103話~追撃、追撃して!~
関東大会4日目。午後2時57分。
準決勝。
東京都一位、桜坂聖城学園、VS、群馬県一位、前橋県立第一中学校。
両校は万全の状態で、互いに対戦相手へと鋭い視線を送りあう。
ズラリと並ぶ白銀の騎士達と対峙するのは、〈風〉をイメージしたユニフォームに身を包んだ前橋中の少女達。
近距離・盾役らしき人達のユニフォームは、緑が多めの普通のプロテクターである。
だが、中衛らしき人達のユニフォームは、少し独特であった。
たなびくロングスカートは、動きやすいように前側だけ大きくスリットが入っており、そこから鶯色のプロテクターに覆われた足が生えている。
背中にも6本の湾曲した小さな羽が取り付けられており、今にも飛び立ちそうな出で立ちで、4人の少女が列のお尻の方に並ぶ。
確かに、中衛は防御力よりも機動力を求められるので、ユニフォームも軽量化されていることが多い。
だが、彼女達の装備は、桜城と比べても少し心もとない気がする。
ぱっと見は、何処かの地方アイドルの様にも見えてしまう程の軽装である。
蔵人が相手の心配をしている内に、両校は挨拶と円陣組みを終えて、各配置へと着く。
今回、蔵人の位置は円柱役である。お供はサーミン先輩。
足立戦以来のコンビ復活である。
「相手尖ってるらしいからよ。気を付けようぜ、蔵人」
「はい。刺されないように気を付けます」
「おい!あれは冗談だからな?」
サーミン先輩が声を上げて慌てるので、蔵人も分かっていますよと笑って返す。
異性にばかり囲まれていると、同性の仲間の存在は有難く感じる。
蔵人は前を向き、桜城前線の隙間から見える、相手選手の配置を確認する。
前衛:7
中衛:4
円柱:2
若干、偏り気味の配置である。
冨道の様に、前衛を固めて円柱で稼ぐという戦法でもない。
前線に全戦力を費やして、タッチを狙うにしては、中衛が離れすぎた位置にいる。
中立地帯ギリギリだ。あれでは遠距離攻撃の精度が落ちてしまうだろう。
対する桜城の配置は、
盾役:3
近距離役:3
遠距離役:5
円柱役:2
である。
オーソドックスな配置から、遠距離役を少し多めで配置している。
先輩達の予測では、相手方に飛行異能力者が居るかもしれないということだった。
それを迎え撃つために、こうして遠距離役を増やしているのだ。
だが、それは本当なのだろうか。
若葉さん曰く、相手のエースはAランクのサイコキネシスとの事だった。
とても、飛べるとは思えない異能力種なのだが、自分も盾で飛んでいるので、そこは分からない。
もしくは、中衛の4人の内、誰かが飛行系なのか。
蔵人が思案していると、相手の中衛に居た4人が、一定間隔で横並びし始める。
前衛に居る相手選手も、均等に並び、まるで不動陣の様に規則正しく並びだす。
何処か、軍隊のパレードの整列や、大学生などが行う集団行動の初期位置のようにも見える。
そんな組織立った彼女達に、相手ベンチから怒号が響く。
『良いか!お前ら!相手が東京一位だからって、ビビるんじゃないぞ!練習通りにやって、前橋の実力見せてやるんだ!!』
「「「はい!」」」
監督らしき女性が、鋭い視線を選手達に投げ掛けながら、試合開始前最後の激励を飛ばす。
その大声に、前橋中の選手一同が一斉に返事を返した。
その様子を見た観客席、特に相手校の応援団からは、大きな声援と演奏の音楽が鳴り響き、選手達の背中を押す。
負けじと、桜城側の吹奏楽部からも、音楽の迎撃が発射され始める。
だが、次の瞬間、急に前橋側の演奏が中断される。
桜城側の応援団も、それに釣られて応援の声が小さくなる。
何だろうか?機材トラブル?管楽器で?
