97話~悪い悪い。見直したよ~
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朝。
関東大会3日目の朝だ。
蔵人は部屋で目を覚まし、窓のカーテンを少し開けて外を見る。
先ず目に入ったのは空。晴れ渡った青空が広がり、その下では、登り出した太陽を反射する大海原が波打っていた。
ここはアクアラインWTC最寄りのホテルの一室。他校の男子学生や男性スタッフ用に宛がわれた大部屋である。
3階にあるこの大部屋は、松の間と呼ばれる宴会場だった場所で、そこの机や椅子等を取っ払って、雑魚寝が出来るようにしているのだ。
雑魚寝とは言え、用意された布団は高級品で、部屋は宴会場という事もあって広くて豪華だ。
落ち着いた雰囲気の襖と障子に囲まれ、床には国産和紙畳が一面に敷き詰められ、味のある木製の天井には、優しい灯りが幾つも灯る様になっている。
披露宴でも使うらしいので、好待遇と言えよう。
女子選手達は2人で一室を与えられているのに、何故男性だけ大広間なのか?とも思ったが、この方が男性は安心するらしい。
弱い立場の男性達からしたら、同性同士で寄り集まった方が安全と思うのだろう。
別に、部屋の前にガードマンが居たり、この階が男性専用フロアと言う訳ではない。
それでも、安心するのだとか。
今この部屋には、蔵人やサーミン先輩を含めて、18名の男性がいる。だが、そのほとんどは引率の先生やマネージャーの子であり、蔵人達の様に選手で来ている子は1人もいない。
蔵人達桜城ファランクス部は、部長が用意してくれたこのホテルで宿泊し、日中は大会会場で試合を行う。
ほとんどの学校が同じ様にホテルを取っており、何校かは同じホテルに泊まっている。
ファランクス選手様にと、大会側からホテルの予約制限があったのだとか。
この中のホテル群から予約してね、と。
そう言うのは全部部長に任せてしまっていたので、今まで知らなかった。
彼女には頭が上がらない。ついでに、背中も見せられない。
昨日の試合の後も、ホテルのロビーで寛いでいる他校の女子生徒や、難しそうな顔でミーティングをしている一団を見かけた。
彼女達は、今日以降で戦う可能性のある選手達だ。
現在1回戦が終わり、40校近くいた参加校は半分に減っている。
昨日の試合、筑波中との戦いもかなり厳しかった。
蔵人個人としての戦績はまずまずの物だったが、前線を含めた試合全体で評価したら、辛勝と言える勝ち方だっただろう。
その筑波戦よりも、今日明日の戦いは厳しい事が予想される。
蔵人は大部屋を出て、トイレの洗面所で顔を洗い、朝の支度を着々と終わらせながら、昨晩の事を思い返す。
昨日の筑波戦で不調であった美原先輩。
随分と思い詰めていたみたいだが、昨晩の部長や鶴海さんの作戦のお陰で、調子を取り戻した様に見えた。
最後の一撃なんて、超高速で回る金剛盾の刃に打ち勝つ程の一発を編み出してしまっていたからね。
たった数分の戦闘の中で、彼女は変わった。
いや、戻ったのか?それとも、進化した?
