111話~私達はここに居ていいの?~
7月末日。
関東大会5日目。最終日。
時刻は12時50分。
千葉県アクアラインWTC会場の控室には、白銀の甲冑に身を包んだ中学生達が、自分達の出番は今か今かと落ち着きなく座っていた。
現在、3位決定戦を終えて、会場の整備待ちをしている桜城選手達。
試合の結果は、若葉さんから聞いている。
5位決定戦は、圧倒的な防御力を背景に、冨道が見事に勝ち取ったらしい。
3位決定戦は、この控室でもじっくりと見させて貰った。
自軍前線と天空からの攻撃により、天隆が相手校を圧倒し続けて、見事にコールド勝利を決めていた。
彼女達のチーム力は、モニター越しに見ていただけでも上がっているのが伝わって来た。
天隆はもう、都大会で戦ったワンマンチームではない。天に二頭の龍を掲げる、強敵と成ってしまった。
だが、その龍を打ち破ったのが、次の相手である如月中だ。
超攻撃的なチームで、前線に穴を開けて、そこから紫電のブリッツでタッチを奪ってくるスタイルだ。
その攻撃力は、冨道の不動陣を食い破り、その速さは、天隆のブレスをも掻い潜った。
間違いなく、今までの中で最大の強敵。
無名校だからと侮る選手は、桜城には1人としていなかった。
寧ろ、先輩達は最大限に警戒している。
彼女達の中には、連携の最終確認や、緊張を緩和させるための御呪いに興じている娘の姿も見受けられる。
そんな中、大胆にもベンチ1つを占領して倒れこんでいるのは、サーミン先輩である。
彼は、午前練習の集合時間に遅刻したので、部長にこってりと絞られた後であった。
関東大会決勝前なのに、凄い胆力だなぁと、蔵人は傍目で、猛特訓に悲鳴を上げる男子部員を見ていた。
鈴華も珍しく、髪を乱した状態で練習に臨んでいた。
ギリギリまで寝かせてあげていたからね。仕方がない。
起き抜けに、蔵人を布団の中に引きずり込もうとしたことはもう忘れよう。寝ぼけていたのだ。彼女らしくないがね。
鈴華が蔵人の部屋で爆睡し始めた後、本当だったら色々と聞きたいことがあった蔵人であったが、大事な決勝戦前に集中力を切らすような話題はどうかと思い、未だ胸の内に仕舞っていた。
桜城選手がそれぞれの方法で集中力を高めていると、控室の扉がノックされた。
「時間になりました!桜坂選手の皆さんは、フィールドに移動してください!」
扉を開けたスタッフさんが、元気に言い放つ。
舞台は整った。
「みんな、行くわよ!」
「「「はい!」」」
部長の言葉に、白銀の騎士達が一斉に立ち上がった。
フィールドに桜城選手達が入場すると、そこには既に、如月中の選手達が揃っていた。
フィールドの向こう側で、軽い走り込みや、陣形の確認などを行っている。
そして、
「「「「きゃぁああああああ!!!!!」」」」
「「「紫電様~~~!!!!!」」」
「「「紫電君頑張ってーーー!!!」」」
紫電選手に対する黄色い応援が、四方八方から乱れ飛んでいた。
観客席を見ると、今までにない程の人の入り様であった。
準決勝までの客層は、主に両校の応援団や学校関係者、親姉妹などの選手の肉親が、客席の前列を陣取っていて、その後ろを一般人が埋めている状況だった。
客席の埋まり具合としては、全体で8割。一般席だけで見れば6割と言った状況が今までの試合。
だが、今見回す限りだと、空席は一つとして無いと思われる。
しかも、一般客まで最前列の応援席を侵食している状況である。
明らかに、応援団よりも一般客の方が多い。更に、その一般客のほとんどが、如月中側。はっきり言うなら、紫電ファンで埋め尽くされている。
何故断言できるか?それは、彼女達が全員、一様に紫の帽子や旗、横断幕を掲げているからだ。
「「「「「し、で、ん!!し、で、ん!!」」」」」
