99話~いいや。ボスの隣だね~
蔵人達が泊るホテルの直ぐ目の前は、ビーチへと続く道が続いており、その道の周辺には芝生が生えそろっている。
そこで、蔵人と鈴華は対峙していた。
「よっしゃ!先ずはこれだ!一本背負い!」
鈴華が勢いよく掛け声をかけて、蔵人に向けて手を伸ばす。
途端に、蔵人の体が宙に浮き、そのまま一回転して芝生の上に大の字で落とされる。
地面にはEランクの膜を張っていたので痛くはないが、さっき食べた鳥が出てきそうである。
うっぷ。
「おーい。ボス、大丈夫か?」
倒れたままの蔵人を心配して、鈴華が覗き込んで来た。
蔵人が大丈夫だと手を上げると、その手を掴んで引き上げてくれる鈴華。
そういう意味で上げた訳ではないのだが、気が利いている娘だ。
「ありがとう、鈴華。今のは随分とキレイに決まったね。引力と反発力の切替が見事だった」
「本当か!?ボスにそう言われると、すげぇ嬉しいぜ!」
そう言って、本当に嬉しそうな笑顔を咲かせる鈴華。
うむ。素晴らしい笑顔だが、あまり喜ばせ過ぎるのも不味い。
何せ、今の蔵人は全身に鉄盾の鱗を纏った状態なのだ。鈴華にとってはこれ以上なく御しやすい相手だろう。
「だが、鈴華。普通の人間だとこうはいかないよ?どうやって相手に磁力を帯びさせるか。それも考えないといけないね」
「う~ん…そうだなぁ。相手のユニフォームに砂鉄でも振りまくか?それか、さっきボスが言っていたみたいに、鉄以外でも引っ張れるように訓練するかなぁ~」
何時になく真剣な鈴華。
頭の回転も早く、幾つもアイディアが飛び出てくる。
これなら、蔵人が下手にアドバイスを出すよりも、彼女なりの答えを見つけた方が良い方向に行くと思う。
「おーい、ボス。ちょっと盾貸してくれ」
蔵人が鈴華を観察していると、彼女が手を上げて盾を要求してくる。
彼女の事だ。欲しいのは鉄盾であろう。
蔵人は言われるままに、彼女に2枚の鉄盾を渡す。
すると、鈴華は天隆戦でやったみたいに、一枚を地面において、もう一枚をその上に置き、彼女自身もその盾の上に乗った。
そして、次の瞬間には、彼女の足元に置いた盾が、フワリと浮いた。
おお、これは。
「リニアだな」
地面の盾と、足元の盾の極を反対にしたのだろう。
これは面白い。
「鈴華。これで前に進めたりするか?」
蔵人は鉄盾を追加で30枚程生成し、地面一杯に敷き詰める。
これで、各盾にS極とN極をバラバラに配置したら、本物のリニアモーターカーとなるだろう。
それを見た鈴華は、険しい顔をした。
「おい、ボス。いきなりは無理だろ。どうやって前に進むんだよ」
そう言って、非難がましく見てくる鈴華だったが、直ぐに盾を進ませ始める。
だが、
「うぉっ!」
直ぐに盾同士が引っ付いてしまった。
引力が強すぎると、そうしてくっ付いてしまうのだろう。
なかなか難しい事を言ってしまったな。
そう思った蔵人だったが、10分もしない内に、彼女はコツを掴んでしまった。
それからは、盾の絨毯の上をスイスイと滑る鈴華。
「おーい!ボス!もっと盾を広げてくれよ!」
鈴華が滑りながら要求してくるので、追加でもう50枚を周囲に敷き詰める。
これ以上は面積が足りない。他のお客さんの迷惑になってしまうからね。
それでも、随分と盾の海を広げたことで、サーフィンする鈴華はより自由に翼を広げる。
段々と上達し始め、とうとう大きくジャンプして、一回転まで始めてしまった。
…これだけで、何かの賞が取れるんじゃないか?
