた!立っているのは桜坂96番、96番!黒騎士選手だぁ!』
「「「くろきしぃいい!!!」」」
「行けぇ!黒騎士さま!勝てますよぉぉお!」
「紫電様!立って!」
「「「紫電様ぁ!!!」」」
実況が吠え、観客席から歓喜と悲鳴が飛び交う。
それを受ける2人は、しかし、動かない。
黒の白虎は天を仰ぎ、白の黒騎士は周囲を見渡す。
蔵人達を囲んでいた電撃は、いつの間にか無くなっていた。
電光掲示板を確認すると、現在は試合開始から13分58秒となっている。
3分間経ったから、金網デスマッチは終了してしまったのだろう。
それでも、今蔵人達に近づこうとする者は誰もいない。
もう、中央も右翼も、左翼に割ける余裕は無いようだった。
中央部。そこでは激しい攻防が尚も続いていた。
雷撃が迸り、それを受ける白銀の騎士達は、既に大半が黒く焼けてしまっている。
それでも、先輩達は果敢に攻め続け、紫黒の悪魔達を相手領域まで押し返していた。
右翼。そこでも前線は、相手領域の直ぐ近くまで迫っていた。
だが、随分と人数が少ない。
後半戦開始の時点では、右翼だけで6人づつが睨み合っていた戦場は、今はその半数にも満たない戦力で、互いの前線を維持している。
残りはどうしているかというと、既に退場してしまったみたいだ。
ベイルアウトしてから、まだ2分間が経っていないのだろう。
若しくは、相手側においてはもう、交代できる選手がいないのかもしれない。
厄介な連携を繰り出すと注意されていた相手のBランク3人も、今は1人を残すだけとなっていた。
桜城と如月の試合は、今までにない程に苛烈を極めていた。
それだけ、如月の攻撃力が高いのだ。
音張さんが言われていた通り、寄せ集めと見られていた彼女達は、十二分に練習を重ねて来た精鋭達であった。
実況の声が、再びフィールドを駆ける。
『まさか、まさか紫電が膝を折るとは誰が予想したでしょう!2年前の全国大会、あの試合で負けて以降負けなしだった紫電が、あの絶対王者が、剣聖以外の人間に負けてしまうのか!?』
まるで煽るかのような実況の言葉に、紫電は顔を伏せ、悔しそうに芝生を殴る。
「はぁ、はぁ、はぁ…くそっ!」
小さく悪態を着き、目線を少し上げて紫電がこちらを睨みつけてくる。
蔵人はそれに、しっかりと受け止める。
彼女が悔しがるほど、蔵人は今の攻防に反省点は無いと考えていた。
寧ろ、数年前に対峙した頃と比べて、攻撃の練度が格段に上がっていることに感動すら覚えていた。
以前は移動する度に、大きな隙を作っていた彼女。
だが今では、移動からの攻撃が流れるように繰り出され、蔵人の防御を切り裂いていた。
4年間の積み重ね。それは、確かなものだったと思い、
彼女の強い視線に、思いを乗せて見つめ返すのだった。
だが、そんな蔵人に、紫電は視線を再び下げた。
「5分も、もたねぇ、かよ、はぁ、はぁ。こんな、もんかよ」
紫電が弱音を吐くたびに、彼女の周りにあった濃厚な、目にも見えていた魔力のオーラは、徐々に薄く、弱弱しくなっていく。
やがて、薄っすらとしたモヤが、体に纏わり付くだけとなっていった。
それでも、彼女はキッと顔を上げる。
その目から感じる圧は、まだ死んでいない。
鋭い威圧が、蔵人を射抜く。
と、同時に、
「なんて、言うとでも思ったか!!」
紫電が吠える。
立ち上がり、魔力を全て体の末端、手と足の爪に集中させて、両手を突き出す。
「俺の4年間は、こんなもんじゃねぇ!俺の限界は、ここじゃねぇんだ!」
