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6話〜その頼人は何処にいる〜

「その歳で異能力を使いこなしているなんて、やっぱりあなたは麒麟児ね」


囁くように掛けられた流子さんの言葉で、蔵人は納得がいった。

ああ、やはり、2歳児には早すぎた芸当だったのかと。

確かに、頼人はまだ魔力の制御すらままならない状態で、恐らく魔力を感じる事も難しいだろう。でもそれは、彼の魔力量が膨大だからと思っていた。魔力量が蔵人と同じくらいの子なら、自分と同じくらいの制御が出来るのではと推測していた。

のだが…。

兎にも角にも、ここで目を付けられるのは得策ではない。


「し、しちゅれいしましゅ」

「あら、何処に行くの?」


ダメだ。逃げられなかった。

流子さんに酒瓶を取り上げられ、隣に座らされてしまった。

ちょうどその時、乾杯の音頭が瑞葉様から発せられて、宴会も始まってしまう。支給係も慌ただしく出入りしているので、ここから暫くは動け無さそうだ。


仕方がない。

蔵人は少し浮いていた腰を下ろし、この場に据える事にした。

流子さんの目線が、蔵人を舐めまわす。


「どうやってこんな幼い時から、異能力を使える様にしたのかしら?真紀子は、何か特別な英才教育を受けさせているの?」

「いいえ…何も…」


確かに、英才教育は導入している。しているが、それは頼人にだけなので嘘ではない。蔵人はただ、その隙間時間にアクリル板を動かしたり、より多くの盾を作る訓練をひたすら繰り返していただけである。

武道の訓練と一緒だ。寝ていても戦える様に、基本の型を擦り切れるまで繰り返す。どんなピンチな状況でも、最低限戦うことが出来るよう、蔵人はひたすらに同じ訓練を無心で行っていた。


思い返せば、産まれたての頃も、体内の魔力操作を無心で行っていた。

まるで死んでるかのように集中して瞑想を繰り返していたから、初めてそれを見た使用人の皆さんは、大層驚かせてしまったものだ。

だが、驚くのも無理はない。このような訓練、普通の赤子には到底出来る物ではない。大人だって気が狂うと言って、逃げ出す者も出る訓練なのだから。


そういう意味では、ある意味英才教育とも言えなくもないが、少なくとも母親は関係ない。現に、英才教育を教授している頼人は、魔力操作すらまともに出来ていなのだから。

そう言う意味で返答した蔵人だったが、それでは何の情報も得られなかった流子さんの瞳は、好奇心の光が灯ったまま蔵人をジッと見たままであった。


「何も?…そう。なら尚のこと興味があるわ。普通、貴方の歳で出来る事と言ったら、精々魔力を感じることくらいで、蒼波(あおば)だって…ねぇ、貴女が異能力を使える様になったのは、いつ頃だったかしら?」


