112話~てめぇの相手は、この、俺だぁ!!~
試合開始と同時に、選手達に降りかかる黄色い声援と、実況の熱い声。
『さぁ、始まりました。関東中等学校ファランクス選手大会、決勝戦!今大会は異例中の異例。優勝候補であった天川興隆学園がまさかの準決勝敗退。同じく候補として挙がっていた冨道学園も5位と言う結果となり、波乱に満ち満ちた大会となっております。その結果、決勝戦で戦うは異色のカード。方や、嘗ては全国大会も出場した名門校。ここ最近では、目覚ましい成績も残せずに、苦い思いを募らせていました。しかし、今年は都大会をAランク抜きで勝ち抜く等、正に異例!白く輝く甲冑を身にまとった彼女達は、果たしてこの決勝戦でも、栄光を掴み取ることが出来るのか!?東京特区優勝校!桜坂聖城学園!!』
「「「おうじょうっ!おうじょうっ!おうじょうっ!」」」
『対するは、こちらも異例。今までのファランクス大会で、県大会ですら出場することが困難だった弱小校。しかし、そんな彼女達をここまで押し上げたのはこの男!異能力界に彗星の如く現れた新星!謎多き紫黒のプリンス!紫電選手!!』
「「「紫電さまぁあーー!!!」」」
「「紫電様すてきぃいい!!!」」」
『破竹の勢いで冨道を、天隆をなぎ倒して行った彼ら彼女らが、東京最後の強豪までもを倒すのか!?神奈川特区優勝校、如月中学校!!』
「「姉御ぉおおお!!」」
「やれぇ!音張の姉御!敵を全員ぶっ殺せ!!」
「あたいらの強さ、お嬢様共に見せつけたれ!」
「平民の怖さ、思い知れや桜城!」
随分と口の悪い声援が多いな、如月は。
蔵人は、相手の盾役と競り合いながら、こちらにブーイングを送る相手校の応援団を目端で捉える。
如月は神奈川特区にある県立中学校。桜城の様な私立では無いから、特別学費が掛かることは無いし、財閥からの資金援助も一切受けていない。
入学には、特区に入れるだけの魔力量があれば十分なので、学やお金が無い一般家庭の子が多く通う。
彼女達から見ると、桜城や天隆という学校は、所謂お嬢様学校に見えるのだろう。
いや、実際そうだろう。
蔵人が入学する際も、少なくない費用を流子さんが工面してくれている。
学力面にも経済面にも恵まれた子供が通える学校。それが桜城を始めとする3大学園だ。
必然的に異能力でも優秀な者が集まりやすく、また資金も豊富にあるので設備が整っており、より強者を育てることが出来る。
そんな英才教育を施されたお嬢様達に一泡吹かせるチャンスに、如月の応援団は熱が入っているのであった。
ある意味、下克上と言うことか。
「うっ…ァああ!」
「海麗!?」
前線中央部。
そこには、苦悶の表情を浮かべた海麗先輩と、顔が真っ赤な米田選手が押し合いをしていた。
「ふんっがァあああ!」
鼻息荒く、地面を蹴りあげる米田選手。体格で有利になろうとしているが、徐々に海麗先輩のフィジカルブーストにエンジンがかかり、押し返され始めた。
そこに、一閃。
雷撃。
「どけっ!良子!」
音張選手。
絶妙なタイミングで横槍を入れて、米田選手を逃がす。
海麗先輩も、威嚇程度の攻撃に、軽く回避するだけで態勢を整える。
そこに、部長が浮遊させた土やら石やらを飛ばし、雷撃を迎撃しながら、音張選手に攻撃を加える。
『中央ではAランクの美原選手と音張選手の激しい攻防が続いている!右翼でもBランク同士の空中戦が前線上空で火花を散らし、両校とも1歩も引かない激しい開幕戦となっている!この均衡が、いつ崩れるのか、分からない!』
「「「桜城!ドンドンドン!桜城!ドンドンドン!」」」
「「「イケイケ如月!押せ押せ如月!」」」
『両校の応援も非常に白熱しており、会場は普段よりも熱気が上昇』
「「「キャァアアア!!!」」」
観客席から湧き上がる歓声に、実況の声が掻き消える。
その黄色い声の中で、蔵人は盾を構える。
何故なら、
