96話~まぁ、最初はそれでいいかな?~
ご覧いただき、ありがとうございます。
久しぶりにこの警告を掲示致します。
※グロ注意です※
「久しいな。いつ以来だ?」
恐らく、美原先輩とのスパーリングの時、ではないでしょうか?
「奇しくも、同じ状況という事か」
「はぁっ!!」
海麗の足元が、爆発する。
極限まで力が込められた足は、地面を爆ぜさせながら、一歩、一歩と体を前へ押し出す。
そのスピードは、海麗の体を一本の弓矢のように、前へ前へと空気を貫く。
一瞬で、自身の間合いに。
それは、相手も同じこと。
海麗と蔵人の拳が、同時に振り上げられる。
「せぇえええいっ!!」
極限まで絞った弓の如く、海麗の拳が放たれる。
「ブレイク!」
高速で回転する、白銀の蔵人の拳が、それを真正面から迎え撃つ。
ぶつかり合う、拳と、拳。
衝撃が、多方に響く。
ごぅんと、重い音が、会場中を駆け抜ける。
膨大な魔力と、強大な魔力がぶつかり合う。
海麗の拳の魔力は、蔵人の回転する盾に削られる。
ガリガリガリガリッ!
岩を削るように、少しずつ、少しずつ、拳に近づいていく凶悪な音。
だけど、
「退かない!」
後退はない。前進あるのみ。
「負けないっ!」
この勝負だけは、負けたくない。
海麗の頭の中に、試合開始前に決めた条件なんて、既にすっ飛んで行っていた。
あるのは、ただ自分の中の大切なもの。
自分の背中にあるもの。背中を支えてくれる者。
「負けないで!うららぁ!」
麗子の声が背中を押す。
仲間のやさしさ、おばあちゃんの教え。
みんなが支えてくれている。負けるわけにはいかない!
「絶対にぃ、負けない!」
「勝つのは、この俺だぁ!」
海麗の拳が弱く光り始めると同時、蔵人の拳が更に回転速度を上げる。
魔力が、爆ぜる。
それと同時に、海麗の拳に、蔵人の拳が侵食し始める。
皮膚が、削れる。
血が、噴き出す。
このままでは、負ける。
彼の凶刃な拳の前に、海麗の拳がスリ潰される。
大切な、おばあちゃんとの絆が。
「まだ」
それはダメだ。
「まだまだぁ!」
海麗は叫ぶ。
叫ぶことで、気持ちを正して、前を向く。
拳に意識を集中する。
おばあちゃんとの日々を、全てこの一撃に!
すると、皮膚が削れた赤い拳の、鈍かった光が眩しいくらいに輝きだす。
渦巻いていた海麗の魔力が、皮膚を覆い、光を乱反射する。
「ははっ」
それを見た蔵人が、獰猛に笑う。
ギラギラと紫色に輝く瞳が、海麗を捉える。
目の中の紫が、暗黒と混ざり、渦巻いていた。
「ここに来て、更なる力を手に入れるか!良い、良いぞ!それでこそ主人公を背負う者だ!」
だが、と、蔵人は笑う。
白銀の合間で見えていた彼の顔が、クリアになる。
白銀の盾は、いつの間にか、3色に分かれる盾となる。
河崎美遊を、グレイト10を倒した盾。
「ここからが、俺のドリルだ!」
乱反射する盾が、海麗の輝く拳までも削り出す。
蔵人の魔力が、彼の拳に集まり凝縮して、海麗の拳を侵食する。
「ミラァ!ブレイクゥ!!」
今まで体験したことのない恐怖。
それでも、海麗は、海麗の心は、
「まだ、まだまだだぁ!」
折れない。
真っすぐに、己の拳を信じて、ただ前へと伸びる。
彼がそうするように、私も。
魔力の流れを、更に速く、滑らかに。
その魔力を、全部、拳へ。
彼がするように、ただ一点に。
そうすると、海麗の輝いていた拳が、輝くを失ってしまう。
真っ黒に変色する拳の先。
全てを呑み込もうとする、彼の瞳と同じ色。
「チェストォオオオ!!」
黒拳。
凝縮された、海麗の全て。
「ははっ、ふっはははは!」
蔵人が嗤う。
心から、楽しそうに。
乱反射するドリルと、黒く真っすぐな拳がぶつかり合う。
高速でぶつかり合うそれらから、バチリッバチリッと火花が弾け飛ぶ。
超高密圧になった、魔力と魔力。
だが、次第に、海麗の拳が悲鳴を上げ始める。
纏った黒い魔力に、ヒビが走り出す。
まだ。まだだよ!