蔵人が首を捻っていると、電光掲示板に〈0:59〉という表示が開始され、桜城の観客席から声援が少しずつ戻り始めた。
だが、前橋側は静かなものだ。まるで、舞台が始まる前の観客のように見える。
〈試合開始までの時間、0:57、…56…55……25…24…〉
そのカウントが始まって少し経過した時、前橋中の吹奏楽部が一斉に楽器を構え始め、軽快なトランペットの音が静寂を切り裂いた。
『パーッパパパー♪パパパー♪パパパパー♪』
…あれ?この音楽、何処かで聞いたことがあるな。何処だっけ?
蔵人が首を捻って、何処で聞いたかを思い出そうとして…その時の光景が思い出された。
複数の蹄の音。熱狂する男たちの歓声、怒号。そして、レースに負けた人達が放り投げる紙吹雪。
ジャパ○カップのファンファーレだ。
そう、気付いたと同じ頃。
前橋中の選手の一部、中途半端な位置にいた中衛4人が動いた。
ポジションはそのままで、一斉に座り出す。
いや、座ったのではない、あれは、地面に伏せる?
違う、あれは、あの構えは。
「おい、あれは」
「クラウチング、スタート?」
「なんで、ファランクスで…?」
一般客と思われる人達が、動揺しながらも、蔵人と同じ答えに辿り着く。
放送席から、10カウントの声が響く。
『試合開始、10秒前!…5…4…』
『パッパッパッパッパ〜♪パパパパ〜〜〜ッ♪』
『2…1!…ファアアン!!試合開始』
試合開始の合図と、ファンファーレが終わるタイミングで、クラウチングスタートをしていた4人が、一斉に駆け出した。
真っ直ぐに前線へ駆け寄るその姿は、まるで発馬機が開いた競走馬たちの様に、一心不乱で中立地帯の白地を駆ける。
『さぁ、始まりました準決勝、第2試合。出場校は、おっと!いきなりの速攻!前橋中、前線に向かって猛烈なダッシュを始めたぞ!』
実況の解説に、部長の声が重なる。
『相手中衛が突っ込んで来るわよ!防御固めて!』
その声に反応して、桜城前線は盾役を中心に防御陣を形成する。
だが、そこに、前橋の盾7人が、後ろから駆け寄ってくる4人を隠すかの様に、桜城前線に真正面からぶつかる。
まるで冨道戦の時のように、盾と盾が押し合う超近接戦闘。人数が不利な桜城側は、押し負けては不味いと遠距離役の援護射撃も相手の盾を攻撃し始める。それでやっと、両校の前線は拮抗した。
遠距離役までも動けなくなったのは不味い。
とは言え、頼みの綱である美原先輩も、相手校のエースに苦戦している。
「くっ!こいつ!」
「あなたの相手は私よ、美原さん!」
相手のサイコキネシスが、海麗先輩の腕や足を絡めとり、動きを阻害していた。
小学生Dランク戦、全国大会初戦で戦った子に似た戦法だ。
あの時は、服の袖を引っ張られてバランスを崩されたが、今の海麗先輩も同じように態勢を崩されて、動き辛そうにしている。
明らかに、妨害が目的の攻撃。
他の先輩達も、相手盾役のプレッシャーの前に全く動けない。
本当に、冨道の様な強固な前衛である。
その山の様な前衛から、4つの影が飛び出した。
走り寄っていた、競走馬達だった。
「なっ!?」
「仲間を踏み台にしたぁ!?」
先輩達の震えた声が、蔵人まで届く。
前橋中の中衛4人は、前橋前線まで全速力で駆けつけると、その速度のままに、前橋盾役の背中を踏みつけ、踏み越え、そのまま、桜城前線の先輩達を、越えていった。
超攻撃型。超速攻。こういうことか!
