Menu 7 ~ コロッケ ~
雲の動きが少し早い気がする、ある日の10時
「こんにちは、タクトさん。」
客が来ないので、スキルで取り出した漫画を読んでいると、大通りの方から歩いて来たソニアが声をかけてくれた。
「おぅ!ソニア。どうしたんだ?昼飯には少し早い気がするけど……」
「そうですね。ただ、町に出た時、珍しい物を見つけたので、宜しければどうかと思いまして。」
そう言いながら、ソニアは紙で包まれた茶色い楕円形の食べ物を差し出してきた。
「ありがとう。いただくよ。」
「どうぞ。出来立てですよ。」
俺は受け取った料理を、そのまま口へと運ぶ。
「もぐ……んっ、これは……コロッケか?」
「はむっ、もぐ……んっ、タクトさん、この料理を御存知なのですか?コレを売っていた店の人によると、この大陸中央にある王都・『 ハイルベルグ 』で、少し前から流行り出した物だそうですよ。」
「へぇ、そうなのか。偶然誕生したのか、俺みてぇに異世界から来た奴が伝授したのか、それは知らないけど……この料理があるってことは、その王都周辺ではジャガイモが良く収穫できるのか?」
「はい。私達アリアータの人間が魚料理に若干の飽きがきているのと同様に、ハイルベルグの人達もジャガイモや麦など、穀物の類を使った料理に若干の飽きがきているみたいな話を、以前聞いたことがあります。」
「なるほど。この町と王都との距離がどれくらい離れているかは知らないけど、互いの町の特産を新鮮な状態で行商できる手段があれば、割と何とかできそうだけどな。」
「そうですね。」
そんな話をしながら、最後の一欠片を口へと放り込む。
「もぐっ……んっ!さてと、タクトさん。せっかくですし、タクトさんの世界の物も頂きたいのですが。」
「ん?それは別に構わないが……今で良いのか?もうちょっと昼飯時になってからでも」
「そうですね。ですが、実はこの後、また新兵の訓練のため、沖へ出る予定があるので、その準備をしなければなりません。そして、おそらく夜は兵と一緒に食べることになると思います……なので、今日は今しかタクトさんのお料理をいただく時間が無いのです。」
「なるほど。まぁ、コロッケくらいなら食べるのに、そんなに時間がかからないか……よし、わかった。すぐ用意するよ。」
俺は【 創造 】のスキルを使ってコロッケの乗った皿を出現させ、席に着いたソニアの前に置いた。
「へい!お待ちっ!」
「見た目は先程食べた物と、殆ど一緒ですね……では、いただきます。」
ソニアはフォークとナイフでコロッケを切り分け、口へと運ぶ。
「もぐ、んっ……美味しい!先程食べた物よりも、断然こちらの方がホクホクしていて……あら?」
「ん?どうした?」
「いえ、タクトさんが出してくださったコロッケ……先程の物とは違って、ジャガイモ以外にも具が入っているのですね。これは……お肉の味?」
「あぁ。ジャガイモでその形を作る前にな、炒めた挽肉と玉ねぎのみじん切りを混ぜ込むんだよ。」
たった今ソニアが言った通り、先程食べたコロッケは茹で時間の少ないジャガイモを力任せに潰し、何とか形を整えてから衣を付けて、油で揚げた物。
素朴といえば聞こえはいいんだろうけど、ほんの微かに塩味がしただけで、殆ど味付けされていないジャガイモと、衣に染み込んだ油の味がするだけだった。
ソニアと話した時に、俺と同じ異世界から来た人間が王都って場所で広めたんだと思ってたけど、根本的に違うから、その線は薄いなと思った。
「さてと。それじゃあ、残りのもう1個を……」
「あっ、待ってくれ、ソニア。コイツを使うと、倍、美味しくなるぞ。」
俺はそう言いながら、ソースの入った容器をソニアに差し出す。
「これは……?」