必死な海麗。
勝ちたいと必死に願う海麗の、その元に、
声が響く。
「みはらぁ、うららぁあ!!」
蔵人が、猛々しく、吠える。
牙を剥き、獰猛に、嗤う。
そして、次の瞬間に、
優しく、笑った。
「大した、モンじゃねえか…」
バキッ
何かが、軋む音。
ヒビ。
大きく走るそれは、海麗の拳だけじゃない。
蔵人の盾にも、無数のヒビが走った。
そして、
パァンッ!
小さな破裂音。
砕け散る、乱反射する盾と、黒い魔力。
連鎖する、破裂音。
盾、盾の、残骸。
全ての盾が、粉々になって散る。
きらきらと光り消えるその中を、
海麗の拳が、真っすぐに、蔵人へ進む。
殆ど魔力を剥がされた拳が、彼の拳へと突き進む。
接触。
感触。
硬い、骨の感触。蔵人の拳の感触。
それを感じた次の瞬間、
蔵人が、吹き飛んで行った。
地面を転がり、何回も、何回も転がり、漸く、止まる。
彼が地面に、這いつくばる。
沈黙。
時間が、止まる。
その止まった空気を裂くように、
鶴海ちゃんが、声を高々に宣言した。
「しょ、勝者、美原先輩!」
海麗は、構えを解くと、
頭を下げた。
「押忍!」
おばあちゃん、ファランクス部のみんな。自分を立ち直らせる為に機会を作ってくれた鶴海ちゃん達や麗子。
そして、体を張って大事なものを思い出させてくれた少年に、今の思いを乗せた。
「ありがとう、みんな。ありがとう、蔵人」
顔を上げた海麗の顔には、もう、一片の曇りも在りはしなかった。
〈◆〉
拳の威力を受け止めきれず、吹き飛ばされた蔵人はゆっくりと起き上がる。
体中は軋み、白いジャージは泥だらけだ。
ユニフォームである甲冑を着た方がいいのではと、部長から言われていたのだが、美原先輩との戦闘で壊した場合、明日からの試合で困ると考えて断っていた。
断って正解だったと、蔵人は安堵の吐息を吐く。
もしも着用をしていたら、尽く破壊されていただろう。
服に付いた泥と芝を払おうと、手をかざした時に驚いた。
右手は、開放骨折していた。
ズキ、ズキッ、ズキッと、今更になって痛み出す。
また、やってしまったな。
蔵人は痛みに顔を歪めるのと同時に、少し懐かしくも思った。
思えば4月、同じような怪我を負った。
奇しくもそれは、同じ状況。美原先輩との空手のスパーリングでの事だ。
だが、その時とは状況が違う。あの時は、半分遊びだった。
しかし、今回は本気。間違いなく、己が持つ全ての力をぶつけ合った真剣勝負。それで敗れたのなら、悔いはない。
Aランク。いや、美原海麗。素晴らしい技量と力量。
膨大な自身の魔力量に振り回されることなく、それどころか、何と滑らかに操るのだろうか。
蔵人も滑らかに、彼女よりも高速で動かすことが可能である。
だがこれは幼少期から、それも、生前の知識と経験を最大限活用したから成し得た芸当である。
本当の意味で0からスタートしたはずの彼女が、齢15という若い年齢で会得していることには、畏敬の念すら覚える。
末恐ろしい。
この言葉が、今の彼女にはふさわしい。
これまでの短い人生で、どれだけの鍛錬を積んできたのか。
どれだけの困難を乗り越え、そして、これからどれだけの高みまで這い上がれるのか。
彼女がこのままの速度で大人になったとしたら、果たして、どれだけの傑物が出来上がるのだろう。
蔵人は、顔を上げた彼女の笑顔を見て、自然と笑みが零れた。
しかし、蔵人を見た美原先輩の笑みは、寸秒で凍り付く。
「ああっ!大変!また、すごい怪我してる!」
美原先輩が慌てて飛んできて、蔵人の腕をとる。