桜城前線は、完全に裏をかかれ、いや、上を行かれた。
速度が乗った前橋の4人は、重い鎧を着込んだ先輩達ではとても追いつけない位置まで、一瞬にして駆け抜けてしまった。
これが、異様なまでに軽量化したユニフォームの意味。
防御を捨て去り、全てを速度に費やした彼女達の熱意。
『速い!前橋中の特攻!桜坂の前線から一瞬で距離をとってしまった!これは追いつけない!桜坂、序盤から大ピンチ!前橋はこのまま、ファーストからサードまでタッチを奪えるか!?決まれば、勝利は揺るがないぞ!』
「「「行け行け前橋!押せ押せ前橋!」」」
「行けるぞ!小栗!」
「突っ込め!佐藤!東京勢に目に物見せたれ!」
「まくれ!まくれ!」
興奮した実況の様子に、前橋応援団も応答して、声援の大合唱が始まる。
それに合わせて、一般客からも声援と拍手が鳴り響く。
流れが、前橋へと移りつつある。
その中で、部長の叫び声が届く。
『遠距離!一斉射!』
その声に付随する、鶴海さんの声。
『両翼に弾幕集中!"逃げ道を絞って!"』
逃げ道を絞れ。
蔵人はその言葉に違和感を覚え、すぐに察する。
迎撃しろではなく、相手を追い立てるだけ。そうなれば、次に来る指令は、追い立てた獲物を狩り取れとなるだろう。
今、桜城円柱側へ逃げる相手を狩れるのは、自分しかいない。
蔵人は円柱から手を離し、駆け出す。
『黒騎士ちゃん!あっ、そのまま行って頂戴!』
鶴海さんは蔵人の方を見て、少し驚いた様な声を出したが、直ぐに指示を出した。
ちょっと早く動きすぎたかな?鶴海さんの指示を受ける前に動いてしまったが為に、彼女をビックリさせてしまった様だ。
蔵人は走りながら反省する。
反省しながら走る蔵人を他所に、実況の声が響く。
『前橋中の特攻に、桜坂の遠距離攻撃が火を噴く!火、土、水!様々な弾丸が、前衛を抜けた前橋選手達を襲う!だが、当たらない!背中に目でも付いているのか!?なんという回避性能だっ!』
確かに前橋の選手達は、上手く桜城の遠距離攻撃を避けている。
だが、桜城の先輩達も、相手に攻撃を当てる事よりも、攻撃をばら蒔いているだけに見える。
これが、相手の逃げ道を潰す攻撃。
自然と、侵入者達の走行ルートが狭まってきた。これなら、
『桜坂領域内で、前橋選手が独走状態!遠距離攻撃も当てられず、このまま一直線に円柱へ!っと、桜坂の円柱から迎撃する選手が走り出しました!しかし、1人、1人だけです。これでは時間稼ぎもままならない!背番号96番!って、96番って、あれか!黒騎士様だ!噂のイケメン男子、黒騎士様が迎撃に向かわれたぞ!』
おい!勝手に人を美化するな!
鎧兜を脱いだ時に、落胆されても知らないぞ?
蔵人が内心でため息を吐いていると、周囲から黄色い歓声が押し寄せてくる。
「ええっ!?男の子なの!!?」
「審判止めてぇ!男の子なんて、勝てる訳ないでしょ!」
「何言ってんのよ、あんた!黒騎士様を舐めるんじゃないわよ!」
「そうよ!あの方は筑波の軍用ロボットを倒して、千葉の前衛を3人もベイルアウトさせたんだからね!」
「黒騎士様なら行けるわ!」
「くっろきし!くっろきし!」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
既にウィニングロードを走っているかのように、蔵人を祝福する声援が四方八方から降り注ぐ。
相手のベンチからも、監督らしき声が届く。
「止まるな!黒騎士だか何だか知らんが、たかが男子だ!構わず突き進め!!」
おや?相手側は俺を知らないようだ。
こいつは幸先が良い。
蔵人は足に力を籠める。
「行けぇ!ボスぅ!」
「やったって下さい!カシラ!」
「蔵人くん!頑張って!」
「巻島君!」
ベンチと応援席からも、蔵人を押す仲間の声が聞こえる。
蔵人は更に力強く地面を踏みしめ、相手へと駆け寄る。
そして、もうすぐ接敵する相手一団を睨む。
先輩達の弾幕のお陰で、ある程度ルートは絞れているが、それでも一気に跳ね飛ばす程は纏まっていない。
蔵人は、先ず先頭の選手に狙いを着ける。
「「「吹っ飛ばせ!くっろきし!くっろきし!おうっ!」」」
桜城陣営の応援団の声も、蔵人に届く。
『会場中から聞こえる黒騎士コール!これは凄い!紫電様が出て来た時と同じ熱量を感じるぞ!』
実況の興奮した声。
そうか、やはり紫電も同じように活躍しているのか。
蔵人が迎撃体勢に入る。
相手の侵入者までの距離は10m。
水晶盾を前面に展開。逃がさないように、なるべく広く。
そのまま、足と腰のシールドを、思いっきり前へ押し出す!