兎に角、昨日とは別人だ。
彼女の調子が上がれば、桜城選手達の士気も上がり、強豪校とも渡り合えるようになるだろう。
蔵人は顔を上げて、鏡を見る。
学校指定の真っ白なジャージを着た少年が、ギラギラとした瞳でこちらを見返してきた。
まるで、黒戸に戻ったかの様な、紫色の鋭い瞳で。
「…いかんな」
このまま高ぶった状態では、独りで暴れてしまう。
蔵人は、目を瞑り、何度か深呼吸をする。
昨日の激戦で燃え上がっていた闘志を鎮火させる様に。
目を開けると、そこにはいつも通り、暗闇の瞳を携える少年が戻ってきた。
「…うん、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ」
蔵人は1つ呟くと、そのままトイレのドアに手を掛け、
「…ああ、」
ああ、そう言えばと、思い出す。
美原先輩って言ってはいけないんだったなと。
海麗先輩か、と。
蔵人は海麗先輩とのやり取りを思い出し、苦い顔をする。
あの時は、友情だのなんだのと誤魔化したが、彼女の目は、明らかにそれとは別の色を含んでいる様に思えた。
部長が敵意を剝き出しにするのも当たり前だ。
エース騎士を立ち直らせたのに、今度は指揮官が怒り心頭となってしまった。
あちらを立てればこちらが立たず。
世界とは、ままならないものだ。
「何故、こうなったんだろうな。相棒」
今はここにいない相棒に話しかける様に、蔵人は一瞬、自分の腰位の高さを見つめる。
でも、そこいる白い幻影は答えをくれたりはしない。
2つのメインカメラで、こちらをじっと見上げるだけだ。
蔵人は静かに首を振って、その幻視を振り払い、ドアを開けた。
それから暫くの間、ホテル周辺の芝生エリアで、いつもの朝練をこなす蔵人。
大会中とは言え、ルーティンはやらねばリズムを崩す。
ある意味、ジンクスともいえるだろう。
そのルーティンを終えて、軽く汗を流した後、ホテルのロビーへと足を向けた。
現在の時刻は7時過ぎ。
ロビーには各校の選手らしき女子生徒達がちらほらと集まりだしており、寝ぼけまなこを擦る者や、寝癖を片手で頻りに梳かしている娘が目立つ。
中にはきっちりとユニフォームを身にまとい、ヘルメットだけを脇に抱えた集団もいる。
多分、彼女達は午前の部の中でも、かなり早い時間に試合が組まれているのだろう。
何せ、第1試合は午前9時から始まる。
関東大会のフィールドは1つだけで、そこで本日は第2回戦の10試合近くを執り行う。
1つの試合に30分近くかかり、その次の試合までに会場整備などがあるから、1つの試合が始まって、次の試合に移行するまでに1時間近くかかる。
予定では、第2回戦は午後18時の部で終わる予定だ。
蔵人達桜城の試合は、13時に開始予定となっている。
控室に入れるのは、前の試合が始まってからなので、会場に赴くのは早くても12時からだろう。
よって、桜城の集合時間は午前10時。
そこから準備運動等の軽い練習と、ミーティングを行うことになっている。
それ故だろう。ロビーに桜城選手の姿は見えない。
恐らく、皆さんはまだ、夢の中なのかもしれない。
と、蔵人が思っていた矢先。
目の前が、真っ暗になった。
次いで、聞こえて来たのは女性の声。
「だ~れだ?」
ドンッと背中に柔らかい衝撃が突き抜け、次いでふわりと優しい香りが過ぎていく。
その甘い衝撃に、しかし、蔵人の心臓はドキッ!と跳ねあがる。
仕掛けられたこの悪戯に対し、性的興奮を覚えた訳ではない。
声の主に覚えがなかった、という事でもない。
寧ろ、最近は毎日聞いているんじゃないかと思える、同じチームメイトの声。
だから、蔵人が驚いているのは、その声の主に対してではなく、自分の後ろを取られたことに対してだった。
それなりに修羅場は潜り抜けてきたと自負していた蔵人。戦場の熟練兵士のように、それなりの感覚は研ぎ澄まされていたはず。
はずだった。
蔵人は硬い唾を呑む。
相手の接近に気付けなかった理由。それは、この娘がとても上手く足音を消していたことと、何より、周りの喧騒が大きくて、近寄る足音がかき消されたこと。
だが、一番大きな理由、それは、
蔵人自身の、衰え。
平和な日々に漬かりすぎた代償。
13年。蔵人は、何気ない日常を日々送り、異能力や戦闘技術を高めていった。
だが、その反面、一部の感覚は使われずに錆び付いていた。
それは、僅かに香る、血の匂いを判別する嗅覚。
相手の行動を、表情を、逃さず読み取る洞察力。
危険な音を、瞬時に聞き分ける聴覚。
そういったものを感知する力。
言うならば、戦場の勘、と言えるのかもしれない。
兎にも角にも、蔵人は自身の衰えを感じて、危機感とやるせなさを感じた。
そんな彼の感情を、まるで堰き止めるかのように、背中に柔らかいものが押し付けられる。
「お~い?聞いているのか?」
痺れを切らして、蔵人のすぐ耳横まで顔を近づけ、声をかける彼女。
背中のそれは、当ててるんじゃなくて、当たっているのか?