『来たァ!紫電だ!開始早々のブリッツ!桜坂の防衛線が薄い、左翼に襲いかかる!』
蔵人の目の前にいた如月盾役が下がり、入れ替わる様に現れたのは、紫黒のフルフェイス。
彼の拳が、蔵人の盾にぶち当たる。
『やはりこの男、紫電が攻撃の起点となるのか!?AランクもBランクも手が出せないこの配置を仕組み、ここから前線を崩す如月のスタイル!冨道の絶対防御をも崩した紫黒の雷電が、今、桜坂にも襲いかかる!』
「「「紫電さまぁあああ!!!」」」
「「「し、で、ん!し、で、ん!し、で、ん!」」」
凄まじい紫電コール。空気が震えるほどの爆音。
自然と、背を押される形となった相手校は勢いを増し、桜城選手は重心が後ろへと逃げ出す。
観客は、もう1人のプレイヤー。
よく言ったものだ。
今、桜城の選手達は、気持ちで押し負けようとしている。
フィールドに入る前、部長の叱咤激励がなかったら、幾人かの心が折れていたかもしれない。
『紫電選手の電光石火!止まらない!止まらない連撃!桜坂の盾役が窮地に立たされているぞ!ヤバイヤバイ!たった独りで、紫電の猛攻に晒されてしまった!96番ピンチ!どうする桜坂!誰かフォローに入らないと、やられてしまうぞ!』
「「「紫電さまぁあ!!」」」
「そんな女、早く倒しちゃってください!」
「紫電様に迫られるなんて、なんて羨ましいの!」
「早く消えちゃえ!紫電様の道を塞ぐなバカ女!」
おっと、紫電ファンから罵詈雑言を頂いてしまった。
蔵人は、ちらりと観客席を見る。
どうも、殆どの観客と、今日の実況は蔵人の事を知らないようだ。
実況の人は日替わり交代なのかな?筑波戦と前橋戦でも、違う人だったし。
「おらぁああ!」
蔵人が考えている間にも、紫電の攻撃は続いている。
紫電の拳が、雨あられの様に蔵人の盾を叩きまくる
次第に、穴が空き始める水晶盾。
そして、とうとう耐えきれずに消えてしまった。
同じCランクの攻撃で、こうもあっさりと水晶盾がダメになるとは、流石は全日本チャンプである。
蔵人は心の中で賛辞を送る。
だが、
『激しい攻撃!紫電選手の腕が、足が、まるで見えません!それほどまでの高速打撃!ですが、ですが』
蔵人は、直ぐに別の水晶盾を生成して、紫電の前にそれをスライドする。
的確に、確実に、相手の攻撃をしっかり捉えて、盾で拳を防ぐ。
『ですが、全く攻撃が通らないぃ!!Cランクチャンピオンの拳が、全て防がれてしまっているぅう!!』
「うそ…なんで?」
「紫電様が、どうして…」
「どうなっているの!?紫電様の攻撃が、なんで?なんで効いてないのよ!?」
次第に如月側の、それも一般観客からの声援が弱まり、ドヨドヨと不安な呟きに色を変えていく。
それに引替え、
「「うぉおお!!」」
「良いぞ!黒騎士!やれているぞ!」
「チャンピオンと互角だ!」
「さすが、黒騎士様ですわ!」
「「「くっろきし!くっろきし!くっろきし!」」」
桜城の応援団の声が、盛り返してきた。
一気に声量と管楽器の音が如月勢力を呑み込み、会場は桜城を称える声で満ちる。
これに反応するのが、桜城の選手達。
私達もやらねばと、先輩達がまた少し息を吹き返す。
『桜城の96番が!Bランクの盾役すらも翻弄する紫電選手の速攻を、絶妙な盾捌きで防ぐ!防ぐ!防ぎ続けるぅうう!』
「紫電様ぁ!負けないで!」
「同じCランクなら、絶対紫電様が勝つわよ!」
「そうよ!し、で、ん!し、で、ん!」
「「「し、で、ん!し、で、ん!し、で、ん!」」」
また、盛り返し始めた紫電コール。
だが、今のコールには、必死さが伝わる。
こんな所で止まるな。前へ突き進め。その盾女を倒してくれ。
そんな必死な声に当てられたのか、紫電の攻撃が激しさを増す。
「うるぅうああああ!!」
叫び声と共に繰り出される拳は、まるで拳の壁。
四方八方から打ち出される数多の拳が、蔵人の盾を叩き続ける。
