105話~虫が良すぎると思わねぇか?~
関東大会4日目。午後3時37分。
準決勝が終わった後、蔵人達は劇的な逆転劇から未だ熱が冷めやらない内に、クールダウンを兼ねた練習を行っていた。
場所は、試合会場周辺に用意されている練習用の敷地。
選手達が準備運動等をするために用意された区画で、芝生に簡易の柵を張り巡らせただけの代物だ。
それでも、会場近くというのは便利なもので、こうしてクールダウンで使う事も出来るし、簡易テントの中で休憩することも出来る。
大会初日や2日目には、幾つもの学校が利用していたのだが、今は蔵人達しか使用していない。
明日で大会最終日。それを前にして、残る学校は8校だけだ。
5位決定戦に出場する4校。3位決定戦に出る2校。そして、決勝を控える桜城とその対戦相手。
その対戦相手は、今まさに試合会場で激闘を繰り広げている最中だろう。
天隆、VS、如月。
全国大会常連校と、全日本チャンプを抱える学校。
どちらが勝つのかは予測できない。
可能ならば、今から会場に行って観戦したいくらいだ。
だが、他校の生徒は会場には入れない。
異能力の大会は、試合が実施されている間は情報規制が厳しいのだ。一般客も撮影等は禁止されている。
仕方がないので、蔵人はクールダウンに精を出すことにした。
…精を出してはだめか。クールダウンはクールダウンだ。しっかりと疲れを抜かないと。
考え直して、軽いジョッグを繰り返す。
すると、柵の周囲に人影を見た。
…人影というより、人の壁だ。気付くと、周囲の柵いっぱいに、一般客らしき人達がずらりと並んでいた。
彼女達は、桜城選手の練習風景に目を輝かせて、時折手を振ったり、写真を撮ったりしている。
…ここでの写真撮影は可能みたいだ。
ただ走るだけ等の練習だから、技術や作戦の漏えいは心配ないのだろう。
蔵人は、白銀の鎧兜をしっかりと被りなおし、万が一でも素顔をさらさないように気を付けた。
しかし、何故彼女達はここでたむろっているのだろうか。
会場の中では、比較にならない程の熱戦が繰り広げられているだろうに。
桜城と前橋の試合でも、一般客の席はまだ埋まりきっていないように見えたので、お金さえ払えば見れるだろう。
そう、蔵人が訝しんで、彼女達に視線を送ると、その送った所の女性達が飛び跳ねた。
「「「キャー!」」」
おっと。ヤバい。痴漢とでも思われたか?
蔵人が背筋に冷や汗を流すと、
「こっち見てくれてるわ!」
「違うわよ!私を見てくれたのよ!」
「白銀の鎧が超カッコイイ!」
…取りあえず、痴漢云々は心配しなくて良さそうだ。
蔵人が視線を切って、別の方向の人達を見ると、そちらも同じような反応をする。
まるでパンダ状態だ。
他の先輩達が視線を投げても、彼女達は反応する様子がないから、蔵人の視線に興奮している様だ。
黒一点が余程珍しのだろうか。
今も、タイヤで遊ぶパンダよろしく、蔵人に手を振る複数の女性達。
愛玩動物扱いされるのは気持ちいい物ではないが、応援してくれている事には変わりない。
彼女達の声援が、時に桜城の背中を押し、それが勝利への一歩となる事もあるだろう。
決して、無下にしてはいけない。
蔵人は、感謝の意を込めて、手を振ってくれている人達に軽く手を挙げた。
それが悪かったみたいだ。
「「「きゃあああああ!!!!黒騎士さまぁあああ!!!」」」
大歓声だ。大気が震えて耳が痛い。
意味がないと分かりながらも、蔵人は鎧兜の耳辺りを押さえながら反省する。
もしかしなくても、この人達は俺を見に来ていたのだろう。
筑波戦、そして前橋戦で随分と暴れてしまったから、黒騎士の名前も売れてしまった。
ただでさえ珍しい男子の選手。その男子選手が何人もの女子選手を倒しているので、これ程にも騒がれていると思われる。
珍獣扱いされるのも仕方がないか。
蔵人が周囲の人間模様を少しづつ理解している所に、部長がやって来た。
見ると、柔軟体操をしていた先輩達がこちらを見ている。
部長が、蔵人の前で仁王立ちになった。
「蔵人、これじゃ練習にならないわよ」
「それを、僕に言われてもですね…」
ちょっと理不尽だ。
蔵人はため息を吐く。
この状況を収めるとしたら、俺だけ練習から抜けるしかないか?
