7話〜また、わかんなくなった…〜
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巻島家の新年会から、1年と半年が経った。
蔵人は現在3歳になり、今年の秋で4歳となる。
そして、今年の4月から幼稚園へ通い始めていた。
「蔵人様、頼人様。行ってらっしゃいませ」
柳さんが、幼稚園バスへと向かう蔵人達の背中に向かって頭を下げる。
母親は既に出勤しているので、蔵人達の送り迎えは柳さんが担ってくれているのだ。
「あ…え…」
「さあ、行くぞ、頼人」
蔵人は、バスに乗ることを若干躊躇している頼人の手を引き、バスに乗り込む。
まだ通い始めたばかりで、どうしても家から離れる事に躊躇する頼人だったが、
「にぃに、きょうも、しゅぎょー?」
「ああ、今日も楽しく異能力の修行だ。頼人もやるだろ?」
「うん!しゅぎょーして、にぃにみたいに、なる!」
泣いたカラスが、もう笑っている。
頼人は、蔵人と一緒に何かをすることが楽しいみたいで、入学してからずっと、異能力の発現訓練をしている。
家での英才教育は嫌がっている彼だが、蔵人との修行は、まるで遊んでいるかのように上機嫌で付き合ってくれている。
そのお陰で、こうして「しゅぎょー」と言えばすぐに機嫌が直ってくれるのだった。
蔵人はあれからも、身体と異能力を鍛え続けた。身体を鍛えると言っても、まだ幼い身体故、極度の筋トレは出来ない。
成長を阻害してしまう恐れがあるからね。
その為、現在行っているトレーニングは歩行のみ。ひたすら家の周辺を歩き、家の階段を昇り降りしている。
そのお陰で、足腰はだいぶ丈夫になってきており、大人に負けないくらい歩けると自負していた。
他に行っているのは、柔軟。体が柔らかい今のうちに、柔軟体操を毎晩風呂上りに行うことで、今の柔軟な身体をキープし、壊れにくい身体作りを意識してる。
異能力については、操る速度と魔力量の底上げを行っていた。
速度の訓練は、ひたすら盾をぐるぐる回し、とにかく速く動かすことを繰り返している。
また、蔵人自身や頼人を乗せての盾移動も行っていた。今なら、自分で走るのと同じくらいのスピードが出せるようになっていた。
魔力量を増やす修行については、最初は生まれた当初の修行、体内の魔力循環を繰り返し行っていた。
だが、半年前から内容を変えた。半年前にまた、頼人が能力熱を発症したのだ。
蔵人は直ぐに手を繋いで、頼人の魔力循環を正常にしたのだが、これが蔵人自身にもかなり効いた。自分自身だけの魔力量で行うより、感覚的には1.5倍は疲れたのだ。その分鍛錬になったと、蔵人は実感していた。
その結果、鉄盾を5枚も出せるようになったのだった。
…うむ。もっと増えるものかと思った。
それが、正直な蔵人の感想であった。
頼人の魔力を流しているのだから、もしかしたらAランクに…なんて考える事もあったのだ。
だが、蔵人は考え直した。魔力量ではなく、技術を鍛えるのだと。
それに、魔力増強練習は、思わぬ副産物も生んだ。
頼人だ。
手を繋いで修行をしていたら、頼人も蔵人と共に修行するようになってくれたのだ。
頼人自体は、弟の蔵人と遊んでいる感覚だと思うが、蔵人は頼人の魔力制御が少しずつ良くなっているのを感じていた。
つまり、彼も魔力循環がスムーズになってきているのだ。
まだ異能力自体は発現出来ていないが、頼人くらいの年齢は、魔力制御もままならないのが普通だと流子さんから聞いている。なので、頼人は十分に先取りが出来ているのだった。
うちの頼人はやはり天才だ!と思う蔵人だった。
「はーい、皆さん着きましたよ〜。先生の手を取ってゆっくりと降りましょうね」
「「「はーい!!」」」
バスが幼稚園に着いた。
タラップの下で待つ先生方に突進する勢いで、子供達がバスから飛び出していく。
