Menu 8 ~ タコ焼き ~
9時50分
俺は今、アリアータの市場を散歩がてらブラブラと歩いていた。
店頭に並べられた食材は、俺が知っている物から、この世界特有の今までまったく見たことも無い物が並んでいて、見ているだけで楽しい。
「この世界特有の野菜や果物は、味の想像がつかないな……あと肉も……さっきの店、聞いたことの無いモンスターの肉がオススメで売り出されてたしなぁ……」
1から料理を作る場合、材料はスキルで、その日消費しきれる分を出して仕込むのが、1番安全な気がしてきた。
「あら?こんにちは、タクトさん。」
名前を呼ばれたので声がした方を見ると、ソニアが手を振りながら歩いて来ていた。
いつもの鎧姿ではなく、ふわっとした水色のワンピースを着ている。
「おぉ、ソニア……殿。」
「えっ!?どうして、出会った時のような呼び方に!?」
「いや、いつもみたいに店で対面しているんじゃなくて、周りにこの世界の人が大勢居るからな……呼び捨てなんて不遜な真似、できねぇよ。」
「私は気にしないのですが……まぁ、仕方ありませんね。」
「それより、今日はいつもの格好良い鎧じゃなくて、可愛い服を着てるんだな。」
「うふふ。ありがとうございます。本日は久しぶりの非番なので、買い物でもしようかと……タクトさんも食材の買い出しですか?」
「買い出し……の下見とでも言えばいいのかな?こっちに来て初めて見る食材を確認したり、物価がどれくらいなのかとか……知らない食材を使う勇気がまだ持ててないから、買うとしても見覚えのある野菜とかになるだろうけどな。」
「なるほど。」
「あとは漁港の方へ行ってみようかなぁ……と。」
「あっ、それでしたら、私が御案内しましょうか?」
「え?でも、ソニア殿は本日非番だろ?付き合わせるのは、悪いよ。」
「良いんですよ。買い物に来たと言いましても、特に目的があるわけでもない、散歩のようなものですので。それに、少しでも申し訳ないと思ってくださるのでしたら、今後も美味しい物を食べさせてくださる形で恩返ししてください。」
「そっか……じゃあ、お願いしようかな。」
「はい!お任せください!」
***
アリアータ漁港
沢山の魚が木箱に氷と一緒に入れられた状態で店頭に並び、それを売る漁師さんや、買いに来た俺と同じ飲食店経営者と思われる人達の活気ある声で、とても賑わっている。
「この間、ソニア殿とセシルにシーフードフライを出した時に聞いたけど、本当に魚ばっかりで、エビやイカみたいな他の海の幸は出回っていないんだな。」
「そうですね。私も先日頂くまでは、それ等が食べられる物だということを知りませんでしたので。漁師さんならもしかして……とも思いましたが、売りに出されていないということは、彼等も海の上で魚ばかり食べていて、他の物が食べられるということを知らないのかもしれませんね。」
「まぁ、未知の物を食べるには勇気がいるだろうし、調理方法が判らねぇうちは仕方ないんだろうけど、やっぱり勿体ないって思ってしまうな……」
そんな話をしながらソニアと漁港を歩いていると、港の一角で人だかりができているのが見えた。
「あれは……?」
「何か騒動でしょうか?喧嘩でしたら鎮圧は衛兵の方々の仕事なのですが……今、周りには居られないようですし、少し行ってきますね。」
そう言ってソニアは人だかりの方へ向かい、俺もその少し後ろを歩いて追っていく。
「こんにちは。皆さん集まって、どうされたのですか?」
「ん?あぁ、ソニア殿かい。珍しいねぇ、こんな場所まで来るなんて。」
ソニアの声に、1人の赤髪をポニーテールで結っている女性が振り返って応答した。
たぶん、漁師……なんだろうな。
タンクトップで隠している胸以外露わになっているその身体は、長く海に出ているからか、日に焼けて褐色になっていて
周囲に居る他の漁師達に比べると細いが、それでもしっかりと筋肉が付いていて、腹筋も少しだけ割れている。
「あっ、タクトさん。紹介します。こちら、漁師の『 ヒルダ 』さんです。」
「んん?この辺りじゃ見ない顔だねぇ?」
「ヒルダさん。こちらのタクトさんは最近、この町の外れの路地裏に露天を出された、飲食店経営者さんなんです。」