桜城観客席の一区画を除いて、紫色の壁が蠢く会場の様子に、フィールドに片足を突っ込んだ状態で止まっている桜城の先輩達から声が漏れる。
「なっ!なに、これ…」
「完全に、アウェイじゃん」
「学校の近さで言ったら、こっちの方が近いのに」
「ってか、ほとんど紫電の個人ファンクラブが来てるんじゃない?」
「すごっ!紫電がちょっと動くだけで、観客席も蠢いているよ…」
フィールドに入った先輩達の足が止まり、気持ち半歩下がる。
観客だけではなかった。取材陣も来ているみたいである。
彼女達は、一般人が入れない1階スペースからフラッシュをバシバシ焚いる。
その横には、カメラよりもゴツいレンズで、紫電を射抜いている団体が数組いる。
テレビカメラだ。どこかのテレビ局も来ているのかもしれない。
蔵人にとっては、それら報道関係者達の方が、前進を躊躇させる動機となっていた。
そんなみんなの前に、部長が出る。腰に手を当てて、大きな胸を張り出して。
「みんなここまで来ておいて、ビビってどうするの?私達の相手は、あそこにいるたった20人程度よ?数で言ったら、私達の人数のほうが多いんだからね?」
部長の言いたいことは分かる。
如月は、やはり県立中学の弱小チームだけあって、部員数は多くない。
特に、正規の3年生ファランクス部員はたった2人しかおらず、多くの選手は異能力部からの助っ人で埋めている状況。
この継ぎ接ぎだらけ状態でも、冨道を倒し、天隆を倒しているのだ。
それは、紫電を始めとした個々の実力と、参謀である音張選手の良質な作戦によるものと推測される。
だが、メンバーが少ないというのは圧倒的不利だ。ベイルアウト等の事故や作戦を切り替える際に、人員の変更が制限されるということ。
つまり、桜城の様に作戦を自由に切り替えることが難しいということ。これは、アメフトに似た性質を持つファランクスにおいては、大きなディスアドバンテージとなるだろう。
それは、分かるのだが、
「でも、部長。やっぱりこれだけ応援に差があると、どうしても…」
2年生の木元先輩が、観客席をもう一度仰ぎ見て尻込みする。
すると、部長はみんなの後ろ側を指さす。
そこは、紫色に侵食されていない区画。桜城の応援団だ。
「私達にも仲間がいるわよ。私達も、彼女達の期待を背負っている。桜城の威信をかけて、ここにいるのよ」
部長の声に反応するかのように、桜城応援団の声がこちらに降り注いでくる。
「頑張れ!桜城!」
「優勝!優勝よ!」
「美原せんぱーい!応援してまーーす!」
紫電コールに負けじと、桜城応援団からも激励や吹奏楽部の音楽が聞こえてくる。
そんな黄色い声援に混じって、男子達の熱い声援が、蔵人個人にも届けられる。
「「「くろきしぃいいーー!!がんばれーーー!!」」」
吹奏楽部の男子部員達だ。あそこだけ男性の割合が異常に高い。
普段大人しい彼らからしたら、こんな風に大声を出すこと自体初めてかもしれない。
声を出すという事は、目立つという事。目立てば彼らは、女子達から好色の目で見られてしまう。
それでも、一生懸命に応援している彼らは、蔵人に大きな期待を込めている。
男子でも、ハズレ能力でも、活躍できるんだという事を。
そんな期待と夢を込めて。
部長が、腕を降ろす。
「数じゃないわ、心よ。みんなが応援しているのは、ここで足を止めている情けない選手じゃないわ。立派に戦う桜城の選手に、みんなは声援を送ってくれているの。そんな声を背に、私達はここに居ていいの?」
部長の言葉に、みんなが前を向く。
自然と足が、前へと出る。
「行くわよ、みんな。気合を入れなさい!」
「「「はい!!!」」」
気持ちを新たに、白銀の騎士がフィールドに並び立つ。
如月も練習を止め、こちらに歩いてくる。