とても元気だ。見ているだけで圧倒されそう。
「蔵人君!頼人君!おはよう!」
バスから降りるとすぐ、若い女性の先生が両手を全力で振って、はち切れんばかりの笑みで出迎えてくれる。
なんとも健気な先生だ。少しでも子供たちの気分が良くなるように、至る所で気遣ってくれているのだ。
「直子先生、おはようございます。ほら、頼人も。おはようございますって」
蔵人は、そんな先生方に最大限のお礼を示すため、直角90°の最敬礼をし、自分の後ろに隠れてしまった兄を表に出そうとその背を軽く押す。
すると兄は、
「お、はょぅ、ゴニョニョ…」
…う、うん。言おうとしているところは認めて欲しい。こう見えても頼人は、極度の人見知りなのだ。
蔵人が苦笑いを先生に向けると、先生も苦笑いを返し、蔵人達をクラスまで引率してくれた。
蔵人達が通う幼稚園は、家からほど近い私立の幼稚園である。月謝は高いらしいが、頼人に良い環境と教育を与えたいという母親の意向でここに通う事となった。
それに便乗、というより、頼人がゴネたので、蔵人も同じ幼稚園に通う事となった。
本当は、特区内の幼稚園に頼人だけは通わせたかった母親だったが、そうすると本家と接触するかもと危惧して、特区外でも有数であるこちらの幼稚園になったのだとか。
まぁ、そんな大人達の事情は彼女達に任せ、蔵人は年少組のお遊戯の時間を無心でこなす。
小さな子供達と一緒に踊ったり、はしゃぎ回るなど、蔵人にとってはある意味拷問であった。感情を押し殺してやり過ごすに限る。
「蔵人くん?どうしたの?元気ありませんねぇ?」
ヤバい。死んだ目をしていたら、先生が心配して近寄ってきた。
蔵人は満面の笑みで先生に手を振る。
「はぁ~い!(ヤケクソ)」
そんな時間は1日の内でも僅かで、大半は自由時間だ。子供達は室内でママゴトや読書、積み木で遊んだり、外で走り回ったりする。
蔵人達はそんな表では無く、建物の裏手、裏門の近くで集まっていた。
そこにいるのは、蔵人、頼人、そして、入園すぐに仲良くなった山城慶太君と里見亮介君だ。
3人の幼児を前に、蔵人は彼らを見回してから手を差し出す。
「さて、先ずは魔力を感じる所からやろうか。亮ちゃんも、先ずはそこからスタートでお願いね」
「いいよ。でも、感じるだけならもう出来てるんだけど、その後はないのか?」
亮介は、整った顔を少し不満そうに歪める。
彼は先日、魔力を感じるステップをクリアしたのだ。
出会った当初は、全く魔力についての知識も無かったのに、たった数週間で感じるとは、頼人以上の天才である。
どうも彼の親御さんは、お父さんがお医者さんで、お母さんは市役所の職員さんらしい。かなりエリート一家であった。それ故なのだろうか?
不満げな亮介を前に、蔵人は小さく頷いて人差し指を立てる。
「あるよ。魔力を体内で循環させるんだ。先ずは君の中に感じる魔力を、少しでも体内で動かしてみてよ」
「おっけー。これを…動かす………ああ、動きはするけど…思った方に…いか、ない」
亮介は集中しだしたら凄いので、これで暫くは放置出来る。次は1番遅れている慶太だ。
「どう?見つかった?」
「う〜ん……わかんない!」
ただでさえ薄い目を更に薄めて、慶太は元気に笑う。
出来ないことを悔やまない、ポジティブな子だ。
蔵人は、慶太と手を繋いで強制的に魔力の流れを作ってやる。
「今、心臓からお腹の上辺りにあるのが、俺と慶ちゃんの魔力だ。動かしているのが分かるかな?」
「………あ、あったかい!」
慶太が目を見開いて驚いていた。
いつも薄目だから、開眼するとちょっと怖い。
「それが慶ちゃんの魔力だ。手を離しても、そこにあるのを感じていてね」
「すごい!おいらのまほーだ!くーちゃん、あんがと!」
飛び跳ねて喜ぶ慶太。
だが、すぐに飛び跳ねるのをやめて、俯いてしまった。
ん?どうした?