「よぉ、ボス。どうだった?あたしの異能力はさ」
一通りの技を決めた鈴華は、蔵人の近くまで滑って来て、得意顔でそう言った。
顔には、褒めて褒めて!と書かれている。
…さて、どうしたものか。
「やはり君は天才だな。こんな短期間で、これ程まで盾サーフィンの腕を上達させてしまうとは」
「ふっふっふ。まぁな!」
そう言って、元から高い鼻を更に高く天に伸ばす鈴華。
だが、直ぐにこちらを向いて、真剣な目で見てくる。
「でも、あたしが聞きたいのはそこじゃない。これでボスみたいに戦えるかってことだよ」
「ああ、そうだったな。先ほどの一本背負いも、このリニアサーフィンも、使えるような状況にあれば十分に威力を発揮できるだろう」
「つまり、相手をどうにかするか、自分の装備をどうにかして、磁力を発揮できる状況に持っていけばいいんだな?」
話が早くて助かる。
蔵人は大きく頷いてから、顎を摩る。
「勿論、鈴華だけで解決しようとしなくてもいい。ファランクスはチーム戦だ。他の仲間の力を借りても良いからね?」
チーム異能力戦はそういう面が有利だ。
それ単体では弱いとされる異能力でも、組み合わせれば爆発的な威力を発揮するものも多くある。
例えば、ドミネーション。
単体では相手を混乱させるだけで、勝ち筋はそう多くない異能力。
だが、誰か攻撃的な人間と組んで戦えば、少し相手の判断能力を落とすだけで脅威となる存在。
鈴華のマグネキネシスも、例えばゴルドキネシスと組んだりしたら、きっと凄い力を発揮してくれるだろう。
そうでなくても、部長に砂鉄を投げつけてもらうとかして、相手に磁性を強制付与してしまえばいい。
蔵人はそう思って提案したのだが、鈴華は煮え切らない顔をする。
「あたしはさ、ボスみたいになりたいんだよ。1人でも戦えるように、さ」
なるほど。鈴華はファランクスだけを見ている訳ではないのか。
この技を、1人で使う場合の有効性を聞いていると。
「それであれば、先ほど鈴華が言ったように、自分の装備をそれ専用にしてしまうのが早いだろうね。そこをクリアしてしまえば、後はこの技をどう使うかだよ」
「どう使うか、か。よしっ!」
謎の気合を入れたと思ったら、鈴華は少し、蔵人と距離を取る。
これは、何か仕掛ける気だな。
蔵人は、余った魔力で小さな水晶盾を出して、それを体に纏う。
「おーい!ボス。ちょっとやってみていいか?」
鈴華が良い笑顔で問うてくる。
ちょっと何をやる気かは分からないが、蔵人は、良いよ、と片手を上げる。
すると、鈴華は足元の盾を浮かせて、それを磁力で蔵人の方へと飛ばしてきた。
中々の速さだ。
蔵人はそれを、水晶盾を纏った腕だけで弾き飛ばす。
だが、弾いた後に、彼女が居た場所に視線を戻すと、既に彼女の姿はなかった。
彼女はかなりの速さで、ジグザグに、蔵人の方へと迫って来ていた。
よく見ると、彼女の足裏に盾が引っ付き、それが勢いよく反発することで、推進力を得ているみたいだ。
言うならば、電磁カタパルトの小型版。
それを、連続で行って、ジグザグ運動を行っているみたいだ。
恐らく、天隆戦での経験を生かしているのだろう。
思考の柔軟性と、その構想力には脱帽である。
蔵人が舌を巻いていると、鈴華はグッと足に力を貯める。
蔵人との距離は、もう5m程にまで迫っていた。
そこで、足元の盾を後方に射出して、その反動で蔵人に向かって突っ込んで来た。
ドンッという衝撃と共に、蔵人は鈴華に抱き着かれながら後ろに飛ぶ。
衝突される寸前に、膜を形成して緩衝材にしたので、2人に大きな怪我はない。
2人はズサーッと芝生を滑り、止まる。
「よーし。ボスをゲットだぜ」
蔵人を地面に押し倒したまま、鈴華が顔を上げて笑顔を向けて来た。
蔵人であれば避けられる速度。だが、他の娘では難しいだろう。
今のがタックルではなく、飛び蹴り等の攻撃技に変更すれば、ベイルアウトも狙えたかもしれない。
「いやはや。やられたよ」
そう言って、蔵人は苦笑いを返す。
ほんの少しアドバイスをするだけで、彼女は次へ次へと前に進んでいってくれる。
まるで乾いたスポンジのように、貪欲に知識を吸収し、1を提示すれば10の発想へと昇華していく。
まだまだ実践レベルとは言えないが、それも時間の問題だろう。
それ程、彼女の才能…いわゆる戦闘センスという物がずば抜けているのだ。
蔵人ですら、自然と羨ましく思ってしまう程に。
「こんな短期間で理想を形にするとは、やはり君のセンスは天才的だ」
自分なら、早くて1か月くらい掛かっただろう。
蔵人が、つい口から本音を漏らすと、鈴華はさらに得意顔をする。
「ふふんっ♪そうだろ?そうだろ。ボスはよく分かってるな♪」
しまったな。
蔵人は体を起こしながら、眉を顰める。
鈴華はかなり調子に乗りやすい。とどのつまり、気分屋だ。
気分が乗っていたり、やる気が出ている時は、今のようにもの凄い才能を発揮するのだろう。
だが、やる気が削がれれば、急にソッポを向いてしまう。
いつかの練習試合の時みたいに、サボってしまうかもしれない。
あまり褒めすぎると異能力に対する興味が薄れ、折角伸びかけた芽が萎れる恐れもある。
蔵人の近くに座り直した鈴華に、少し不安げな眼差しを送る。
「鈴華、これで満足したらそこまでだよ?実践投入するには、まだまだ技の練度を磨く必要があるし、今の君にはいくらでも、強くなる余地があるからね?」
少し優しめに諭す蔵人だが、これでも伸びた鼻が成長するようだったら、強制的に伐採するしかないと、覚悟を決める。
だが、
「分かってるって。こんなんじゃ、まだまだってことくらいはな」
鈴華は、さも当然のように、蔵人の指摘を受け入れる。
蔵人は若干肩透かしを食らって、一瞬、間抜けな顔をしていた。
「そ、そうか。良かった。まだ、やる気は続いているんだね?」
蔵人の問いに、鈴華は「当ったり前だろ!」と大きく頷く。
「だってよ、あたしの目標は、ボス、あんたなんだからな」
「おっ、おう。そうか」
「そうさ。ボスみたいに強くなって、ボスの隣に立ちたいんだよ、あたしは」
鈴華にそう言われて、蔵人は気恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で顔を緩めた。
昨日の海麗先輩との試合を見せたことが、良い効果を生んでいるだろうという事に。
自分の努力が、他人の、それも才能あふれる若者の目標と成ったことが嬉しかった。
まぁ、こんな中途半端な強さである自分を目標にされるのも、どうかと思うが。
蔵人はそう思い、人差し指を上に向けて、鈴華に見せる。
「俺を目標にしてくれるのは、うん。嬉しいよ。ありがとう。でも、俺の隣じゃなくて、俺の上を目指してくれ。俺を飛び越えて、桜城のエースになるくらいの意気込みでいて欲しい」
彼女ならば、その目標も飛び越えられるだろう。
それだけの才を持つ彼女。
蔵人にはない物だ。
蔵人の提案に、鈴華はいい笑顔で首を振る。
横に。
「いいや。ボスの隣だね」
「うん?それは、またどうして?」
なぜ、そんな俺を基準にしたがる?