だが、場所を替えただけだと、この人達は着いてきてしまうだろう。とは言え、クールダウンをしなかったら、明日に疲れが残ってしまう。
龍鱗になれば誤魔化せるか?
そんなことしたら余計に面倒なことになるか。
本当に面倒な世界だな。
蔵人は再度、ため息を吐く。
こうなったら、
「鶴海さん、何かいい手はありませんか?」
我らが軍師に相談だ。
「えっ、私?」
「はい。是非お知恵を拝借したい」
蔵人は鶴海さんの瞳を真っ直ぐに見て、頼み込む。
鶴海さんは大きな瞳をぱちくりとさせて、小首を傾げる。
可愛い。
「う〜ん…あの人達は、蔵人ちゃんを見に来てて、蔵人ちゃんの一挙手一投足に反応している。なら、誰が誰だか分からないように、選手はみんながフルフェイスを着たらどうかしら?ついでに背番号も隠しちゃえば、遠目からは誰が誰だか分かり辛いと思うわ」
「なるほど。流石です」
蔵人が鶴海さんに賛美を送っていると、部長も頷いた。
「そうね。それしかないか。暑いから不満が出るかもしれないけど、それも練習になるから、うん。そうしましょう」
そうして、先輩達にも予備の盾役用ヘルメットを着てもらい、練習を再開する。
すると、蔵人がちょっとした動きをしても、大気が震えることは減った。
とは言え、盾を使っちゃうと、また黄色の歓声が上がるのだが。
そんな事を30分くらいやっていた時だろうか。
ギャラリーの厚い壁を掻き分けて、引率の先生がやってきた。
背中まで真っ直ぐに伸ばしていた赤茶色の髪が、ギャラリーの間を通る間にもみくちゃにされてしまっている。
相当通るのに苦労したのだろう。いつもは弾けんばかりの元気がある彼女が、今は涙目だ。
シングル部副顧問の朽木先生が、恨みがましく声を上げた。
「ちょっと、櫻井さん!これ、この人たちは一体何なんですか!?どうしてこんなことになってるの!?」
「蔵人のせいです」
おおーいっ!
部長の一言に、蔵人は盛大に突っ込む。
心の中で。
気のせいではないな。
海麗先輩の件以降、部長は蔵人に当たりがキツイ。
仲のいい友達を取られたと思っているのかもしれないが、それは蔵人にはどうしようもない事だ。
「ああ、そう言う事ですね…」
そう言って、疲れた目で蔵人を見る朽木先生。
先生のこの目は、仕方がない。
彼女は、夏休みに仕上げねばならない仕事をしながら、この部活の引率者として付き合ってくれているのだ。
安綱先輩があれだけ言っていたから、その噂の蔵人をその目で確かめに来たのだろう。
それは分かるが、夜遅くまで教育資料を作る羽目になっている彼女の目の下には、大きなクマさんが横たわっている。
先生は、乱れた髪を直しながら、疲れた顔を蔵人に向ける。
「いいですか?巻島君。貴方はあれだけの偉業を連発しているんですから、少しは自覚してくださいね?」
「自覚、ですか。分かりました。周囲からの注目を受ける程度には名前が売れてしまったと認識します」
認めるしか無かろう。俺は、ちょっとした有名人だ。
蔵人が、そう納得していると、先生が不満げに首を振る。
「そんなレベルじゃないですよ!幾ら先輩達の援護があったからとはいえ、AランクをCランクが倒しているんですから。もう既に、会場中の観客から注目の的ですよ!」
大げさな先生に、蔵人が苦笑いをしていると、ちょっと頬を膨らませる朽木先生。
子供っぽい人だ。
「もう!分かってくれない。いいですか?貴方は今、みんなから大注目されているんです!それこそ、取材が来るくらい…」
取材?
