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100話~はい、バックオーライ~

ご覧いただき、ありがとうございます。

お陰様で、BM2500を達成致しました。

皆様のご支援、心よりお礼申し上げます。

「これからもよろしく頼むぞ」

よろしくお願い致します。

関東大会3日目、13時を少し過ぎた頃。

蔵人達桜城選手一団は、白銀の鎧を身に纏い、異能力が飛び交うフィールドの中で奮闘していた。


第2回戦の相手は、栃木県1位の私立日光学園。

栃木県に特区は無い。そもそも、関東で特区と定められた地域があるのは、東京と神奈川、茨城のつくば市の一部。そして千葉の一部(千葉市からアクアラインが伸びているここ、木更津までの沿岸沿い)のみである。

栃木の他に、群馬にも特区は無い。


だが、学校自体に特区性、つまりはランクによる入学制限を設けている学校がある。

それが、目の前で苦戦している日光学園だ。

栃木のように特区がない県では、この日光学園のようにDランク以下が入学できないと取り決めている中学校が存在する。


高ランク異能力者だけど、遠方の特区まで通えない学生などは、こういう制限を設けている学校に通う事になる。

学校の敷地外であれば、Dランク以下の家族とも一緒に過ごせるため、家族と離れたくない高ランクの子共などもここに通っているらしい。

特区だと、どうしても男性の親兄弟と別れないといけないからね。

とは言え、高校生になったら問答無用で何処かの特区に入らないといけないらしいのだが。


だが、どんなに学校自体が特区の学校並みに厳しい制限を設けている日光でも、特区の学校の方が圧倒的に生徒の質は上の様だった。

試合開始から、桜城前線は日光前線に圧を掛け続け、相手は中立地帯にすら殆ど立つことが出来ないでいた。

こちらは円柱に2人配置して、相手は0人であるのにも関わらず。


それは、相手校の選手が弱いと言うだけではない。

我が校が強いのだ。特に、


「チェストォオ!」

『ベイルアウト!日光8番!これで3人目のベイルアウトだ!桜坂1番、美原選手の猛攻が止まりません!』


特に、海麗先輩の快進撃が凄まじい。

決して相手の前線に近づき過ぎず、桜城の遠距離部隊が崩したところを狙って踏み込み、ベイルアウトを重ねている。

筑波戦で見せたような無茶な攻め方ではなく、仲間との連携を重視して攻めている。


寧ろ、海麗先輩が前線をコントロールしていると言っても過言ではない。

彼女がタイミングを見て後退し、相手が不用意に前進して来たところで攻め返す。

寄せては返す波の様に、相手前線を誘い出して、攫って行く。

大海の大波の様に、海麗先輩は力強く躍進している。


「くっそぉお!」


汚い言葉を吐いて、海麗先輩に攻撃しているのは、相手のAランク。

鋭い風の刃を無数に飛ばしてくるが、すかさずスイッチして前に出た近藤先輩が全て受けきる。

そして、またすぐに海麗先輩に入れ替わって、相手に衝撃波を叩きこむ。


「せいっ!」


その衝撃に、溜まらず相手Aランクと、その周囲の選手まで後退する。

海麗先輩と近藤先輩の流れるようなコンビネーション。

これが本来の彼女達の姿なのだろう。


『中央はそのまま牽制して!左翼から高橋先輩を円柱へ!右翼の松田先輩!魔力切れの前に交代します!』


メガホンを片手に指示を出しているのは部長ではない。鶴海さんだ。

筑波戦でその才を見せつけた彼女は、部長によって今回の指揮官に任命されていた。

部長は鶴海さんのすぐ横で頷いている。監督育成コースの真っ最中のご様子。


どうやら鶴海さんの作戦は、無理に相手円柱のタッチを狙うのではなく、自軍円柱での点数稼ぎを優先する方向性の様だ。

相手は中衛の遠距離役が多いし、Aランクも遠距離役なので、下手に突っ込んで戦力を失いたくないのだろう。

また、前半戦にはコールドが無いので、タッチで大量得点を稼ぐなら後半戦からの方が有効だ。

タッチに向かっている間は、前衛の人数が不利になるからね。逆に攻められる危険を犯さない堅実な戦法だ。


鶴海さんはメガホンを片手に、もう片手で水を操って数字を書いている。

〈5、OUT。9、IN〉

だそうだ。


なるほど。これなら指示が聞こえなくても分かりやすい。

魔力で出した水は、色も変えられるみたいだから、より分かりやすくなっている。


そして、入って来た桜城の9番と言うのが、