その姿は、まるで虎のアギト。鋭利な10本の爪が、極限まで研ぎ澄まされた牙となり、危うい光を放つ。
「これが俺の全力だ!全身全霊の、俺の、全部だ!」
再び構える、白虎の構え。
それはまるで、蔵人の螺旋盾を彷彿させるように、全ての鋭牙が蔵人に向いていた。
全力の、一点突破の構え。
全ての魔力が渦巻き、螺旋を描く。
流れる魔力の量こそ、海麗先輩はおろか、蔵人にすら届かない。
だけど、その流れの滑らかさは、蔵人の螺旋盾にも届こうとしていた。
彼女もまた、若葉さんと同じように、異能力の技術が格段に向上している。
これが、ユニゾンしたことによるものなのか。
紫電の牙が、白く輝きだす。
「だから、黒騎士!てめぇも全力で来やがれっ!」
ギラギラとした、紫電の魔力。
4年間を費やした、彼女の研ぎ澄まされた構えに、
蔵人は、
「あい分かった」
全力を出す。
「盾・一極集中」
体中に張り巡らされていた盾が集まりだし、蔵人の突き出された右拳に集まり出す。
やがて、その盾達は集い、連なり、4枚の大きな白銀の盾へと変貌する。
その盾が、回る。
回る。廻る。
高速回転する。
キィイイイイイン!
風を切り裂き、空気を震わせる。
「行くぞ、紫電!」
「うるぅうううああ!!!」
紫電が、蔵人に向かって飛び出す。
漆黒の鋭牙と、白銀の螺旋が激突する。
互いの魂が、相手を穿とうと、しのぎを削る。
ぎぃいいいい!!という、身の毛がよだつ高音が会場中に響き渡り、多くの者が耳を覆った。
『こ、これは…!!』
余りにも激しい2人の激突に、周囲でも異変が起こり始める。
『スパークだ!激しい異能力同士のぶつかり合いで、放電現象が起きている!学生の、それもCランク同士の戦いで、こんな事が起こり得るのか!?』
超高速で回転する盾と頑強な爪。2つの凶器が接触したそこには膨大な熱量が発生し、一部が電気エネルギーに変換される。
そのエネルギーによるものだろうか。2人の刃には膨大な負荷が掛かり、鋭く尖っていた切っ先が、徐々に変形していった。
その変化が顕著だったのは、紫電の爪の方だった。
『と、溶けてる。溶けてるぞ!紫電選手の技が、消えかかっている!王者を引きずり降ろしたその爪の先端が』
しかし、実況の言葉の最中にも、状況は変わっていく。
拮抗していた両者だったが、徐々に、徐々に紫電が押されていく。
「がぁあああ!!!」
腹の底から叫び、気合を入れ直す紫電。
だが無情にも、彼女の両足は地面を削りながら、如月領域へと後退していく。
止まらない。寧ろ、加速していく。
「く、ら、とぉお…」
食いしばる彼女の口から、自分を呼ぶ声が漏れた時、
彼女は止まった。
いや、違う。止められた。
彼女の背中には、既に、青く輝く円柱がそびえ立っていた。
如月の、円柱だ。
それと同時、今まで耐えていた爪にも変化が訪れた。
1本が根本から折れ、地面に落ちる前に砕け散る。
それと同じくして、全ての爪に亀裂が入り、
まるで砂上の楼閣の様に、全ての爪が、紫電の異能力が、
砕けて消えた。
相手が消えた蔵人の盾は、真っ直ぐに進む。
紫電の目が、蔵人を真っ直ぐに捉える。
蔵人の盾が紫電を穿つその直前。
蔵人は、盾を放棄した。
まるで白い花びらのように、回転していた白銀の大盾は四方に吹き飛び、爪と同じく直ぐに消えた。
その中心にいた蔵人は、右拳を突き出したまま、その鱗を纏った白銀の拳を、紫黒の防具へと叩き込む。
白銀の龍の拳が、紫電のプロテクターを曲げ、彼女の背中が再び円柱に激突する。
「がぁっ、ぐっ!」
紫電が、苦悶の吐息を吐く。