流子さんは、目の前の女性に話しかけた。最後に入って来た、20歳前後の女性だ。蒼波さんと言うらしい。

蒼波さんは壇上に熱い視線を送っていたが、流子さんに話しかけられて、ふやけていた顔をキリリと整えた。


「確か…4歳…いえ、全国大会に初出場した5年前なので…5歳だった気がします、母上」


5歳か。思ったよりも遅いな。それでは、あまり魔力量の増加は期待出来ないのでは無いか?確かあの論文では、5歳までが1番伸びると書かれていた。

まぁ、あくまで推測だったし、10歳までなら伸び代もかなりあると書かれていたか。

それよりも、このお嬢さんは流子さんの娘さんだったのか。道理でお綺麗だ。

それに、もっと気になるワードが聞こえたぞ。


「たいかい…でしゅか?」

「ん?誰だ?その子」


蒼波さんは今になって、蔵人の存在に気づいた様子だ。少し驚いた顔をしているが…何故だ?本当に分からない。


「巻島、蔵人でしゅ。2しゃいでしゅ」


ああ、ここでは巻島ばかりだから、これだけでは分かり辛いな。


「巻島真紀子の、代理できまちた」

「そ、そうか。真紀子さんのお子さんか。私はそこのおばちゃんの長女で、あ、お、ば、と言うんだ」


態々分かりやすい様に、名前をゆっくり発音してくれる蒼波さん。

優しい人なのだろう。相変わらず、顔は強ばったままだが。


「蒼波しゃん。よろちくお願いちます」


蔵人がたどたどしくお辞儀すると、蒼波さんは若干笑った。

口の動きが、可愛いと言っている。

うん、やはり流暢に喋る練習は急務だ。家に帰ったら、本腰を入れねば。


「蔵人君は偉いな。まだ2歳なのに…おっと、大会の事だったね」


蒼波さんが思い出した様に顔を引き締めて、全国大会の意味を教えてくれた。


大会とは、異能力を使用した格闘技で、参加する人数で様々な競技が生まれており、そのどの大会も年齢別、魔力量ランク別で開催されているらしい。

一番人気のシングル戦という競技は、1対1で戦う異能力の競技である。限られたフィールドの上で、互いに直接異能力をぶつけ合うのだ。

その中には、炎を飛ばしたり、怪力で近接戦闘を仕掛けたり、地面を変形させて妨害したりと、異能力を最大限に駆使して戦闘を行う。そして、相手を動けなくするか、審判に戦闘不能と判断させることで、勝利となるのだとか。


先ずは年齢別において。

公式戦に出場できる最年少は小学生低学年の部で、1年生から3年生までである。

次が小学生高学年の4年生から6年生。

その次からは中学の部15歳、高校生の部18歳、大学の部22歳となり、それ以上は一般の部となって年齢は関係無くなる。シルバーの部とかはないらしい。肉体が元気な内が有利そうな枠組みだ。


魔力量ランク別では、Aランク以上、B、C、D以下と別れているらしい。


蒼波さんは、小学生低学年の部のBランクシングル大会で、東京都大会まで進出したのだとか。

その時は負けてしまったが、次の歳で準優勝し、9歳の頃に優勝した。小学生高学年の部でも、準優勝と優勝。去年は中学の部で1年生ながら都大会ベスト8に残ったと誇らしげであった。

それを聞いた蔵人は、驚いた。


「えっ!?」

「うん?どうしたの?」


驚いた蔵人に、蒼波が心配そうに顔を覗き込む。


「あ…しゅ、しゅごいなって、思いまちた」


言えない。まさか中学2年生に対して、それも女性に対して、20歳だと思っていたなんて言える筈がない。


「そう?ふふ。でも、今年は多分、優勝出来るよ。死ぬほど訓練したからね」


そう笑う蒼波さんの顔は、確かに年相応に見える。良く見れば、肌の艶がティーンエイジャーだ。美人で顔が強ばっていたからか、かなり年上に見えてしまっただけ。うん、きっとそうだ。

蔵人と蒼波さんが話し込んでいると、不意に流子さんが立ち上がった。


「さぁ、そろそろ行きますよ」


流子さんから声を掛けられると、蒼波さんもすっと立ち上がった。そして蔵人は、流子さんの手が脇に入って、抱っこされてしまった。


「…えっ?何処に?」


蔵人の問には答えず、2人は静かに壇上へ。

あ、彰男さんは行かないのね。正座してこちらを見ている。


流子さんは壇上へ上がると、蔵人を下ろして正座となり、氷雨様達の前で伏礼をする。蒼波さんもそれに習う。

こうしてはいられない。蔵人も急いで座り直し、おでこを畳に擦り付けんばかりにひれ伏した。


「新年明けましておめでとうございます。氷雨様、達様、瑞葉ちゃん」


おっと、いつの間にか流子さんも蒼波さんも頭を上げているぞ。

蔵人も急いで頭を上げ、姿勢を正す。


「おめでとうございます」


蒼波さんがそう言って、蔵人を心配そうに見てきた。流子さんも、こっそり蔵人の手を軽く握ってきた。

これは、挨拶をしないといけないよ?という意味だろう。承知しました。


「おめでとうごじゃいましゅ」


蔵人が祝辞を述べると、蒼波さんの表情が華やいだ。

良かった。選択はあっていたらしい。


「おめでとう、流子、蒼波。流子、お前…いつ4人目を?」


氷雨様が蔵人を見て、少し不満気に呟く。

すると、それを見た流子さんが口元を隠して笑った。


「違いますよ、姉さん。この子は蔵人。真紀子の所の、双子の弟です」

「真紀子…というと、ああ、あいつか。”あれ”の当事者の…(はつ)さんのお孫さんか。噂では男子ながらAランク相当の、それも最上位種のクリオキネシスを持つと聞いているが?」