その横では、鶴海さんが観客席に向かって手を振り「早く!早く!」と叫んでいる。
呼ばれているのは、この施設の常駐スタッフであり、医療スタッフを兼務する男性。
確かCランクと言っていた彼は、伏見さんに抱えられて、蔵人の傍まで脱兎のごとく跳んできた。
早速治療を開始しようとする医療スタッフに、蔵人は美原先輩を指さす。
「彼女の手が先では?」
美原先輩の拳も、蔵人のミラブレイクで随分削られ、血が滴り落ちていた。
確かに、怪我の程度では蔵人の方が出血量が多く、トリアージで言えば上位である。
だが、彼女は女性だ。もしも手に傷が残ってしまったりしたら大変である。
それが、この世界の常識から外れているとしても、やはり蔵人はレディーファーストの信念を曲げることが出来なかった。
だが、
それを聞いた美原先輩は案の定、険しい顔になった。
「何言っているの?そんな怪我してるのに、君が先だよ」
ですよね。
蔵人はおとなしく、先に治療してもらった。
「さて、先輩」
蔵人も美原先輩も、わずかな時間で怪我を治してもらい、観客席にいた全員が2人を囲んでいる中で、蔵人が口火を切った。
「おばあ様に対して、非礼な言動を行った事を、ここに深く謝罪させて頂きたい」
この後、どんな無理難題をぶつけられるにせよ、やはり最初に謝っておきたかった。
これは別に、謝るので減刑に処してくれと言う魂胆ではない。
命令されて謝罪するのではなく、自分が本当にそう思っていると相手に知ってほしい。
ただそれだけだ。
それだけのつもりなのだが、
「ううん。君が謝る必要はないよ」
美原先輩は、スッパリと、それを否定した。
「むしろ、謝らないで。謝るべきなのは、私の方だから」
そう言うと、美原先輩は、蔵人と集まったみんなに対して、深々と起礼をする。
「心配かけてごめんなさい。それと、ありがとう。私を見捨てないで、こうして助けてくれて」
顔を上げた美原先輩の顔はちょっと赤く、そして、目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
そして、その目の奥には、キラキラとした輝きがあった。
ああ、そうだ。
蔵人は、思い出した。
この娘の瞳は、元々これくらい輝いていたのだったな、と。
ご実家から帰ってきてからは、少し濁っていたのかと、今更ながら。
その目を見て、蔵人は、蔵人達が何を企んでいたのかを、美原先輩はほとんど見抜いていると思った。
美原先輩をワザと怒らせて、蔵人と一騎討をさせること。
なるべく接戦を繰り広げてから、蔵人の嘘の生まれを話すこと。
それによって、世界への理不尽を蔵人にぶつけ、勝つこと。
勝つことで、おばあ様を亡くした悲しみと怒りの行き先を作ってやること。
それが、この作戦の全容だった。
だが、途中からストーリーが変わった。
美原先輩が、おばあ様との訓練の日々を思い出し、おばあ様が近くにいると考えてくれた。
おばあ様が生きた証を大事にしようと思ってくれたことで、負の感情が消え去った。
美原先輩は、自分自身で、自分の激情に勝ったのだ。
終幕は、用意された脚本よりも良い流れに乗って、キレイに幕が降ろされた。
美原先輩の後ろから、櫻井部長が歩み寄る。
「お帰り、海麗」
部長の目にも涙、だ。
美原先輩が恥ずかし気に、小さく頭を下げる。
「ただいま。ごめん、待たせちゃって」
「おっ、遅いのよ、バカ!待ってたんだからぁ!」
部長は堪らず、美原先輩の胸にダイブする。
…う~ん。これって、俺達この場にいていいのか?