「うっす!カシラ、よろしゅう頼んます!」


鎧の手甲を打ち鳴らしながら走って来た、伏見さんだ。

彼女の公式戦デビューである。


頭を下げる伏見さんに、蔵人は軽く手を上げながら朗らかに言う。


「緊張しないで。相手も腰が引けているから、攻め込み過ぎなければ大丈夫だよ」

「うっす!」


いつもよりも、2割増しで声が大きい伏見さん。

ちょっと緊張しているみたいだな。丁寧に慣れさせなければ。

蔵人は彼女のすぐ後ろで構えながら、教育方針を決める。

鈴華と違って、伏見さんはクソ真面目だ。こちらがしっかりとリードしないと、限界まで頑張ってしまう。


「よし、行くぞ!」

「うっす!」


相手前線の前進が止まって、盾役が前に出て来たタイミングを見計らい、蔵人は伏見さんを解き放つ。

すると、彼女は勢いよく前に出て、相手の盾に目掛けてサイコキネシスの拳を振るい始める。

うんうん。なかなかいい攻撃だ。

蔵人は少し緊張のレベルを下げながら、彼女の様子を観察する。


以前であったら、直ぐに体力を空にしてしまっていた彼女。

だが、今は鎧の重さにも慣れて、体力の配分も上手に出来ている。

相手の盾役は、守り切れずに少しずつ後退し始めた。

ここで、緩急入れて相手のタイミングを崩したりできれば、尚良いんだけどな。


そんな風に伏見さんを見ていた蔵人は、急に彼女の真横に躍り出て、盾を構える。

その盾に、無数の礫がぶつかる。

相手の遠距離役だ。


「伏見さん。一旦退くよ」

「せ、せやけど、カシラ!相手さん、もうちょっとで…」

「ヘイト溜めちゃったみたいだからさ、狙い撃ちされてるよ。はい、バックオーライ」


そう言いながら、蔵人は背中で彼女を押しこくる。

その蔵人の盾に、各方面から遠距離攻撃が降り掛かり始めた。

いつの間にか、相手の中衛が伏見さんを集中砲火の対象にしている。

相手が攻撃してくる前に、こちらに視線を寄こしていたので、危険を察知した蔵人であった。


蔵人達は、相手の攻撃が本格化する前に桜城前線へと後退する。


「すんません、カシラ。ウチ、ちゃんと周り見えとりませんでした」


安全地帯に入ると直ぐに、伏見さんが謝って来る。

本当に真面目な娘なのだ。伏見さんって。

蔵人は軽く手を振る。


「そんなことはないさ。しっかり相手を見てたし、ペース配分も良かったよ」

「せやけど、相手の遠距離の攻撃分からんかったし、カシラに無理させてもうた」

「それこそ、君が心を悩ませる必要はない事だ。俺達盾役は、君達前衛を守るために居て、前線の動きをコントロールするのが役割だ。攻撃を察知して後退させるのも、俺のお仕事なんだよ」


マクロに指示を出すのが監督で、ミクロな動きを示すのが盾役の役割だ。

いわば、監督が指揮官で、蔵人は小隊長のような者か。


「せやけど…」


蔵人の説明に、伏見さんは不満そうな顔をする。

別に、蔵人の説明を理解できないという事ではないのだろう。

自分の非を探してしまっているのだ。

もっと上手く立ち回れたのではないかと、藻掻いている様に蔵人には見えた。

なので、


「まぁ、強いて言うなら、もう少しトリッキーな攻め方をした方が良いね」

「とりっきー?ですか?」


蔵人は攻め方の注文を付けることにした。

不思議そうに聞き返す彼女に、蔵人は小さく頷く。


「そうだ。例えば、さっきの盾への攻め方だけど、ずっと攻めるんじゃなくて、緩急を付けてみたらどうだろうか?押して引いて。そうすると、相手もリズムを崩して、態勢まで崩すかもしれない。そうなれば、より倒しやすいよ」

「押し、引き、ですか」


伏見さんは神妙に頷く。

だが、さっきまでの暗い表情ではない。

次はやってやろう。そんな意気込みを感じる。


と、そこへ。


『右翼!黒騎士ちゃんは円柱へ下がって!早紀ちゃんは中央へ!』


鶴海さんからの指示が飛んできた。

見ると、相手前線は再び中立地帯の端まで押し込まれ、動けないでいた。

これで蔵人が円柱へ行くと、4人目の円柱役になる。

本当に、タッチせずにコールド勝ちもあり得そうだな。

…それにしても、鶴海さん。貴女まで黒騎士呼びにされたんですね…。


「じゃあ、伏見さん。頑張りすぎないで、戦場を楽しんでね」

「うっす!カシラ!あざっした!」


蔵人が内心で意気消沈していると、伏見さんが膝に手を着いて頭を下げてくる。

いや、そのお辞儀の仕方、何処で習ったの?

