Menu 6 ~ クッキー と パウンドケーキ ~
午前6時30分
今日はどうするかなぁ……と、屋台背後に広がる海を眺めていると
「おはよう、タクト。今、少し、構わないか?」
大通りの方からセシルが歩いてきた。
「おぅ!おはよう、セシル。どうした?朝ごはんでも食いに来てくれたのか?」
「いや、それとは別に、少しお願いがあってな。」
「お願い?」
「あぁ。もう少し日が高くなってからなんだが、クエストに誘われて数日、このアリアータの町を離れることになったんだ。」
「そうなのか。どんな内容か訊いても大丈夫か?」
「最近、近くの森でゴブリン共が活発に活動するようになったとギルドに報告があったそうでな。今回はそのゴブリンの集落の場所の探索と討伐が目的だ。自分で言うのもアレだけど、索敵能力や潜伏任務には自信があるんだ。周りの冒険者達もそれを知ってくれているからな、私に声がかかったんだ。もちろん、戦闘にも参加するつもりでいる。」
「そっか、なるほど。」
「それでお願いの内容なんだが……どれだけ掛かるか判らない今回のクエストの間、タクトの店の料理を食べられないのは少し物寂しくてな……日持ちがして、持ち運びのできる物があれば売って欲しいんだ。」
「ん。良いぜ。でも、ちょっと思い浮かばねぇな……1日、2日程度なら何とかなるだろうけど…………お菓子でも良いのか?」
「え?お菓子もあるのか?メニューも初めの方のページしか見てなかったから、気付かなかったな。」
「探索に出かけるなら、金属の缶じゃない方が良いな……重いし、音も響くし……はい。どうぞ!紙の箱にクッキーが入ってる。」
「クッキー?」
「知らないか?焼き菓子の一種なんだけど……」
「あぁ。一応この世界でも甘い物が売られているのは知っているし、探せばあるんだろうが、どれも高価でな。上流階級のお偉いさん達は楽しんでるんだろうが、私達のような冒険者が買おうもんなら、半月で破産してしまう。」
「おぉ……なるほど、お財布に優しくないのか。……ほら、これがクッキーだ。食べてみな。」
俺は【 創造 】のスキルで、クッキーを1枚取り出し、セシルに手渡した。
受け取ったセシルは、すぐさまクッキーを口へと運ぶ。
「んっ……!凄いっ!甘くて美味しい!サクサクしていながらも、シットリしていて。これは同行する他の奴等に見られないように、1人で食べないと……」
「ははっ、1枚1枚紙の袋に入っているから、食べる分だけ1つずつ開けて食べると良いよ。湿気に晒さなければ、たぶん数週間くらいは保ったはず。まぁ、できるだけ早く食べきるに越したことはないけど。」
「なるほど……了解した。ありがとう、タクト。」
「どういたしまして。あっ、セシル。もう少し説明があるんだけど、良いか?」
「もちろんだ。提供してくれたタクトの話は、ちゃんと聞いておかないとな。それで?説明というのは?」
「外の紙を破って、中の箱を開けたらクッキーの他に白い小さな袋も一緒に入ってると思うんだけど……それは絶対に食べちゃ駄目だからな。」
「ん?あぁ、わかった……が、食べてはいけない物も入っているのか?」
「手に取ってもらえれば判るんだけど、その袋の中には小さな粒が入ってる。それは防腐剤っていう、中のお菓子を腐らせないようにするための薬品だからな。クッキーと同じ感覚で口に含んだら、病気になるぞ。」
「なるほど、長く保存するための物なのだな。解かった。しかし……では、その防腐剤とやらはどうすればいいんだ?」
俺も、普段箱と一緒に処分してたからな……あれって、焼却処分で良いのだろうか?
「たぶん、その箱と一緒に燃やしてくれて構わない。もし、不安だったら、食べ終えた箱と袋と一緒に俺の所に持って来てくれ。こっちで処分するから。」
「わかった。あっ、そうだ。代金、幾らだ?」
「そのクッキーの詰め合わせは、銅貨5枚だな。」
「相変わらず良心的な値段で助かる。それじゃあ、これ。」
俺はセシルからクッキーの代金を受け取る。
「はい。確かに丁度受け取りました。いつもありがとうな。安直な事しか言えないけど、クエスト、頑張って!」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあ、行ってくる。」
そう言ってセシルは笑顔で手を振り、来た道を引き返していった。
◇◇◇
15時30分
「そうですか。セシルさんはクエストに出かけられたのですね。せっかく、タクトさんのこのお店で知り合ったばかりだというのに、少し残念です。」
「まぁ、ちゃんと生きて帰ってきてくれると信じて、待ってようぜ。」
「うふふ。そうですね。」
「それにしても、今日は遅かったな。もう昼飯って時間でもないだろ?」
「えぇ。本日は最近、軍に入った新兵の操船訓練で沖の方まで出ていたので。昼食も船の上で兵の皆と済ませました。」
「そっか。うんうん。ウチにいつも来てくれるのは感謝してるし、素直に嬉しいよ。でも、立場的には上司と部下なのかもしれねぇけど、同じ環境に身を置く者同士、一緒に過ごせるときは過ごしておいた方が良いと思うぜ。」
「そうですね。今夜は軍の食堂を利用するとして……タクトさん。私は今、とても疲れています。」
「はい。」
「疲れた体には甘い物が効くと聞いたことがあります!なので、何か甘いお菓子が欲しいのですが……お願いできますか?」
「もちろんだ。そうだな……こんな物はどうだろう?」