体がぐわんと、前へ。
加速!
1歩で、残り距離6mまで飛ぶ。
もう一歩。残り、3m!
相手の顔が、よく見える。
目も口も、開ききっている。
驚くことしかできず、体は完全に無防備。そのど真ん中に向かって、
突っ込む。
接触。
衝撃!
盾の後ろに付けた柔軟性の良い膜からも、強い衝撃を受ける蔵人。
でも、これならこちらへのダメージは微小。構わず走り抜ける。
後ろで、ドサッという重い音。
『ベイルアウト!前橋15番!』
「「「うぉおおおおお!!」」」
「「「黒騎士!パンパンパン!黒騎士!パンパンパン!」」」
桜城応援席から割れんばかりの歓声。
遅れて、実況から声が響く。
『す、凄まじいぃいい!!これが、噂の黒騎士なのかぁ!初めて見た、初めて見たぞ私は!これはまさに、紫電様に匹敵する逸材!しかも、彼はまだ1年生だっ!まるで、まるであの剣聖を見ている様だぁあ!』
「噓でしょ!?」
「何が、どうなってるの?」
始めて蔵人の突進を見たらしい実況と観客の一部は、動揺を隠せず声を上げている。
そんな中でも、桜城側からは指示が出続ける。
『黒騎士ちゃん!まだ3人いるわ!追撃、追撃して!』
『遠距離部隊!弾幕を切らさないで!退路を断つのよ!』
部長と鶴海さんの指示が交互に飛ぶ。
どうも、鶴海さんは俺の方を中心に指示を出しているみたいだ。
確かに、今は主戦場が前衛と円柱前に分かれてしまったから、その方が効率的だ。
蔵人は納得しながら、鶴海さんの指示に従い、次の獲物に向けて鋭いUターンを刻む。
3人の相手は、蔵人が1人蹂躙している間に、蔵人の横をすり抜け、桜城円柱に向けて必死の逃走を始めていた。
盾で全身を覆われた一匹の弾丸が、それらを猛追する。
3人は、決して遅い訳ではない。
何かしらの異能力を使わない限り、超人でも追いつけない速度で走り続けている。
それでも、蔵人は一歩、また一歩と足を進めるたびに、彼女達との差を、グンッ、グンッと縮めていく。
蔵人との距離が1番近かった敵が、目前まで迫る。
だが、このまま突撃しても、威力は先程よりも格段に落ちてしまう。
移動方向が一緒だからね。相対速度は精々20km/h程度だと思う。
だから、
『迫る、迫る!桜坂の黒騎士様が、前橋11番の川野選手に迫る!もう、あと5mもない。このまま蹴散らすことができ…なっ!?川野選手が急停止!いや、何かに、透明な何かにぶつかった!?』
だから、蔵人は前方8mに、アクリル板を設置。それに正面からぶつかった前橋選手が、速度を大きく落とした。
蔵人はそのまま、殆ど止まった相手を、背中から轢いた。
『やったぁあ!!川野選手が高々と宙に舞う!桜坂の黒騎士様がやりました!黒騎士様が止まらない!男性とは思えない活躍だぁ!』
「あの子は、本当に男の子なの?」
「2人もベイルアウトさせてんだよ?男の訳無いじゃん!」
「黒騎士様は男の子よ!ヘルメットでお顔が見えなくても、私には分かるわ!」
混乱する会場の一般席。
黒騎士の存在を初めて目の当たりにした観客は、あまりに一方的な蹂躙劇に、蔵人を男と認めることを拒んでいる様だった。
だが、実際は、そんなに一方的な状況ではなかった。
倒した相手は2人。残りも2人。まだ、半分もいる。
それなのに、相手の先頭は既に桜城領域の半分を走破しており、その先に彼女を阻む選手の姿はない。
その先頭の数m後ろには、同じ前橋の選手。
そして、そこから10m程離れた所に、失速してしまった蔵人が居た。
蔵人は、若干焦りながら、体にスピードをつけ始める。
最初から高速で、体を強制的に運ぶ事も出来る。
出来るが、それは諸刃の剣。体に大きな負担をかけるので、あまり長距離には使えない。
例えば、相手が1人なら、それでも対応できた。でも、目に前には2人いる。両方取るには、走り込んでいくしか方法がない。
蔵人は走る。徐々に、3人目の背中が迫って来ており、後はタイミングだけとなる。アクリル板を前に出して、挟み撃ちにするタイミング。
蔵人が、今まさにアクリル板を出して、それを前方に移動させようとした時、
相手が、動いた。
蔵人のアクリル板を避けるかの様に、右に、ズレた。
馬鹿な!