ソニアはコロッケにソースをかけた後、皿の上に垂れたソースを指先に少しだけ付け、ペロッと舐める。
「ん……甘い?酸っぱい?それに少し、しょっぱい……?変わった味ですね。美味しいとは思いますが……」
ソニアは指先をハンカチで拭き、再び一口大に切り分けたソースがかかったコロッケを、口へと運ぶ。
「もぐ……っ!?信じられない!何ですか、これ!?このソースという調味料だけだと味が濃すぎますが、コロッケにかけると、丁度良い感じになって、凄く美味しいです!」
「そいつは良かった。エビフライや、この間食べたシーフードフライみたいな魚介系の揚げ物にはタルタルソースが……まぁ、あっちにかけても美味しいけど、コロッケや他の肉系のフライには、こっちのソースの方が合って美味しいんだよ。」
「なるほど!そうなのですね。このソースはどうやって作るのですか?」
「えっ!?う~ん……どうなんだろう?野菜や果物の擦りおろしを、調味料と一緒に煮込む……かな?ごめん。俺の世界でも専門に作っている場所があって、そこで作ってる人達が居て、具体的な作り方は知らないんだ。」
「そうですか。タクトさんも御存知ないということは、この世界で作ることは、とっても難しそうですね。」
そう言いながら、ソニアはコロッケをあっという間に食べ終えた。
「タクトさん、もう1皿お願いします!」
「え?そりゃお願いされたら出すけど……大丈夫なのか?この後船に乗るんだろ?船上で気分悪くなったりしないか?」
俺の居た世界の遊覧船やフェリーのようなエンジンで動き、比較的揺れない船に乗っていても船酔いする人だっているんだ。
帆船という波や風で大きく揺れると思われる船の上に、揚げ物を沢山食べた状態で乗るのは……気分が悪くなってしまうかもしれないだろう。
「あっ、確かにそうですね。今更、船酔いするなんてことはありませんが、もしかしたら……という可能性もあります。此処に来ればいつでも食べられますし、わかりました。今日はこれだけにしておきます。タクトさん、お幾らですか?」
「えっと……コロッケ1皿で、銅貨5枚だな。」
「わかりました。」
ソニアは財布を取り出し、銅貨5枚を取り出して支払ってくれる。
「はいよ!丁度いただきます。ちなみに、ソニアがくれたあのコロッケは、幾らだったんだ?」
「確か、銅貨6枚……2個で銀貨1枚と銅貨2枚でした。」
「そっか。じゃあ、今頂いた銅貨に1枚加えて……はい。コロッケ代金、支払うよ。」
「えっ!?そんな……私、そんなつもりは……」
「こっちの世界に来たばかりなら、奢ってもらったんだけど……今はソニアとセシルのおかげで、支払えるだけの代金はあるからな。」
俺はそう言いながら、ソニアとセシルから頂いた代金が入った缶を見せる。
「ソニア程の地位があれば、給金もそれなりにあるんだろうけど、それでもやっぱり、お金って大事なモンだからさ。受け取っておいてくれ。」
「わかりました。それでは、頂いておきますね。」
俺はソニアに、買って来てもらったコロッケの代金を支払った。
「うふふ。何か変な感じですね。いつもは私が代金を支払うので。」
「ははっ、そうだな。」
「さてと……美味しいコロッケを頂けましたし、午後からの訓練も頑張れそうです!」
「おう!確か沖まで行くんだっけ?大丈夫だと信じてはいるけど一応、気を付けてな。」
「はいっ!ありがとうございます。」
微笑みながら小さく手を振った後、大通りの方へ歩いていくソニアを見送り、食器を片付ける。
「大きさはそんなに大きくないとはいえ、油で揚げた料理だからな……船上で胃もたれとかしないと良いんだけど。」
まぁ、今からすぐ出るんじゃなくて、まずは準備するとか言ってたし、多分大丈夫だろう。
そんなことを思いながら、俺は食器洗いを開始した。