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一日限定彼女の恩返し

「付き合ってくれ!」


校舎裏の影が落ちる場所で男子高校生が学年一と呼ばれる美少女に告白していた。


「ごめんなさい。あなたとは付き合えない」


無謀な勇気は無慈悲にも一刀両断される。分かっていたことだ。高嶺の花に手を伸ばしたところで届かないって初めから知っていた。

涙袋が熱くなる。せめて男の矜恃として必死に涙を堪える。


「けれど一日限定なら付き合ってあげる」


「……え?」


女神の慈悲か。それとも気まぐれか。どちらにせよ男子高校生の決断は早かった。


「お願いします!」


たった一日。だが、人の寿命の一欠片に過ぎない儚い時間に一番強烈な思い出として残るだろう。

恋は人生の通過点にすぎない。その大きな節目は人を弱くも強くもする。だからこそ男子高校生に必要な過程だ。



そして告白から三日が経ち、彼女と彼の土日デートが始まる。


「悪い遅れた!」


デートにトラブルは付きものだ。浮き足立った彼は電車に乗り遅れ、さらに追い討ちをかけるように遅延で約束時間の10分遅く待ち合わせ場所に着く。


「いつまで待たせる気だったの?」


彼女は私服のスカートを揺らし、眉毛を曲げて不機嫌を露わにする。


「ごめん。何か奢るからそれで勘弁して」


「……それならいいわ。もちろん財布の中身に期待していいわね?」


「男子高校生に優しいエコな値段でお願いします」


彼女はくすっと笑い、肯定も否定もしない。

悪魔か天使か、彼女ならどちらにもなれそうな気がした。


「少し歩きましょう」


彼女が選んだ場所は都会で一番大きなショッピングモールだ。見渡す限り日本のある物全てここに集結している感じである。ちなみにだが、男子高校生が提案した映画館でランデブーは見事に撃沈した。


「どう? ここから見る眺め」


上がるエスカレーターの隣で彼女は彼に聞く。


「いいと思う。煌びやかで生き生きしてる感じで」


人混みが多いのは確かだが、皆それぞれ目的があってここにいる。買うのも食べるのも誰かと一緒に出掛けるのもデートしているのも全部含めて意味があるのだ。


「そう。あなたの答えは平凡ね」


「彼女と付き合うので精一杯なもので」


「一日限定だけどね」


一日限定。そう聞くとレア物感が半端ないが、今の俺にとっては儚い物として頭に響いている。けど学年一の美少女と付き合えたという偉業を成し遂げたのだから誇っていいだろう。

