Menu 5 ~ シーフードフライ ~
アリアータの町外れで屋台経営を始めて、ふっと思ったことがある。
この町にはソニアが都督を務める水軍がある。つまり、軍船もあれば、船が出入りする港がある。
そして軍港があれば、一般的な商船が出入りする大きな港もある。
他国の宝石や工芸品で貿易する船の他に、海の幸を水揚げする船も見えた。
「やっぱり、あるよな。海の幸……ソニアが海の幸の料理を頼まないのは、食べ飽きてたりするからかな?」
まぁ、食べたい物を食べてくれれば良い、そんなこと俺が気にすることでもないんだろうけどな。
◇◇◇
12時
「タクトさん!あの稲荷寿司という料理、甘くてとっても美味しかったです!」
大通りの方から、ソニアが空になった皿を持って、笑顔で歩いて来た。
「気に入ってもらえたみたいで良かった。あっ、そうだ。ソニアにちょっと訊きたいことがあるんだ。」
「はい。何でしょう?」
「この町の人達って、海の幸をあまり食べないのか?」
「海の幸……ですか?」
昼食を食べに来てくれたソニアに、雑談がてら、それとなく訊いてみた。
「あぁ。水揚げされているのは見かけたんだけど……この町の人達は、あまり食べないのか?」
「そうですね。この町で生まれ育った人達は確かに、少々飽きがきているかもしれません。まぁ、それでも他に食べられる物が少ないので、食べているのですが……調理方法が焼くか煮込むかの2択なので。」
「なるほど……あと、今聞いた感じだと、食べるのは魚だけで、エビや貝は食べないのか?」
「え?貝って食べられるのですか?真珠を採取した後は、用済みなのでは?」
「マジか……」
確かに、食べられない貝もあるみたいだけど……
「エビは?」
「あんな固い体の生き物、どうやって食べるのです?」
「マジか……」
毒を有する食材を最初に食べた人は勇者……みたいな話を聞いたことはあるけど、エビやカニは違うだろ!?
……いやまぁ、甲殻類アレルギーを持ってる人からしたら、毒だけど……もったいない。
「ソニア。今日、提供する料理は俺に任せてくれないか?」
「タクトさんのオマカセですか?はい!どのような料理が出てくるのか、楽しみです!」
「ん?タクトの店に先客が……」
ソニアに料理を出そうとする直前、セシルが来店したのが見えた。
「あら?タクトさん、お客様ですよ。」
「ん?おぅ!セシル。」
「ふふっ、今日も美味しい物を食べに来たのだが……まさか、水軍都督様が先客で来ているとはな……素直に驚いた。」
「確かに私は都督ですが、タクトさんのお店に来ている今は貴女と同じ、ただの1人の客に過ぎません。そのように気を張らずに、楽にしてくださいね。」
「こういう人だから。気負わなくて良いぞ。俺も呼び捨てで名前を呼ばせてもらってるからな。」
「そうか……あ、私はセシル。冒険者をしている。」
「ソニアです。宜しくお願いしますね、セシルさん。」
「こちらこそ。さて……タクト。メニューを見せてもらえないか?」
「それなんだけど……セシル。今日、提供する昼飯は俺に任せてもらえないか?夜、来てくれた時は好きに選んでくれて良いから。」
「ん?あぁ、構わない。ふふっ、タクトはどんな物を提供してくれるか……楽しみだ。」
セシルの分も用意しようとして、ふっとスキルを発動する手を止める。
「なぁ、セシル。エビや貝、イカを食べて呼吸が止まりそうになったり、体調不良が出たことはないか?」
「え?エビや貝って、食べられるのか?」
「マジか……」
これ、今から出す料理を出してアレルギー反応を起こしたり……しないよな?
アレルギー反応を起こされたら、営業停止案件だぞ。
でも……食べたことの無い2人に、美味い海の幸を食べさせてやりたい。
ここは、賭けに出るか!