だが、蔵人は焦らない。
彼の拳を、しっかりと見極める。
1発1発、確実に盾で受けて、受けて、受けて。
「うるぅああ!」
突き出されたその拳に、蔵人の目が光る。
その拳は、少し大振りだった。
同格の水晶盾が破れない事への焦りか、連打による疲れか、その両方か。
彼の拳は、僅かに芯がズレていた。
だから、
水晶盾を少し前に出す。その盾で、振り下ろしてきた紫電選手の拳を掬い、跳ね上げる。
拳が無くなったその軌道上には、無防備な脇腹が見える。
その軌道上に、蔵人は前蹴りをねじ込む。
拳を弾かれ、態勢を崩した紫電は、動けない。
深々と、紫黒のプロテクターごと、紫電の腹に蔵人の蹴りが突き刺さる。
弱点を狙った無慈悲な一撃。
紫電の体が浮く。後ろへ吹き飛ぶ。
『なっ!紫電選手が、吹っ飛んだぁ!!』
「「「いやぁああああ!!!!!」」」
「紫電さまぁあ!!」
如月側の悲鳴が、紫電を追う。
そして、
「「「うぉぉぉおおおおおお!!!」」」
「「「黒騎士!チャチャチャ!黒騎士!チャチャチャ!」」」
桜城側の声援が、蔵人を押す。
『紫電選手が、96番の攻撃を喰らい、自軍領域に吹き飛ばされました!何という事だ!1分近い激しい攻防を制したのは、Cランクチャンピオンでは無く、無名の、Cランクの、それも男の子だぁ!』
「「「ええぇっ!?!」」」
実況の声に、紫電ファンたちが一斉に驚きを声に出した。
「だ、男子?」
「そんな、紫電様が、同じ男子に?」
「う、嘘よ…」
「何よ、なんなのよあいつ!」
「男の子に向かって、あいつとか言うな!」
「で、でも…」
「紫電様ぁ…」
「「紫電さまぁあ!!」」
泣いているかのような紫電ファン達の悲鳴が満ちる中、蔵人は構え直す。
まるで、異世界のコロッセオで戦った時みたいだなと、蔵人は周りの様子に苦笑する。
あの時も、王子様を相手に善戦したから、周りの女性からの悲鳴が凄かった。まるで、こちらが悪役みたいなこの空気は苦手だ。
だが、
「「「黒騎士!チャチャチャ!黒騎士!ドンドンドン!」」」
「いけぇ!このまま一気に決めちゃえ!」
「桜城ペースだ!桜城ペース!黄金パターン入ったこれ!」
「「「桜城!チャチャチャ!桜城チャチャチャ!!」」」
この世界では、しっかりと仲間が背中を押してくれる。
更に、相手の声援も、前線の圧も及び腰になりつつある。
せっかく流れがこちらに向いてきた今、完全にこちらのペースに引き込むのが最善手であろう。
蔵人は1歩、前に出る。
ヨロリと立ち上がった紫電に、追撃する為に。
彼が消えれば、如月は大切な牙を失う。
戦力を半減させる。
そう、思って前へと進もうとした蔵人。
だが、
ドスンッと、重い音がした。
右側から。
「いけぇ!良子ぉお!」
音張選手の声が、蔵人にまで聞こえた時、
既に、蔵人の目の前には、その巨人の影が刺していた。
「ふんっがァあああ!!!」
蔵人に覆い被さる様に突っ込んできた米田選手。
蔵人は咄嗟に盾で防ぐも、盾ごと押し込まれる。
踏ん張る足が、芝生を削る。
ガリガリガリと、恐るべき速度で自軍領域に押し返される蔵人。
直ぐに浮遊させていた盾を背中に回して、米田選手を押し返そうとするも、
『と、止まらない!米田選手の巨体が、黒騎士様を押し込む!まるでこれは、相撲だ!』
本当に相撲だとしたら、とうに負けていただろう。それも屈辱的な負け方、電車道として。
これを成しているのは、圧倒的な体格差。
蔵人の盾は今や、200kg近い力で押し返している。
それでも、止まらない。今でもジリジリと押されている。
なんという怪力。何という馬力だ。
確か彼女の異能力は、ソイルキネシス。つまりこの怪力は純粋に彼女の筋力なのか。
「蔵人君!」
声。3年の先輩の声だ。
声の方を見ると、遠距離役の高橋先輩が、中央から駆けつけてくれていた。
先輩は走りながら片手をかざし、異能力を発動しようとする。