蔵人が首を傾げると、先生はまた慌てだした。
…忙しい人だな。
「ああっ!そうでした!取材、そう、取材を受けないといけないんです!櫻井さん!」
「…どういうことですか?」
あわあわする先生に、部長が首を傾げる。
先生が言うには、決勝戦前のインタビューをさせて欲しいから、試合会場の一室に来て欲しいとの事。
呼ばれているのは、部長とエースの海麗先輩。そして、何故だか蔵人も呼ばれているらしい。
「え、海麗と蔵人も?」
部長が驚きの声を上げて、蔵人の方を見る。
目線が揺れているな。何かを迷っている?俺と海麗先輩を一緒にすることが嫌なのかな?
そりゃ、そう思うわな。
蔵人は、部長の心中を察して、難しい顔をする。
「海麗ちゃんは絶対じゃないそうです。でも、櫻井さんと巻島君は絶対に来て欲しいって言っているの。向こうの学校は、準決勝が終わってそのまま来ているらしいから、早くいかないと待たせちゃっているんです。お願い!早く来て下さい!」
そう言いながら、先生は手招きしながら会場へと走って行ってしまう。
その背中に、蔵人と部長は異口同音に言葉を発した。
「「向こうの学校って、どっち?」」
蔵人達は練習を抜け出して、試合会場に逆戻りしていた。
来たのは蔵人と、部長、海麗先輩だ。
3人は先生に連れられて、試合会場の通路を突き進む。
暫く歩くと、目の前には両扉が現れて、その中には大きな会議場となっていた。
広さは桜城の教室くらい。会議の机は部屋の隅に押しやられ、会場の奥側中央に低い壇が設置されている。
その壇の後ろには、白ベースのパネルに企業のロゴらしき物がプリントされている。
あそこに乗って、インタビューや写真を撮られるのだろう。
蔵人が部屋の様子を伺っていると、男性の声が部屋の端から聞こえた。
「桜坂の皆さんですね?」
スーツを着た男性が1人と、その後ろにカメラやボードを担いだ女性が2人いた。
記者さん御一行らしい。
その記者さんの後ろには、相手校の精鋭3人がこちらを見ていた。
金色のミディアムヘア。黒に近い紫色のプロテクターを着た、音張さん。
見上げるように大きな体の、米田良子さん。
そして、黒いスモークのフルフェイスで隠した、謎の選手、紫電。
次に戦うべき相手は、如月中であった。
赤い鱗の竜騎兵たちの姿は、何処にもない。
あの天隆を倒したのだ、この目の前の戦士達が。
蔵人が如月中の3人をまじまじと見ていると、男性記者が朽木先生に頭をペコペコ下げながら言う。
「試合後でお疲れのところ、お呼び立てしてすみません」
「とんでもありません。こちらこそ、皆さんをお待たせしてしまい、申し訳ありません」
先生も、頭を下げながら謝っている。
それを受けた男性記者が、更に頭を下げる。
日本人特有の風景に、蔵人は少し安心する。
「いえいえ、とんでもない。両校とも決勝戦を明日に控えている中で、僕たちのような雑誌記者に時間を割いて頂けるだけ有難いです。では早速…」
男性の言葉を聞いて、決勝の相手が如月になったのだと確信する蔵人達。
河崎先輩との約束は、果たせなかったか。
蔵人が視線を落としている時でも、取材は順調に続いていた。
「顧問の先生方、ありがとうございました。で、では続きまして、如月中の部長さん、決勝戦並びに全国大会出場に向けて、ひ、一言いただけますか?」
いつの間にか、如月の選手達が壇に上がり、インタビューを受けていた。
男性の話しぶりから、両校の先生方はインタビューを終えていたみたいだ。
考え込みすぎたなと、蔵人は意識を壇上に戻す。
今、マイクを向けられているのは音張さんだ。
いつも鋭い視線を、更に鋭くしながら、男性記者からマイクをひったくる。
「あんたらも知っている通り、如月のファランクス部は、毎年県大会すら出られない弱小チームだった。あたしが入部した頃は、まともに練習する部員は2人しかいない、不良の溜まり場だったよ。だがな、今も同じだと思うなよ。あたしらはこの2年で大きく変わった。神奈川県大会で有名校を全部ぶっ潰してきた。洋光も、湘南も、翆玲もな。この関東大会でも、冨道を、そして天隆を潰した」