氷雨様が鋭い眼差しで蔵人を射抜く。

蔵人は頭の片隅で、あれの当事者とは?とか、溌さんとは誰なのだろう?と思案していた。

孫ということは、母親のお母さん、つまり蔵人のお祖母様なのだろう。名前のニュアンス的に、氷雨様の右隣りで微笑まれている、達様に似ている。


「それは兄の頼人君ですよ。この子は"普通の"男の子です」


普通の所で、流子さんは口に笑みを浮かべていた。それを悟られまいと、再度口元を隠す。


「なんだ、そうか」


しかし、蔵人を見ていた氷雨様には気付かれた様子はなく、温かさを一切失った冷めた目で蔵人を一瞥すると、流子さんに目線を戻した。


「その頼人は何処にいる?」


氷雨様の質問を受け、流子さんがこちらを見たので、蔵人が口を開く。


「かじぇを引いて来れましぇん」


蔵人の言葉を引き継ぎ、流子さんが付け足す。


「真紀子も、それで来られないそうです。それで、代わりにこの子が挨拶に参ったってこと。ああ、挨拶の順番は大目に見てやって下さい。まだ小さいので、私達と一緒の方がいいかと思って」


どうやら、挨拶のルールは貴族の社交界のようなルールがあるみたいだ。主催者への挨拶は、上位者から順に行うというあれだ。

そう言えば、最初に「そろそろ」と流子さんが言っていたな。


「別に構わない。それよりも、次は必ずその兄を連れて来るよう、真紀子に戒めておいてくれ」

「承知ちまちた」


その後も、蒼波さんの大会について幾つか言葉を交わすだけで、3人は壇上を後にした。

結局、氷雨様はあの後1度も蔵人を見ようとしなかった。


後で聞いた話、氷雨様は極度の”魔力絶対主義者”で、魔力量の少ない者に対しては大概あんな態度だとか。

逆に、魔力量が多ければ、男でも、巻島家と対立していようと、変な色眼鏡で見たりはしないのだとか。

だから、ごめんなさいねと、流子さんが謝ってきたが、蔵人は一生懸命にそれを止めた。

流子さんが謝ることではないし、何より、そんな些細な偏見でいちいち心を動かす蔵人では無い。

世の中には、もっとどうしようもない偏見で、おぞましい方法をとる奴らがいっぱいいるのだから。




宴もたけなわと言った所で、宴会場の全員が中庭へと案内される。

そこは広場になっており、下手な学校のグラウンドよりも広い庭園となっていた。少なくとも、一般の人がこれを中庭とは思うまい。

そこで行われたのは、宴会芸という名の異能力戦であった。


「やぁああ!!」


宴会場で蔵人の前に座っていた女性が、今は流子さんを前に声を上げて対峙している。

彼女の伸ばした手の先からは、水の刃が生成されて、それが対面の対戦者、流子さんに放たれる。

対する流子さんは、体全体を包むように水のベールを作り出し、その膜で水の刃を優しく包み込んでしまった。


そして、手に持った扇子をひょいと振ると、そのベールからいくつもの水球が分離し、それが槍のように尖って、対戦者に降り注いだ。

こいつはヤバい!

そう思った蔵人だったが、しかし、その水槍は1本も対戦者に当たらずに、彼女の周りを檻のように囲むだけで終わった。

どうやら、手加減をしたみたいだ。

囲まれた対戦者は、力なくへたり込んでしまった。


これが、AランクとBランクの差か。

蔵人は初めて見る異能力同士のガチンコ勝負に、目を輝かせて観察を続ける。


「次は誰かしら?」


扇子で口元を隠しながら、周囲を見渡す流子さん。

かなり呑んでいるはずなのに、全く立ち居振る舞いに酔った形跡がない。


「次は私が!」


集まった人達が一歩引く中、蒼波さんが嬉々として躍り出た。

出て早々、不意打ち気味に水球を放ち、それが流子さんの近くで爆発した。

音は凄いが、火薬では無いな。蒸気?水蒸気爆発か?

