101話~ねぇ、蔵人君。ちょっとやってみようよ~
大会3日目の夕方。
2回戦を無事に勝利した蔵人達は、ホテル前に広がる広場の木陰で、軽い整理体操を行っていた。
「はい。みんな注もーく!」
そんな折、部長が手を叩いて全員の意識を集め、A3用紙をみんなの前に高々と広げた。
「本日までの試合結果です。私達も含めて、大方運営の予想通りに試合は進行しているみたいよ」
どうやら、大番狂わせも起きずに、強豪校が順当に勝ち進んでいるらしい。
明日の準々決勝を前にして、現在まで勝ち残っているのは8つの学校。
明日の午前中に行われる準々決勝で4校まで減り、午後の準決勝で2校となる。
全国大会へ進むには、明日の準々決勝に勝って、ベスト4に入るか、ベスト8位の学校同士で行われる敗者復活戦に勝つ必要がある。
今現在、残っている中学は、桜城、如月の他に、天隆と冨道も残っている。
残念ながら、帝都中は先ほど行われた2回戦で如月にぶつかり、見事にコールド負けを喫してしまったらしい。
それも、噂の紫電という切り札も切られていない状態で。
如月は、明日の準々決勝で冨道と当たり、勝てば恐らく準決勝で天隆と当たる。
そして、その勝者と決勝で当たるのが桜城である。
まぁ、桜城が順当に勝てればという前提のお話なのだが。
だが、昨日の決闘時や、今日の海麗先輩を見ていると、それは難しくないと蔵人も思っていた。
海麗先輩は、とてもハツラツとしていた。
今日の試合の中でも大活躍で、特にその大河のように流れる魔力は恐ろしい反面、揺蕩う水面のように澄んでいて綺麗だった。
その魔力から繰り出される技の数々はキレがあり、その力強い眼は彼女が絶好調であることを物語っている。
自然と、彼女を見つめる部長の目も、トロンと溶けてしまっている。
部長の指示を待っている娘達が、迷惑そうに貴女を見ているぞ?
…こりゃだめだ。監督交代案件か?
「「「きゃぁああ!」」」
蔵人がそんな風に危惧しながら、伏見さんと整理体操を行っていると、向こうの方から数人の悲鳴のようなが聞こえた。
そちらの方を見ると、何やら金髪の集団がバスを降りて、ホテルの方へと歩いて来ているところだった。
その集団の周りを、瞬く間に女性達が取り囲んでしまった。
まるで悲鳴のように聞こえた声だが、どうやら集まった女性達の歓声みたいだ。
一体、何が始まるんです?
蔵人が怪訝そうにその集団を見ていると、先輩達もそちらの方に顔を向けた。
…部長だけは、相変わらず海麗先輩をガン見しているけど。
「おら!お前ら退け!」
「邪魔なんだよ!アタイらが通れないだろうが!」
「ぶっ飛ばされてぇのか!?」
金髪の集団から、物騒な怒鳴り声が聞こえて来た。
そして、次の瞬間には、周囲を取り囲んでいた女性達の壁が割れて、そこから紫色のユニフォームを着た一団が現れた。
彼女達は全員、目付きはあまり良くなく、髪色は殆どの娘が金色であった。
少し黒が混じった金髪。多分染めているのだろう。ゴルドキネシスとしては、ちょっと黄色過ぎるように思える。
髪色が黒でないことが普通のこの世界。髪を染めることに抵抗が殆どない。
それ故に、彼女達のようにファッションで髪を染める女性も多いみたいだ。
伏見さんみたいにね。
蔵人の思考が、また何処かに飛んでいこうとしていると、後ろで鶴海さんの声が聞こえた。
「あれが、如月中ね」
如月中。神奈川県の優勝校。
昨年の天隆、冨道に次いだ横浜翆玲。その翆玲を倒した強豪校だ。
シングルやチームから有力選手を引っ張ってきただけのチームかと思っていたが、しっかりとした実力も兼ね備えている。
2回戦の帝都中央学園をコールド勝ちで下すだけでなく、1回戦の相手もコールドであったと聞く。
それだけの力があるという事だろう。
「でも、おかしいわね」
鶴海さんが首を捻る。
「如月は、もう少し離れたところのホテルに泊まっていた筈よ。ここからアクアラインWTCを挟んで向かい側の高級ホテルだったと思うわ」
そう鶴海さんは言うが、如月の選手や、そのチームメイト達が持っているのは、幾つもの大きなショルダーバッグ。
多分、着替えとか、旅行荷物一式持っているのだろう。
明らかに、ホテルへチェックインしに来た旅行客の装いである。
「あれか?あたしらのホテルに移ったのか?」
鈴華の予想に、伏見さんの視線が突き刺さる。
「なんでや?わざわざウチらのホテル来る理由なんてないやろ?試合が進んで、負けた学校がどんどん帰っとる状況やろが」
「あたしだって分かんねぇけどさ、例えば、こっちの方が高級だからじゃね?海も近いし」
「そんなんでホテル変える奴は、祭月くらいやろ」
何でもない所で、祭月さんに流れ弾が飛んでいるぞ。
今頃あの娘、くしゃみでもしているんじゃないか?