「ファイアボール!」
複数の火の玉が米田選手の背中目掛けて飛んで行く。
だが、その攻撃は米田選手には届かなかった。
直前で、米田選手が出した土壁にすべて塞がれた。
「くぅっ!」
悔しがる高橋先輩。
だが、蔵人は笑った。
一瞬でも、米田選手の意識が蔵人から逸れた。
その瞬間、蔵人は盾を少し傾けた。上側を引いて、下を突き出す。
すると、今まで盾の上側に体重を掛けていた米田選手の態勢が崩れ、蔵人の方に倒れてくる。
蔵人は、米田選手に背を向ける。
ドシンッと、彼女の巨体が背中に乗ると同時、
蔵人は背中を丸め、相手の首元を引っ掴む。
そのまま、腰を軸に、相手の体を、
投げ飛ばす。
その姿はまるで、
『い、一本背負いぃい!』
「「「おぉおお…!」」」
米田選手の体が、宙を舞い、そのまま地面に激突、
「ふっん、がぁあ!」
しない。
体より先に足を地面に叩きつけ、反動で体を浮かせて、脇に転がる。
見ると、叩きつけた足元の土が掘り返されている。
咄嗟に、ソイルキネシスで土を柔らかくしたか。
恐るべき、身体能力と反応速度。
「蔵人君!」
高橋先輩の切羽詰まった声。
それと同時、背中から感じる、痛いほどの視線。
殺気とも思える、強い視線。
「くろきしぃいいいいい!」
紫電が、両手を開いて突っ込んで来ていた。
再び交わる、白と黒。
「どこ見ていやがる!てめぇの相手は、この、俺だぁ!!」
紫電の鋭い拳が、蔵人の盾に突き刺さる。
凄い威力。並みのCランクならこれだけで落ちる。
でも、
蔵人は、次に繰り出そうとしていた紫電の拳に、拳程の小さな盾をぶち当てる。
溜め込んでいた力を開放する前に誘発させられたその弾丸は、コツンという小気味いい音一つだけを奏で、その場で止まる。
紫電の、大きく空いた右脇腹に、蔵人の廻し蹴りが叩き込まれた。
彼の体が、くの字に曲がる。
「ぐっ、あぁ!」
「まぁ、落ち着きな。冷静さを欠いた今の君は、弱くなっている」
蔵人は、続けて、胸を、腹を、正拳突きで打ち抜く。
紫電が、膝を折る。
『悶絶ぅう!紫電選手、黒騎士選手の攻撃をモロに喰らった!全国大会決勝の時と、まるで真逆の状況だ!』
「「紫電様!逃げてぇ!」」
「「「黒騎士さまぁあ!いけぇー!!」」」
未だ立ち上がれない紫電を目の前に、蔵人は構える。
いくら相手が未成年の一般人だからとて、ここは試合の場。狩れるときに狩らないと、チームの損失となる。
出来るなら、もう少し相手したい選手であったのだが。
蔵人は残念に思った。
だが、これで終わりだ。
蔵人が盾の拳を握りしめ、振り下ろそうとした、その時、
音張選手と部長の声が被る。
「良子!」
「蔵人!後ろ!」
後ろ。
蔵人が振り返ると。
壁が迫っていた。
米田選手。
くそ。もう復活したか。
蔵人が急いで盾を構えると、米田選手は蔵人の脇を駆け抜けて、如月陣営へと走り去る。
素早い身のこなし。
あの巨体からは考えられないフットワーク。
「紫電ちゃん!」
その彼女の背中を視線だけで追うと、彼女は紫電を片手に抱えて、前線へと爆走していった。
「紫電ちゃん、大丈夫!?」
「降ろせ!良子!あいつとの決着が、まだ着いてねぇ!約束だろっ!」
「ダメだよ。一旦戻らなくちゃ。音張からの指示だよ」
何か言い合いをしながら走る二人は、直ぐに如月前線の中に溶け込んでしまった。
左翼での戦いは、主人公が優勢ですね。
同年代の同ランク帯であれば、もう負けないレベルまで来ているのでしょうか?
「Aランクにも勝てるあ奴であれば、そうなるのは必然。だが、これはファランクスだ。どうなるかは分からん」
誰か介入してきますかね?
「もしくは、紫電が更なる力を見せるか」
そんな可能性も?
イノセスメモ:
電車道…相撲の試合で、立会いから一方的に押しやられる様子の事。余程力量差がないと、発生しない←相撲で言えば、主人公の完敗です。