そう思いながらも、蔵人は円柱へと走っていき、その赤い柱に手を置く。


「随分と前進してますね、うちの前線」


こうして全体を俯瞰して見ると、その圧倒的な力量差が良く分かる。

蔵人の呟きに、円柱でじっと前線を見ていた鹿島先輩が頷く。


「実力差が結構あるからね。うちと日光じゃ。元々、関東北部はファランクス自体が不人気だから、参加チーム数も東京の数十分の一みたいだよ」

「人口も違うでしょうし、そうなりますよね」


ファランクスは人数が必要な競技だし、AランクやBランクが複数人必要だから、人口が多くない地方では参加自体が難しい。

だから、必然的に人口の多い関東南部の方が強くなる傾向となる。

そう思って蔵人が頷くと、鹿島先輩は軽く首を振って、それを否定した。


「確かに、人口も強さに関わってくるけど、元々関東、いえ、東日本と西日本では好まれる異能力戦の種類が違うのよ」

「いつかの部長も言われていましたね。たしか、西日本の方がファランクスは盛んなんでしたっけ?」

「ええそうね。ファランクスの本場は関西だって言われているわ。異能力大会が開催され始めた当初、シングルは関東で、ファランクスは関西でっていう取り決めがあったかららしいけど、それが今も影響しているみたいね。だから、関西とか九州とかだと、参加チーム数は東京よりも多い地方ばかりみたいなの。逆に、シングルとかチームとかだと、東日本の方が強いって話よ」