体を近づけるだけで当たるって、それって…。
思い返せば、中学生とは到底思えないプロポーションをしていたな。
「…ああ。聞こえているよ。おはよう、鈴華」
蔵人は自分の目を覆っている手を優しく取り、振り向いて挨拶した。
そこには、したり顔を浮かべた鈴華がいた。
「おう!おはよう、ボス。朝早いんだな」
「まぁ、習慣でね。鈴華も早いんだな。正直、驚いたよ」
鈴華の格好は、そこらであくびを連発している娘達とは違い、とてもキチンとしていた。
服自体は学校指定のジャージだが、美しい銀髪は毛先の一本一本まで梳かされていて、くせ毛一つない。
顔も、化粧こそしていないが、まつ毛の一本まで整えられており、肌も綺麗だ。
朝にお風呂にでも入ったのか、若干頬が紅葉している。
つまり、何が言いたいかというと、これほど入念な準備をするだけの時間を費やしており、それだけ早く起きていたということ。
下手したら、蔵人が日の出と共に訓練していたその時には、既に起きだしていて、身支度を整え始めていたのかもしれない。
普段の鈴華の言動からは、とても想像できない姿だ。
蔵人がマジマジと鈴華を見ていると、彼女は少し視線を彷徨わせる。
「まぁ、あたしも、いつもの事だから、な」
そう言って頬を掻く彼女は、何でもないことを褒められて、少し照れているように見える。
だが、直ぐに蔵人の言葉に引っかかりを覚えた様で、こちらに視線を戻す。
「ってか、驚いたって、普段ボスはあたしをどんなふうに見てんだよ」
「ああ、ははっ、そうだな。悪い悪い。見直したよ」
「全く、よぅ」
鈴華は少し拗ねたようにそっぽを向く。
しかし、本当に驚いた蔵人だった。
普段の鈴華からしたら、早起きは苦手な印象を受けていた。
寧ろ、最後まで寝ていて、集合時間ギリギリで「いやぁ~、メンゴ」とか言いながら、パンでも咥えているイメージだった。
だが、普段の彼女の様子を思い返してみると、案外納得できる。
鈴華は、今まで練習に遅れたことは一度もないし、寝癖どころか、練習以外で容姿が乱れることもなかったと思う。
蔵人は、今更になって、鈴華を勝手なイメージで見ていたことに気付き、反省した。
普段の言動や、テストの時の様子で勝手な鈴華を想像してしまっていたな、と。
蔵人は両手を合わせて、頭を下げる。
「悪かったよ、本当に。ほら、朝食行こうぜ。俺が奢るからさ、機嫌直してくれよ」
「奢るって、朝食は無料のバイキングだぜ?」
「おっと、気付かれてしまったか」
「気付くわ!」
そう言って突っ込みながらも、笑ってくれた鈴華。
彼女を連れて、ホテルに併設されているレストランに足を向ける。
そう、蔵人がこのロビーに舞い戻ってきたのは、このホテルの朝食を摂る為だった。
恐らく、鈴華も同じ目的だったのだろう。
2人は今日の日替わりメニューが何かを予想し合いながら、おなかを減らしてレストランまで歩みを進める。
そんな時に、周囲から視線が注がれて、声が集まる。
いつもの視線…と思ったが、それにしては少し妙であった。
「ねぇ、見て!あの子。すんごい美人じゃない?」
「うっわ、本当!めっちゃ綺麗だし、鼻高いし、背高いし、超カッコイイ!」
「おっぱいもすごっ!それにあの輝くような銀髪、いいなぁ。どうやったらあんなになれるんだろう。私の貧乳と、この栗毛のぼさぼさ頭と交換してほしいよぉ」