蔵人は、鶴海さんの顔を見る。
鶴海さんは、くりくりのお目目をぱちくりとさせてから、一つ頷いた。
あ、撤退ですね。了解であります。
蔵人達が空気を読んで後ずさりしていると、部長の頭をナデナデしていた美原先輩が、声を上げた。
「あ、待って。蔵人君」
ええ…、折角いいムードだったのに。
蔵人は呼び止められてしまったので、その場に直立不動で立つ。
折角のイチャイチャタイムに、不味いですよ。
ほら、部長がブスっとした顔で、こっち見てるじゃないですか。
カップルの間に入る間男は、馬に蹴られるんですよ?
蔵人の冷や冷や顔に、しかし、美原先輩はキレイな瞳を少し熱っぽく向けてくる。
「君には本当に迷惑かけちゃったから、何か、その、お礼が出来ないかなって」
そう言って、先輩は蔵人の右手を取る。
開放骨折していた方の手だ。
心配なのだろう。自分が傷つけたもんだから、気に病んでいるのかも。
蔵人は、首を振る。
「その気持ちだけで十分ですよ。僕は、貴女と本気で戦えた。それで十二分です」
「いや、でも、ほら、今回の試合の事もいろいろ考えてくれたんだし…」
「あ、いえ。それは違いますよ?」
「えっ?」
「このシナリオを考えたのは、僕だけではありません」
蔵人はそういうと、部長を見て、鶴海さんを見た。
蔵人は、作戦を実行する前を思い返しながら、語る。
あれは、筑波戦が終わった直後。
蔵人は真っ先に部長の所へ行って、美原先輩の容態と、どうしてこうなったのかを聞いた。
そして、部長から美原先輩のご実家であった事や、美原先輩が抱えているであろうわだかまりを聞き、鶴海さんと作戦会議を開いたのだった。
当初、蔵人が考えていたのは、思いっきり食べたり遊んだりして、負の感情を塗りつぶす方法や、次の試合でCランクを相手にして憂さ晴らしをするような大雑把な作戦だった。
そこを、鶴海さんが修正して(ほとんど一から作戦立案してくれて)、最初の原案が出来た。
それを元に、部長と話し合い、細部の修正を加えた後に、作戦を決行した。
蔵人が美原先輩の相手に選ばれたのは、他の人では相手にならないからだった。
3年のBランク3人くらいで相手したら、いい勝負になると部長は言っていたが、それでは嘘の経歴を話したところで効果が薄くなってしまう。
長年一緒にいた3年生では、経歴詐称が難しいからね。
そこで、敵役は蔵人になったが、部長は最後まで反対しており、自分が美原先輩の相手になると言っていた。
気持ちは分かるが、部長では1分と持たずに負けていただろう。
なので、部長にはもしもの時の助っ人役という形で、観客席に座ってもらった。
鈴華と伏見さんにも同じ配役で座ってもらったが、蔵人の内なる思いとしては、この2人はお勉強として来てもらった。
近距離役のいい勉強になると思い、連れて来たのだ。
本当は、西風さんにも見てもらいたかったのだが、他の2年生と一緒に遊びに出てしまっていて捕まらなかった。
その代わりとして、
蔵人は、視線を少し外す。
そこには、フィールド入り口の柱に、急いで隠れる影があった。
…その西風さんの代わりに、何故か敏腕記者が付いてきてしまったのであった。
蔵人は視線を美原先輩に戻す。
「と、言うことで、作戦のほとんどはここにいる鶴海さんと部長が考えてくれたんです」
「なるほどね。道理で、私の事情に詳しいと思ったよ。沖縄の事も、蔵人君達には話していなかったし」
美原先輩は、まだ自分の胸の中で顔を埋めている部長に目線を送る。
部長は、少し微笑んでそれを受けているが、その深い渓谷から出る気は無さそうだ。
でもね、と美原先輩は言葉を続ける。
「私の全力を受け止めてくれたのは、他でもない君だよ、蔵人君。私が学んできた全て、培ってきた努力の全てを、貴方は逃げずに、全力で答えてくれた。私はそれが、その…嬉しかったんだ」
美原先輩は、少し恥ずかしそうに笑う。
「だからさ、その、お礼って言うか、さ。ありがとうって意味で」