音張さんは、男性記者から視線を外し、こちらを、桜城選手団に鋭い視線と指を向けた。
「次はおまえらの番だ、桜城。おまえらを全員ぶっ潰して、あたしらは全国へ行く。あたしら如月は、おまえらみたいに頭も血筋も良くねぇ。だがな、勝ちへの執念だけは誰にも負けねぇんだよ。どんなに裕福な家柄だろうと、どんなに恵まれた環境で修練が出来ても、あたしらの執念はそんなものに負けねぇ。恵まれねぇ、底辺の学校だろうと、貴族共を喰らえるってところ、見せてやるよ」
唸るように吐き出した、宣戦布告。
音張さんは満足したのか、男性記者に向けてマイクを放り投げた。
相変わらず、ヒール役が板についている。
「うわっ!ちょ、ちょっと、あの、待ってください。あの、私からも、質問が…」
マイクを落としそうになりながら、男性記者が恐々と声を上げる。
だが、それを見て、音張さんは口をひん曲げた。
「あたしから言うことは終わりだ。他に情報が欲しけりゃ、自分の力でかき集めな」
「ええ…でも、それじゃ、インタビューにならないですし…」
完全に腰が引けている男性記者。それでも、何とかマイクを突き出して、音張さんから言葉を貰おうとする。
それに音張さんは、その長い指をビシッと突きつけて方眉を上げる。
「情報ってのは力だ。相手を殺す刃にも、自分を守る盾にもなる。そんな貴重なもん、なんの対価も無しにタダで頂こうなんざ、虫が良すぎると思わねぇか?あぁ?」
「ひぃい!」
男性記者が半歩下がる。
話は終わりとばかりに、音張さんは記者に背を向けて、隣で直立不動の選手の肩を叩く。
「ほら、次はおめぇの番だ。紫電」
そう言われて初めて、紫電君はゆっくりと首を上下させる。
彼は押されるように前へ出て、男性記者が突き出すマイクの前で止まる。
「よろしく」
紫電君は言葉短くそう言って、軽くお辞儀した。
フルフェイスだからか、随分とくぐもった声で聴きとり辛い。
男性記者は、まだ何か言うんじゃないかと期待した目を向けたが、不動の紫電君を見て、気を取り直すように咳をしてから口を開く。
「えぇ~…ううんっ。紫電選手。よろしくお願いします。幾つか質問したいことがあるんだけど、良いかな?」
音張さん相手の時は、完全に腰が引けていた男性記者。
だが、相手が男の子となると、少し砕けた喋り方になっている。
やはり、そこは特区の男性。女性が怖いらしい。
…音張さんの対応は、史実世界でも怖がられるがね。
男性記者の言葉に、紫電君はゆっくりと頷く。
記者が片手で手帳を開いて、質問を続ける。
「それじゃ、先ずは、ええっと、どうして全日本チャンピオンである君が、ファランクス戦に出ようと思ったの?他のシングル部の選手達は、この時期は強化合宿や遠征に飛び回っているけど、それについてはどう思う?差を付けられるという焦りはないの?」
随分と突っ込んだ事を聞くなと、蔵人は思った。
実際、シングル戦の全国大会、全日本は冬休み前と聞いているから、地区大会とかは晩秋頃であろう。
そうであるなら、しっかりとした練習が出来るのは秋口まで。その中でも夏休みは、まとまった時間を取れる貴重な時期だ。
ここを如何に過ごすかで、全日本の仕上がりは大きく変わってこよう。
だからこそ、海麗先輩以外の桜城異能力部活の先輩方は、ファランクスに参加してくれない。
多分それは、他校も一緒。
なのに、チャンピオンである紫電君は参加している。
これは本当に謎だ。何か意図があるのか。
紫電君が、少し俯いて考える素振りを見せ、頭を上げる。
「他の選手、関係ない。ファランクス出るの、試金石」
短く区切って喋る紫電君。
何処か片言のようにも聞こえる。
もしかして、外国人なのかな?