拳を彼女から離すと、円柱を伝うように、紫電の体が地面へとずり落ちていく。
蔵人の拳は、そのまま青い円柱に触れる。
静寂が、蔵人達を包む。
聞こえるのは、足元で項垂れる紫電の荒い息遣いのみ。
しかし、直ぐに会場の声が戻って来る。
まるで雨粒のように、ぽつ、ぽつぽつ、と。
そしてすぐに、さささ、ざざざ、ずざざざっ!と、スコールの様に大きく唸り出す。
『き、決まったぁ!左翼の激闘を制し、ファーストタッチを決めたのは、桜坂96番!黒騎士選手!桜城の黒騎士様その人だぁ!!』
「「「「うぉおおおおおお!!!」」」」
「「「「くろきしぃいい!!!」」」」
「やった!チャンピオンに勝った!チャンピオンに勝った!」
「蔵人君が、蔵人君が勝ったよ!良かったよテルちゃん!」
「分かった!分かったから桃花ちゃん!私の袖で顔拭かないで!ハンカチあげるから」
『同時に、桜坂の支配領域が73%となりました!試合時間15分経過で70%を超えた!この瞬間に、桜坂のコールド勝ちが、決定しました!』
「「「わぁああああ!!!」」」
「「やったぁー!!!」」
『勝ったのは桜坂聖城学園!実に12年ぶりの、関東大会優勝だぁ!!』
「桜城が優勝だぁ!」
「「「桜城!チャチャチャ!桜城!チャチャチャ!」」」
「「美原せんぱぁい!おめでとう!」」
「「櫻井ぶちょー!おめでとー!!」」
「「くろきしぃい!ありがとぉお!」」
怒涛の展開で、事態が進んでいく。
そうか、試合にも勝てたのか。
蔵人は後ろを振り返り、喜びに沸く周りの観客を見渡して、桜城の勝ちを認識し始める。
紫電との戦闘に夢中で、試合のことを半分忘れかけていた。そんな自分に反省する。
「黒騎士、待て、よ」
そんな中、苦しそうな声が弱弱しく聞こえて、そちらに振り返る。
紫電だ。
紫電が、いつの間にかそこに居た音張さんに肩を借りながら、立ち上がっていた。
「少し、こいつと話したい。良いか?」
紫電の顔が、音張さんの方を向いてそう言った。
音張さんに、少し時間を作ってくれと言っているのだろう。
音張さんがニヤリと口の端を引き上げると、紫電は彼女の肩から腕を下ろす。
だがそこで、2人の後ろから非難めいた声がした。
「ダメです!君には、医務室に送るように指示が出ているんですよ!?」
見たら、そこには男性のテレポーターが出現していて、怒ったような、困ったような顔をしていた。
恐らく、紫電をテレポートさせに来たのだろう。
彼女は、大きな怪我こそしていないが、魔力が切れそうなのか、覚束ない足取りでフラついていた。
テレポーターが今にも紫電の体に触れようとしたとき、紫電の前に音張さんが割り込んで来て、それを阻む。
「ちっとくらい待てねぇのか?別に、直ぐに死にはしねぇんだからよ。仮に死んでも、あたしが電気ショックで生き返らせてやる。それで文句ねぇだろ?」
「は、はひっ!」
音張さんの良い笑顔に、男性は飛び上がって後ろに下がった。
それを見て、音張さんも満足そうに頷いて、こちらを向いた。
「頼むぜ」
短くそう言って、音張さんはテレポーターと一緒に円柱の向こうへと下がる。
話が聞こえないように離れてくれたのだろうなと蔵人は思い、顔の見えない紫電に向き直る。
すると、彼女は少しばつの悪そうな様子で、若干下を向いた。
「また、負けたな。4年前、いや、6年前か。あの時から、俺は何をしていたんだろうな。あの時から、お前との距離は縮まる所か、開いちまってる。俺は、この6年間を無駄に過ごしちまった」
悲しそうな彼女の言葉に、蔵人は首を振る。