「何だ、そうだったのかい!何でそんな場所で店を出してんのかは知らないけど……ソニア殿が紹介してくれた通り、アタイは漁師のヒルダ!これから宜しくな、タクトさん。」
「あぁ。こちらこそ。」
「しかし、お堅い水軍都督様から、まさか男を紹介される日が来るとは思わなかったよ。」
「なっ!?そういうつもりではありません!……それより、本当にどうされたのですか?見たところ、喧嘩というわけではなさそうですが……」
「え?あぁ!すっかり忘れてた!いや、本当に大したことじゃないんだよ。実は、魚と一緒に変な生き物が獲れちまってねぇ。」
そうヒルダが言いながら人差し指で刺し示す方を見ると、漁師達の輪の中心で、1匹の大きなタコがゆっくりと這っていた。
「おぉ!タコじゃねぇか。」
「タクトさん。あの生き物を御存知なのですか?」
「あぁ。大きいタコだな……それに活きも良い。ヒルダさん、あのタコ、どうするつもりなんだ?」
「その対処法に困ってたんだよ。見たことのない生き物だったし、あの見た目だろ?とてもじゃないけど、売り物にならないだろうから、イカやエビ同様、海に捨てちまおうってことで話は纏まりかけてるけど……」
「それじゃあ、捨てるくらいならそのタコ、俺に売ってくれないか?」
「えぇ!?買うのかい!?いや、引き取ってくれるんなら、アタイ達も助かるけどさぁ……」
「せっかくだし、昼飯はコイツを使ったモノにするか。ソニア殿も食べるだろ?」
「はい!是非。あっ、宜しければヒルダさんも一緒にどうですか?」
「アタイも?……そうだね。せっかくだし、御呼ばれになろうかね。」
◇◇◇
アリアータ路地裏
俺はスキルで収納していた屋台を出し、タコの下処理をしつつ、必要な物を用意する。
「へぇ……そんな風に処理するのかい。」
「お湯の中で脚がクルッと丸まって、可愛いですね。」
「メインとなる料理を作る前に……」
ソニアとヒルダの目の前でたった今茹で上げたタコの足を1本切り、更に薄くスライスしていく。
「これを食べてみてくれ。タコの足を薄く切ったものだ。」
俺はそう言いながら、タコの刺身を2人の前に出す。
「へぇ……身は綺麗な白色なんだねぇ。えっと、このソース?を付けて食べるのかい?」
「あぁ。付けなくても、海の潮の味がして、それなりに食べられるけど……まぁ、好みで。」
「確かに、白くて綺麗な身ですけど……元の生物を見ている分、味が……」
「まぁ、ソニアが不安になる気持ちも解からなくもない。それなら」
俺は薄く切ったタコの刺身を1枚摘まみ、2人の目の前で食べて見せる。
「タコに限らず、生き物の中にはカラフルな模様や体の色で『 自分、毒、持ってます 』ってヤツも居るけど、こいつは大丈夫だから……っていうのは、今、俺が食べて見せた通りだ。」
「そうかい。それじゃあ、頂くよ。」
「そうですね。タクトさんが身体を張ってくださったことですし……いただきます!」
ソニアとヒルダはタコの刺身を1枚フォークに挿し、醤油を付けて、口へと運んだ。
「…………なっ!?何だい、こりゃ!?」
「美味しい!それに、面白い食感ですね。プニプニ、コリコリしてます。」
「まさか、あのクラーケンの幼体みたいな生き物が、こんなに美味しいだなって……」
え?居るのか?クラーケンが。
そういや、セシルが今やってるクエスト内容も、ゴブリンの討伐だそうだし
本当にファンタジーな世界なんだな。
「さてと……」
下準備ができたので、俺は想像のスキルで鉄板を出現させる。
「タクトさん。随分と変わった形の鉄板ですね?」
「底の方が丸いけど……それでちゃんと機能するのかい?」
「まぁ、見ててくれ。」
油を引いた鉄板に生地を流し込み、その中に1個ずつ細切れにしたタコを入れていく。
「よっと!」
余分にはみ出た周囲の生地を削り、固まった生地の下に専用の道具を潜り込ませて、素早くひっくり返す。
同じように他の物もひっくり返す行為を、数回繰り返す。
「なるほど。半円形になってたのは、こういうワケなんですね。」
「この焼ける香りが、食欲をそそるねぇ。」
「よしっ、できたぞ!熱いから、気を付けて食べてくれ。」
