98話~あたしも、強くなれるのかな?~
レストランの中は比較的空いていて、蔵人達は適当に4人掛けのテーブルを2人で占領した。
店内の奥まった所だ。周囲に観葉植物がバリケードを張っているので、これで少しは視線からも逃れられるだろう。
店の前に居た娘達は、凄く羨ましそうにこちらを見ていたが、直ぐにロビーへと戻っていった。
彼女達は試合に行かねばならない時間だったのだろう。正直助かった。
脅威も去ったという事で、蔵人達は早速、バイキングへと足を向けた。
席を取られたらいけないので、先に蔵人が自分の皿を埋めるべく、料理の展覧会へとお出かけして、席に戻って鈴華とバトンタッチをする。
鈴華も無事に戻って来て、さて食べましょうかと手を合わせて、鈴華の方を見たのだが、
「おおぉ…」
蔵人は感嘆の吐息を着いた。
何せ、目の前にはフレンチのフルコースかと錯覚するような料理達が、皿の上を彩っていたのだ。
鈴華はそれらにナイフとフォークを丁寧に差し入れていたところだったが、蔵人の吐息に顔を少し上げた。
「どうしたんだよ、ボス?そんな呆けた顔して」
「あっ、いや、凄い綺麗な皿だなと思ってな。そんな料理、どこにあったんだ?」
「うん?いや、別に、そこの列にあった料理を適当に並べただけだぞ?ボスだって、ほら、そっちの皿に取ってるだろ?」
そう言われてみれば、確かに、今鈴華がナイフを入れている鳥の照り焼きは、蔵人の皿にドンドンッと乗っている。
乗っているが、全く別の料理のように見える。
違うのは、色彩。
鈴華の皿、例えば鳥の照り焼きの周りには、何やらタレで模様が描かれており、その周りに色鮮やかな緑黄色野菜達が、宝石のように鳥を囲んでいる。
対して、蔵人の皿は、茶色と白と若干の緑が点々としている焼け野原。
元は同じ料理でも、盛り付け次第でこうも変わるのか。
蔵人はもう一度、吐息を吐いた。
「いやぁ、凄いよ。とても綺麗な盛り付けだ。鈴華の皿の上で、料理達が喜んでる。俺には到底真似できない芸当だ。参考までに、写真を1枚、撮っていいだろうか?」
「やめい!こんなんで写真を撮るな!まぁ、その、褒めてくれるのは嬉しいけどよ…」
自分の料理の上に手をかざし、全力で阻止しようとする鈴華。
怒っているというよりは、照れている様子。
写真撮影は禁止かぁ。
蔵人は半分出かかった携帯をポケットに渋々戻し、食事を再開した鈴華を見る。
そういえば、食事する姿もキレイである。
ナイフとフォークが綺麗に料理を分けており、分ける時に食器と当たらないから、ほとんど無音だ。
肩にも力がほとんど入ってないから、とっても滑らかに動いている。
その姿が、以前護衛した異世界のご令嬢と重ったように見えた蔵人。
交易都市を治める領主。その子爵のご令嬢と同等レベルまで、鈴華の所作が洗練されているという事。
普段の鈴華の言動から、あまり考えないようにしていたが、そもそも鈴華の家名である久我とは、やはり…。
「な、なんだよ、ボス。あたしのことジッと見て。な、なんか顔に付いてるのか?」
「あっ、いやなに。鈴華って、何か習い事しているかと思って。所作がとても綺麗だからさ」
一瞬、鈴華の家の事を聞こうとした蔵人。
だが、考え直した。
鈴華は鈴華だ。何処かの令嬢だろうが、一般人だろうが、それは変わらない。
蔵人の問いに、魚料理を切り分けていた鈴華は動きを止めて、フォークを置いた手で頬を掻く。
「別に、大したことはしてねぇよ。小さい頃から、その、色んな習い事をしているくらいだ。1つ1つの習い事は、本当に短い間しかやってないんだけどな」
大したことないと本人は言うけれど、それはどうだろうなと蔵人は思う。
短期間で、これほどの所作を覚えられるという事は、彼女はかなりの天才肌なのかもしれない。