蔵人は目を開きながら、相手を追う。
まだアクリル板を設置していないのに、この娘は反応した。
まさか、未来視?それとも読心…テレパスか?
いやいや、こんなに速く走れるのだから、それはないだろ?
蔵人が頭の中で憶測していると、鶴海さんの声が聞こえた。
『黒騎士ちゃん!左に戻って!』
戻る!?どういう事だ?左って…
蔵人が指示を受け取りあぐねていると、目の前が弾けた。
「きゃぁっ!」
短い悲鳴。
蔵人の目の前を走っていた前橋選手が、倒れている。
倒されたのだ。桜城の先輩方に。
先輩方の、遠距離攻撃に当たったのだ。
それは同時に、前橋の選手が桜城遠距離役の攻撃範囲に、フィールドの右端にまで侵入していたということ。
それはつまり、
蔵人をまんまと、端っこまで誘導したという事だった。
「…やられた。そう言う事か」
蔵人は小声で反省する。
蔵人を端まで誘導する事で、前橋4人目との距離を確実に稼いだのだ。
3人目は、別に蔵人のアクリル板を避けたんじゃない。ただ、右に進路を変更しただけ。
それを、蔵人が勘違いし、思考を迷子にしていた事で、相手にハメられてしまった。
蔵人は走り出す。
4人目との距離は、直線で20m程まで開いている。
対して、相手と自軍円柱までの距離は、10mを切るくらいか。
行けるか?
蔵人の足裏が、足裏に設置した水晶盾が、地面を突き刺し、強力な摩擦を生み出す。
前へ。
前へと。
『黒騎士様が凄いスピードで走り出す!速い、速い!飛ぶようにフィールドを駆ける!前橋3番、小栗選手を猛追する!しかし、小栗選手、桜坂円柱まで、あと少し、あと少しだ!タッチ出来るか!?』
「オグリ先輩!もう少し!」
「まくれ!まくれ!」
「「「オグリ!オグリ!」」」
「黒騎士様!止めてくれ!」
「「「くっろきし!くっろきし!!」」」
前から後ろから、声の壁が押し寄せる。
でも、蔵人の目には、目の前を走る1人の背中しか見えていなかった。
もう少しだ。
もう少しで、挟撃範囲に入る。
蔵人がアクリル板を飛ばして、相手の進路に置こうとした。
その時、
カツンッ!
アクリル板が、何かに邪魔された。
攻撃?
相手の?
…違う。
阻んだのは、味方。
「「「「うわぁああああ!!!」」」」
「「オグリせんぱぁーーい!」」
味方の、円柱だった。
蔵人のアクリル板は、相手の進路を塞ぐ前に、既に相手がタッチし終えた円柱にぶつかって、宙をさ迷っていた。
『ファーストタッチ!前橋3番!小栗選手!これで一気に、前橋の支配率が60%となり、大きく優勢へと傾きました!』
「「わぁあああ!!」」
「「「前橋!チャチャチャ!前橋!チャチャチャ!」」」
一気に盛り上がる前橋陣営。
その様子を見ながら、蔵人は自分の体を支えるように、円柱に触れる。
やられたな。
そう、顔を歪めて。
「やられたな」
足立戦以来の負け越しですね。
しかも、今回はファーストタッチを取られてしまいました。
逆転するには、かなりの労力が必要になるでしょう。
「はてさて。あ奴は、桜城はどう出るのやら」
ヒヤヒヤですね…。