蔵人が祭月さんの心配をしていると、蔵人達の間に誰かが割り込んで来た。
見ると、一眼レフとポニーテールが真っ先に視界に入る。
敏腕記者さんだ。
「ズバリ!お答えしましょう!如月中の人達は元々、こっちのホテルに泊まりたいって要望を出していたみたいだよ。でも、ホテルを予約するのが遅すぎて、向こうのホテルしか空いて無かった。それで、関東大会が進んだことで、負けた学校がチェックアウトして空室が出来たから、こっちに移って来た。という事みたい」
「マジかよ!?」
「マジだよ」
驚く鈴華に、若葉さんは得意顔になって頷く。
彼女の事だ。向こうのホテルにでも潜入して、如月中の動向を探ってくれていたのだろう。
桜城が順当に勝ち進んでいけば、決勝で当たる学校は、天隆、冨道、そして如月の何処かだ。
桜城が、蔵人が少しでも勝利に近づく為に、彼女は奮闘してくれている。
「でも、若ちゃん。そもそも如月がこのホテルに泊まりたがっていたのは何故なの?」
鶴海さんが首を傾げて、若葉さんを見る。
若葉さんは得意顔をそのままに、桜城の先輩方を、そして、蔵人を見る。
「それは勿論。このホテルに桜城の選手が泊っているからだよ」
「それは確かなの?」
部長が、疑いの目で若葉さんを見る。
その目を、若葉さんはしっかりと見ながら頷いた。
「相手選手の何人かが、桜城の名前を出しているのを聞いています。特に話題に上がるのが美原先輩。そして、黒騎士の名前です。ここからは私の推測ですが、桜城が久々の都大会優勝を果たして、それもAランクを抜きにして冨道を、天隆を破ったことが、彼女達に危機感を抱かせているんだと思います」
なるほど、と、蔵人は頷きながら苦い顔をする。
なるべく情報を抑えながら戦っていたつもりだったが、分かる人には分かってしまっているのだな。
特に、若葉さん並みに情報通であれば、黒騎士に注目するのも仕方がないのか。
蔵人はそう思いながら、如月中の先頭を歩く人物を見る。
金色のミディアムヘアを静電気で逆立てながら、後ろの不良共を従える大将の姿。
渋谷WTCのダンジョンダイバーズでお会いした、Aランクエレキネシスの音張さんだ。
『じゃあな、龍鱗』
そう言って、去って行った彼女の後ろ姿が思い起こされる。
特区の中では、若葉さん以外誰も知らなかった龍鱗を、唯一知っていた彼女。
情報通であろう彼女であれば、黒騎士の事も十分に知っており、対策されていることだろう。
本当に、厄介な相手となりそうだ。如月中。
彼女の後ろからは、金髪の集団と、頭2つ分高い米田さんの姿。
そして、その選手団に守られるかのように、囲まれて進むフルフェイスの選手。
あれが、噂の紫電君か。
蔵人が、如月中の面々をじっと見ていると、後ろでパンッパンッと手を叩く音がした。
部長だ。
「何はともあれ、如月の選手には注意が必要ね。海麗、蔵人。あなた達は特に気をつけること。良いわね」
部長の言葉に、蔵人と海麗先輩は1つ、頷いた。
ホテルの中まで気にしないといけないとは、厄介だな。
蔵人は内心、独りごちた。
その日の夜。
蔵人は、悶々とした時間を過ごしていた。
と言うのも、夕方の如月中のせいだ。
如月中、特に音張さんに気を付けるようにと言われて、その時は素直に頷いた蔵人。
だが、こうしていつもの訓練をしようとホテル前の芝生に来てみたら、出来ない事に気が付いた。
情報通の敵が直ぐ近くにいるのに、異能力を使う訳にはいかないからだ。
手の内がバレてしまう。
「くっそぉお…」
まるで呪怨のような声を漏らしながら、蔵人はその場に結跏趺坐(座禅のようなもの)の態勢で座り込む。
そして、大人しく魔力循環だけを繰り返すのだった。
本当だったら、色々と練習したい項目が目白押しだった。