「とんだら、わかんなくなった…」
やれやれ。
蔵人は再度魔力を流してやり、最後の生徒に向き直る。こちらに両手を突き出して待っている頼人だ。
「頼人。君はもう魔力循環の段階だろ?俺が手を繋ぐ必要はないぞ?」
「いやぁ!僕もにぃにとお手てする!」
ほっぺを膨らませて抗議する頼人。
慶太とのやり取りに触発されたのか?完全に甘えん坊モードだ。こうなったらテコでも動かん。
仕方なく、頼人と一緒に魔力制御をすることに。
これはこれで、蔵人の魔力量増強に繋がるので、蔵人にとっては有り難いのだが、頼人には異能力発現の練習をして欲しいのだ。
暫くしたら、そっちの練習もしてもらおうと考えながら、蔵人は4人を影で見守る存在に目を向ける。
初老の女性が、目元の皺を深めて笑った。この幼稚園の園長先生だ。
蔵人はこの修行の許可を、幼稚園側から正式に貰って行っている。その相手が園長先生だ。
先生は、監視役の教職員の元でなら、この裏庭で行ってもいいと許可を出してくれて、大概の日は園長先生が見守ってくれている。今のところ、口も手も出しては来ていない。目立ったトラブルになっていないからだろう。
最初の頃は、もっと大勢の生徒達が参加してくれていたのだが、修行が地味でつまらないと、みんな表に遊びに行ってしまった。そうして残ったのが、この3人であった。
「くーちゃん…」
しょんぼりした慶太が蔵人の元に歩いてきた。
「どうした?慶ちゃん」
「また、わかんなくなった…」
おやおや。この子は、俺と同じ凡人型だな。
蔵人達はこうして、自由時間に修行を積み重ねていった。
そんな事を飽きずに早1年程。3人は見る見る内に成長した。
先ず、頼人。
なんと異能力を発現させる事に成功した。まだ手のひらに小さな氷の欠片を作るだけだが、0と1には雲泥の差がある。ここからどんどんデカく、そして精密にしていけばいいのだ。
「良くこの1年、頑張ったな」
「うん!」
頼人は嬉しそうにはにかむ。とても可愛らし笑顔だ。
「だが、母親には言うなよ」
母親の頼人への依存は、日に日に酷くなっている。その為、アレが帰って来てからの修行は行っていない。蔵人にしろ頼人にしろ、異能力を使えば必ずオーバーアクションを取るからだ。
蔵人の事なら、頼人との差を鑑みた嫉妬、妬み。
頼人の事なら、より強固な依存、過剰な愛。
それらをこれ以上向けられない為に、頼人にも口止めを行った。
「うん!ぜったい言わないよ!」
頼人も、母親に言えばどうなるかを何となく察している様子だった。
最近は自分ばかり可愛がる母親に、違和感を覚えているらしい。
次に、亮介。
彼は半年前から異能力を発現し、今はその向上に努めている。彼の能力は、治癒。傷や病気を元の状態に戻す能力だ。
親が医者だから、それに引っ張られたのかな?
兎に角、異能力の種類としては希少だ。ヒーラーは、とても需要が高い。それが仮令、魔力量がDランク相当でも。
蔵人は、満足そうに頷きながら、亮介の傍に立つ。
「随分と完治までの時間も短くなったな。これなら、部位欠損も治るんじゃないか?」
「そこまで優秀じゃない。精々、切り傷を瞬時に治すのが関の山さ」
そう言う亮介の顔は、とても堅かった。
「亮ちゃん、嬉しくないの?」
頼人の問に、亮介は力なく首を振る。
「どうだろう。嬉しいのか、ないのか。この力さえなければ、僕は…」
亮介が、子供らしからぬ溜め息をつく。
実は、亮介は来月に引越しが決まっている。それも特区に。
特区は、男性ならCランク以上の者でないと住民権を発行してくれない。だが、例外がある。政治家や医者等がそれに当たる。
亮介の母はCランクで、父はEランクだが医大の名医だ。そこに、希少な治癒能力を持つ亮介が居るので、ヒーラー不足の特区連中が放っておかなかった。
召集令状よろしく、亮介の母親経由で移住の申し出があったそうで、両親共に大喜び。幼稚園にまで来て先生方にお礼を言い回っていた。
「済まない、亮介」
蔵人は頭を下げる。この修行さえ行わなければ、彼はここに居続けることが出来たのだから。
そんな蔵人を見て、亮介は慌てる。
「ちが、そうじゃない!蔵人のせいじゃない!僕がつい喋っちゃったんだ。あんまりにも、その、嬉しくて」
そう言って、少し赤くなる亮介。
いつも大人ぶった喋り方が、この時は年相応に見えて、蔵人は笑った。
「な、なに笑って!」
「すまん、いやなに、いつも可愛げ無いお前さんが、ちょっとは可愛く見えたからな」
「お、おま、男に可愛いなんて言うな!」
そう言って、蔵人をポカポカ叩く亮介。
照れ隠しだな。
最後に、慶太。こいつが1番伸びた。
先ず、魔力量は元々のE+からDまで向上した。更に、異能力も発現し、小さな土塊を地面に盛り上げる事まで成功している。
1番出だしが遅かった彼だったが、魔力を感じる様になってからは破竹の勢いだった。この短期間でこれだけ伸びたのだから。幼稚園卒園までにCランクも夢じゃない。