普段の練習風景を見ていても、飲み込みは本当に早いからね。
蔵人が鈴華の事を見ていると、鈴華も蔵人の皿の上を見て、少し笑う。
「そういうボスだって、朝からすげーじゃん。肉と卵ばっか。朝からそんなに食うのか?」
「まあね。なるべくタンパク質は取りたいからさ。これでもまだ足りないんだ。体重の倍のグラム数を摂る必要があるんだ」
「マジかよ!あたしの何倍食う気だ。そんなんで試合は大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ?試合は午後からだから、その頃にはすきっ腹だろうからさ」
寧ろ、朝が少ないと昼を多く取ってしまいそうだ。
そうなったら、鈴華が危惧するように、試合にも影響が出てくるだろう。
蔵人が頭の中で腹時計の計算していると、目の前の鈴華の目が、少し真剣になった。
「それも、ボスの強さの秘訣なのか?」
それ、とは、この皿の上のタンパク質達を指しているのだろう。
蔵人はどう言っていいか分からず、渋々頷いた。
「まぁ、タンパク質を摂って体を作るのも、強くなる一歩だと思うよ」
「やっぱ、そうか…」
そう呟いて、鈴華は手元のナイフに視線を落とす。
しばし、無言が続く。
鈴華は何か考えているようだったので、蔵人は、大きめに切られた鶏肉の照り焼きを食べようと、大きく口を開き、
「なぁ、ボス。ボスって、元々Eランクだったのか?」
鈴華の問いに、蔵人は開いた口を閉じて、そっと鶏肉を皿に戻した。
「ああ、そうだ。生まれはE-だ」
蔵人は、深く頷く。
もしかしたら、そのことで幻滅されるのではないかと、心のどこかで身構えてしまう。
親しい者からの負の感情は、ナイフよりも鋭いものだから。
だが、蔵人の答えを聞いた鈴華の表情は、華やかな笑顔を咲かせる。
「それで、今はCランクなんだろ?やっぱりボスはすげえな。Aランクもぶっ飛ばしちゃうしよ。今まで見てきたどんな奴だって、そんな風に魔力が上がるなんてなかったぜ」
「そうか。やはり、魔力が上がるなんて聞いたことも無かったのか?」
「そりゃ、少しは聞いたことあるよ。C-がCになったとかさ。でもそれって、測定誤差レベルだからな。ボスみたいに2ランクも上がったなんて話は、噂でも聞いたことがないね」
ブンブンと振る鈴華の手の強さが、彼女の心情を物語っている。
それほど、蔵人の異常性が高いのだろう。
それもその筈、蔵人は危険と言われている、幼子での魔力特訓を行っていたのだから。
「…鈴華さんよ。魔力が上がっていたのは、小学生の低学年までだからね?今だともう、殆ど上がらなくなってる。だから、魔力の上げ方を教えてくれって言われても、どうしようもないよ?」
そう、蔵人の魔力は、中学生になってから全く伸びなくなった。
入学当初の魔力測定でC+と判断されて以降は、全く変化なし。
恐らく、小学生高学年の頃にはストップしていたと思われる。
6歳の頃にD+。9歳の頃にCであったから、着実に伸び率は悪くなっている。
なので、魔力の上げ方を聞かれたとしても、恐らく鈴華はもう伸びない時期に入っているだろう。
そう思って言ったのだが、鈴華は「そうじゃない」と言いたげに、顔の前で手を振る。
「違う違う。そんな事聞く気はないよ。あたしがボスを凄いと思うのはさ、そうやって、低いランクで高ランクをぶっ飛ばす所だよ。盾を回転させたりとか、あと、筑波の時なんて、CランクとEランクの技を合わせて使ってたりしただろ?あんな風にさ、低いランクの技も馬鹿にしないで、ちゃんと応用して使ってるところが凄いと言うか、カッコイイって思ったんだよ」
「そうか。そう言ってくれて、嬉しいよ」
蔵人は、素直な鈴華の気持ちに、年甲斐もなく気恥ずかしさを感じた。
素直で純粋な心に、心打たれたのかもしれない。