特に、今回で有用性が示されたランパートの練習をしたかった。
あの技は、まだまだ発動時間が掛かるからね。水晶盾と膜を重ね合わせる際に若干のぎこちなさが残っている。
そこをスムーズに出来るようにし、最終目標は1秒以内で完成させたいのだ。
でも、今は出来ない。
蔵人の中では、煮え切らない思いと魔力が凄い速さで回転している。
今、盾を出したら、その盾は空気を切り裂いて高速回転をする事だろう。
ドリルの螺旋力は、即ち、魔力循環の滑らかさで決まるから。
「おっ、やってるね」
蔵人が集中しだしたその時、頭上から声が降りかかって来た。
蔵人がその声の方に顔を上げると、良く日に焼けた顔が、夜空をシルエットに微笑んでいた。
「こんばんわ、海麗先輩」
「うん。こんばんわ。でも、こんなところに1人でいるのは危ないよ?」
蔵人を心配してくれながら、海麗先輩が蔵人の横に座る。
男の子が1人では危ない。そう言っているのだろう。
人目が多い場所を選んでいたのだが。
「すみません。どうにも部屋だと集中出来なかったもので」
蔵人が寝起きしている大部屋は、他校の男性達と共同だ。
選手としては蔵人とサーミン先輩だけだが、マネージャーや教員には男性もいる。
蔵人が部屋にいると、彼らは何かと関わってこようとするので、集中出来ない。
それで、外での訓練をしていたのだが、確かに不用心であった。
蔵人が謝ると、海麗先輩が隣で、うんうんと腕組みをしながら頷く。
「分かるよ。私も、廊下とか歩いてるとめっちゃ見られるからね。好意的な視線ばかりでも、なんだか落ち着かないよね」
海麗先輩はAランクであり、空手の名選手だ。女子生徒からの受けは良いだろう。
それに、見た目は一見可愛らしいのに、その中に凛々しさも共存しているので、余計に女性達を魅了している。
もしかしたら、学校での蔵人以上に、女性からのアプローチは激しいのかもしれない。
彼女に合わせて、蔵人も、うんうんと頷く。
「モテすぎると言うのも、辛いものですね」
「そうだね。しかも、蔵人君は大活躍しているでしょ?夏休みが明けたら、更に凄い事になるかもよ?」
うっ…。それは、あり得そうだ。
蔵人が苦言を喉に詰まらせていると、海麗先輩は夜空を見上げる。
「ここに来る前に、都大会の録画を見せてもらったよ。冨道戦、天隆戦。本当に君は、凄い活躍だった。Aランクを相手にしても、決して退かずに、立ち向かい、倒しちゃったんだから。君が桜城を引っ張ってくれたんだね」
海麗先輩の言葉に、蔵人は焦って先輩を見つめてしまった。
また、エースは君だとか言われるのかと危惧して。
だが、彼女の目は、星々を捉えるその瞳は、とても綺麗な色を映していた。
「君がいたから、今の桜城がある。私達が戦えているんだ。ありがとう、蔵人君」
「それは過分な評価ですよ、先輩。皆さんの奮闘があってこその今ですから」
蔵人の言葉に、海麗先輩は首を振る。
「少なくとも、私は君のお陰でここに居られるんだ。君が私を引っ張ってくれたから。私の拳を受け止めてくれたから、こうしてまた、みんなと同じ場所に立てている。君が私を救ってくれたんだよ、蔵人君」
そう言って、海麗先輩は星空から蔵人に視線を移す。
それでも、その瞳の輝きは消えていない。
寧ろ、より強く光りだす。
「ありがとう、蔵人君。私を助けてくれて」
「いえ…はい。お役に立てたのなら、良かったです」
否定しようとも思ったが、蔵人は素直に頷いた。
これくらいは受け取っても、罰は当たらないだろう。寧ろ、受け取らねば無粋というもの。
そんな蔵人を見て、海麗先輩は笑みを浮かべる。
「でも、本当に強いよね、君。私の拳が、あとちょっとで負けそうになったんだから」
「いえ。負けは負けです。今の僕では、貴女には届かなかった」