「むしろ、私があの方の物になりたい」
「分かる。彼女とかいるのかな?」
なるほど。標的は俺ではなく、鈴華だったのか。だから、いつもと違う感覚を覚えたのだ。
鈴華さんや。貴女、めっちゃ狙われていますよ。
蔵人は、隣で呑気に歩く鈴華に視線を送る。
安綱先輩の時も凄い人気だったが、この特区では、美人な女性は、他の女性達の彼氏候補として見られてしまうようである。
これも、男女比が歪である特区の弊害と言えるだろう。
蔵人は独り、この特区の事を分かった気になって、うんうんと頷く。
だが、そんな蔵人の元にも、次第にいつものように視線が集まって来る。
次いで、声も聞こえてくる。
「ってかさ、隣の子が彼女なんじゃない?」
「えぇ~…なんか、全然可愛くないんだけど。私の方が女子力高いと思う」
「そうね。確かに可愛い系の子じゃない…けど…」
「う~ん…てかさ、あの子も結構あれじゃない?髪は短過ぎだし、胸はかなり残念だけど、背は結構高いし、顔もワイルド系でかなりイケてる…」
蔵人は、自分に向けられる視線が、いつもと同じように熱を帯び始めているのを感じて、身構える。
「ねぇ、ちょっと待って、なんていうか、あの子、男の子っぽくない?」
「ええっ!?う~ん…いや、それは無くない?だって、あんなに堂々と歩いているよ?男子ってさ、もっとナヨナヨというか、コソコソって感じでいつも歩いているじゃん。女子の姿を見たら、光の速さで隠れちゃうし」
「そんなこと言われても、そもそも、私の周りに男子なんていないし」
「それは…私もそうだけどさ」
「でも、あの白ジャージに桜の校章って、桜城の生徒じゃない?確か桜城のファランクス部って、男子部員もいたから、もしかしたら…」
「えっ!マジ!?それって、都市伝説じゃないの!?」
「分かんないけど、もし、男子だとしたら…」
「まって待って!桜城の男子部員っていったらさ、黒騎士様なんじゃないの?筑波のお化けロボットに大穴開けたっていう、あの!」
「…ちょっと、カメラ。誰か、携帯持ってない!?ああん、もう!私、ちょっくら突撃して来るよ!」
「やめなって。人違いだったら迷惑かけるし、もしも本人だったら、あんたも大穴開けられるよ?」
「良いよ!寧ろ、男の子に貫かれるなら本望よ!」
「あんた、何言って…ちょっと!みんな!こいつ抑えて!他校の生徒襲ったりしたら、試合に出られなくなるぅ!」
……おっと。
こいつは、危険信号が鳴り始めたぞ。
蔵人は、優雅に歩いている鈴華の背中を押す。
「お、おい、ちょっと、ボス!押すなって」
「急げ、鈴華。もたもたしていたら、朝食の前に俺達が食われるぞ!」
「な、何言ってんだよ!?ボス」
さっきまで寝ぼけ眼でいた筈の周囲の女子生徒達が、目をギラギラ光らせている中を、蔵人と鈴華は足早に、レストランの中へと逃げ込むのだった。
久我さんは凄い人気ですね。
「安綱と言った小娘と似たような状況だろうな。容姿端麗であれば、男装の麗人として好まれるのだろう」
男性が少ない事への弊害ですね。
イノセスメモ:
・主人公の危機管理能力が錆び付いている←必要となれば、また輝きだすのでは?
・特区の女性は、男性が少なすぎて女性に走っている?←男性が近くに居ればそちらに走るのか?