しかし、それが無期限だったらどんなによかったことか。


「あった。あのアイス奢ってくれない?」


彼女が指した店は人集りの多い人気のアイスクリーム屋だった。


「へぇーこのアイスクリーム屋。人気になったんだな」


「あら来たことあるの?」


「ああ、随分前だが」


十年ほど前だろうか。当時ショッピングモールに来た俺はアイスが無性に食べたくて、親に強請って親を置き去りに一人で来たことある。


「けど食べれなかった」


「人が多くて並ぶのをやめたの?」


「いいや、そんな理由でアイスを諦めてたまるか。俺はアイス一筋だ」


「へぇ、アイス一筋なら私は差し詰め浮気相手かしら」


「アイスはアイス。彼女は彼女だ」


よく分からん理論を出して俺達は列に並ぶ。十五分ほどして俺達の番が回ってくる。


「ご注文はお決まりですか?」


十年前と比べて素朴だったメニュー表が今では豊富なバリエーションに圧倒される。しかし、ずっと変わらないで残る不動の味に彼女は口にした。


「バニラアイスで。あなたは?」


「もちろん俺もバニラだ」


店員は手慣れた手つきでバニラをコーンに乗せる。小さいプラスチックのスプーンを刺してシンプルなバニラコーンの出来上がりだ。


「あの椅子で食べましょう」


店から少し離れた場所で空いた椅子に一息つく。程よく溶けたアイスが滑らかにスプーンで掬う。


「美味いな」


いつまでも食べたい味にもう一口とアイスに手が伸びる。


「きゃ」


しかし、隣で小さな悲鳴と共に残酷な音がびちゃりと響いた。俺は視線をアイスから彼女に移し、その悲惨な光景を見て反射的にハンカチを取り出した。


「アイス落としたのか」


「て、手が滑って」


彼女はハンカチを受け取り、アイスで汚れたスカートを拭く。いつも高校で気品溢れる彼女がドジを踏むのは珍しい光景だ。


「せっかく奢ってもらったアイス食べ損ねちゃったわ」


しょんぼりと落ち込む彼女。余程アイスが食べたかったのだろう。


「俺のアイスやる」


「……いいの?」


「ああ、食べかけだけどな」


彼女は受け取り、キラキラとした目でアイスを見つめる。


「それじゃあ……」


彼女はスプーンで一口パクリと食べた。


「すごく美味しいわ」


満点どころか加点がつく笑顔に俺の心臓は鼓動を上げる。だが、彼女は気づいているのか。俺の使ったスプーンで関節キスしていることに。

いや、気づいているなら恥じらいを見せるはず……それがないことはつまり脈がないということだ。


「だ、大丈夫?」


落ち込む彼を見て彼女は焦りを見せる。分かっていたはずなのに心のどこかで、もしかしたらと期待してしまった。


「ああ、大丈夫だ」


恋は通過点。しかし、終われば失恋という名の終着駅に着く。いつまでも落ち込んでいたらきっと億劫になってしまう。


「どうして付き合おうと思ったんだ?」


純粋な疑問だった。どのような返答が来ても受け入れる覚悟はないものの、このやるせない気持ちを抑えらずにはいられなかった。


「昔むかし、あるところに泣いている小鳥がいました」


彼女は遠くにいる子供を見つつ語り始める。


「泣いている小鳥に手を差し伸べる者はいません。小鳥はまた泣いて叫びます。すると一匹の小鳥が近づいてきました。その小鳥は泣いた小鳥にあるも物を渡して飛び立ってしまいました。けれど泣いた小鳥はそれ以上泣くことはありませんでした」


彼女は最後に物語の締めを口にする。


「一日限定は貴重で、宝物のように輝いて、忘れられないほど思い出になるの」


その物語に彼がどう受け取るか。彼女には分からない。でもその優しさに触れて彼がどう振り向くか、少し分かる気がした。


「偽善か?」


「いいえ、あなたならきっとこの優しさが分かるはずだから」


偽善。俺も一度だけそれをしたことがある。しかし、結局、単なる一時しのぎに過ぎないのだ。

一日限定のように、儚く脆く消えていく。

思い出にならない形で頭の片隅にこぼれ落ちる。もしかしたら彼女も消えていく思い出になるのだろうか。


「買い物にでも行きましょうか」


「あ、ああ」


それからは荷物持ちとして彼女に付き合った。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。もし時間を操る神様がいたらきっと死ぬまで同じ時の中を過ごすだろう。

そして一日限定の終わりのチャイムが鳴る瞬間が訪れる。


「どうだった?」


彼女は笑顔で彼の返事を待つ。


「楽しかった。人生の中で一番……いや、来世まで魂に焼きつくくらいに」


「そう。それなら良かったわ」


俺達は駅に着き、改札を通る。彼女と俺が乗る電車の方向が違う。あと五分でタイムリミットだ。


「じゃあまたね」


またね、か。次はきっと今までと変わらないただのクラスメイトとして会うことだろう。だから最後にもう一度だけ聞く。


「なぜ一日限定なんだ?」


彼女は振り返る。


「恩返しよ」


「恩返し? 俺、恩返しできるようなことしたか?」


彼女は露骨にため息をついて告げる。


「アイスの奢りって言えば分かる?」


それは今日しただろうと口に出そうとした時だ。彼女の声と言葉が引き金となって、削除した写真が復元するように思い出が蘇る。そしてその時に出会った女の子の姿が彼女と重なった。


「もしかしてあの時の女の子か?」


それを聞いた彼女はやっとかと言わんばかりに一息吐いて答える。


「そうよ。泣いている私にアイスをくれた男の子、それがあなただった」


彼女の乗る電車の時刻があと一分に迫る。


「その日食べたアイスの味が忘れられなかった。でも一日過ぎれば別のアイスの味に上書きされたわ」


彼は記憶のピースが埋まっていく。十年前にショッピングモールでアイスを買った俺は泣いている女の子に渡した。そのあとすぐに親の元に戻り、アイスはもう食べたと嘘をついたことを。

完全に思い出した俺は言葉を口にしようとするが、先に彼女が言葉にした。


「だから一日限定。あの時の恩をデートという形で返したの」


酷い話だ。好きを利用して俺に恩返しをしたのだから。だが、恩返しをして良いことが返ってくるのはあながち間違ってない。

だって今でも彼女の事が好きなのだから。


「電車が来たわ」


電車の扉が開く。彼女が乗り込む。あと十数秒で扉が閉まる。だが、俺は叫ばずにいられなかった。


「君のことが好きだ!」


彼女は答えない。きっと分かっているのだろう。断ってしまったら彼の泣き顔を見てしまうから。あの時の自分と同じ顔と重ねてしまうから。でも夢中になるほど彼が好きじゃないから。沈黙が彼女の精一杯の恩返しだった。


「だから! 一生分恩返しするくらいに君に優しくしてやる!」


それを聞いた彼女は目を見開いた。一生分の恩返し。並大抵で積み上げられるものではない。

でも彼ならきっと出来ると確信してしまう。だって彼は私のことが好きなのだから。


「期待してるわ」


恋が愛に至る期待を込めて。


「期待していてくれ……鶴鳥舞(つるどりまい)


「ええ、待ってるわ……若森氷(わかもりひょう)くん」


電車の扉が閉まる。電車は動き出して遠くの暗闇に消えていった。俺は駅内にあるコンビニに寄ってある物を買う。


「やっぱりバニラは美味い」


どこにでもあっていつでも食べられる味。一日限定のような特別感はない。けれど特別じゃないからこそ好きになるのも仕方ないことだ。

好評だったら続編を書きま……せん!(スぺシャル○ィーク風)

著者が傍らで書いた青春ミステリーになり損ねた作品を赤裸々に見せるために投稿したまでです。

著者は青春ミステリーが大好物なので……

あんまりダラダラ話すのもアレなので最後に


気に入ってくれたら評価してやってください。

ワンチャンやる気が出て続編らしきもの書くかもしれませんので(ガチ)

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