Aランクの魔力を一点に集中されてしまうと、流石に勝てなかった。
で、あるならば、より一点に集中するしかない。その為には、更なる高速回転を実現せねばなるまい。
もしくは、彼女と同じくらいの硬度を得るか。
蔵人の瞳が鈍く輝くのを見て、海麗先輩はそれを嬉しそうに見る。
「今は、ね。本当に君は、向上心の塊だね。Aランクを倒しても止まろうとしない。私すら超えようとしている。そんな人、女の子でも見たことが無いよ」
見たことが無い。
その言葉に、蔵人は少し引っかかりを覚える。
確かに、見る機会が極端に少ないのだ、この世界では。
史実世界では存在していた、反骨精神。ハングリー精神が少ない気がする。
何故だろうかと、思考の海に潜りだそうとした蔵人。
そこに、海麗先輩の綺麗な瞳が覗き込む。
「ねぇ、蔵人君はさ、蔵人君の強さは、誰から教わったものなの?」
誰から。
そう聞かれて、蔵人は異世界の師匠達を思い出す。
今の蔵人を作ってくれているのは、黒戸の基礎を叩きこんでくれたのは、間違いなく彼ら彼女らである。
だが、今それを明確に答えることは出来ない。
「多くの師匠に学びました。武術や魔力だけでなく、精神論や人生観も。流れが大事だと。巡り巡る螺旋の力が、新たな道を作り出すと師匠達から学びました」
オークの血が混じったオーガ。見た目が子供のヴァンパイア。金髪碧眼の騎士王。多くを背負い過ぎた旅人。
思い返すだけで、様々な人達の顔が浮かんでくる。
それらが今の蔵人を作り、そして蔵人も、誰かの道を指し示す一つの指標となろうとしている。
「流れ、か。そうだよね。流れは大事」
そう言って、海麗先輩は自分の手を見つめる。
「私もおばあちゃんから教わった。流れを見ることの大切さ。始点と、終点の見方を。それって、蔵人君が教わった事と似ているよね?」
「はい。とても似ていると思います」
蔵人はしっかりと頷く。
あの試合の後、蔵人は海麗先輩の将来性に驚いていた。
何と滑らかに魔力を操るのだろうかと。
自分の他に、これ程の螺旋を描く者がいるのかと。
蔵人が頷くと、海麗先輩は凄く嬉しそうに微笑む。
そして、ずいっと蔵人に体を近づけ、蔵人の手を取る。
「やっぱり、そう思うよね!多分私達、魔力的に相性がいいと思うんだ。ねぇ、蔵人君。ちょっとやってみようよ」
「やってみよう、とは?」
蔵人の問いに、海麗先輩は更に近づく。
もう、肌が触れ合うくらいの距離だ。
「勿論、ユニゾンだよ」
その状況に蔵人は、
ほう。と顔を綻ばせる。
「そいつは、良いかも知れませんね」
彼女の流れは、確かに自分と似ているところがある。
あれだけ魔力の扱いに長けている彼女であれば、多少魔力の質が合わなかろうと、比較的容易にユニゾン出来る気がする。
もしも、この大会中にユニゾンが出来るように成れば、それはとても大きなアドバンテージとなるだろう。
自然と、2人は立ち上がる。
「じゃあ、手を繋いで」
そう言って、蔵人の両手を取る海麗先輩。
同時に、蔵人に接近して来た。
もう、半歩分の距離しかない。
これは、不味い。
「あの、海麗先輩。あまり近すぎるのは、不味いのではないでしょうか?」
「えっ!あ、ごめん!怖かった?」
そう言って、急いで飛び退る海麗先輩。
蔵人は慌てて、全力で訂正する。
「いえいえ!とんでもない!そうではなくて、先輩は部長とお付き合いされているのですよね?勘違いされてしまいますよ?」
すると、海麗先輩はポカンと顔を呆けさせた。
…うん?なんだ?この反応。
蔵人もポカンとしていると、
「えっ?付き合う?だって、私も麗ちゃんも女の子だよ?」
海麗先輩が、至ってノーマルな反応を見せてきた。
おや?この人、百合ではなかったの?