両校が、フィールドのど真ん中で対峙する。
如月。暗い紫色のスマートなユニフォームだ。
体格は、ほとんどの選手が桜城と同じくらいである。
ただ一人を除いて。
「うわぁ…」
「でかぁ…」
その選手に対峙した桜城の先輩達が、思わず声を漏らす。
如月中3年、米田良子。その人を目の前にして。
体長195㎝。
150㎝くらいの先輩たちからしたら、巨人や壁の様に見えるだろう。
170㎝近くある蔵人や、それを超える鈴華が並んだとしても、圧迫感が凄い。
そんな圧迫感を与えている当の本人だが、
「よろしくねぇ~」
と、こちらに手を振って、笑顔も振りまいている。
…GWで出会った時と変わらず、大型犬の様な人だ。
だが、油断してはいけない。彼女は若葉さんの危険人物リストに載っていたのだから。
蔵人が米田さんを見上げていると、その彼女の横から、ふらりと別の選手が現れた。
ヘルメット越しでも感じる強者のオーラ。
如月唯一のAランク、音張さんだ。
「よぉ、黒騎士。約束は忘れてねぇだろうな。てめぇらが負けたら、如月に来てもらうぜ」
「覚えております。我々が負ければ、私がそちらの訓練に参加する。そして、我々が勝てば、欲しい情報を得られる。そうですね」
蔵人が確認すると、音張さんは両頬を吊り上げる。
「情報は一つだけだ。それも、あたしが知らなければそこで終了だ」
おっと、新たな条件を突き付けて来たぞ?
つまり、下手な質問をしてしまうと、何も得られずに質問権だけ失うのか。
何を聞くか。それがとても重要となってしまった。
蔵人が眉を顰めると、音張さんは白い歯を見せる。
「安心しな。質問を考える必要なんてねぇからよ」
それはつまり、彼女達が勝つと言っているのだろう。
蔵人はそれに、笑う。
「随分と自信があるご様子で。それ程、紫電選手は強いという事でしょうか?」
蔵人の挑戦的な質問に、音張さんは首を横に振る。
「紫電だけじゃねぇ。あたしらは全員、この年のビッグゲームを目指していたんだよ。傍から見れば、助っ人ばかりの烏合の衆だと思うだろうがな、こいつらにはこの1年、しっかりとファランクスの練習もさせてきた。1人1人の技能は勿論、ファランクスに必要な連携も陣形も、全て叩き込んできた精鋭達だ。あたしにとっては、こいつら全員が正規のファランクス部員だってことだ」
なんとっ。
蔵人は驚愕した。
助っ人達は全員、音張さんによってファランクス要員として育てられていたのか。
唯一勝てそうなアドバンテージであったチーム力。それすらも分からなくなってしまった。
蔵人が、驚きで言葉を返せないでいると、音張さんが背中を見せる。
「勿論、あたしらも変わった。あたしと良子も、猛特訓を重ねてきた。だからな」
だからな、と、音張さんが顔だけこちらを振り返る。
「GWの時と同じだと思ってんなら、痛い目を見るぞ?龍鱗」
「なん…だと…!?」
驚きで、言葉が零れる蔵人。
そんな蔵人を置いて、音張さんは自軍の列へと戻ってしまう。
追いかけようか。
そんな衝動に駆られた蔵人だったが、その時、主審がフィールドに入って来たので、思いとどまる。
よく考えれば、筑波戦でミラ・ブレイクを見せてしまっている。
情報統制されているとは言え、天隆戦の情報も、音張さんなら入手可能だろう。
ダンジョンダイバーズでも、ダウンバースト(通常版)は使用しているので、そこから辿り着いてしまったのかもしれない。
とは言え、彼女の情報収集能力が、元隠密集団並みであると言う事は理解できた。
「両校、正々堂々全力をもって試合に臨むこと!ペナルティ、選手交代のホイッスルには必ず従う様に!制限時間20分!キャプテン同士、互いに握手!」
主審が最後のルール確認を行い、部長と音張さんが握手をする。