そんな蔵人を、鈴華はジッと見てくる。
「なぁ、ボス。あたしも、強くなれるのかな?マグネキネシスで、才能のないあたしでもさ」
「才能がない?君は十分に多才だと思うがね?」
比喩でもお世辞でもなく、蔵人は鈴華をそのように評価していた。
だが、鈴華は残念そうに首を振る。
「確かにさ、あたしはすぐに色んなこと出来るようになったよ。茶道も馬術もフェンシングも、やり始めたらすぐにコツを掴んださ。でも、そんなこと出来ても意味が無いんだよ。異能力の才能が無いと、ウチじゃあ誰も評価してくれない。あたしは、姉様みたいな異能力の才能が無かったんだ」
暗い表情で語りだした鈴華に、蔵人は姿勢を正して彼女に向き合う。
「何か、込み入った事情があるんだな」
「うん。いや、そんなことはどうでもいいんだ」
蔵人の問いに、一瞬悲しそうに頷いた彼女だったが、直ぐに表面に笑顔を張り付けて、こちらに手をパタパタと軽く振る。
彼女にとって、それが何でもない事とでも言いたげに。
その姿が、何処か火蘭さんを思い出してしまう。
鈴華にも、色々と事情があるのだな。
「あたしが聞きたいのはただ一つ、ボスがどうやって強くなったかだよ。弱いって言われているクリエイトシールドで、どうやってそこまで強くなったかを、あたしは知りたいんだ」
なるほど、彼女も若葉さんと似た状況なのだろうな。
蔵人は独り、納得する。
「これは俺の持論だが、強くなるためには、先ず己を知る事が必要だと思う。つまり、自分が持つこの異能力について良く理解することだ」
「その、良く理解するってのは?」
鈴華が首を傾げる。
蔵人は続ける。
「例えば、マグネキネシスで何が出来るかを把握することだね。確か金属、それも磁性体に効力を発揮するんだよね?他の金属だったらどう?アルミニウムとか、銅とか」
「どうだろうな。あんまり気にしたことなかったよ。くっ付く金属だけで戦っていたからな、今まで」
鈴華は思い返そうと、視線を斜め上に向ける。
因みに、アルミニウムは常磁性体なので、普通の磁石ではくっ付かず、銅は反磁性体なので、磁場自体が打ち消されてしまう。
磁力とは言え、魔法の磁力であるマグネキネシスだから、常磁性体くらいだったらくっ付いたりしないかな?と思って聞いた蔵人。
「マグネキネシスがどんな性能を持っているのか、他のマグネキネシスを参考にしたりしてみて、調べてみるのも手だと思うよ」
「なるほどな。性能か。あたしは必殺技ばっか考えてたよ。ボスがやってたみたいな奴をさ」
「おお、それも良い事だと思うよ」
鈴華が残念そうに言った言葉に、蔵人は食い付く。
「何が出来るかを考えるのも大事だけど、どんなことをしたいのかっていうイメージはとても大事だよ。俺が今使っている技も、それで作り上げたところも結構あるし」
龍鱗やランパートがそれに近いだろう。
新年会の演武で見た氷龍の像と、慶太が食べていたチョコクッキーから得た発想だ。
終着点が見えている分、技を完成させるまでの時間が短縮されたと思う。
「鈴華は、どんな必殺技を考えたんだい?」
蔵人に褒められた鈴華は、白い歯を見せながら笑う。
「考えたっていうかさ、今までのボスの試合を見て、すげぇって思ったんだよ。盾を飛ばしたり、ドリルみたいに相手を貫通したりとかさ。特に昨晩の決闘は特にやべぇって思ったよ。試合が終わってからもずっと熱が冷めなくて。こう、なんていうのかな。腹の底からグツグツと湧き上がるやる気っていうのかな?体中をグルグル廻ってたんだよ」
鈴華は食事する事を諦めたのか、ナイフとフォークを置くと、腹の中心を指さして、指をグルグル回した。その指を、今度は彼女の頭の方へと。
「そんで、色々考えて、考えながら寝ちまったんだよな」
寝落ちかい!