「ですが、先輩。部長から告白されたりしたのでは?仲良く手を繋いで帰られていますよね?」
「そりゃ、親友だからね。手も繋ぐよ。でも、告白なんてナイナイ」
ナイナイと、手を振って否定する海麗先輩。
う~ん。この様子は、嘘ではない。
あの敏腕記者、ガセネタ掴まされているぞ?
蔵人が、若葉さんに苦言を呈していると、海麗先輩の手が、再び蔵人の手を摑まえる。
…何故か、今度は恋人繋ぎになっているぞ?
「確かに私、結構ガサツだけど、中身は女の子なんだよ。だから、ちゃんと男の子が好きというか…」
そう言って赤くなった顔を、先輩がブンブンと振って気持ちを正す。
「もうっ、この話は終わり!さっ、ユニゾンしてみよ!」
そう言って、海麗先輩は目を瞑り、更に近づいて来た。
苦言を呈すことは…出来ないな。2度目は彼女を傷つけてしまう。
蔵人と海麗先輩の距離は、もう無いに等しい。
向かい合わせで手を繋いでいるので、彼女の大きな装甲部が、蔵人の胸筋に衝突している。
Tシャツしか着ていない彼女の双山が、目下に広がっているのだが?
蔵人は、急いで視線を上に向ける。
すると、今度は彼女の唇と接触しそうになる。
…目を瞑ろう。
蔵人は下を向き、目を瞑った。
でも、そうすると、今度は鼓動が伝わって来る。
目の前の彼女の鼓動が、装甲部を通して伝えてきているのだ。彼女の、思いを。
ついでに、彼女の髪と肌から香る、石鹸の匂いも。
…こいつはイカン。
集中できていない。
必死で、ユニゾンに入ろうと神経を尖らせる蔵人。
そこに、
「何やってるの!?」
悲鳴に近い怒号。
見ると、鬼の形相で駆け寄って来る、般若が居た。
否、部長である。
「げぇ、部長!」
何時ぞやのサーミン先輩みたいな言葉を吐きながら、蔵人は飛び上がった。
部長の顔は、何時ぞやの柳さんみたいになっている。
こいつは、殺される。
蔵人の足は、自然と般若が来る反対側へと動き出していた。
即ち、逃走である。
「待ちなさい!この、泥棒騎士!」
そう言いながら、般若は蔵人を追いかけ、蔵人の背に、フォークとナイフを飛ばしてくる。
これ、ホテルの備品だろ!?
なりふり構っていない。それ程、頭に来ているのだろう。
だが、何故だ?
付き合っている訳ではないのだろう?
親友を取られるとでも思っているのか?
それとも、部長の一方的な恋煩いなのか?
どちらにしても、今の状況は完全な誤解である。
傍から見たら、蔵人達の姿は逢引していた様にも見えるだろう。
だが、見えただけだ。
蔵人は走りながら、迫る般若に声を張る。
「部長!誤解だ!弁明の余地を!弁護士を呼んでくれ!」
「あんたはギルティよぉお!」
こいつは…ダメだ。
蔵人はその後しばらく、般若との追いかけっこを繰り広げたのだった。
ダンジョンダイバーズでお会いした音張さんが、まさかここで敵になるとは…。
「情報戦に長けた奴との勝負だ。これは、今までの者達とは一味も二味も違うやもしれんぞ?」
恐ろしいですね。彼女が何処まで情報通なのかも気になります。