それに習って、先輩達も全員手を伸ばし、如月選手と手を交える。
蔵人も、目の前の人と握手をする。
彼は、思っていたよりも小柄だった。
「宜しくお願いします。紫電先輩」
「……」
紫電選手は、無言だった。
無視した訳ではない。寧ろ、強烈にこちらを意識している。
握られた手は、互いの防具が音を立てるほどにキツく握られ、フルフェイスの向こう側には、鋭い眼光が隠れていた。
その殺気にも似た彼の威圧に、蔵人は下半身の緊張を解く。
これは、あっち系の視線ではないと判断して。
桜城選手達が集まり、円陣を組む。
「よっしゃぁ!優勝しよう!」
「「「おー!」」」
「相手のブリッツ気を付けて!」
「「「おー!」」」
「遠距離、弾幕絶やすな!」
「「「おー!」」」
先輩達がそれぞれ、最後の掛け声を上げて、全員で気合を入れ直す。
最後は部長だ。
「蔵人、紫電は任せたわ。貴方の頑張りによって、私達の未来が決まる。頼んだわよ」
何時かの般若部長ではない。しっかりと、指揮官として蔵人を見てくれている。
「承知しました。必ずや、紫電を打ち取って見せましょう」
蔵人も、力強く頷く。
「ふふ。いい返事ね。みんな!聞いての通りよ!紫電は蔵人が止めてくれる。私達は私達の全力で、如月の攻撃を撃ち返すのよ!」
「「「おー!」」」
「全力を出しなさい!明日の事は考えなくていい。全魔力を出し尽くしなさい!」
「「「おぉおー!!」」」
「桜城!ファイッ」
「「「おぉおおお!」」」
桜城選手全員に、気合が入った。
先輩達と一緒に、蔵人もフィールドを駆け、所定の位置に着く。
今回の蔵人は、前線左翼の盾役である。
目の前には、相手の盾役。
そして、その少し後ろには、恐らくこちらを凝視しているであろう、紫電のフルフェイスマスクがこちらを正面に据えている。
如月の配置は、
前衛:13人。
中衛:0人。
円柱役:0人。
遠距離とか、円柱とかを全て廃し、前衛全力の超パワー型の配置である。
対する桜城の配置は、
盾役:5人。
近距離役:2人。
遠距離役:4人。
円柱役:2人。
バランス型から盾を多めにし、防御力を幾分か上げている。
桜城前線の中央には、盾役の後ろに立つ海麗先輩が目を閉じて集中している。
その後方の前線から少し離れた所には、彼女を心配そうに見ている部長がいた。
今回、部長もスタメンだ。代わりの監督は、またもや鶴海さんが取り仕切っている。
決勝戦にまで軍師を賜るとは、既に部長からの信頼も厚い様子。
蔵人は自然と、笑みを零す。
部長が海麗先輩を心配している理由は、海麗先輩の目線の先、相手の中央選手にある。
如月の巨人、米田選手が堂々と立ちはだかり、その背には怪しい笑みを浮かべた音張選手が控えていた。
ブリッツを仕掛ける可能性が2番目に高いのが、この米田&音張コンビ。
昨日のミーティングで語られた内容が、目の前で広がろうとしている。
蔵人と同じくらいに、海麗先輩にも重圧がかかり、援護する部長も緊張しているのだ。
蔵人は目線を戻す。
如月で1番危険なブリッツを仕掛けてくる紫電を、視野に入れる為に。
『ファァアアアンッ!!試合開始!』
試合開始の合図。それと同時に、
「ぶっ潰せぇえ!!」
「「「ひゃっはぁああああ!!」」」
紫黒に染まった悪魔の軍団が、白銀の騎士達に襲い掛かって来た。
さぁ、始まります!関東大会最終戦。
「バランス型の桜城VS超攻撃型の如月。白銀騎士と紫黒の悪魔との闘いだ」
どちらが勝つのでしょうか?
「スポ根漫画で言ったら、如月だろうな。最底辺からの成り上がり。まさに主人公側のスペックとは思わんか?」
ええ…。悪魔が主人公なんですか?
「最近は多いだろう。悪魔が主人公で、敵が天使や神というのは」
た、確かにですね。