「無駄ではない。君の努力は無駄ではなかったよ。あの時は、完全に防ぐことの出来た君の爪は、今度は確かに俺に届いた。こうして、ここに」
そう言って、蔵人は腕を上げて、自身の手甲を見せる。
そこには、白銀の装甲に、長い紫黒の爪痕が深く刻まれていた。
「ここにこうして、確と刻まれている」
「だが、そいつはお前を切り刻むには浅すぎた。お前は、この戦いの中でもまた一歩、遠くへ行っちまった…」
更に下を向く紫電。
そんな事は無いと、蔵人が声を上げようとした時に、
彼女は勢いよく、顔を上げた。
「それでも、俺は諦めねぇからな!必ずてめぇに追いついて…」
しかし、その先は聞けなかった。
紫電が急にヘルメットを押さえて、ふらつき出した。
蔵人は慌てて、彼女を支える。
「大丈夫か?紫電。魔力が切れたか」
「ああ。だが、お前はまだ、余裕そうだな。ははっ。そんなところも、負けてるのか…」
紫電が自虐的に笑う。
そして、彼女の様子に気付いた音張さん達が駆け寄ってきて、テレポーターが有無を言わさずベイルアウトさせてしまった。
残された蔵人は、彼女を支えていた手を強く握る。
頼むぜ。そう言われていたのに、結局何も出来なかったと悔いていた。
そんな蔵人に、音張さんが近づいて来た。
「おい、黒騎士」
「音張さん。すみません。ご期待に沿えませんでした」
蔵人が謝ろうとすると、音張さんは「はっ!」と笑い飛ばした。
「何言っていやがる。十分過ぎんだよ、あれだけやってくれたらな。全力でやり合って、全力で負けた。何処を見てるか分からなかったあいつが、また目標を見つけられたんだ。後はあいつ次第だ」
「そう、でしょうか…」
煮え切らない蔵人に、音張さんはグイッと顔を近づける。
「甘いんだよ!お前は。何時までもお手手引っ張ってやる歳じゃねぇぞ。突き放せ、這い上がらせろ!自分で考えて自分で歩ませろ!それがそいつの為になる。それが、信頼ってもんだろうがよ」
蔵人は目を開く。
いつの間にか紫電を、みんなを子ども扱いし過ぎていたことに、今気付いた。
彼女達の言動や、歳だけで見ていてしまっていた部分も、かなりあっただろう。
突き放すかどうかは別にして、しっかりと一人の人間として向き合わねばなるまい。
「ありがとうございます。音張さん」
「ふっ、なら、今ので賭けの勝ち分は無しで良いな?」
「うぇ!?」
蔵人が驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げると、音張さんも両頬を吊り上げる。
「冗談だ。今のは紫電に前を向かせた分にしといてやるよ。てめぇが聞きたい情報は、しっかりと考えるこった」
そう言うと、音張さんは踵を返して、チームに戻ってしまった。
軽く手を上げて立ち去る彼女の背を見て、蔵人は悟った。
『てめぇらの為に3分間作ってやる』
あの言葉には、紫電の為という意味も含まれていたことを。
そして、彼女を更に強くするために、この試合を利用したのではないかと。
主人公と紫電の勝負は、主人公の勝利で幕を閉じました。
「紫電もなかなか惜しい所まで行ったのだがな」
しかし、彼女は悔いているようでした。
音張さんは突き放せと言っていましたが、本当にこのままで良いのでしょうか?
「あ奴と同じくらい、お前も甘いな」
イノセスメモ:
桜城VS如月。
桜城領域:73%、如月領域27%。
試合時間15分11秒。試合時間15分経過時に70%以上の領域を獲得した、桜城側のコールド勝利。
関東大会結果:優勝。