白い霧で、一瞬流子さんの姿が消えたが、それが晴れると、無傷の流子さんが現れる。彼女の周りでは水のベールが静かに揺れて、彼女の口元は未だに扇子で隠されたままだ。


「まだまだですね、蒼波」


そう言って、流子さんのカウンターが蒼波さんに降り注ぐ。

先ほどの女性のように、槍に囲まれた蒼波さんは、一瞬悔しそうに顔を歪めたが、直ぐに微笑みを携えて両手を上げた。

一瞬の攻防。それでも、流子さんと蒼波さんの周りには、その戦闘の威力を表すかのように、地面が大きく削られていた。


これが、異能力。


流子さんが顔を上げて、周囲を見渡した。

さて、次は誰が相手をしてくれるの?と声が聞こえるかのようだ。

しかし、その誘いに乗る者はなく、その場に居た人達は全員、もう1歩引いてしまった。

大体の人がCランクなのだろう。AランクとBランクの試合の後では、気も足も引けたと見える。

これで店じまいか。

そう、蔵人が思っていたら、


「みんな、行くよ!お姉ちゃんのかたきだ!」


大人達の合間から、小さな女の子がゾロゾロと出てきた。

10歳くらいの子から、蔵人より少し上と思われる幼児まで。

あ、1人だけ男の子が混ざってる。6歳くらいだろうか?


「その意気はいいでしょう。日頃の成果を魅せて見なさい」


流子さんが少し構える。口元には、黒くない笑みが。


「みんな!今日こそ先生をたおすよ!」


先頭の女の子が、拳を上げる。5、6歳くらいか。年上もいるけど、この子がちびっ子軍団のリーダーらしい。

それにしても、先生?


子供達は、水球やら念動力やらを繰り出すが、全て水の壁に阻まれる。だが、子供達は諦めず、両手を上げて突っ込んでいってしまった。

ちびっ子軍団の突撃に、流子さんは薄っすら微笑みながら、軍団全員をやさしく水のベールにて捕まえてしまった。


「勢いは良いですが、もう少し工夫をしなさい。蒼凍(あおい)は特に、鍛錬しなさい」


蒼凍と呼ばれた子は、さっきのリーダーっぽい子だ。容姿も名前も蒼波さんに似ているから、多分妹さんだろう。流子さんは、実の子に厳しい様だ。


しかし、凄いなと、蔵人は思う。

流子さんはダメ出ししているが、この子達はこの歳で、既に異能力を使っている。それも、攻撃が出来るくらいに。

今の蔵人では、あれ程のスピードは出せず、精々盾で目眩しをするのが関の山。勿論、盾本来の防御する役割はある程度果たせるだろうが、それもあの槍1本を受け止めたら終わりであろう。ましてや、縦横無尽に放たれた槍を捌く程の、防御力も盾の移動力も、そもそも瞬時に展開することも出来ない。

まだまだなのは俺の方だなと、蔵人は改めて痛感した。



その後、氷雨様と達様の演舞が行われた。

水と氷のせめぎ合いは、見る者の心を虜にさせた。特に、最後に出した技は、蔵人の心に深く残る物だった。



「蔵人様、如何でしたか?新年会は」


帰りの車内、柳さんが蔵人に話を振る。

蔵人は、まだ目の前に浮かんでくる演舞の様子を思い返しながら、一言漏らす。


「来れて、良かったでしゅ」


この経験が後に、蔵人の異能力に多大な影響を与える事を、今は誰も知らない。

イノセスメモ:

・異能力には、スポーツのような競技大会が設けられており、人数によって種目が異なる。

・一対一ではシングル戦←他の競技は不明。

・競技の出場条件は、年齢と魔力ランクで事細かに分かれている。

・氷雨のセリフ「あれの当事者」とは?←母親が絶縁したことか?

・魔力絶対主義。魔力量が多い方が偉いという考え方←ランク制度等を考慮すると、この考え方が一般的と推測。

・巻島家のAランクは氷雨と流子の二人か(頼人を除く)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 巻島家の異能力者には水系統の能力が多いようですが、家計、血筋によって能力特性は似やすいのでしょうか?
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