「し、試金石?それは、どういう事?」
男性記者が身を乗り出して質問をする。
余りに生き生きとした顔をしているので、蔵人は、この人がこの質問をする為に、この場を設けたのではと勘ぐった。
「全日本、勝つ負ける、この試合、試金石」
「な、なるほど!つまり、ファランクスの試合によって、全日本の調整を行っていると、そういう事ですね!?いわばこの試合は全日本大会の足掛かり。通過点と言う事ですか?」
男性記者の質問に、紫電君は微妙に頷いた。
当たらずも遠からずっというところか。
「何が通過点よ」
蔵人の隣で声が漏れる。
部長だ。
険しい顔に、組んだ腕から飛び出た指が、苛立たしげに二の腕をトントンと叩いている。
そんな部長の肩に、隣の海麗先輩が手を置く。
「麗ちゃん、ここは我慢して」
「だって…」
部長は訴える様に、海麗先輩を見上げる。
部長の気持ちも分かる。
自分の好きな競技を馬鹿にされたかの様な言い方をされ、しかも、普段は違う競技をしている選手に言われているのだ。ファランクスが好きな部長が怒るのも当たり前。
とは言え、それ明言しているのは、紫電君じゃなくて記者の方なんだけどね。
蔵人は揉めている2人から目を離し、壇上へ戻す。
もう話し終えたという意味か、紫電君が静かに一歩後ろへ後退する。
そこに、男性記者がズイッとマイクを突き付けて、追撃する。
「紫電君!何故貴方はそんなにも寡黙なのですか?噂では、貴方が外国人だとか、本当は女性ではないかという話もあります!どうなんでしょうか?そのことについても、一言!」
女性?
蔵人は首を傾げる。
確かに、紫電君の様子は、寡黙と言うには些か違和感を覚える。
声を押さえ、言葉を少なくし、少しでも己を表に出さないようにしているとも思える。
話さない、ではなく、話せない。
まるで、そうとでも言っている様に。
それ故に、彼は女性や外人なのではと疑われている、と。
本当に女性なのか、それとも、日本語が苦手なだけなのか。
後者だとしたら、何処の国の子なのだろう。
紫電君は前に出てこようとしない。
そんな彼の様子に、男性記者はまた一歩、壇に近づいてマイクを突き付ける。
その必死な様子から、こっちが本命の質問だったのかもと考え直す蔵人。
記者の質問に、しかし答えたのは音張さんだった。
「本人の性格の問題だよ。それ以上はダメだ。やれねぇ情報だ」
「な、そんな!読者はみんな、知りたがっているんですよ?!」
「知るか。それだけの対価を、てめぇらは払えるのか?あぁ?」
音張さんは、鋭い眼光で記者を震え上がらせた。
情報は大切な物。その音張さんの考えは良く理解できる。
だが、ここまで頑なに情報統制を強いる理由は何なのだろうか。
紫電の正体が、身分を隠さねばいけない程の高貴な御方ということか。
それとも、某国の亡命者?
そんな人が、特区とは言え、一般家庭の子が多く通う如月中を選ぶだろうか?
分からない。
蔵人は、紫電君を見ながら首を捻る。
すると、ずっと下を向いていた彼が、急にこちらを振り向いた。
フルフェイスの黒いスモーク越しの顔。
確かではないが、その黒い垂れ幕の向こう側から、彼がこちらを見ているのを感じる。
強い視線。
焼けるような熱量。
睨み付けられるかのような感覚。
同性だからと、敵意でも持たれてしまったのだろうか?
同じ男性なのだから、仲良くしようぜ?
そう思って、蔵人は軽く手を上げる。
だが、彼から受ける熱量は全く衰えない。
これが本当に、敵対する意志ならば、それはそれで歓迎だ。
挑戦者として、その戦意を受け取ろう。
だがな、もしも好意的な意思を送っているのだとしたら…。
蔵人は、お尻を押さえた。
次の試合は如月中、ですね。
「全日本チャンプを抱えているのだ。一筋縄ではいかんぞ」
そうですね。Aランクチャンプ相手では、美原先輩だけでは荷が重いでしょう。
ここは、主人公も加勢して、2人で抑えるしかありません。
「まぁ、そうだな」
…何か、言いたそうですね?