成程。
蔵人は小さく頷く。
「分かりました。では、また再戦をする機会をいただけたら」
要は、自分の全力に堪え切れた自分に、褒章を与えるということか。
それだけ、美原先輩が認めた証として。
蔵人はそう考えて、Aランクとの実践の機会を所望した。
これは、蔵人も望むところである。
出来れば今年の12月、シングル戦全国大会が始まるまでに何戦か出来たら良いなと思い描く。
蔵人の答えに、美原先輩は少し悩むような、何か釈然としないような顔を一瞬したが、
「うん、わかった。また手合わせしよう。あ、モチロン、異能力ありでね」
そう言うと、胸の谷間から部長を追いやり、蔵人に手を差し出した。
蔵人も、その手を取り、握手した。
交渉成立だ。
「よろしくお願いします。美原先輩」
思わぬ収穫を手に入れて、蔵人は内心ほくそ笑む。
これだけの逸材と戦えるのだ。更なる技術向上が期待できるというもの。
蔵人の笑みに、うん、よろしくね、とそんな軽快な答えが返ってくるかと思っていた蔵人。
だが、帰って来たのは、固い笑顔と、少し強くなる握手のみ。
シェイクハンズされた左手のひらが、赤くなる。
異能力は使っていない。
いないけど、なぜ?何故そんな、我慢比べみたいな事をしなければいけないの?
「…あの、美原先輩?」
「……………」
笑顔だ。
美原先輩、相変わらずの固い笑顔だ。
訳が分からん。
「あ~…、僕、何か気に障ること…?しましたか?」
今になって、やっぱり謝罪してくれという事か?
いやいや、彼女はそんな人ではないだろう。
蔵人が、鶴海さんに助けを求めようと顔を向けたとき、ようやっと先輩が口を開いた。
「さっきは私の事、海麗って呼んだよね?」
「えっ?…ああ、これは大変な失礼を。あの時はつい、熱くなり過ぎてしまい…」
最後の一撃の時、確かに美原先輩のことを呼び捨てにしてしまった。
蔵人は元々、熱くなると性格が変わるところがあった。
変わるというか、本性が出ると言った方が正しいのかもしれない。
蔵人が謝罪の言葉を述べようとしたら、美原先輩はそれを首を振って止める。
「失礼なんかじゃないよ。寧ろ、凄く嬉しかったんだ。だから、これからはそう呼んで。海麗って、その方が私も気が楽だし」
ああ、成程?
友達になったというか、戦友となった証にということかな?
確かに、男同士の喧嘩の後、名前で呼び合って絆の固さをアピールする事はあったが、異性同士ではなかなか無かったパターンだ。
これも、このあべこべ世界ならではの事。なのかな?
蔵人は、少し考えた後、頷く。
「では、海麗先輩で」
「う~ん…まぁ、最初はそれでいいかな?」
みは、海麗先輩は、やっと手を放してくれた。
最初って、それ、他意はないよね?良いライバル同士の熱い何とかって事だよね?
蔵人は、「あ~~お腹減ったぁ!」と言ってフィールドを後にする海麗先輩の背中を見て、少し不安に思った。
「巻島」
声。
女性の、少し低い声。
いつの間にか蔵人の近くまで来ていた、部長からだ。
顔が、近い。
そして、真顔なのが怖い。
「はい、部長」
蔵人は、直立不動でその顔を迎える。
部長が、蔵人を直視する。
凝視する。
「………」
いや、何か言ってよ!逆に怖いんだけど!
数秒だったろうか。蔵人からすると、1分くらい睨まれていた気分だった。
そして、漸く口を開いたと思ったら…。
「…夜道は気を付けてね♡」
「どう言うこと!?」
おい部長!あんた何する気だよ!
語尾にハートマークを付けても、それ立派な脅しですからね!
蔵人は、海麗先輩を追いかけて走り去る部長の背に視線を向けながら、身震いするのだった。
朗報:美原海麗が、仲間になった。
悲報:櫻井麗子が、敵になった。
「馬に蹴られるな、こりゃ」
馬と言いますか、部長に刺されそうですね…。
めでたい100部目だというのに、ドタバタばかり…。
「あ奴らしいと言えば、らしいだろう」