俺は【 創造 】のスキルで取り出したお菓子が置かれた皿を、ソニアの前に置く。
「飲み物は紅茶で良いか?」
「え、えぇ。ありがとうございます。……あの、タクトさん。この四角いパンのような物は一体……?」
「ん?あぁ。パウンドケーキっていうケーキの一種だよ。そのまま食べてくれて良いし、添えてある生クリームを付けてでも、好きなように食べてくれ。」
「わかりました。では、いただきます。あら?中に、干しブドウが入っているのですね。」
ソニアはフォークでパウンドケーキを一口大に切り、そっと口の中へと運んだ。
「もぐ……んっ!ん~!美味しいです!見た感じ、固そうだとは思ったのですが全然そのようなことはなく、むしろシットリとしていて……それに、これは……ラムの香りですか?」
「あぁ。ラムレーズンって言ってな。ラム酒に漬け込んだ干しブドウを混ぜて作ってあるんだ。加熱の段階で酒精が抜けて、香りだけ残るんだけど……もしかして、ラム酒、ダメだったか?」
「いえ!そのようなことはありません!むしろ、嗅ぎ慣れている香りですね。」
「嗅ぎ慣れてる?」
「はい。タクトさん、船乗り達がお酒を飲んでいる光景を見たことはありますか?」
「え?あぁ。あるよ。」
海賊や航海を題材にした作品で、戦場に居るキャラ達は大抵、酒盛りしてるイメージがあるんだよな。
「あれにはちゃんとした理由がありまして、船に普通の水が入った樽を積んでおくことができません。なので、水の代わりにお酒を飲むんです。」
「そうなのか?」
「はい。普通の水ですと、長い航海の最中に痛んでしまうんです。どこかの島に上陸できて、いつでも補給可能というのでしたら、話は変わってきますが……海や風、嵐という自然を相手にするので、思い通りの航海ができることは意外と少ないんですよ。これは私達水軍だけでなく、商船や海賊船にも同じことが言えます。」
「ふむふむ。」
今みたいに強力な燃料で動く船じゃなくて、帆船だもんな。
風が無いと止まるし、嵐でメインマストが折れたりすることも、普通にあるんだと思う。
「なので、長期保存ができるお酒の中でも、比較的安い値段で購入ができるラム酒の入った樽を、いっぱい積んでおくんですよ。」
「へぇ!それは知らなかったな。」
あの酒盛りはネタとかじゃなくて、ちゃんとした理由があったんだな。
「ですので、私もラム酒を飲むことがありますし、今更ラム酒の酒精で酔うこともありませんよ。」
「そっか。それなら今後もソニアには安心してラムレーズンを使った甘い物を提供できるな。」
「はい!もぐ……ん~!この生クリームの優しい乳の味も良いですね。渋みの利いた紅茶によく合います。」
満面の笑みを浮かべながら上品にパウンドケーキを食べていたソニアの手が、ピタッと止まった。
「あの、タクトさん。このパウンドケーキ、もう1皿頂けますか?」
「もちろん。すぐ用意するよ。」
追加で差し出したケーキと紅茶をソニアは嬉しそうに食べ……
「ふぅ、ご馳走様でした。以前、同僚に連れられて行った店で食べたケーキよりも、遥かに美味しかったです。」
「その店のケーキって、どんな感じだったんだ?」
「そうですね……確か、生地はパサパサしていて固く、上にかかっている生クリームも砂糖を『 これでもか! 』っていうくらい使われていて、本日頂いた生クリームとは違って、牛の乳の味がまったく感じられませんでした。」
「お……おぅ、そうか。」
たぶん、想像するに、イチゴのショートケーキのスポンジがパッサパサで、生クリームが砂糖の味しかしなかった……みたいな感じだろうか?
まぁ、今はスキルで出してるけど、俺も1からショートケーキを作れって言われたら、クリームはともかく、スポンジ生地は同じようなことになりそうだから、笑えない。
「それで銀貨1枚と銅貨5枚、支払いました。」
「高っ!」
つまり、1500円か……良いトコのケーキなら、それくらいの値段がしても納得できるけど
ソニアの今の話を聞いた内容だとなぁ……
1ホールじゃなくて、カットされたケーキ1個でその値段となると、ちょっと考えさせられる。
「さて……タクトさん、お会計をお願いします。」
「あぁ。パウンドケーキが1皿で銅貨4枚、それが2皿と、紅茶1杯銅貨1枚が2杯で……おっ、ちょうど銀貨1枚だな。」
「わかりました。」
ソニアが皮袋から取り出した銀貨を受け取る。
「あのケーキが1皿で銅貨4枚……タクトさんのお店の料理が安いということは、これまでで既に理解しているのですが、タクトさんの居た世界では、お菓子は安価で入手できる物だったのですか?」
「素直に『 はい 』とは言えねぇなぁ。お菓子に限らず、美味しい物はやっぱり高価だったし、そんなに美味しくなくても高価な値段で提供してる店とかもあったしな。だから、結局は味覚ってのは人それぞれだから、最終的には自分の舌で判断しないといけないワケだ。」
「なるほど。」
「まぁ、俺んトコは、普通の飯の値段を高く、デザート……お菓子の類を少し安価で提供するつもりだから、そう覚えててくれるといいよ。メニューにも値段表記してあるしな。」
「はい、わかりました。」
ソニアと笑顔で手を振って別れ、黙々と皿洗いを始める。
「店はこの屋台でも問題無いし……もう少しお金が貯まったら1回くらい、この世界の飯屋で、この世界の料理を体験してみるのもアリかもしれねぇな。」
そう呟きながら、俺は今までソニアとセシルから受け取った代金を貯蓄している正方形の缶へ、視線を落とした。