蔵人は正直、鈴華の意図を理解できなかった。
蔵人に勝ちたいというなら、この提案をすんなり受け入れてくれるはずだし、蔵人ほど強くはなれないと臆しているのなら、それは無理だと否定するだろう。
だが、鈴華は頑なに蔵人と同等のレベルにこだわっている。
その心は?
斜めに傾けた蔵人の首に、鈴華が答える。
「どうしてって、そりゃ、隣にいたいからだよ。ボスの隣にいて、ボスと一緒に戦いたい。ボスと一緒に進んで、ボスと同じ景色を見たい。そう言えばいいのかな?まぁ、なんていうか。ボス、あたしは、あんたに付いてけるくらいに強くなりたいんだ」
鈴華の答えに、蔵人は目頭が熱くなる。
慌てて、目線を下げる蔵人。
共に戦いたい。そんなことを言ってくれる友を持てたことに、蔵人は心から感動した。
なるほど。俺より強い弱いじゃなくて、同じ道を目指す同志ということか。
そうか、鈴華。君は、俺の戦友に、
「ボスに認められて、ボスの隣に居ても恥ずかしくない女になりたいんだよ」
そうかそうか。
…うん?おんな?
頷いて、おや?と首を傾げる蔵人。
なんか、変な感じの言い回しじゃありません?
俺の勘違い、だよね?
わざわざ性別を強調させる必要、ここであったのだろうか?
蔵人が目線をゆっくりと上げると、顔を真っ赤にした鈴華がいた。
ジリッ、ジリッとこちらにすり寄ってきている。
うん。
あれ?
どういう流れで、こうなったの?
蔵人は混乱した。
こいつは…何と言うべきか…告白っぽい気がするぞ?
いやいや、違うだろう。鈴華の事だ。これは…そうだ。練習で血行が良くなっているだけだ。
鈴華は、さっきからこのくらい顔が赤かった。そう、赤かったのだ!
蔵人はこの状況を、無理やり呑み込もうとして、尚も蔵人へと進行してくる彼女の肩に手を置く。
「鈴華さんよ。俺と共闘したいというのなら、次は鉄盾を使った俺との連携技を」
「ボス!あたしは!」
蔵人の提案を、鈴華は蔵人の肩を両手でがっしり掴み、地面に押し倒して止めた。
こ、これは!壁ドン!?
いや、壁ではなく地面だから…床ドン?
混乱しすぎて、何を考えているのか分からなくなる蔵人。
若干、現実逃避も入っている。
「あたしがもっと強くなって、ボスの事も守れる女になったら、そしたらあたしはボスの女に…」
目まで血走り始めた鈴華。
ちょうど、その時、
「おーい!そこぉお!カシラ相手に、何してくれとんのやぁあ!!」
目が廻っている蔵人と、顔が真っ赤な鈴華の間に、声が割り込む。
見ると、ホテルの方から伏見さんが猛スピードでこちらに走って来ており、その後ろに慌てふためく西風さんと、そして、とてもいい笑顔の若葉さんが付いて来ていた。
「…ちっ!邪魔が入ったか」
鈴華の小さなささやきが聞こえた。
おいおい鈴華よ。仲間に対して舌打ちは不味いぞ?
蔵人は、まだ混乱していた。
この後2人は、試合前に練習をし過ぎたということが部長にもバレて、練習中にこってり絞られたのだった。
才能あふれる久我さんのお話でした。
「あ奴は凡庸だからな。胡坐をかいていると抜かされてしまうぞ?」
大丈夫ですよ。主人公は常に前へ前へとドリルを回し続けています。
「本当にそうか?最近は、小娘達に言い寄られ、まんざらでもない様子だぞ?」
そ、それは別の意味で危険な気がします…。