「お待ちどぉ!シーフードフライだ!」
俺は【 創造 】のスキルで取り出したシーフードフライの盛り合わせを、ソニアとセシルの前に置いた。
「これは……魚に衣を付けて揚げた物ですか?」
「おぅ。細長いのがエビ、輪切りになってるのがイカ、丸くて分厚いのがホタテ……貝だな。あと、葉っぱみたいな形をしているのが魚だ。お好みで、このタルタルソースを付けて食べてくれ。」
「食欲をそそる油の匂いだが……魚以外の海の生き物が、食べられるとは……」
「ですが、食べられない物をタクトさんが出すとは思えませんし、せっかくですから頂きましょう。」
「そうだな。では……」
ソニアはナイフで切り分けたエビを、セシルはイカをフォークに挿し、それぞれ口へと運んだ。
「もぐ………っ!?ぉ……美味しいです!タクトさん!エビをどう調理すれば、あの体がこんなにもプリップリな食感になるのですか!?」
「いや、エビの身体が硬いのは殻に守られてるだけであって、普通に殻を剥いて、衣を付けて揚げたんだよ。
「そうだったのですか!あの固い殻は、この美味しい体を守るための物だったのですね。」
ちょっと違う気もするけど……
捕食者である魚とかから身を守るためだと考えたら、あながち間違いじゃないのかもしれない。
「美味しい!イカという生き物を初めて食べたが、この弾力……味も良いな!しかし……イカという生き物は見たことあるが、こんな輪っかになっている部位は、無かったような……」
「あぁ。それはイカの内臓とかを取った胴体を、切ってあるんだよ。」
「ふむ、なるほど。」
「あっ……そういえば、このタルタルソースを付けてくださいと、言ってくださりましたね?」
「タクトが勧めてくれたんだ。試すしかないよな。」
「えぇ!そうですね。」
ソニアは残っていたエビに、セシルはホタテにソースをかけて、再度口へと運ぶ。
「……!?何ということでしょう。エビだけでも美味しいと思っていたのに、このソースがかかることで、更に美味しくなるなんて!」
「信じられない……ホタテだったか?貝というものが、こんなにも味が濃くて美味しい物だったなんて……それに、ソニアの言う通り、このソースがまた、美味しい!」
「食べ慣れたはずのお魚も、身がとってもフワフワで、美味しいです!付け合わせの葉野菜も、瑞々しくて助かります!」
「魚介類って味が淡白なモノが多いからな。味の濃いタルタルソースをつけて食べると、何か良い感じになるんだよ。」
数分後
「「ごちそう様でした。」」
「おぅ、御粗末様でした。」
シーフードフライを堪能したソニアとセシルが、満足気な笑みを浮かべている。
「ありがとうございます、タクトさん。魚介類がこんなに美味しい物だったなんて……うふふ、とっても満足です。」
「ははっ、そいつは良かった。」
「なぁ、タクト。もし……仮にだぞ?この世界の人間がタクトの真似をして、この魚介類の揚げ物を内陸の町で売り出そうとしたとする……それは、可能だと思うか?」
「ん~……いやぁ、無理だろうな。魚もエビやイカも、鮮度が命だからな。温かい時期に魚やイカを干物にしないで、エビや貝も冷やさないで運ぶとなると……1夜明けたら、もう駄目になってると思う。」
「そうか。どこでも美味しい魚介類が食べられればと思ったが……なるほど、運搬に難があるのだな。」
「さて……タクトさん。このシーフードフライの御代金は幾らですか?」
「えっと、シーフードフライは銅貨8枚だな。エビフライだけなら銅貨6枚なんだけど、他のフライも一緒に入ってるから、その分、ちょっと値段が高くなってるんだ。悪いな。」
「どうして謝る?銅貨2枚増えただけで、あのボリュームのある料理が堪能できたんだ。むしろ、安いくらいだ!こちらは銀貨3枚支払っても良いと思っているんだぞ!?」
「そうですよ!様々な味を堪能できて、このお値段は安いくらいです!」
俺としては、『 自分が居た世界の値段なら、大体これくらいかなぁ~ 』程度の緩い感覚で値段を決めてるんだけど
食文化の違いか……この世界の人達からしたら、安すぎるらしい。
「まぁ、その気持ちは嬉しいけどさ……その浮いたお金で、また違う料理が食えると思ってくれれば……な?悪い話じゃないだろ?」
「あ……それもそうですね。」
「確かに。まだまだ気になる料理が沢山ありすぎるからな。残りのお金は、次への楽しみに取っておくか。」
「うふふ、そうですね。……あっ、そういえば、タクトさん。先程、セシルさんに『 エビや貝、イカを食べて呼吸が止まりそうになったり、体調不良が出たことはないか? 』と訊いておられましたが……あれは、どういう意味なのですか?」
「俺も実際に会ったことはないんだけど、世界にはエビやイカを食べて呼吸が止まりそうになったり、体調不良を起こす人が居るんだよ。病気というより、その人が持つ体質でな。今、この料理を完食した2人は問題無いだろうけど……そもそも、1度も食べたこともないのなら、こちらとしても確認の仕様が無いんだから、最悪の場合、治癒魔法とやらで何とかしてもらうことになるんだろうな。」
その後、しばらく2人と雑談をし、それぞれ用事があるため帰って行った。
「今日、ソニアとセシルに食べてもらったけど……もっとこう、海の幸はいろいろ食えるってコト、この世界の人達にもいずれ知っていってもらいてぇな。」
でもまぁ、やっぱり知らないことは怖いだろうし、こればっかりは強制できないなぁ……と思いながら、俺はメニュー冊子に向けて視線を落とした。