ちなみに、慶太も親に修行の事を伝えていた。
そりゃもう事細かに、詳細に。
その影響で、魔力量が増えているかも?と期待を胸に詰め込んだご両親に連れられて、開能センターという政府機関に行き、魔力量の再測定を行ったらしい。
そこで、Dまで上がっている事が判明した。
慶太のご両親は相当喜んでいたらしい。態々、蔵人に頭を下げてお礼を言っていた程だったから。
「巻島家の秘伝です」と嘘をついて、周りに言いふらさない様に釘を刺したが、果たして何処まで効果があっただろうか。
少なくとも、母親には言うなという約束は、今のところ守られている様子なのだが…。
〈◆〉
とある日の幼稚園でのこと。
園児を迎えに来たお父さん達が行きかう中で、スーツ姿のご婦人が2人、幼稚園の門付近で立ち話を始めた。
「あら、里見さん。こんにちは」
「山城さん。こんにちは。奥様がお迎えなんて珍しいですね。今日は有給ですか?」
「そうなんですよ。お爺ちゃんが腰を悪くしちゃってね。夫はシフトが動かせないって言うんで、今日くらいは私がって」
「大変ですね」
それは、慶太と亮介の母親であった。
2人は、子供のお迎えもそっちのけで、門前で井戸端会議を始めた。
「いいのいいの。有給余ってたから、消化できて良かったわ。息子にも、たまには家族サービスしなきゃですし。そう言う里見さんも、今日は有給ですか?」
「はい。引っ越しに向けて数日取りました。今日は、幼稚園の先生方に挨拶も兼ねて私が」
「あっ、そうでしたね。里見さん、この度は特区への移住、おめでとうございます」
そう言って、頭を下げる慶太母。
それを、嬉しそうに受け取る亮介母。
「ありがとうございます、山城さん。これも、この子の能力開花をして下さった先生のお陰です。本当に頭が上がりません。私、特区に行ったら、このひだまり幼稚園の事をこっそり売り込もうと思っているのです」
「えっ、あ、あの、それは止めておいた方がいいと思いますよ?」
「あら、やっぱり?あまり有名になり過ぎるのも、良くないかしらね?」
「いえ、そうじゃなくて、その、うちの子も、能力がEからDになりまして…」
歯切れの悪い慶太母に、亮介母は少し不思議そうに首を傾げる。
「あら、ならやっぱりここの凄さは確かみたいですね。是非相応の評価を受けて頂きたいと思いますよ、私は」
「いえ、そうではなくて、この幼稚園のお陰じゃないかも知れません」
「えっ、…それは、どういう?」
「実は、能力が上がったのは、巻島家のお子さんのお陰みたいなんです」
慶太母の発言に、亮介母は目が真剣になる。
「…そう言えば、亮介も言っていましたね。頼人様と蔵人君と修行ごっこをしていると」
「はい…どうも、そこに慶太を含めた4人で何時も遊んでいたらしいんですけど、その他の子は、特にそう言った事が、ランクが上がったなんて事は無いらしくて、今まで誰一人も」
「誰も…とは、この幼稚園のどの子もって事です?」
「いえ、歴代の卒園児の誰もです」
「……」
亮介母は、生唾を飲み込む。
その間に、慶太母は言いたいことをねじ込む。
「で、私本人に、頼人様に聞いたら、お兄さんの蔵人君から教わったと。で、蔵人君は巻島家の秘伝だから、秘密にするよう言っていて。本当なら、ここで言うのも不味いと思うのですけど、巻島家の秘伝を、幼稚園が使っていると言う噂が立つのはもっと不味いと思って…」
心配そうな慶太母に、亮介母は震える様に小刻みな頷きを返した。
「え、ええ、そうね。その通りだわ!ありがとうございます、山城さん。貴女は私の命の恩人だわ」
「そんな、大袈裟ですよ。それより、寂しくなりますね。慶太も、亮介君には仲良くして貰っていましたから」
「こちらこそ。慶太君達には感謝しております。…そう、そうね。山城さん、ごめんなさい。私、ちょっと、蔵人様に挨拶してくるわ」
「えっ、ちょ…」
慶太母の制止は空を切り、亮介母は園内に戻って行った。
「それ言ったら、私が話したことバレるんじゃない?」
数分後、慶太母の危惧した通り、しっかりと蔵人にバレていた。
だが、蔵人はそんなことより、亮介母が土下座せん勢いでお礼を言ってきたり、特区に来た際は是非持て成しを受けてくれと、猛禽類の様な瞳で迫られて、とてもそれどころではなかったのだった。
主人公に新たな友達が出来ましたね。
イノセスメモ:
・ひだまり幼稚園…私立幼稚園。月謝はそれなりにお高い。低ランクのお坊ちゃんが多く通う。
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・里見亮介…ヒーラー。Dランクながら、特区入りを果たす。将来は名医か?
・巻島頼人…4大属性最上位種のクリオ(氷)キネシスを使う。他の2人と比べると成長速度が遅い気がするが…?
・主人公…異能力の操作性が上昇したとあるが、肝心の魔力量は?