俺はタコ焼きを6個ずつ取り分け、ソースとマヨネーズをかけてから、2人の前に差し出した。
「この棒を刺して食べるのですね。では、いただきます。」
「いただきます。」
2人は湯気の出てるタコ焼きを1個、ソニアは途中で噛み切り、ヒルダは丸のまま、それぞれ口の中へ運んだ。
「……っ!?熱っ、はふ……ほふっ!んっ……ごくっ!美味い!」
「えぇ!とても美味しいです!外はカリッとしていながらも、中はフワフワしていて……んっ!この食感、タコがありました!」
「口の中、火傷しちまいそうだが、食べる手が止まらない!タクトさん、これは何という料理なんだい?」
「タコ焼きっていうんだ。久しぶりに作ったけど、上手くいって良かったよ。」
俺の技術なんて西に住む人達に比べたら、まだまだ全然なんだろうけどな。
それでも、こうして2人が喜んで食べてくれるなら、まぁ良いか。
「タクトさん!もう1皿、お願いできるかい!?」
「私も!私も!お願いします!」
「はいよっ!ちょっと待っててくれ。」
出来上がった2回目のタコ焼きも、2人はあっという間に食べ終えてしまった。
「いやぁ!堪能させてもらったよ!それにしても、あのタコって生き物が食べられるって知っていたり、変わった調理法を知っていたり……タクトさんは何処で料理修行をしてたんだい?」
「えっと、それは……」
「タクトさん。私やセシルさんに説明したように、正直に説明された方が良いと思いますよ。」
「そうだな。ヒルダさん、実は……」
俺は常連2人に話した内容と同じことを、ヒルダにも説明した。
「なるほどねぇ。うん!タクトさんの言うことを信じるしかなさそうだ。こんなに美味い飯、今まで食べたこと無かったからね。それに、あのタコ焼きを作る鉄板も技術も、この世界の人間の殆どは、まだ知らないだろうしねぇ。」
満面の笑みを浮かべて、ヒルダはそう言ってくれた。
「それじゃあ、タクトさん。お会計をお願いします。」
「おぅ。えっと、タコ焼き1皿銅貨6枚を2皿だから……それぞれ、銀貨1枚と銅貨2枚だ。刺身は説明のために出した物だから、その代金は必要無いよ。」
「ちょちょちょちょ、ちょいと待ちな!タクトさん!今、何て言った!?あんなに美味かったタコ焼きが、1皿たったの銅貨6枚だって!?嘘だろ!?銀貨5枚はするんじゃないのかい!?」
「ははっ、こういう反応を見るのは毎回、おもしろいな。」
「うふふ。私も初めてちゃんとした代金を支払った時のことを思い出します。」
「大丈夫だ。料理の値段は俺が元々いた世界の値段を基準にして決めてるからさ。それに安い方が、皆に気兼ねなく食べてもらえるだろ?」
「それはそうかもしれないけどさ……いや、店主のタクトさんがそれで良いって言ってくれてんだ。このままグダグダ言うのは、違うよね。」
そう言いながらヒルダは財布から銀貨1枚と銅貨2枚を取り出して、差し出してくれた。
「はい!丁度いただきます。」
「タクトさん、私の分もお願いします。」
「おぅ。ソニアからも丁度いただきます。」
「ん?タクトさん、ソニア殿を呼び捨てとは、勇気があるねぇ。」
「違うんです、ヒルダさん!私がそう呼んで欲しいとお願いしたんです!」
ソニアは自分が初めて此処に来店した時のことをヒルダに説明した。
「確かに、美味い料理食べる時に身分なんて気にしてたら、食べ物が咽を通らないって人も出てくるだろうしねぇ……うん!タクトさん、次からはアタイのことも呼び捨てで呼んでくれて構わないよ。」
「そうか?じゃあ、本人の許可が出たし、次からはそうさせてもらうよ。」
そんなやり取りを終え、会計を既に済ませている2人がゆっくりと立ち上がる。
「今日は堪能させてもらったよ!タクトさん。漁に出て、来れない日が多々あるだろうけど……都合がついた日には、絶対に来るから!その時にはまた、美味い料理を食べさせとくれ!」
「おぅ!またの来店、お待ちしております。」
笑顔で去っていく2人を見送り、俺は今回使用した食器を洗い始める。
「ノリで出しちまったけど、タコ焼きを注文されねぇ限り、この鉄板を使うことは、そうそう無いだろうな。」
そんなことを呟きながら、新規のお客さんが増えたことに、自然と笑みがこぼれたのだった。