蔵人は心の中で突っ込んだ。
でも、それでも嬉しかった。
試合を通して、鈴華の心を動かせただけでも、あの練習試合を見てもらった意味が十分にあった。
そう思った蔵人だったが、鈴華の話は終わって無かった。
「でさ、夢の中であたしは戦ってたんだよ。多分、都大会の決勝じゃないかな?相手に河崎先輩が出て来たからさ」
河崎先輩と言うことは、相手は天隆。都大会決勝戦か。
確かに、あの決勝戦はとても印象的で、蔵人と鈴華のコンボ技も上手く決まった熱い戦いであった。夢に出るのも納得だ。
「夢の中ではさ、あたしもボスみたいに無双してたんだよね。相手をバッサバッサと薙ぎ倒してた。でもさ、その倒し方が結構面白かったんだよね」
「ほぉ。面白い倒し方?」
蔵人は期待を込めて相槌を打つ。
それに対し、いやいやと、鈴華が手を軽く振る。
「そんな大したことじゃないけど、相手のユニホームってか、鎧?って金属じゃん?それを磁力で引っ張って倒したり、自分の腕…ってか、手甲?これも金属だと思うんだけど、それを飛ばして相手を攻撃したり。ああ、あと、ボスの盾も使ってたぜ!カタパルトであたし自身を発射して、相手の前衛に突っ込んでた。ボーリングのピンみたいに、相手がすっ飛んでたんだ」
「なるほど。それは面白い」
正直、まだまだ修正する部分も多い技だろうし、若干楽観的な部分も多い。
相手の鎧が磁性体かも分からないし、相手を吹っ飛ばす程の力を出した場合、反動をどうやって抑えるかも考えないといけない。
だが、それは最初だから仕方がない事。
そのイメージから、実際戦う際に必要な部分とを付け足し、不必要な部分を削っていくだけだ。
そうして研磨された技が、試合で輝くのだろう。
「実際にやってみたら、思ったのと違う部分も出てくるだろうけど、そういうのをドンドン改良していって、鈴華らしい戦闘スタイルを確立させよう」
「本当か!?じゃあ、今から練習に付き合ってくれよ!ボス」
「そうだな…えっ?」
今?
蔵人の問いかけに、鈴華は素晴らしい笑顔で答える。
「忘れない内にさ、やってみたいんだよ」
「あー、でも俺達、今日も試合だろ?あんまりやり過ぎると、試合に響くから」
「やり過ぎなきゃ良いんだろ?大丈夫だって!」
うん。多分、その大丈夫は大丈夫じゃない奴だ。
でも、ここでウダウダ言うより、折角やる気になった鈴華を登る所まで登らせた方が、長い目で見た時に得なはず。
蔵人は何とか納得して、頭を上下に動かす。
「分かった。じゃあ、先ずは朝食を食べてしまおう」
「何言ってんだよ、ボス!飯なんか食ってたら、忘れちゃうだろ?やるなら、今だろ!」
そういう鈴華の皿は、彩られていた料理がきれいさっぱり無くなっていた。
マジかよ。あの会話の中でいつの間に…。
蔵人は、まだ自分の皿に残る大きなチキンの塊を見て、鈴華を見上げる。
すると、鈴華も蔵人の様子に気付いたのか、椅子に座り直した。
何故か、対面ではなく、蔵人の真横に。
「ほら、ボス」
更に、そう言いながら蔵人のチキンを切り分けて、フォークで蔵人の口へと運ぶ鈴華。
「いや。普通に食べられるぞ?ただちょっと待って欲しいだけなんだけど?」
「だからさ。こうしてあたしも手伝うから。早く食べちゃおうぜ」
だめだ。鈴華はフォークを置く気がさらさらない様子。
仕方なく、蔵人は鈴華に向かって口を開く。
ぱくっ。
うん、丁度いい大きさ。
「美味いか?ボス?」
口が塞がっている時に聞いて来るので、蔵人はただ小さく頷く。
すると、鈴華が優しく微笑む。
「ふふっ。なんか、こういうのも良いな」
良いのかな?
蔵人は気恥ずかしさから、顔が熱くなるのを感じる。
あんまり、マジマジと見ないで欲しいんですけど?鈴華さん。
「ほら、ボス。あ~ん」
これは、ヤバい。
一刻も早く食べ終わらねば。
蔵人は顎が痛くなりながらも、急いで鶏肉を咀嚼するのだった。
久我さんにも、色々とご事情があるのですね。
「最初にやる気のない態度だったのも、もしかしたらそれが原因かもしれんな」
ああ、そう言えば、彼女は最初、サボり癖がありましたね。
しかし、最近では随分とやる気に満ち満ちている様子。
これは、少なからず主人公の影響でしょうか?
「あ奴の熱は、伝染するからな」
…将来、桜城ファランクス部が熱血チームになったら、どうしましょう…。
イノセスメモ:
・タンパク質…体を構成する大切な栄養。一般的に、体重と同じグラム数を取ることが奨励されている(体重60㎏の人は、1日60g)更に、筋肉を付けたい人においては、体重の1.5~2倍。ボディビルダーの選手などは、3倍以上摂る人もいる←摂り過ぎると体調不良の原因となる為、一般人はほどほどに。