つまりは、東と西で、本腰を入れている競技が違うらしい。

鹿島先輩曰く、それ故に全国大会でも西は圧倒的に強くて、東日本が表彰台に立った事は、中学、高校の部門では無いとの事。

寧ろ、10数年前に桜城がベスト8に入った事が偉業とも言えるらしい。

鹿島先輩の説明は続く。


「だから、関東大会から全国大会への進出校はたった5校なのよ」


関東が5校。

北海道・東北4校。

中部・北陸信越5校。

四国・中国4校。

近畿8校。

九州・沖縄8校。

計34校が、全国大会の出場校となる。


鹿島先輩が言うように、西日本がかなり優遇されている様に見えるが、これは成績優秀な地方の方が枠が多くなる仕組みだから。

実際、ベスト8まで残るのは、殆どが九州や近畿の学校ばかり。偶に中部や四国が入るくらいで、関東はここ数年は無縁の話。

それでも5校の枠があるのは、参加チーム数を加味しての事。


その話を聞いて、蔵人は東西にそんな差があったのかと、内心唸る。

関東大会に来る中でも、強豪校には苦労させられたというのに、東日本自体がそこまで弱い部類に入るとは。

世間は広いなと、蔵人がしみじみ思っていると、実況の声がそれを止める。


『日光1番!木下選手がベイルアウト!桜坂の美原選手、止まりません!圧倒的強さ!』


どうやら、海麗先輩が相手の主将を打ち取ったらしい。

続けて、


『日光3番!7番もベイルアウト!美原選手に近づけません!日光前線、大穴を開けたまま棒立ちだ!』


とうとう、相手前線の限界が来たみたいだ。

常に桜城前衛からのプレッシャーを受け続け、海麗先輩の拳に神経と体力を削られた日光は、消えた仲間のフォローをする余裕すらなくなってしまった模様。

そんな所を我らが軍師、鶴海さんが見逃すはずはない。


すかさず、相手の大穴に数人の桜城前線部隊を投入。

相手中衛の攻撃が襲い掛かるが、桜城の前線部隊はそれを防ぎながら1人だけ円柱へと送り出し、そして。


『ファーストタッチ!桜坂9番!伏見さん!』

「「「わぁああああ!!!」」」


「おおっ!」


桜城応援団の歓声に合わせて、つい蔵人も立ち上がってしまった。

公式戦デビューの伏見さんが、まさかのファーストタッチとは。感慨深い。

蔵人は、つい円柱から手を離して拍手したい衝動に駆られ、代わりに太ももを叩くことでギリギリ回避する。


と、そこで、


『ファアアン!前半戦終了!この時点で、桜坂の領域が75%を超えているため、桜坂のコールド勝利です!』

「「「おぉおおおお!!!」」」

「「おうじょう!パパパン!おうじょう!パパパン!」」


桜城側への勝利宣言。そして、桜城応援団から熱い歓声が降り注ぐ。

その中で、鹿島先輩が立ち上がり、円柱に寄り掛かった。


「かなり余裕で勝てたわね。やっぱり美原先輩の調子が戻ったのが大きいと思うわ」

「その様ですね。相手のAランクも倒したみたいですし」

「確か、エアロキネシスだったでしょ?相手のエース。美原先輩の苦手なタイプだったと思うけど、良く勝てたわ」

「そうですね。流石はう、美原先輩ですね」


危ない危ない。今、海麗先輩と言いそうになっしまった。

蔵人は内心冷や汗を流す中、それを怪しむ様な視線を鹿島先輩から受ける。


「どうかしましたか?」


すっとぼける蔵人に、鹿島先輩の目が薄まる。


「噂になってるんだけど、昨日の晩、美原先輩が練習場で訓練していたんじゃないかって話よ。かなり激しい戦闘音が聞こえたって、近くを通った人が言っていたらしいわ」

「そうなんですか?確かに、昨日の美原先輩のご様子は、何処か本調子じゃない様に見えましたね。その練習場で、調整していたという事でしょうか?」


蔵人は、思案顔とは裏腹に、心臓はバグバグであった。

あまり、Aランクと本気の殴り合いをしていたとは言いふらされたくない。

蔵人の実力が露見するというのもあるが、海麗先輩の評価が下がる恐れもあるからだ。

Cランク相手に本気になったなんて噂が立ったら、先輩を侮る奴が出てくるかもしれない。

だから蔵人は、表面上は涼しい顔を努めた。


「まぁ、私も、話を聞いた時はそうなんじゃないって思ったんだけどさ」


鹿島先輩が、フィールド中央で桜城前線の選手達に囲まれて、泣き笑いの表情を浮かべる海麗先輩を見る。


「彼女の表情がね、とっても明るいっていうか、大人びた感じというか、何処か」


鹿島先輩が、蔵人の方に向き直る。

その顔が、若干笑って見えるのは、蔵人の錯覚か。

それとも、


「何処か、恋する乙女の顔をしているからさ。何かあったんじゃないかって、思ってね」

「恋する…ですか。すみません、先輩。何分、色恋沙汰には疎いものでして。僕には、よく分かりません」


一瞬、否定の言葉が浮かんだ蔵人だったが、ここで反論したら逆に怪しいぞ?と思い留まり、受け流す事にした。

だが、鹿島先輩は、笑った。


「そう?その割には、随分と心音が乱れているみたいだけど?」


な、何だと!?

蔵人は、目を剥いた。


「ハーモニクスか!?」


音を届けるだけの能力と勘違いしていたが、それに加え、音を、心音なんて言う微細な音も聞こえる異能力。

そんな秘めた力があったのか!

蔵人の驚いた顔を見た鹿島先輩は、クスクスと笑った。


「うそうそ。冗談だよ。私の異能力に、そんな力はないから」


でもねっ、と、鹿島先輩は円柱から背を離して、背中に手を回しながら、こちらに笑顔を向ける。


「おマヌケさんは見つかったみたいね」


そう言って、嬉しそうに桜城ベンチへ戻っていく鹿島先輩。


残された蔵人は、円柱に暫く突っ立ってから、頭を掻きながら歩き出した。

ああ、やっぱり、女性って怖いな。

そう、思いながら。

ファランクスにおいては、西日本の方が強豪のようですね。

冨道や天隆、筑波も十分強敵でしたけど、それ以上とは…。


「上を見るのは良いが、まだ全国に行けると決まった訳ではない」


そうですね。今回の第2回戦で、桜城はベスト8位となりました。

次の試合で勝てれば、全国は確定。負けてしまった場合、5位決定戦に挑まねばなりません。

果たして、勝てるのでしょうか…。

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